天頂の島と星の羅針盤

天頂の島と星の羅針盤

8
文字サイズ:

空に無数の島が浮かぶ世界、浮遊諸島グラン・スカイ。人々は風を掴む帆で空を駆ける「風帆船」に乗り、島から島へと渡り暮らしていた。

「カイ、本気で言ってるの?『天頂の島』なんて、おとぎ話よ」

風帆船エアリアル号の操舵室で、相棒のリナが呆れたように言った。彼女の赤銅色の髪が、窓から差し込む夕日にきらめいている。俺、カイは広げた古地図を指さした。羊皮紙には、インクが掠れてほとんど読めない航路が描かれている。

「おとぎ話じゃない。親父が追い求めた伝説の島だ。そこには、世界の果てさえ指し示すっていう『星の羅針盤』が眠っている。これがあれば、親父の行方も……」

俺の父は、俺が幼い頃にこの羅針盤を探す旅に出て、帰らぬ人となった。地図職人だった父の遺したこの一枚の地図が、唯一の手がかりだった。

「危険すぎるわ。地図が示す『雷雲の海』は、生きて帰った船乗りがいない魔の空域よ」
「だからこそ、誰も辿り着けないんだ。リナ、君の腕が必要だ。君以上の風読み師はいない」

リナは大きなため息をついた後、ニヤリと笑った。「しょうがないわね。あんたの無茶に付き合うのが、私の仕事みたいなものだから」

こうして、俺たちの無謀な冒険が始まった。エアリアル号は、馴染みの空域を抜け、未知の風が吹く上層へと進んでいく。眼下に広がる雲海は、まるで白い海のようだった。

数日後、ついに『雷雲の海』の入り口に到達した。そこは、絶えず稲妻が走り、黒い雲が巨大な獣のように渦巻く、地獄の釜のような場所だった。

「風が荒すぎる……! 帆が裂けるわ!」リナが悲鳴に近い声を上げる。
「高度を下げて、雲の切れ間を縫うんだ!」

リナの神業的な操舵で、エアリアル号は雷の槍をかいくぐり、荒れ狂う気流をサーフィンするように突き進む。船体が悲鳴をあげ、マストが大きくしなる。その時だった。俺たちの背後から、漆黒の巨大な風帆船が姿を現した。ドクロの海賊旗。冷酷非情で知られる空賊、「鉄爪のザン」の一団だ。

「小僧、その地図を渡してもらおうか!」拡声器を通したザンの声が、雷鳴に混じって響き渡る。彼らは俺たちが酒場で地図の情報を探っていた時から、後をつけていたのだ。

敵船から無数の銛が射出される。リナが舵を切り、間一髪でかわすが、船体の一部がえぐられた。
「カイ、何か手は無いの!?」
「親父のメモに書いてあった……『嵐の中心に、静寂はある』と!」俺は叫んだ。「リナ、信じてくれ!あの渦の中心に突っ込むんだ!」
「正気!?」
「正気だ!そこが入り口なんだ!」

リナは一瞬、俺の顔を凝視した。そして、覚悟を決めたように頷くと、船の進路を雷雲の中心、巨大な渦に向けて真っ直ぐ固定した。

「捕まれ!」

エアリアル号は、全てを飲み込まんとする黒い渦へ吸い込まれていく。凄まじい遠心力に体が押し付けられ、視界がぐにゃりと歪んだ。背後で、ザンの船が恐怖に怯んで渦から離れていくのが見えた。

次の瞬間、全ての音が消えた。

暴力的な嵐は嘘のように静まり、俺たちは穏やかな光に包まれていた。目の前に広がっていたのは、言葉を失うほど美しい光景だった。巨大な滝が空から雲海へと流れ落ち、七色の虹がかかっている。緑豊かな大地が広がり、空には見たこともない鳥たちが優雅に舞っていた。ここが、伝説の『天頂の島』。

俺たちは島の中心にある古代の神殿へと向かった。苔むした石造りの祭壇に、それは静かに置かれていた。星屑をガラスに閉じ込めたかのように、内側から淡い光を放つ黄金の羅針盤。

俺がそっと手に取ると、羅針盤の針がゆっくりと回転し、やがて一つの方向を指して止まった。それは、この浮遊諸島の遥か彼方、地図にない未知の空域を指し示していた。

「親父……」

父は死んだのではなかった。まだ見ぬ世界へ、冒険を続けていたのだ。

「行くんでしょ?」隣でリナが微笑んだ。その瞳は、出会った頃のような呆れではなく、同じ夢を見る者の輝きに満ちていた。

「ああ、行こう」俺は力強く頷いた。「俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!」

星の羅針盤が示す新たな航路へ。エアリアル号の帆が、再び希望の風をいっぱいに吸い込んだ。眼下に広がる無限の空は、これから始まる壮大な物語を祝福しているかのようだった。

TOPへ戻る