君の栄光はあと3秒で崩壊する~追放された監査官は、真実の帳簿で勇者を裁く~

君の栄光はあと3秒で崩壊する~追放された監査官は、真実の帳簿で勇者を裁く~

主な登場人物

エリオ・アークライト
エリオ・アークライト
19歳 / 男性
色素の薄い灰色の髪。常に片目に機械仕掛けのモノクル(解析用魔道具)を装着している。服装は機能性を重視した、ポケットの多い革と布の複合ローブ。背中には大きな帳簿を背負っている。
レオン・ブレイブ
レオン・ブレイブ
19歳 / 男性
燃えるような金髪に碧眼。煌びやかな白銀のフルプレートアーマーを纏うが、物語後半では鎧と肉体が融合し、醜悪な姿へと変貌していく。
セレーネ・ルナ
セレーネ・ルナ
16歳 / 女性
地面に届くほどの長い銀髪。瞳は深紅。出会った当初はボロボロの麻袋のような服だったが、覚醒後は純白のシスター服(修道服)を纏う。肌は透き通るように白い。

相関図

相関図
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4 7042 文字 読了目安: 約14分
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第一章: 静かなる決別

極寒の風が、頬の皮膚を紙やすりのように削いでいく。

視界の全てを白一色に塗り潰す吹雪。その只中で、私の**色素の薄い灰色の髪**が凍り付き、硝子細工のような硬質な音を立てた。

悴んだ指先で、**革と布を幾重にも縫い合わせた多機能ローブ**の襟を直す。無数にあるポケットの中、予備の触媒とインク壺が冷え切り、カチカチと虚しいリズムを刻む。

私は**右目に嵌めた真鍮製のモノクル**の位置を調整し、背負った分厚い帳簿の重みを確かめた。

その帳簿こそが、私の全て。このパーティの命綱だった、はずなのだが――。

[A:レオン・ブレイブ:怒り]「おいエリオ、聞いてんのか! お前はクビだと言ったんだ!」[/A]

鼓膜を打つ怒号。

目の前に立ちはだかるのは、黄金の獅子を模した白銀のフルプレートアーマーを纏う男。

かつての親友。今は私を見下す勇者、レオン・ブレイブ。

彼の碧眼は、もはや私を人間としては映していない。映っているのは、ただの「性能の悪い道具」だ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……聞こえていますよ、レオン。理由を伺っても?」[/A]

[A:レオン・ブレイブ:怒り]「地味なんだよ、テメェの魔法は! 『守備力強化』だの『耐久値補修』だの、俺の聖剣の輝きが霞むだろうが! もっと派手な爆発魔法を使える奴を入れることにした。失せろ」[/A]

唾を吐き捨てるように言い放ち、背を向ける彼。

その瞬間、私のモノクルが微かな駆動音を立てて回転する。

レンズの奥、深紅の文字列が浮かび上がった。

[System]《万象監査(クロノス・アイ)》起動[/System]

[System]対象:レオン・ブレイブ[/System]

[System]装備耐久値:限界突破[/System]

[System]身体強度:崩壊寸前[/System]

[System]加護残存時間:00時間00分03秒[/System]

……計算が、合わない。いや、合いすぎてしまったと言うべきか。

私がかけ続けていた『構造維持』の魔法。それがなければ、彼の鎧も、過剰な魔力ドーピングに耐えてきた肉体も、とっくに限界を迎えている。

私がこの場を去れば、維持効果は切れる。

あと、三秒で。

[Think](言わなければ。君の寿命は、あと三秒だと。君の栄光は、私の計算の上に成り立っていたのだと)[/Think]

口を開きかけた、その刹那。

レオンが腰の聖剣を抜き放ち、氷壁に向かって高らかに叫ぶ。

[A:レオン・ブレイブ:興奮]「見ろ! この溢れ出る力を! エリオ、お前がいなくとも俺は最強だ!」[/A]

その背中は、あまりにも無防備で、そして哀れだった。

言うべきではない。

今、真実を告げれば、彼は恐怖のあまり発狂し、その瞬間に魔力暴走を起こして周囲ごと吹き飛ぶだろう。

せめて、英雄として死なせてやるのが、最後の慈悲か。

私は懐から転移石を取り出し、指先で砕く。

青白い光が私の体を包み込んだ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……今までありがとう、レオン。清算は、これで終わりです」[/A]

[A:レオン・ブレイブ:狂気]「あぁ、せいぜい惨めに野垂れ死ね!」[/A]

空間が歪む。

視界が暗転する直前、モノクルのカウントダウンが『0』を示した。

『ガギィッ!!』

背後で響く、硬質な金属がひしゃげる不快な音。

それは鎧が潰れる音か、それとも骨が砕ける音か。

[Shout]「あ、が……ッ!? なんだ、体が、お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁッ!!?」[/Shout]

転移の光が収束し、私は雪山から消え去る。

最後に耳に残ったのは、勇者の断末魔ではない。

信じていた「己の強さ」に裏切られた、子供のような泣き叫び声だった。

◇◇◇

転移先は、辺境の街の路地裏。

石畳にブーツが着地するのと同時、心臓が早鐘を打つ。

膝から力が抜け、カビ臭い壁に手をついた。

[A:エリオ・アークライト:恐怖]「は……、はぁ、はぁ……ッ」[/A]

冷徹に振る舞ったつもりだった。

だが、胃の腑が鉛を飲み込んだように重い。

手のひらを見れば、血管が浮き出るほど強く握りしめられている。

友を見捨てた。

いや、見捨てざるを得なかった。

計算上、共倒れになる確率は100%だったのだから。

[A:エリオ・アークライト:悲しみ]「……感情はノイズだ。計算に、後悔など不要だ」[/A]

自分に言い聞かせる言葉は、乾いた唇から零れ落ちて、誰にも届かずに消えた。

その時だ。

街の広場にある巨大な掲示板へ、王都からの早馬が到着し、一枚の羊皮紙が乱雑に貼り付けられたのは。

群衆がどよめき、悲鳴が上がる。

私はモノクルの倍率を上げ、その文字を読み取った。

『緊急速報:勇者パーティ、ダンジョンにて原因不明の爆発により消息不明。勇者レオン、死亡の可能性大』

世界は、英雄を失った。

だが、私の監査(物語)は、ここから始まる。

第二章: 呪いの正体

勇者死亡のニュースは、燎原の火のごとく大陸中を駆け巡った。

しかし、感傷に浸る間もなく、私は次の「監査対象」がいる場所へと足を運ぶ。

辺境都市の地下深く。

かつて監獄として使われていた、忌むべき場所だ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「湿度が基準値を30%超過していますね。これでは建材が腐る」[/A]

鼻を突くのは、カビと腐敗臭、そして濃密すぎる甘い花の香り。

鉄格子の奥に、その「呪い」の源はあった。

[A:セレーネ・ルナ:恐怖]「こ、来ないで……! 腐っちゃう……あなたが、腐っちゃう……!」[/A]

暗闇の中、ぼろ切れのような麻袋を纏った少女が縮こまっている。

地面に広がる長い銀髪**は泥と汚物に塗れ、本来の輝きを失っていた。

だが、その**深紅の瞳**だけが、怯えと拒絶の色を宿して私を睨みつけている。

彼女の周囲では、石床から不気味な色の茸や蔦が異常増殖し、触れる端から枯れては再生を繰り返していた。

「触れるもの全てを腐らせる魔女」。

それが彼女につけられた汚名。

私は帳簿を開き、モノクル越しに彼女を「視」る。

[System]対象:セレーネ・ルナ[/System]

[System]状態:生命力過剰供給(オーバーフロー)[/System]

[System]魔力出力:制御不能[/System]

[System]判定:呪いではなく、世界樹の愛(ギフト)[/System]

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……計算通りだ。貴女は腐らせているのではない。生命を与えすぎているのです」[/A]

躊躇なく鉄格子を開け、彼女の元へ歩み寄る。

[A:セレーネ・ルナ:絶望]「だめぇッ!! 死んじゃう! お願い、来ないでぇッ!!」[/A]

絶叫と共に、床から茨が飛び出し、私の頬を掠めた。

赤い血が滲むが、足は止まらない。

彼女の前に跪き、怯えて震えるその小さな手を、私の両手で包み込んだ。

[Sensual]

[A:セレーネ・ルナ:驚き]「あ……?」[/A]

触れた瞬間、パチリと静電気が弾けるような音。

彼女の肌は陶器のように白く、そして熱かった。

膨大すぎる生命力が、行き場を失って彼女の体内で暴れ回っている。

それはまるで、噴火寸前の火山のよう。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「動かないで。余剰分のパスを、私に繋げます」[/A]

指を絡め、彼女の脈動に自らの魔力波長を同調させる。

ドクン、ドクン、と二つの心臓が重なる錯覚。

彼女の指先から流れ込んでくるのは、暴力的なまでの「生」の奔流だ。

熱い。焼けるようだ。

私の体内を黄金の蜂蜜が満たしていくような感覚に、思わず吐息が漏れる。

[A:セレーネ・ルナ:照れ]「あ、んっ……な、なに、これ……熱い、のに……心地いい……」[/A]

潤む瞳、薔薇色に染まる頬。

泥にまみれていた銀髪が、根元から月光のような輝きを取り戻していく。

私の指が彼女の手首を滑り、リミッターとなる術式を直接肌に書き込むように撫で上げた。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……同調(シンクロ)、完了。出力を安定させます」[/A]

モノクルが激しく回転し、彼女から溢れ出ていた腐敗の瘴気が、瞬く間に純白の光へと変換されていく。

[/Sensual]

地下牢を満たしていた腐臭が消え、代わりに清冽な百合の香りが満ちた。

壁を覆っていた不気味な茸は枯れ落ち、石の床からは、あり得ないはずの白い花々が一斉に芽吹き、咲き乱れる。

冷たい牢獄が、一瞬にして天上の花園へと変貌した。

[A:セレーネ・ルナ:驚き]「……花? 私が、花を……咲かせたの?」[/A]

呆然と自分の手を見つめ、そして私を見上げる少女。

その瞳には、もはや怯えはない。

あるのは、神を見るような、あるいはそれ以上の、熱狂的な崇拝の色。

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「貴方が……私を、直してくれたのですか?」[/A]

[A:エリオ・アークライト:冷静]「修理完了です。貴女はもう、誰かを傷つける存在ではない」[/A]

立ち上がろうとすると、彼女は私のローブの裾を掴んで離さない。

その瞳孔が開いているのが、モノクル越しにありありと見えた。

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「神様……いいえ、エリオ様。私の全ては、今から貴方のものです。心臓も、血も、肉も、魂も……全部、全部、好きに使ってください」[/A]

重い。

彼女の感情の質量が、数値化できないほどに重い。

だが、不思議と不快ではなかった。

私は初めて、誰かに「必要」とされたのだから。

しかし、その安らぎは長くは続かない。

地上から、けたたましい鐘の音が響き渡る。

それは、魔物の襲来を告げる警鐘ではない。

もっとおぞましい、「罪人狩り」の合図だった。

第三章: 咎人の烙印

街の広場は、異様な熱気に包まれていた。

人々は松明を掲げ、口々に何かを叫んでいる。

私とセレーネが地下から出た瞬間、無数の視線が突き刺さった。

[A:レオン・ブレイブ:狂気]「見つけたぞぉぉぉぉッ!! 俺をハメた裏切り者がぁぁぁ!!」[/A]

広場の中央。

そこに立っていたのは、かつての勇者レオンの成れの果て。

白銀だった鎧は黒く変色し、肉体と癒着している。

右半身は異形に膨れ上がり、皮膚の下で何かが蠢く。

死んだはずの彼が、魔物の肉を取り込んで蘇ったのだ。

[A:エリオ・アークライト:驚き]「レオン……? その姿は……」[/A]

[A:レオン・ブレイブ:怒り]「エリオォォ! 貴様の呪いだ! 貴様が去り際にかけた呪いのせいで、俺はこうなった! そうだろ!?」[/A]

彼は民衆に向かって、歪んだ腕を振り上げた。

[A:レオン・ブレイブ:悲しみ]「市民よ! 聞いてくれ! 俺は魔王と戦い、傷ついた! だが、この卑劣な支援術師が、俺の力を妬んで罠に嵌めたんだ! こいつこそが、人類の敵だ!」[/A]

嘘だ。

だが、恐怖に支配された民衆にとって、真実などどうでもいい。

必要なのは「分かりやすい敵」だ。

「殺せ!」「裏切り者め!」「勇者様を返せ!」

飛来する石。

額に当たり、温かいものが流れ落ちる。

私が無償で井戸を修理したパン屋の親父が、石を投げていた。

私が迷子を見つけてやった婦人が、唾を吐いていた。

[Think](ああ、そうか。計算式が間違っていた)[/Think]

私は、世界を守るために尽くしてきた。

だが、世界は私など見ていなかった。

彼らが見ていたのは「勇者という偶像」だけ。

その偶像が「あいつが敵だ」と言えば、私は敵になる。

単純で、残酷な数式。

[A:レオン・ブレイブ:狂気]「ハハハ! 見ろエリオ! これが俺の人望だ! お前には何もない! 誰も味方などいない! 孤独に死ねぇ!」[/A]

絶望が、黒いタールのように思考を埋め尽くす。

反論する気力さえ湧かない。

私は、ただの部品だった。

そして今、廃棄処分されようとしている。

膝が折れそうになった、その時。

[Magic]《聖域展開(サンクチュアリ)》[/Magic]

純白の光のドームが、私を中心に展開された。

飛んできた石礫が、光の膜に触れて灰となって消える。

[A:セレーネ・ルナ:怒り]「……下衆が」[/A]

セレーネが、私の前に立ちはだかっていた。

修道服へと変化した衣装が風にはためく。

その背中は小さいが、どんな城壁よりも堅固に見えた。

彼女の深紅の瞳が、民衆とレオンを射抜く。

[A:セレーネ・ルナ:怒り]「私の世界(エリオさま)に石を投げるなら、その腕、もう要りませんよね?」[/A]

[A:レオン・ブレイブ:驚き]「な、なんだその魔力は!? 貴様、あの腐敗の魔女か!? 化け物同士で手を組みやがったか!」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「化け物で構いません。世界中が敵に回っても、私だけは貴方の味方です。エリオ様の手は、こんなに温かいのですから」[/A]

彼女は血の流れる私の額に、そっと口づけをした。

その冷たい唇の感触が、私の停止しかけた思考回路を再起動させる。

味方が、いる。

たった一人。

だが、私の計算上、「1」は「0」とは無限の隔たりがある。

私はモノクルについた血を拭い、再びレオンを見据えた。

恐怖はない。

あるのは、静かなる怒りと、冷徹な監査官としての使命感だけ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……レオン。君の不正会計(うそ)を、これより監査します」[/A]

[A:レオン・ブレイブ:怒り]「あ? 何言ってやがる!」[/A]

[A:エリオ・アークライト:冷静]「逃げるのは終わりだ。セレーネ、サポートを頼めますか?」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:喜び]「はい、地獄の果てまで!」[/A]

背負った帳簿を、勢いよく開く。

ページが風に舞い、世界を覆う嘘を暴くための数式が、空中に躍り出た。

処刑場となるはずだった広場は今、私の法廷へと変わる。

第四章: 監査の開始

「ふざけるな! 殺せ! そいつらを殺せぇ!」

レオンの叫びに応じ、洗脳された衛兵たちが剣を抜いて殺到する。

だが、私の眼には全てが「数値」として映っていた。

[System]対象:衛兵A[/System]

[System]剣の軌道予測:右斜め45度[/System]

[System]回避必要動作:左へ3cm[/System]

[A:エリオ・アークライト:冷静]「そこ、足元の石畳の耐久値がゼロです」[/A]

指を鳴らすと、衛兵が踏み込んだ石畳が粉々に砕け、彼は無様に転倒した。

続く衛兵の剣は、セレーネが展開した光の障壁に弾かれる。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「万象監査(クロノス・アイ)、限定解除。……レオン・ブレイブの『英雄譚』を再査定(チェック)する」[/A]

空中に浮かぶ数式に触れる。

すると、広場の空間に巨大なホログラムのような映像が投影された。

それは、過去の記録。

勇者が「単独でドラゴンを倒した」とされる場面。

映像の中で、レオンは震えて岩陰に隠れていた。

実際にドラゴンに止めを刺したのは、私が設置した魔導トラップと、名もなき兵士たちの特攻だった。

「な……なんだこれ? 勇者様が、逃げている?」

「おい、あの時の報酬、全部レオン様が一人占めしたんじゃ……」

[A:レオン・ブレイブ:恐怖]「やめろ! 消せ! それは幻覚だ! 俺を貶めるための捏造だ!」[/A]

レオンが吠えるが、映像は次々と切り替わる。

魔力を不当に搾取し、街の結界を弱体化させていた証拠。

寄付金を遊興費に使い込んでいた帳簿の写し。

そして、彼が魔物と融合し、人の心を捨てた瞬間の、おぞましい魔力波形の解析データ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「数字は嘘をつかない。君の英雄としての信用スコアは、既にマイナスだ」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:冷静]「見苦しいですね。エリオ様の靴の裏ほどの価値もありません」[/A]

民衆の目に宿っていた熱狂が、急速に冷めていく。

代わりに浮かぶのは、騙されていたことへの激しい怒りだ。

石を投げる手が止まり、その矛先がゆっくりと、舞台上の異形へと向き直る。

[A:レオン・ブレイブ:絶望]「ち、違う……俺は、俺は悪くない! みんな俺を愛していたはずだろ!? なんで俺を見る目が変わるんだ!」[/A]

後ずさり、その背中が建物の壁にぶつかる彼。

融合した魔物の肉が脈打ち、彼の精神の崩壊に合わせて暴走を始める。

[Shout]「う、うわあああああ! 力が、溢れる! 止まらない! 俺を否定する奴は、全員消えろぉぉぉ!!」[/Shout]

レオンの身体が膨張し、街全体を飲み込むほどのどす黒い闇が噴出した。

それはもはや人間ではない。

嫉妬と劣等感の塊となった、災厄の獣。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「……最終監査に移行します。セレーネ、行けますか」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「貴方の目が届く場所なら、どこまでも」[/A]

街が崩壊を始める中、私たちは逃げるのではなく、その闇の中心へと向かって走り出した。

これはただの戦いではない。

友だった男への、最後の手向け(引導)を渡すための業務だ。

だが、私の視界が不意に明滅した。

モノクルの過負荷警告(オーバーヒート・アラート)。

使いすぎた。

代償の支払期限が、迫っている。

[Think](あと少し。あと少しだけ、この光を保ってくれ……!)[/Think]

視界の端が黒く塗りつぶされていく恐怖を押し殺し、私は闇の中へと飛び込んだ。

第五章: 寿命の清算

王都の上空は、レオンの放つ瘴気でどす黒く染まっていた。

巨大な肉塊と化した彼は、もはや言葉を話すこともできない。

ただ、「俺を見ろ」という承認欲求だけが、破壊の衝撃波となって周囲を薙ぎ払っている。

[A:セレーネ・ルナ:恐怖]「くっ……! 障壁が、保ちません……!」[/A]

セレーネの展開する『聖域』に走る亀裂。

圧倒的な質量の暴力。

だが、私には見えていた。

その膨大なエネルギーの中に隠された、たった一つの「核(コア)」が。

そして、その核に残された『魂の限界時間』が。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「セレーネ、全魔力を私に。彼の時間を、強制執行します」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:悲しみ]「だめです! そんなことをしたら、エリオ様の目が……視神経が焼き切れます!」[/A]

[A:エリオ・アークライト:冷静]「構わない。……君の顔は、もう十分に目に焼き付けたから」[/A]

彼女が息を呑む気配。

私は彼女の肩を抱き寄せ、その唇に――。

[Sensual]

最後の口づけを落とした。

それは契約であり、別れの挨拶であり、そして初めての「計算外の衝動」だった。

彼女の震える唇から、熱い涙の味が伝わってくる。

[/Sensual]

[A:エリオ・アークライト:怒り]「行くぞ、レオンッ!! これが最後の監査だッ!!」[/A]

モノクルのリミッターを砕き、魔力を暴走させる。

視界が白熱し、眼球が焼けるような激痛が走った。

世界が数式に分解されていく。

[System]対象:レオン・ブレイブ(魂)[/System]

[System]干渉:寿命の先食い(ローン)[/System]

[System]執行:即時償還[/System]

[Magic]《終焉監査(デッドライン・オーバー)》[/Magic]

[Shout]「ギャアアアアアアアアアアッ!!」[/Shout]

レオンの核が、内側から急速に収縮を始めた。

彼が未来で得るはずだった寿命、その全てを一瞬で消費させ、強制的に「老衰」させる禁術。

崩れゆく肉塊の中で、一瞬だけ、かつてのレオンの顔が浮かぶ。

泣いているように見えた。

[A:レオン・ブレイブ:悲しみ]「……エリオ。俺は、ただ……お前と……」[/A]

[A:エリオ・アークライト:悲しみ]「ああ。分かっていたよ。……おやすみ、レオン」[/A]

光が弾けた。

そして、世界から音が消え――私の視界もまた、永遠の闇に閉ざされた。

◇◇◇

暖かい。

陽だまりのような匂いがする。

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「……エリオ様? 紅茶が入りましたよ」[/A]

声がして、手に温かいカップが握らされた。

私は目を開けるが、そこにあるのは変わらぬ暗闇だけだ。

視力は戻らなかった。

だが、不思議と不便は感じない。

私の「目」となってくれる存在が、常に隣にいるからだ。

[A:エリオ・アークライト:冷静]「ありがとう、セレーネ。……今日は、甘くないね」[/A]

[A:セレーネ・ルナ:照れ]「ふふ、健康管理も私の役目ですから」[/A]

衣擦れの音。

彼女が私の膝に頭を乗せたのが分かった。

その柔らかな髪の感触を、指先で確かめる。

世界を救った英雄として祭り上げられそうになった私たちは、人知れず姿を消し、今は静かな田舎で暮らしている。

[A:セレーネ・ルナ:愛情]「ねえ、エリオ様。私、幸せです。貴方の瞳に映ることはもうないけれど、貴方の心臓の音は、私だけのものですから」[/A]

彼女の声は、蜂蜜のように甘く、重く、そして心地よい。

私は空(くう)を見上げ、微笑んだ。

帳簿はもう閉じた。

ここにあるのは、計算のいらない、穏やかな時間だけ。

[A:エリオ・アークライト:愛情]「……ああ。計算間違いだらけの人生だったが、最後の答えだけは、正解だったようだ」[/A]

私は彼女の髪を撫で続ける。

その永遠に続く闇の中で、私はかつてないほど鮮やかな光を感じていた。

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