第一章 剪定された庭師
「ベルカ、お前はクビだ」
乾いた音がした。
勇者アレクが、俺の愛用していた剪定鋏を石畳に蹴り飛ばした音だ。
「……クビ、ですか」
「ああ。魔王城への進軍に、『庭師』なんてふざけたジョブはいらない。荷物持ちとしても、お前のその貧弱な体格じゃ足手まといなんだよ」
王都のギルド酒場。
周囲の視線が突き刺さる。
嘲笑、憐憫、無関心。
俺は足元の鋏を拾い上げ、土汚れを袖で拭った。
「ですが、野営地の防衛柵を作っているのは僕の植物魔法です。ポーションの原料となる薬草の管理も……」
「聖女マリアの回復魔法があれば薬草なんぞ要らん。防衛柵? 賢者ルナの結界魔法の方が百倍マシだ」
賢者ルナが杖を弄びながら、冷ややかな視線を向けてくる。
「悪いわね、ベルカ。あなたの育てるトマト、味は悪くなかったけど……泥臭いのよ」
「そういうことだ。手切れ金代わりに、装備は持って行っていい。さっさと消えろ」
俺は深く息を吐いた。
怒りよりも先に、奇妙な納得感が胸に広がる。
植物は、環境が合わなければ枯れる。
あるいは、より適した場所を求めて種を飛ばす。
「……承知しました」
「おい、泣いて謝るなら今のうちだぞ?」
「いえ。今までお世話になりました」
俺は頭を下げ、酒場を背にした。
背後で勇者たちの高笑いが聞こえる。
(彼らは知らない)
俺はポケットの中で、小さな種籾を握りしめた。
『庭師』の真価は、ただ花を育てることじゃない。
環境そのものを、支配することにあるのだと。
第二章 死の大地と『品種改良』
俺が向かったのは、王都から遠く離れた北の果て。
『死の顎(あぎと)』と呼ばれる不毛の荒野だ。
瘴気が大地を覆い、草一本生えないと言われる呪われた土地。
だが、俺には「理想の庭」に見えた。
「……土が死んでいるんじゃない。飢えているだけだ」
俺は地面に手を触れる。
固有スキル『植物対話』。
大地の奥底で眠る、微かなマナの脈動を感じ取る。
「さて、始めようか」
俺は背負い袋から、王都を出る際にくすねてきた魔物の素材を取り出した。
『マンイーターの蔓』。
そして、道端で拾った枯れかけた『鉄樫の苗』。
「スキル発動────『接ぎ木』」
バチバチと緑色の火花が散る。
通常ならあり得ない組み合わせ。
だが、俺の知識と魔力は、遺伝子の壁を強制的にねじ伏せる。
グググッ、と苗が震えた。
次の瞬間、爆発的な勢いで根が伸び、干からびた大地に突き刺さる。
「『品種改良』……特性付与《超吸水》《金属硬化》」
苗は瞬く間に大木へと成長し、その枝からは鋭利な棘を持つ蔦が蛇のように這い出した。
「グルルル……」
背後で唸り声が聞こえる。
荒野を彷徨う魔獣、ブラックウルフの群れだ。
涎を垂らし、無防備な背中を狙っている。
「おあつらえ向きの『肥料』が来たな」
俺が指を鳴らす。
刹那。
ドスッ! ドスッ!
「ギャンッ!?」
鉄樫の蔦が鞭のようにしなり、ウルフたちを串刺しにした。
断末魔を上げる間もなく、彼らの血液と魔力は根に吸い上げられていく。
木々の緑が、より一層濃くなる。
枝先に、真っ赤な果実が実った。
「ふむ。魔獣の血を吸って育つ『ブラッドオレンジ』か。滋養強壮に良さそうだ」
俺はその実をもぎ取り、一口かじる。
濃厚な甘みと、力が湧き上がる感覚。
「さて、ここを拠点(ホーム)にする。まずは風除けの森を作らないとな」
俺の開拓生活は、たった一本の木から始まった。
第三章 狼少女と楽園の萌芽
開拓を始めて三ヶ月。
『死の顎』は、様変わりしていた。
荒涼とした灰色の大地は消え失せ、見渡す限りの緑。
ただし、普通の森ではない。
外敵を自動で迎撃する『ガトリング・マンドラゴラ』。
空気を浄化し、結界を張り巡らせる『クリスタル・ローズ』の生垣。
地下水を汲み上げ、温泉を湧き出させる『ポンプ・バンブー』。
俺の知識とスキルが暴走気味に融合した、難攻不落の植物要塞だ。
「ベルカ、さま……これ、おいしい」
「そうか。もっと食え、リナ」
俺の隣で、銀髪の少女がトウモロコシにかぶりついている。
彼女はリナ。
半月前、森の入り口で行き倒れていたフェンリルの幼体だ。
人化しているが、頭上のモフモフした耳と尻尾は隠せていない。
「うぅ……ベルカ様、大好き」
リナは俺の腰に抱きつき、顔を擦り付けてくる。
拾った時は骨と皮だけだったが、俺の特製野菜を食べてすっかり健康的になった。
なにより、彼女の魔力は植物たちの成長を促進させる。
「主よ、南西より侵入者あり」
頭上から声がした。
俺が作り出した高知能植物、『エルダー・トレント』の番人だ。
「魔獣か?」
「否。人間なり。武装しており、疲弊している様子」
俺はリナの頭を撫で、立ち上がる。
「行こうか。害虫駆除の時間かもしれない」
第四章 枯れ果てた勇者たち
森の境界線。
そこには、ボロボロの鎧をまとった見覚えのある連中がいた。
「はあ、はあ……なんだこの森は……地図にはないぞ……」
勇者アレクだ。
かつての輝きは見る影もない。
鎧は凹み、自慢の聖剣は刃こぼれしている。
後ろに続く賢者ルナも、聖女マリアも、泥だらけで憔悴しきっていた。
「誰だ! そこにいるのは!」
アレクが俺に気づき、声を荒げる。
俺は木の上から、冷ややかに彼らを見下ろした。
「不法侵入ですよ。ここは私有地です」
「その声……ベルカか!? なぜお前がこんな所に!」
「見ての通りの庭師ですよ。お前たちが『役立たず』と捨てた」
アレクの顔が引きつる。
「そ、そうか! お前が作ったのか、この拠点は! ちょうどいい、我々を匿え!」
「は?」
「魔王軍の幹部に待ち伏せされたんだ! 補給物資も尽きた。おい、早く食事を用意しろ! マリアには清潔なベッドを!」
アレクは当然のように命令する。
変わっていない。
こいつらは、世界が自分中心に回っていると信じて疑わない。
「断る」
俺の言葉に、場が凍りついた。
「……あ? 何を言っている? 勇者命令だぞ?」
「ここは俺の庭だ。そして、お前たちは招かれざる客だ」
俺が指を振るう。
ザワワッ、と周囲の森が蠢いた。
巨大な『捕食華』が鎌首をもたげ、アレクたちの周囲を取り囲む。
「ひっ……!」
賢者ルナが悲鳴を上げ、尻餅をつく。
「な、何をする気だベルカ! 俺たちは仲間だろう!?」
「仲間? 誰が?」
俺は淡々と告げる。
「お前たちは俺を剪定した。不要な枝として切り捨てたんだ。……切り落とされた枝が、勝手に根付いて大樹になったからといって、今さら実を寄越せなんて虫が良すぎる話だと思わないか?」
「まっ、待って! 私が悪かったわ!」
聖女マリアが涙目で叫ぶ。
「回復役が必要でしょ? 私がいれば……!」
「必要ない。この森の果実は、ポーションよりも効く」
俺はリナを手招きした。
彼女の手には、光り輝く『エリクサー・アップル』が握られている。
「それに、俺には最高のパートナーがいる」
「ガルルッ!」
リナがフェンリルのオーラを解放し、勇者たちを威圧する。
その圧倒的な魔力差に、アレクたちの顔色が絶望に染まった。
最終章 楽園は誰がために
「さあ、去れ。二度と俺の視界に入るな」
俺が合図を送ると、森の木々が道を開けた。
それは歓迎ではなく、排泄の道。
ゴミを外へ押し出すためのルートだ。
「く、くそぉぉぉぉ!」
捨て台詞を吐きながら、勇者たちは逃げ去っていった。
彼らはこれから、補給もないまま魔王軍の支配領域を彷徨うことになる。
それがどれほど過酷なことか、俺は知る由もないし、興味もない。
「行っちゃったね、ベルカ様」
「ああ。これで静かになった」
俺はリナの肩を抱き、振り返る。
そこには、夕日を浴びて黄金に輝く、俺たちの楽園が広がっていた。
「さて、今日は『世界樹』の苗を植えようか。接ぎ木すれば、一年で空まで届くはずだ」
「うん! 私、手伝う!」
庭師の仕事は終わらない。
だが、それは苦役ではない。
この愛すべき植物たちと、大切な家族と共に生きるための、幸せな営みなのだから。
風が吹き抜け、葉擦れの音が祝福のように鳴り響いた。