『殺さないで! その魔王、泣いてます』~Fランクの俺だけがダンジョンの『声』を聴ける~

『殺さないで! その魔王、泣いてます』~Fランクの俺だけがダンジョンの『声』を聴ける~

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「待って! 斬らないで! そのゴブリン、今すごく怖がってるんだ!」

俺の叫び声は、湿った洞窟の壁に虚しく反響しただけだった。

ドスッ、という鈍い音。

銀色の剣が、緑色の肌を容易く貫く。

「あーあ、また始まったよ。レンの『妄言』が」

「おい底辺、邪魔すんなら帰れよ」

目の前で、ゴブリンが光の粒子となって消えていく。

最期に俺の方を見て、『ありがとう』と唇を動かしたのを、誰も見ていない。

俺、雨宮レン(24歳)。

探索者ランクは万年F。

借金まみれの底辺配信者。

そして、世界でただ一人、ダンジョンの『心の声』が聞こえる人間だ。

宙に浮く撮影用ドローンの向こう側、スマホの画面には冷淡なコメントが流れていく。

『草』

『ゴブリンに同情とか頭沸いてんの?』

『さっさと引退しろゴミ』

『同接5人w』

「ご、ごめん……でも、本当に聞こえたんだ……」

俺は震える手で、泥だらけのジャージの裾を握りしめた。

視界の端で、同接数が『4』に減る。

これが、俺の日常。

だけど今日は、何かが違っていた。

足元の地面が、微かに脈打っている。

まるで、巨大な心臓の上を歩いているような感覚。

(……助けて……)

風の音じゃない。

もっと深く、重く、悲痛な響き。

(……痛いよ……誰か……)

俺は息を呑んで、洞窟の奥、暗闇が広がる『立ち入り禁止区域』を見つめた。

そこから、今まで聞いたこともないほど強烈な『悲鳴』が聞こえてくる。

「……行かなきゃ」

俺はパーティーのリーダーに背を向け、暗闇へと走り出した。

「おい!? そっちは未探査エリアだぞ!」

「自殺志願者かよw」

背後で罵声が飛ぶ。

でも、足は止まらなかった。

だって、聞こえてしまったから。

このダンジョンが、泣き叫んでいる声を。

第一章 深淵の歌姫

未探査エリアの空気は、鉄とカビ、そして甘い花の香りが混じった奇妙な匂いがした。

『おいレン、マジで戻れ』

『死ぬぞ』

『あ、同接増えてきた。50人』

俺の奇行が拡散されたのか、少しずつ視聴者が増え始めている。

だが、俺にコメントを拾う余裕はない。

(……来ないで……壊さないで……)

声は強くなる。

頭の中に直接響く、幼い少女のような声。

「大丈夫、壊さない。俺は……話をしに来ただけだ」

独り言のように呟きながら、俺は崩れかけた石造りの回廊を進む。

ライトの光が、壁面に描かれた壁画を照らす。

剣を持った人間が、怪物を虐殺している絵。

違う。

よく見ると、怪物は涙を流し、何かを守ろうとしている。

「……ッ!」

突然、視界が開けた。

そこは、地下とは思えないほど広大なドーム状の空間だった。

天井には青白く発光する鉱石が星空のように散りばめられ、中央には巨大な湖がある。

そして、湖の中心。

瓦礫の山の上に、『それ』はいた。

「……ドラゴン?」

『うわああああああ!』

『マジかよ、深層のボスじゃん!』

『ブラックドラゴン!? 推定Sランクだろこれ!』

『レン逃げろ!!!』

コメント欄が滝のように流れる。

同接が一気に『10,000』を超えた。

漆黒の鱗を持つ、巨大な竜。

その瞳は燃えるような真紅。

吐息だけで周囲の空間が歪むほどの魔力。

普通の探索者なら、腰を抜かして失禁するレベルだ。

でも、俺には違って見えた。

ドラゴンの身体には、無数の槍や剣が突き刺さっている。

傷口からは、ドス黒い瘴気ではなく、透き通った光が漏れ出していた。

そして何より、その咆哮。

『GYAOOOOOOOO!!』

他の人間には、威嚇に聞こえるだろう。

でも、俺の耳にはこう届いていた。

(……お母さん……痛いよ……怖いよぉ……!)

迷子だ。

これは、破壊の化身なんかじゃない。

ただの、傷ついて怯えている子供だ。

俺は、震える足で一歩踏み出した。

『は? 近づいてる?』

『バカなの? 死ぬの?』

『誰か通報しろ!』

ドローンが俺の顔をアップにする。

顔面蒼白、冷や汗まみれ。

足なんてガクガク震えてる。

それでも、俺は武器を捨てた。

腰に差していた錆びたナイフを、地面に放り投げる。

カラン、という高い音が、静寂に響いた。

ドラゴンが、俺を見た。

真紅の瞳が、俺という矮小な存在を捉える。

(……敵……? ……痛くするの……?)

「ううん、違うよ」

俺は両手を広げて、ゆっくりと近づく。

喉がカラカラに乾く。

心臓が早鐘を打って、肋骨が折れそうだ。

「俺は、レン。君の……お医者さんになりに来たんだ」

嘘だ。

俺に治療のスキルなんてない。

あるのは、借金取りへの土下座で培った『低姿勢』と、妹の看病で覚えた『優しさ』だけ。

(……うそつき……人間は、みんな痛くする……!)

ドラゴンが大きく息を吸い込む。

喉の奥で、業火が渦を巻く。

『ブレス来るぞ!!』

『終わった』

『配信切り忘れんなよ』

俺は逃げなかった。

逃げても無駄だというのもある。

でも、それ以上に。

あの子の声が、入院している妹の声と重なったから。

「痛かったね……ずっと、一人で怖かったね」

俺は、語りかけた。

ブレスが放たれる直前。

「……よしよし」

俺は、ドラゴンの巨大な鼻先に、そっと触れた。

第二章 共鳴する魂

世界が、白に染まった。

視聴者の誰もが、俺が消し炭になったと思ったはずだ。

だが、熱さはなかった。

代わりに流れ込んできたのは、膨大な『記憶』。

――かつて、ここが豊かな森だった記憶。

――人間たちが開発のために森を焼き、住処を奪った記憶。

――親竜が殺され、卵だったこの子が、憎しみと悲しみの中で孵化した記憶。

(……なんで……?)

ドラゴンの声が、困惑に揺れている。

(……温かい……?)

俺の手のひらから、俺自身の魔力が吸い取られていく。

Fランクの微弱な魔力だ。

戦闘には何の役にも立たない。

だけど、俺の魔力には特性がある。

『共鳴』。

相手の波長に合わせ、傷を癒やすのではなく、痛みを『共有』する力。

俺の身体に激痛が走る。

ドラゴンの身体に突き刺さった剣の痛みが、そのまま俺にフィードバックされる。

「ぐっ……うぅ……!」

鼻血が滴り落ちる。

全身の骨が軋む。

『おい、レンが泣いてるぞ』

『いや、鼻血出てるし、なんか光ってね?』

『ドラゴンの炎が消えた……?』

『同接50万人突破』

「痛いな……こんなの、よく耐えてたな……偉いよ、お前は……」

俺は涙と鼻水を垂れ流しながら、ドラゴンの硬い鱗を撫で続けた。

「もう大丈夫。俺が、一緒に痛がってやるから」

その時。

ドラゴンの身体を覆っていた黒い瘴気が、パラパラと剥がれ落ち始めた。

下から現れたのは、虹色に輝く美しい鱗。

(……レン……?)

ドラゴンの瞳から、狂気が消える。

代わりに浮かんだのは、深い感謝と、安堵。

巨大な頭部が、ゆっくりと俺の胸に押し付けられる。

まるで、甘える猫のように。

俺は、その巨大な頭を抱きしめた。

「……うん、いい子だ」

その光景は、ドローンを通じて全世界に配信されていた。

Fランクの底辺探索者が、Sランクの厄災級モンスターを、抱擁だけで無力化した瞬間。

『奇跡だ』

『合成じゃないのか?』

『俺、泣いてる』

『スパチャ投げさせろ!』

画面が見えなくなるほどのスパチャの嵐。

だが、物語はここでは終わらない。

「そこをどけぇぇぇぇッ!!」

突然の怒号。

背後から、閃光が走った。

振り返ると、そこには重武装した集団が立っていた。

国内最強と言われるギルド『暁の剣』の精鋭たちだ。

「弱ったところを横取りとはな! 汚い真似しやがって!」

リーダーらしき男が、巨大なバスタードソードを構える。

「そのドラゴンの素材は俺たちのものだ! Fランク風情が触っていい相手じゃねえ!」

俺は、ドラゴンの前に立ちはだかった。

「やめろ! この子はもう戦う気なんてない!」

「はっ! モンスターに人権があるとでも? 金になれよ、化け物!」

男が跳躍する。

必殺のスキルが発動し、剣が光を帯びる。

俺じゃ止められない。

俺は弱い。

ただのFランクだ。

でも。

(……レンを、傷つけるな……!)

俺の背後で、虹色の光が爆発した。

第三章 優しい革命

ドラゴンが吠えた。

だがそれは、破壊の炎ではない。

『守護の結界』。

男の剣は、俺の数センチ手前で、見えない壁に弾き飛ばされた。

「なっ!? 物理反射だと!?」

『暁の剣』のメンバーが次々と吹き飛ばされる。

彼らは気づいていない。

このダンジョンそのものが、今や俺とドラゴンの『味方』になっていることに。

地面が隆起し、侵入者を優しく、しかし強制的に出口へと運んでいく。

殺しはしない。

ただ、拒絶する。

「な、なんだこれは……! ダンジョンが意思を持っているとでもいうのか!?」

男の情けない悲鳴が遠ざかっていく。

静寂が戻った湖畔。

俺はへたり込んだ。

「はは……やったな、俺たち」

振り返ると、ドラゴンが心配そうに俺を覗き込んでいる。

その身体が、徐々に光の粒子になっていく。

討伐されたんじゃない。

『満足』して、本来あるべきマナの循環へと還っていくのだ。

(……ありがとう、レン……)

頭の中に響く声は、もう痛みで歪んでいなかった。

(……これ、あげる……)

ドラゴンの身体が完全に消滅したあと、そこには小さな、虹色の結晶が残されていた。

ドロップアイテムじゃない。

これは、彼女の『心』そのもの。

俺はその結晶を拾い上げた。

温かい。

『クエストクリア』

スマホが無機質な音を立てる。

『獲得経験値:測定不能』

『称号獲得:【対話者】』

『ダンジョン制御権限:掌握』

同接数は『1,200万人』。

世界記録を更新していた。

コメント欄は、もう罵倒ではなかった。

『世界が変わった』

『これが本当の攻略か』

『レン様、一生ついていきます』

俺はカメラに向かって、血と泥で汚れた顔で、少しだけ笑った。

「……というわけで、今日の配信はここまで。高評価、チャンネル登録……してくれると、妹の手術費になるんで、お願いします」

最終章 世界への処方箋

数日後。

俺の病室(過労で倒れた)は、花と手紙で埋め尽くされていた。

政府関係者、ギルド連盟、メディアからのオファーが殺到している。

『ダンジョン=資源』という常識は覆された。

『ダンジョン=対話可能な異種知的生命体、あるいは地球の自浄作用』という新説が、俺の配信を機に爆発的に広まったからだ。

俺の手の中には、あの虹色の結晶がある。

これを妹の胸に乗せると、長年昏睡状態だった妹の頬に赤みが差した。

医者は奇跡だと言ったが、俺にはわかる。

あのドラゴンが、自分の生命力を分けてくれたんだ。

「……お兄ちゃん?」

微かな声。

俺は泣きそうになるのをこらえて、妹の手を握った。

「おはよう、アリサ。……面白い話があるんだ。聞いてくれるか?」

窓の外、東京の空には、以前よりも澄んだ青が広がっていた。

各地のダンジョンから、モンスターたちが『配信』を見ている気配がする。

俺のスマホが震えた。

新しい通知。

『【深海ダンジョン】の管理者から、コラボ依頼が届いています』

「……まったく。Fランクも楽じゃないな」

俺は苦笑して、その通知をタップした。

俺の戦いは終わらない。

剣の代わりに、言葉と共感を武器にして。

これは、世界で一番優しい、ダンジョン攻略の物語だ。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 雨宮レン: 主人公。他人の痛みに敏感すぎるあまり、戦うことができない「最弱」の探索者。しかし、その共感能力こそが、ダンジョンの真意(悲しみやトラウマ)を理解する唯一の鍵となる。妹の手術費のために配信を続けている。
  • 深層のドラゴン(魔王): かつて人間に住処を追われた記憶の集合体。外見は恐ろしいが、内面は傷つき怯える子供。レンの「共感」によって浄化され、虹色の守護竜へと変化する。
  • 『暁の剣』リーダー: 旧来の価値観(力=正義、モンスター=金)を体現する敵役。レンとの対比として描かれ、物理的な強さが通用しない状況で脆さを露呈する。

【考察】

  • 「声」のメタファー: 本作におけるダンジョンの「声」は、社会で黙殺されている弱者の悲鳴や、言語化されないトラウマの象徴である。レンがそれを「聴く」行為は、現代社会における「傾聴」や「理解」の重要性を示唆している。
  • Show, Don't Tellの活用: ドラゴンの感情を「悲しそうだ」と書くのではなく、「突き刺さった剣から光が漏れる」「威嚇音が『お母さん』という言葉に聞こえる」という描写で表現し、読者の情動に直接訴えかける構造にしている。
  • 逆転のカタルシス: 最弱のFランクが、最強のSランクギルドを「暴力」ではなく「優しさ(とドラゴンの加護)」で圧倒する展開は、Web小説の王道である「ざまぁ」要素を含みつつ、読後感を爽やかにする効果を狙っている。
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