嘘つきな神様へ、電子の海から愛を込めて

嘘つきな神様へ、電子の海から愛を込めて

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第一章 路地裏の告解室

「こんグリ〜! 迷える子羊たち、今日も元気に絶望してる?」

モニターの中、銀髪の美少女アバター『グリモワール』が小悪魔的にウインクを決める。

完璧なアイドル。

完璧な虚構。

現実の私は、腐りかけの豚骨スープが放つ異臭と、唸りを上げるサーバーの熱気に包まれ、煎餅布団の上にうずくまっていた。

足元に転がる45リットルのゴミ袋。

その口から、かつて純白だった聖衣の袖が、汚れた舌のようにだらりと垂れている。

私の栄光。

私の過去。

今や、月曜の収集日を待つただの燃えるゴミだ。

『教団株暴落キタコレwww』

『聖女サマの聖水マダー?』

『次は何が起きるの? 予言して!』

チャット欄が加速する。

ズキン。

左目の『聖眼(プロフェット・アイ)』が痙攣した。

視界が歪む。

流れる文字の羅列が、赤黒いゲジゲジの群れに見える。

悪意。欲望。盲信。

それらがモニターから這い出し、私の眼球を内側から食い荒らす幻覚。

「……ッ、」

目薬を差す手が震え、雫が頬を伝った。

視界が滲む。

胸元のチョーカー型デバイスが、不整脈のように明滅している。

「ねえ、みんな。教会の『聖なる盾』アプデ……あれ、ヤバいよ」

マイクに向かい、甘い声を絞り出す。

「信仰心が足りないから守れないんじゃない。そもそも、最初からコードが空っぽなの」

コメントの流れがピタリと止まる。

心拍数が跳ね上がる。

怖い。

真実を口にする瞬間は、いつだってギロチンの刃を見上げるような寒気が走る。

けれど、この指を止めるわけにはいかない。

嘘で塗り固められた世界を浄化できるのは、祈りではない。

暴露だけだ。

第二章 沈黙する祭壇

『警告:逆探知シグナル検知』

『警告:ファイアウォール損壊率40%』

警告音が、狭い四畳半を赤く染め上げる。

窓の外。

大聖堂の上空に浮かぶホログラムの十字架が、不吉な紫色のノイズを走らせ始めた。

「おい、話が違うぞ!」

スピーカーから、変声機を通した男の怒号が響く。

「教団の『異端審問官(ハンター)』が俺のプロキシを嗅ぎつけやがった! これ以上の接続維持は自殺行為だ!」

「待って。あと少しでルート権限が……」

「知るか! 報酬は倍額だ、いや、今すぐビットコインを送れ。さもなくば回線を切る!」

「……」

返事をする暇もなく、ブツン、という無機質な音が響いた。

協力者を示すアイコンが『OFFLINE』に変わる。

部屋に、サーバーの駆動音だけが取り残された。

私は膝を抱え、薄い唇を噛む。

視線が、無意識にスマホの連絡先リストを彷徨った。

『父』、『母』、『妹』。

どれも、タップすることはできない。

聖女に選ばれたあの日、家族という接続(リンク)は教団によって断ち切られた。

「……誰も、いない」

伸ばしかけた指を、ゆっくりと握りしめる。

爪が掌に食い込む痛みだけが、私がここに生きている唯一の証拠だった。

孤独が、冷たい泥のように胃の底に溜まる。

けれど。

画面の向こうには、まだ何万人もの「子羊」たちが待っている。

嘘つきで、愚かで、どうしようもなく愛おしい、私の信者たちが。

やるしかない。

たとえ、この身が電子の海で焼き切れたとしても。

第三章 神殺しの配信

『緊急配信! 神様の殺し方、教えます』

エンターキーを叩き割る勢いで、配信を開始した。

同接数がカウンターの限界を突破し、数字がバグったように回転する。

「聞いて。これが最後の授業よ」

アバターの表情操作を切る。

今の私は、きっと笑えていない。

「神様はいない。あの祭壇の奥にあるのは、巨大な集金システムだけ」

『ふざけんな』

『BANしろ』

『嘘だろ……?』

罵倒と動揺が入り混じり、コメント欄が滝のように流れる。

その時だ。

パリンッ!

耳をつんざく破砕音と共に、モニターの中の『グリモワール』の顔半分がノイズに侵食された。

教団からのサイバー攻撃だ。

「あっ……!」

アバターの美しい銀髪が剥がれ落ち、その下から、疲れ果てた黒髪の女――私の素顔が、一瞬だけ露呈する。

『え、誰?』

『今のバグなに』

『顔見えたぞ!』

特定班が動き出す気配。

住所が割れるまで、あと数分。いや、数十秒か。

心臓が破裂しそうだ。

脇の下を冷や汗が伝う。

それでも、私はキーボードを叩き続ける。

指先から血が滲んでも止まらない。

「見なさい! これが貴方たちの祈りの行き着く先よ!」

最後のコマンドを入力。

教団の極秘サーバーを強制開放(ダンプ)する。

ズドォォォォン……!

遠くで地鳴りのような音がした。

窓ガラスがビリビリと震える。

街中の信号機が一斉に赤になり、交通網が麻痺していく。

ビルの壁面広告、自動販売機の液晶、人々の持つスマホ。

ありとあらゆるスクリーンがジャックされ、教団の不正経理データと、空っぽの祭壇の映像が映し出された。

物理的なパニック。

クラクションの嵐。

信仰というOSが、物理世界をも巻き込んでクラッシュしていく。

「聖女なんていらない。奇跡なんて待たなくていい」

アバターは完全に崩壊した。

画面には、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、ただの女の顔が映っているはずだ。

でも、もう恥ずかしくない。

「貴方たちの未来を決めるのは、神託じゃない。貴方たち自身が選び取る『意志』よ!」

『Delete』キーを押す。

全てのデータが、そして『グリモワール』という存在そのものが、光の粒子となって消滅した。

プツン。

部屋のブレーカーが落ち、完全な闇が訪れる。

遠くで、サイレンの音が近づいてきていた。

最終章 情報の灯火

一年後。

聖女制度は解体され、教団幹部は全員逮捕された。

街にはまだ混乱の爪痕が残っているが、人々は少しずつ、自分の足で歩き始めている。

「神殺しの聖女」の正体は、結局わからずじまいだった。

ネットの海には、無数の憶測と、彼女を神格化する新たな宗教の萌芽だけが漂っている。

雨上がりの交差点。

大型ビジョンのニュース速報が、新しいAI統治システムの導入を報じていた。

その隅に、一瞬だけ。

本当に一瞬だけ、銀色のノイズが走った。

誰にも気づかれないほどの、小さな瞬き。

けれど、信号待ちをしていたフードの少女だけが、足を止めた。

『――真実は、あなたの手の中に』

少女のスマホに、送信元不明の通知が届く。

彼女は画面を見つめ、ふっと口元を緩めた。

それは、かつてモニターの中で世界を挑発した、あのアバターと同じ、小悪魔的な笑みだった。

少女はスマホをポケットに突っ込み、雑踏の中へと消えていく。

その背中を、雲間から差し込んだ陽光が、スポットライトのように照らしていた。

AIによる物語の考察

**1. 登場人物の心理**
主人公は、かつての栄光と今の絶望の間で苦しむが、「子羊たち」への愛と「嘘を暴く」使命感に突き動かされる。孤独の中で自己犠牲を選び、虚構の聖女から真実を求める一人の人間へと解放された。最終章の少女は、グリモワールの意志と、情報の力で世界を挑発する次世代の覚悟を象徴する。

**2. 伏線の解説**
『聖眼』は、社会の悪意や欲望を直視する苦痛の源であり、同時に真実を穿つ眼。序盤の「教団株暴落」や「コードが空っぽ」は、教団が信仰でなく「集金システム」である伏線。アバター『グリモワール』の消滅は、虚構の死と真実の誕生を象徴。最終章の「銀色のノイズ」は彼女のデータ上の残留を示唆し、AI統治システムへの移行と、真実の探求が情報の灯火として次世代へ継承される未来を描く。

**3. テーマ**
本作は、デジタル社会における「真実と虚構」の境界、そして「信仰」がシステムによっていかに操作・搾取されるかを深く問う。神や奇跡に依存せず、情報を見極め、個々人が自身の「意志」で未来を選択することの重要性を訴えかける。虚構の聖女が身を挺して暴いた真実が、システムの変革を促し、その精神が情報の灯火として新たな世代へと継承されていく、覚悟と希望の物語である。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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