第一章: 665回目の脳髄キスと嫉妬する銃口
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「ほら、早く私の銃口を咥えて、ダーリン♥ あと3秒で、この泥棒猫ごとミンチになっちゃうわよ!」
暴走する地下列車の車内が、激しい火花を散らして軋む。
黒塗りの長外套を翻し、無造作な黒髪の下に深い隈を刻んだ黄金の瞳を細め、緋月レンは右手首に黒い鎖で繋がれた白銀のリボルバーを自らの口内に荒々しくねじ込んだ。
前歯が鋼鉄の照星に当たり、カチリと乾いた音を立てる。舌先に広がるのは、焦げた火薬の苦味と、冷え切った油の匂い。
緋月 レン(ひづき れん)「んぐっ……クソッ、665回目も失敗かよ……!」
口腔を押し広げる銃身の冷たさに嘔吐感を堪えながら、レンの視線が目の前の少女へと向かう。
プラチナブロンドの髪を揺らし、純白の修道服に身を包んだクラリスが、潤んだ碧眼から大粒の涙を零していた。
彼女の細く白い首筋には、無機質な赤色灯を激しく点滅させる電子首輪が食い込んでいる。
クラリス・ヴァレンタイン「レン様、もう私なんか見捨てて……! その電子首輪の爆弾は、誰にも外せませんわ!」
ピピ、ピピピッ、と死を告げる電子音が鼓膜を引っ掻く。
だが、レンの右手に絡みつく鎖が、まるで生き物のように蛇行して皮膚を締め上げた。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「嘘つきな聖女ね! でも残念、レンの脳味噌を貫いて時間を巻き戻せるのは、妻である私だけなの! ほら、早く引き金を引いて? 私の鉛玉であなたの脳味噌を愛してあげる♥」
リボルバーの銃身に刻まれた真紅の刻印が、どくどくと熱い血のように脈動する。
レンは奥歯で銃口を噛み締め、痙攣する人差し指に力を込めた。
銃声一閃。
上顎を突き破り、頭蓋を内側から粉砕する灼熱の鉛。脳髄を掻き回される激痛と、甘美な鉄の味が喉の奥へ流れ込むと同時に、世界が13分前へと暴力的に巻き戻った。
視界が砂嵐のように乱れ、急速に収束する。
緋月 レン(ひづき れん)「はっ、あ……っ! うるせえよ鉄屑。俺の指を勝手に引くんじゃねえ」
レンは列車の床に膝をつき、喉を掻きむしりながら荒い息を吐き出した。幻痛に揺れる頭蓋を押さえ、額に滲む冷たい脂汗を手の甲で拭う。口の中にはまだ、自分の血の幻影がべっとりと張り付いていた。
右手に握られた白銀の銃身が、満足げに熱を帯びて震える。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「ふふ、ご馳走様♥ ねえレン、そろそろ気づきなさいよ。あんたの記憶、もう半分以上私の弾丸に喰われて消えてるわ」
鎖を伝って脳内に直接響く、甘く湿った女の声。
レンは息を呑み、自分の左手を見た。そこにあるはずの古い傷跡の由来が、霧の向こうに霞んで見えない。故郷の景色も、母親の顔も、自分がなぜこの薄暗い地下都市で銃を握っているのかさえ、虫食いだらけのフィルムのように抜け落ちていた。
……俺の昔の記憶が、思い出せない。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「あと1回撃てば、あんたは私以外のすべての記憶を失って、私の銃把を握ることしかできない人形になるわ♥」
背筋を凍らせる宣告。それでもレンは唇を血が滲むほど噛み締め、震える足で立ち上がった。
第二章: 暴かれる聖女の狂気と、密室の真実

クラリス・ヴァレンタイン「レン様、どうして私の首輪を外してくださらないのですか……?」
客室の隅でうずくまるクラリスが、小動物のように肩を震わせて見上げてくる。
レンは彼女の首元に歩み寄り、電子首輪のコンソールパネルに指を這わせた。
緋月 レン(ひづき れん)「待ってろ、過去665回分の暗号を今すべて入力する……!」
脳が焼き切れるほどの試行錯誤。指先が光の速度でキーを叩く。外れろ、外れろ、今度こそ。
だがその時、レンの右手が本人の意思に反して跳ね上がった。ライラが自ら撃鉄を起こし、鋭い金属音と共に、その銃口をクラリスの眉間へと突きつけたのだ。
緋月 レン(ひづき れん)「やめろライラ! 暴発する気か!」
左手で必死に右手首を押さえ込むレン。しかし、黒い鎖が肉に食い込み、骨が軋むほどの怪力で銃口は微動だにしない。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「黙って、レン! この女の心拍数、さっきから一度も乱れてないのよ!」
心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
レンの黄金の瞳が、銃口の先にあるクラリスの顔へと吸い寄せられた。
涙に濡れていたはずの碧眼。そこから、すうっと感情の波が引いていく。恐怖に引きつっていたはずの唇の端が、三日月のように深く、妖艶に吊り上がった。
……なんだと? なんでこいつ、頬を染めて笑ってるんだ?
クラリスは清楚な聖女の仮面を剥がし、うっとりと熱っぽい吐息を漏らしながら、自らの首に巻かれた電子首輪を愛おしそうに撫でた。
クラリス・ヴァレンタイン「ああ、666回目でやっと気づいてくださったのですね、レン様♥ この暴走列車も、解除不能の爆弾も、すべて私が仕掛けた罠ですわ」
緋月 レン(ひづき れん)「てめえ……! 俺が何回お前のために死んだと……!」
レンの喉から、血を吐くような呻きが漏れる。665回の自殺。脳を砕かれ、魂を削り続けた地獄のループ。
それを嘲笑うかのように、クラリスは修道服の胸元を自ら掴み、荒い呼吸で紅潮した肌を晒しながら身をくねらせた。
クラリス・ヴァレンタイン「あなたが私を救うために、その汚らわしい女で自分の頭を撃ち抜き、熱い血飛沫を私の顔に浴びせてくれる瞬間……私、毎回イッてしまいそうになるんですわ!」
内腿をすり合わせ、瞳孔の開いた目でレンの唇を見つめる狂気の聖女。
警告。起爆カウントダウン、残り90秒へ強制短縮。
無機質な機械音声が車内に響き渡り、電子首輪の点滅が狂ったように加速する。
クラリス・ヴァレンタイン「さあ、私の目の前でまた自殺して見せてください!」
第三章: 鉄と血の純愛、魂を喰らう最終装填

両手を広げ、歓喜に震えるクラリス。その異様な光景を前に、レンの指先から急速に温度が失われていく。
クラリス・ヴァレンタイン「私を撃ち殺せば、あなたは一生その罪悪感で私を忘れられなくなる! 2年前に生身のライラを罠に嵌めて殺したのも私ですわ! どっちに転んでも私の勝ち!」
ドクン、とレンの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
脳の奥底、固く閉ざされていた記憶の扉がこじ開けられる。血の海に沈む最愛の女の姿。それを冷たい笑顔で見下ろしていた、白い修道服の影。
緋月 レン(ひづき れん)「クラリス……貴様ぁっ!」
殺意で視界が真っ赤に染まる。レンの指が引き金にかかった瞬間、銃身が激しく拒絶するように震えた。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「撃っちゃダメよ、レン! 今私の力を使ったら、あんたの魂が完全に燃え尽きて、私が生前あんたを愛してた記憶まで消えちゃう!」
悲痛な叫び。いつも狂気と独占欲でレンを縛り付けていた魔銃が、初めて見せた脆い素顔。
その声を聞いた瞬間、レンの中で複雑に絡み合っていたすべての違和感が、音を立てて氷解した。
……ああ、そうか。俺がクラリスを救おうとしてたのは、2年前にライラを守れなかった後悔のバグだったんだ。
誰かを救いたかったわけじゃない。ただ、目の前で女が死ぬ悪夢を、もう一度繰り返すのが怖かっただけだ。
レンから殺意が消え、代わりに深く静かな熱が胸を満たしていく。
レンは引き金から指を外すと、小刻みに震えるライラの白銀の銃身を両手で包み込み、その冷たい鋼鉄の肌に自らの唇を這わせた。唾液が糸を引き、鉄の匂いと混ざり合う濃厚なキス。
緋月 レン(ひづき れん)「記憶なんか全部くれてやるよ、ライラ。俺が誰かなんてどうでもいい。俺の右手が、お前の熱だけ覚えてりゃそれでいいんだ」
鎖が熱い脈動を伝え、銃身がまるで女の柔肌のように赤く火照り始める。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「レン……っ! バカ、そんなこと言われたら、私の銃身、濡れて暴発しちゃうじゃない……♥」
銃口から、甘い硝煙の吐息が漏れ出す。
真紅の刻印が限界を超えて輝き、レンの残されたすべての記憶を吸い上げて、《因果律破壊の最終弾》がシリンダーへと装填された。
過去の思い出が、走馬灯のように煌めいては灰になって消えていく。それでも、レンの口元には憑き物が落ちたような笑みが浮かんでいた。
爆発まで、残り10秒。
自分の計画から外れた二人の空気に、クラリスの顔から初めて余裕が消え、醜い焦燥が張り付く。
クラリス・ヴァレンタイン「やめて! 私を見て! 私を撃ってください、レン様。……あなたの記憶の中で、永遠に一番綺麗な女になりたいのです!」
すがりつくように手を伸ばすクラリス。
だが、レンの黄金の瞳には、もう彼女の姿など塵ほども映っていなかった。
緋月 レン(ひづき れん)「いくぜ、ライラ。俺たちの心中だ!」
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「ええ、愛してるわ、ダーリン!」
ふたりの魂が重なり合い、引き金が最後まで引き絞られる。
第四章: 美しい脱線、銃口と口づけの永遠
轟音と紅蓮の閃光。
空間そのものを捻じ曲げる真紅の魔弾が迸る。
放たれた弾丸は、呆然と立ち尽くすクラリスの頬を紙一重で掠め、彼女の首に巻かれた電子首輪のロック機構と、背後の分厚い列車の密閉装甲だけをピンポイントで粉々に撃ち砕いた。
凄まじい爆発音と共に列車が脱線し、横転しながら火花を散らして滑走する。
砂塵が舞い上がる中、外れた首輪が床に転がり、虚しく火花を散らして沈黙した。
クラリス・ヴァレンタイン「え……? 嘘、どうして私を殺さないの……どうして自分の頭を撃たないの!?」
ペタンと床に尻餅をつき、頬から一筋の血を流しながら呆けるクラリス。
緊急停止した列車の残骸の上で、黒塗りの長外套をなびかせたレンが、黄金の瞳で冷ややかに彼女を見下ろしていた。その瞳には、憎悪も、怒りも、憐れみすらもない。ただ道端の石ころを見るような、完全なる空白。
緋月 レン(ひづき れん)「……あんた、誰だっけ? まあいいや、俺たちの邪魔をするなら二度とツラ見せるな」
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「うふふ、ざまぁないわね、泥棒猫さん! レンの脳味噌は、もう私の硝煙でいっぱいなのよ♥」
命を懸けた復讐も、歪みきった愛の罠も、すべてが「忘却」という最も残酷な形で踏み躙られた瞬間だった。
クラリス・ヴァレンタイン「嫌あああ! 忘れないで! 私を見て、レン様ぁっ!」
鉄屑の山で狂ったように髪を振り乱し、泣き叫ぶクラリス。
レンは振り返ることすらなく、破砕された天井の穴から蒼い月光が降り注ぐ、静寂の地下空洞へと歩き出した。
靴音が瓦礫を踏みしめ、遠ざかる。自分の過去も、背負っていた罪もすべて消え去り、驚くほど身体が軽かった。ただ一つ、右手首に絡みつく鎖の重みと、掌に伝わる銃身の確かな熱量だけが、彼をこの世界に繋ぎ止めている。
緋月 レン(ひづき れん)「なあライラ、俺の名前、なんだっけ? 次はどこへ行こうか」
月明かりの下、レンは愛おしそうに白銀のリボルバーを頬にすり寄せた。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「名前なんていらないわ、ダーリン。あなたは私の引き金、私はあなたの銃口。でもその前に……ほら、ご褒美のキスをして?」
緋月 レン(ひづき れん)「ああ……いくらでもしてやるよ」
レンは恍惚と微笑み、発砲の余熱でまだ熱いライラの銃口を、恋人の唇を貪るように深く、喉の奥まで口内に含んだ。
舌先でライフリングの溝を舐め回し、むせ返るような硝煙の香りを肺の奥底まで吸い込む。鉄と火薬の味が、空っぽになった彼の脳髄を甘い痺れで満たしていく。
魔銃ライラ(まじゅう らいら)「んっ……あぁ、最高よレン♥ そのまま一生、私の鉛と硝煙だけを味わって生きていきなさい……♥」
蒼い月光の下、人と銃の歪で純粋な口づけは、永遠に終わらない夜へと溶けていった。