【閲覧注意】音声ファイル『晩御飯.wav』の解析スレ

【閲覧注意】音声ファイル『晩御飯.wav』の解析スレ

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「ねえ、この音、聞こえる?」

ヘッドホンを外した瞬間、背後の壁から同じノック音がした。

それが、全ての終わりの合図だった。

第一章 アーカイブの深淵

モニターのブルーライトだけが、薄暗い部屋を照らしている。

散乱したカップ麺の容器。

飲みかけのエナジードリンクから漂う、甘ったるい化学物質の匂い。

俺、ハンドルネーム『サトリ』は、愛用のノイズキャンセリングヘッドホンを首にかけ、掲示板の更新ボタンを連打していた。

ここは『オカルト・アーカイブ』。

ネットの海に漂う「出所不明の心霊データ」を収集・検証する、会員制の闇サイトだ。

時刻は午前二時。

丑三つ時なんて古臭い概念は、このデジタルスラムには存在しない。

《スレッドNo.4092:タイトル『晩御飯.wav』》

不意に、新しいスレッドが立った。

投稿者は『名無し』。本文には、ギガファイル便のURLが一つだけ。

「……釣りか?」

俺は独りごちて、マウスを動かす。

カチッ、というクリック音が、静寂に響く。

ファイルサイズは5MB。

音声データにしては軽すぎる。

ダウンロードが完了するまでの数秒間、俺はコメント欄に目を走らせた。

>>1:なんだこれ?

>>2:ただの料理動画の音声抜き出しじゃね?

>>3:トントンって包丁の音しか聞こえん。

>>4:解散、解散。

否定的な意見が並ぶ。

だが、俺の「耳」は疼いていた。

俺には特技がある。

絶対音感ならぬ、「異常聴覚」。

可聴域のノイズを拾い、人の声の震えから嘘を見抜く。

元映像編集者としてのスキルと、この呪われた耳。

それが俺の唯一の武器だ。

「再生、と」

波形編集ソフトにファイルをドラッグ&ドロップする。

緑色の波形が画面に広がる。

ヘッドホンを装着し、再生ボタンを押した。

――トントン、トントン、トン。

リズミカルな音。

確かに、まな板の上で何かを刻んでいる音だ。

背景には、換気扇の回るブーンという低周波音。

時折、ジュウ、という何かが焼ける音。

「……変だな」

俺は眉をひそめた。

包丁の音が、重すぎる。

野菜の繊維を断ち切る音じゃない。

もっとこう、粘度のある、湿ったものを叩き切るような。

『グチャッ、トントン。グチャッ』

違和感の正体を探るため、俺はイコライザーを操作した。

高音域をカット。

生活音のノイズを除去。

「……!」

背筋がゾクリとした。

換気扇の音だと思っていた低周波。

これ、違う。

人の、うめき声だ。

第二章 異物混入

俺はキーボードを叩き、スレッドに書き込んだ。

>>15(サトリ):お前ら、ヘッドホン推奨。150Hz以下の帯域を増幅してみろ。換気扇じゃないぞこれ。

すぐにレスがつく。

>>16:サトリ降臨w

>>17:マジ? やってみる。

>>18:……うわ、聞こえた。

>>19:男の声? いや、テープで口を塞がれてる感じか?

場の空気が変わる。

モニターの向こう側にいる数千人の「特定班」たちが、一斉に動き出す気配。

俺はさらに解析を進めた。

包丁のリズム。

一定ではない。

トン、トントン、トン……。

「モールス信号か?」

いや、違う。

俺は波形の一部を拡大し、ループ再生する。

その時、異変に気づいた。

包丁の音が止む瞬間。

微かに、本当に微かに聞こえる音がある。

『……ニュースをお伝えします。本日未明……』

テレビの音だ。

録音現場の、さらに奥の部屋で流れているテレビの音声。

俺は音量を極限まで上げ、ノイズリダクションを最大にかける。

キャスターの声が、ノイズの海から浮かび上がる。

『……区のアパートで、身元不明の遺体が発見されました……』

これだ。

このニュースの日時を特定できれば、録音された日がわかる。

俺は掲示板に情報を投げた。

>>42(サトリ):背景にニュース音声あり。「区のアパート」「身元不明の遺体」。このワードで検索頼む。

数分後。

>>55:あった。これじゃね?

>>56:リンク先の記事、日付見ろよ。

>>57:え……?

俺もリンクを開く。

そこに記されていた日付を見て、息が止まった。

『202X年 10月24日』

今日は、10月23日だ。

「……は?」

時計を見る。

10月23日、午前2時15分。

記事の日付は、明日。

いや、正確には「今日の数時間後」の朝刊記事だ。

「誤植か? いや、ネットニュースだぞ……」

混乱する俺の耳に、ヘッドホンから流れる音声が突き刺さる。

『……次のニュースです』

キャスターが読み上げる。

『……現場からは、刃物のようなもので切断された……』

その声が、妙にクリアに聞こえ始めた。

まるで、音源との距離が近づいているように。

俺はハッとして、ヘッドホンを外した。

部屋の中。

静寂。

いや、違う。

――ブーン……。

冷蔵庫のコンプレッサーの音。

PCのファンの音。

そして、隣の部屋から微かに聞こえる、テレビの音。

壁に耳を当てる。

隣人は留守のはずだ。

なのに、テレビがついている。

『……ニュースをお伝えします』

ヘッドホンの中で聞いた声と、壁越しに聞こえる声。

完全に、同期(シンクロ)している。

第三章 同期する時間

冷や汗が背中を伝う。

偶然だ。

たまたま、同じニュースの再放送を見ているだけだ。

そう自分に言い聞かせ、再びヘッドホンを装着する。

音声ファイルは、終盤に差し掛かっていた。

『トントン、トン……』

包丁の音が、次第に大きくなる。

録音機器に近づいているのか。

いや、違う。

この部屋の、すぐ近くで鳴っているような。

俺は解析ソフトのタイムラインを見つめた。

残り時間、あと10秒。

そこで、とある「音」が記録されていた。

カチャン、という金属音。

続いて、ギィィ……という、蝶番がきしむ音。

「……これ、ドアの……」

俺はゆっくりと、自室のドアを振り返る。

錆びついた蝶番。

開けるたびに鳴る、あの不快な音。

音声ファイルの中の音が、再生される。

『ギィィ……』

同時に。

背後のドアノブが、ゆっくりと回った。

ヘッドホンからの音と、現実の音が、完全に重なる。

0.1秒のズレもなく。

「嘘だろ……」

声が出ない。

喉が張り付いたように渇いている。

音声ファイルは、未来の録音じゃない。

今、この瞬間の、「生配信」だ。

スレッドが更新される。

>>108:おい、サトリ。

>>109:サトリ、後ろ。

>>110:逃げろ。

なぜ、こいつらは知っている?

俺は画面に食い入るように見た。

投稿者『名無し』のID。

それを解析したレスがあった。

>>115:IPアドレス特定。

>>116:これ、サトリの自宅じゃん。

俺が、投稿した?

覚えがない。

混乱の中、ヘッドホンから最後の音が流れる。

『……見つけた』

それは、俺の声だった。

低く、歪んだ、俺自身の声。

しかし、俺は喋っていない。

振り返ることができない。

ドアの隙間から、何かが入ってくる気配がする。

生温かい風。

そして、あの匂い。

動画の中で、何かが焼けていた音。

あれは料理じゃない。

焦げ付いた、髪の毛の匂いだ。

俺の視界の端。

モニターの黒い画面に、背後の光景が映り込む。

そこに立っていたのは、俺だった。

いや、俺の顔をした、何か。

両手には、包丁。

その刃先は、赤黒く濡れている。

最終章 調理開始

「あ……」

モニターの中の「俺」が、ニタリと笑う。

そして、ヘッドホンの中で、音声ファイルが終了する。

プツン、という音と共に。

だが、音は消えない。

現実の世界で、背後の「俺」が口を開く。

「録音、完了」

振り下ろされる刃の風切り音。

それが、俺がこの世で聞いた、最後の「生音」だった。

――翌朝のニュース。

『……未明、都内のアパートで、男性の遺体が発見されました。遺体は激しく損壊されており……現場のパソコンには、奇妙な音声ファイルが残されていました』

オカルト・アーカイブのスレッド。

>>502:サトリ、更新止まったな。

>>503:あのファイル、消えてるぞ。

>>504:代わりに新しいのが上がってる。

《スレッドNo.4093:タイトル『朝御飯.wav』》

再生しますか?

[YES] / [NO]

AI物語分析

【主な登場人物】

  • サトリ: ネット掲示板「オカルト・アーカイブ」の住人。異常聴覚(ハイパーアカシス)を持ち、わずかなノイズから真実を暴くことを生き甲斐にする。社会的な繋がりを絶ち、モニターの中だけの真実を信奉しているが、その傲慢さが仇となる。
  • 名無し(投稿者): 正体不明の投稿者。IPアドレスはサトリ自身のものと一致していた。ドッペルゲンガーなのか、並行世界のサトリなのか、あるいは「サトリの狂気」が生み出した幻影なのかは明言されない。

【考察】

  • タイトルの二重性: 『晩御飯』という日常的な単語が、カニバリズムや身体破壊を暗示するグロテスクな意味へと変貌する過程を描いている。「料理される側」になる皮肉が込められている。
  • メディアの同期(シンクロニシティ): 録音データ(過去/未来)と現実(現在)の境界が曖昧になる「第四の壁」を破壊する演出。読者がスマホで読んでいる最中に「後ろを振り返りたくなる」没入感を意図したメタフィクション構造。
  • ループ構造の示唆: ラストで『朝御飯.wav』がアップロードされる結末は、この悲劇がサトリ一人で終わらず、次の犠牲者(あるいは読者)へと連鎖していく「都市伝説の伝播」を象徴している。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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