君の栄光はあと3秒で崩壊する~追放された監査官は、真実の帳簿で勇者を裁く~

君の栄光はあと3秒で崩壊する~追放された監査官は、真実の帳簿で勇者を裁く~

主な登場人物

エリオ・アークライト
エリオ・アークライト
19歳 / 男性
色素の薄い灰色の髪。常に片目に機械仕掛けのモノクル(解析用魔道具)を装着している。服装は機能性を重視した、ポケットの多い革と布の複合ローブ。背中には大きな帳簿を背負っている。
レオン・ブレイブ
レオン・ブレイブ
19歳 / 男性
燃えるような金髪に碧眼。煌びやかな白銀のフルプレートアーマーを纏うが、物語後半では鎧と肉体が融合し、醜悪な姿へと変貌していく。
セレーネ・ルナ
セレーネ・ルナ
16歳 / 女性
地面に届くほどの長い銀髪。瞳は深紅。出会った当初はボロボロの麻袋のような服だったが、覚醒後は純白のシスター服(修道服)を纏う。肌は透き通るように白い。

相関図

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第一章: 静かなる決別


極寒の風が、頬の皮膚を紙やすりのように削いでいく。

視界の全てを白一色に塗り潰す吹雪。その只中で、私の**色素の薄い灰色の髪**が凍り付き、硝子細工のような硬質な音を立てた。

悴んだ指先で、**革と布を幾重にも縫い合わせた多機能ローブ**の襟を直す。無数にあるポケットの中、予備の触媒とインク壺が冷え切り、カチカチと虚しいリズムを刻む。


私は**右目に嵌めた真鍮製のモノクル**の位置を調整し、背負った分厚い帳簿の重みを確かめた。

その帳簿こそが、私の全て。このパーティの命綱だった、はずなのだが――。


レオン・ブレイブ「おいエリオ、聞いてんのか! お前はクビだと言ったんだ!」


鼓膜を打つ怒号。

目の前に立ちはだかるのは、黄金の獅子を模した白銀のフルプレートアーマーを纏う男。

かつての親友。今は私を見下す勇者、レオン・ブレイブ。

彼の碧眼は、もはや私を人間としては映していない。映っているのは、ただの「性能の悪い道具」だ。


エリオ・アークライト「……聞こえていますよ、レオン。理由を伺っても?」


レオン・ブレイブ「地味なんだよ、テメェの魔法は! 『守備力強化』だの『耐久値補修』だの、俺の聖剣の輝きが霞むだろうが! もっと派手な爆発魔法を使える奴を入れることにした。失せろ」


唾を吐き捨てるように言い放ち、背を向ける彼。

その瞬間、私のモノクルが微かな駆動音を立てて回転する。

レンズの奥、深紅の文字列が浮かび上がった。


《万象監査(クロノス・アイ)》起動

対象:レオン・ブレイブ

装備耐久値:限界突破

身体強度:崩壊寸前

加護残存時間:00時間00分03秒


……計算が、合わない。いや、合いすぎてしまったと言うべきか。

私がかけ続けていた『構造維持』の魔法。それがなければ、彼の鎧も、過剰な魔力ドーピングに耐えてきた肉体も、とっくに限界を迎えている。

私がこの場を去れば、維持効果は切れる。

あと、三秒で。


(言わなければ。君の寿命は、あと三秒だと。君の栄光は、私の計算の上に成り立っていたのだと)


口を開きかけた、その刹那。

レオンが腰の聖剣を抜き放ち、氷壁に向かって高らかに叫ぶ。


レオン・ブレイブ「見ろ! この溢れ出る力を! エリオ、お前がいなくとも俺は最強だ!」


その背中は、あまりにも無防備で、そして哀れだった。

言うべきではない。

今、真実を告げれば、彼は恐怖のあまり発狂し、その瞬間に魔力暴走を起こして周囲ごと吹き飛ぶだろう。

せめて、英雄として死なせてやるのが、最後の慈悲か。


私は懐から転移石を取り出し、指先で砕く。

青白い光が私の体を包み込んだ。


エリオ・アークライト「……今までありがとう、レオン。清算は、これで終わりです」


レオン・ブレイブ「あぁ、せいぜい惨めに野垂れ死ね!」


空間が歪む。

視界が暗転する直前、モノクルのカウントダウンが『0』を示した。


『ガギィッ!!』


背後で響く、硬質な金属がひしゃげる不快な音。

それは鎧が潰れる音か、それとも骨が砕ける音か。


「あ、が……ッ!? なんだ、体が、お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁッ!!?」


転移の光が収束し、私は雪山から消え去る。

最後に耳に残ったのは、勇者の断末魔ではない。

信じていた「己の強さ」に裏切られた、子供のような泣き叫び声だった。


◇◇◇


転移先は、辺境の街の路地裏。

石畳にブーツが着地するのと同時、心臓が早鐘を打つ。

膝から力が抜け、カビ臭い壁に手をついた。


エリオ・アークライト「は……、はぁ、はぁ……ッ」


冷徹に振る舞ったつもりだった。

だが、胃の腑が鉛を飲み込んだように重い。

手のひらを見れば、血管が浮き出るほど強く握りしめられている。

友を見捨てた。

いや、見捨てざるを得なかった。

計算上、共倒れになる確率は100%だったのだから。


エリオ・アークライト「……感情はノイズだ。計算に、後悔など不要だ」


自分に言い聞かせる言葉は、乾いた唇から零れ落ちて、誰にも届かずに消えた。

その時だ。

街の広場にある巨大な掲示板へ、王都からの早馬が到着し、一枚の羊皮紙が乱雑に貼り付けられたのは。


群衆がどよめき、悲鳴が上がる。

私はモノクルの倍率を上げ、その文字を読み取った。


『緊急速報:勇者パーティ、ダンジョンにて原因不明の爆発により消息不明。勇者レオン、死亡の可能性大』


世界は、英雄を失った。

だが、私の監査(物語)は、ここから始まる。


第二章: 呪いの正体


勇者死亡のニュースは、燎原の火のごとく大陸中を駆け巡った。

しかし、感傷に浸る間もなく、私は次の「監査対象」がいる場所へと足を運ぶ。

辺境都市の地下深く。

かつて監獄として使われていた、忌むべき場所だ。


エリオ・アークライト「湿度が基準値を30%超過していますね。これでは建材が腐る」


鼻を突くのは、カビと腐敗臭、そして濃密すぎる甘い花の香り。

鉄格子の奥に、その「呪い」の源はあった。


セレーネ・ルナ「こ、来ないで……! 腐っちゃう……あなたが、腐っちゃう……!」


暗闇の中、ぼろ切れのような麻袋を纏った少女が縮こまっている。

地面に広がる長い銀髪**は泥と汚物に塗れ、本来の輝きを失っていた。

だが、その**深紅の瞳**だけが、怯えと拒絶の色を宿して私を睨みつけている。

彼女の周囲では、石床から不気味な色の茸や蔦が異常増殖し、触れる端から枯れては再生を繰り返していた。


「触れるもの全てを腐らせる魔女」。

それが彼女につけられた汚名。


私は帳簿を開き、モノクル越しに彼女を「視」る。


対象:セレーネ・ルナ

状態:生命力過剰供給(オーバーフロー)

魔力出力:制御不能

判定:呪いではなく、世界樹の愛(ギフト)


エリオ・アークライト「……計算通りだ。貴女は腐らせているのではない。生命を与えすぎているのです」


躊躇なく鉄格子を開け、彼女の元へ歩み寄る。


セレーネ・ルナ「だめぇッ!! 死んじゃう! お願い、来ないでぇッ!!」


絶叫と共に、床から茨が飛び出し、私の頬を掠めた。

赤い血が滲むが、足は止まらない。

彼女の前に跪き、怯えて震えるその小さな手を、私の両手で包み込んだ。



セレーネ・ルナ「あ……?」


触れた瞬間、パチリと静電気が弾けるような音。

彼女の肌は陶器のように白く、そして熱かった。

膨大すぎる生命力が、行き場を失って彼女の体内で暴れ回っている。

それはまるで、噴火寸前の火山のよう。


エリオ・アークライト「動かないで。余剰分のパスを、私に繋げます」


指を絡め、彼女の脈動に自らの魔力波長を同調させる。

ドクン、ドクン、と二つの心臓が重なる錯覚。

彼女の指先から流れ込んでくるのは、暴力的なまでの「生」の奔流だ。

熱い。焼けるようだ。

私の体内を黄金の蜂蜜が満たしていくような感覚に、思わず吐息が漏れる。


セレーネ・ルナ「あ、んっ……な、なに、これ……熱い、のに……心地いい……」


潤む瞳、薔薇色に染まる頬。

泥にまみれていた銀髪が、根元から月光のような輝きを取り戻していく。

私の指が彼女の手首を滑り、リミッターとなる術式を直接肌に書き込むように撫で上げた。


エリオ・アークライト「……同調(シンクロ)、完了。出力を安定させます」


モノクルが激しく回転し、彼女から溢れ出ていた腐敗の瘴気が、瞬く間に純白の光へと変換されていく。



地下牢を満たしていた腐臭が消え、代わりに清冽な百合の香りが満ちた。

壁を覆っていた不気味な茸は枯れ落ち、石の床からは、あり得ないはずの白い花々が一斉に芽吹き、咲き乱れる。

冷たい牢獄が、一瞬にして天上の花園へと変貌した。


セレーネ・ルナ「……花? 私が、花を……咲かせたの?」


呆然と自分の手を見つめ、そして私を見上げる少女。

その瞳には、もはや怯えはない。

あるのは、神を見るような、あるいはそれ以上の、熱狂的な崇拝の色。


セレーネ・ルナ「貴方が……私を、直してくれたのですか?」


エリオ・アークライト「修理完了です。貴女はもう、誰かを傷つける存在ではない」


立ち上がろうとすると、彼女は私のローブの裾を掴んで離さない。

その瞳孔が開いているのが、モノクル越しにありありと見えた。


セレーネ・ルナ「神様……いいえ、エリオ様。私の全ては、今から貴方のものです。心臓も、血も、肉も、魂も……全部、全部、好きに使ってください」


重い。

彼女の感情の質量が、数値化できないほどに重い。

だが、不思議と不快ではなかった。

私は初めて、誰かに「必要」とされたのだから。


しかし、その安らぎは長くは続かない。

地上から、けたたましい鐘の音が響き渡る。

それは、魔物の襲来を告げる警鐘ではない。

もっとおぞましい、「罪人狩り」の合図だった。


第三章: 咎人の烙印


街の広場は、異様な熱気に包まれていた。

人々は松明を掲げ、口々に何かを叫んでいる。

私とセレーネが地下から出た瞬間、無数の視線が突き刺さった。


レオン・ブレイブ「見つけたぞぉぉぉぉッ!! 俺をハメた裏切り者がぁぁぁ!!」


広場の中央。

そこに立っていたのは、かつての勇者レオンの成れの果て。

白銀だった鎧は黒く変色し、肉体と癒着している。

右半身は異形に膨れ上がり、皮膚の下で何かが蠢く。

死んだはずの彼が、魔物の肉を取り込んで蘇ったのだ。


エリオ・アークライト「レオン……? その姿は……」


レオン・ブレイブ「エリオォォ! 貴様の呪いだ! 貴様が去り際にかけた呪いのせいで、俺はこうなった! そうだろ!?」


彼は民衆に向かって、歪んだ腕を振り上げた。


レオン・ブレイブ「市民よ! 聞いてくれ! 俺は魔王と戦い、傷ついた! だが、この卑劣な支援術師が、俺の力を妬んで罠に嵌めたんだ! こいつこそが、人類の敵だ!」


嘘だ。

だが、恐怖に支配された民衆にとって、真実などどうでもいい。

必要なのは「分かりやすい敵」だ。


「殺せ!」「裏切り者め!」「勇者様を返せ!」


飛来する石。

額に当たり、温かいものが流れ落ちる。

私が無償で井戸を修理したパン屋の親父が、石を投げていた。

私が迷子を見つけてやった婦人が、唾を吐いていた。


(ああ、そうか。計算式が間違っていた)


私は、世界を守るために尽くしてきた。

だが、世界は私など見ていなかった。

彼らが見ていたのは「勇者という偶像」だけ。

その偶像が「あいつが敵だ」と言えば、私は敵になる。

単純で、残酷な数式。


レオン・ブレイブ「ハハハ! 見ろエリオ! これが俺の人望だ! お前には何もない! 誰も味方などいない! 孤独に死ねぇ!」


絶望が、黒いタールのように思考を埋め尽くす。

反論する気力さえ湧かない。

私は、ただの部品だった。

そして今、廃棄処分されようとしている。


膝が折れそうになった、その時。


《聖域展開(サンクチュアリ)》


純白の光のドームが、私を中心に展開された。

飛んできた石礫が、光の膜に触れて灰となって消える。


セレーネ・ルナ「……下衆が」


セレーネが、私の前に立ちはだかっていた。

修道服へと変化した衣装が風にはためく。

その背中は小さいが、どんな城壁よりも堅固に見えた。

彼女の深紅の瞳が、民衆とレオンを射抜く。


セレーネ・ルナ「私の世界(エリオさま)に石を投げるなら、その腕、もう要りませんよね?」


レオン・ブレイブ「な、なんだその魔力は!? 貴様、あの腐敗の魔女か!? 化け物同士で手を組みやがったか!」


セレーネ・ルナ「化け物で構いません。世界中が敵に回っても、私だけは貴方の味方です。エリオ様の手は、こんなに温かいのですから」


彼女は血の流れる私の額に、そっと口づけをした。

その冷たい唇の感触が、私の停止しかけた思考回路を再起動させる。


味方が、いる。

たった一人。

だが、私の計算上、「1」は「0」とは無限の隔たりがある。


私はモノクルについた血を拭い、再びレオンを見据えた。

恐怖はない。

あるのは、静かなる怒りと、冷徹な監査官としての使命感だけ。


エリオ・アークライト「……レオン。君の不正会計(うそ)を、これより監査します」


レオン・ブレイブ「あ? 何言ってやがる!」


エリオ・アークライト「逃げるのは終わりだ。セレーネ、サポートを頼めますか?」


セレーネ・ルナ「はい、地獄の果てまで!」


背負った帳簿を、勢いよく開く。

ページが風に舞い、世界を覆う嘘を暴くための数式が、空中に躍り出た。

処刑場となるはずだった広場は今、私の法廷へと変わる。


第四章: 監査の開始


「ふざけるな! 殺せ! そいつらを殺せぇ!」


レオンの叫びに応じ、洗脳された衛兵たちが剣を抜いて殺到する。

だが、私の眼には全てが「数値」として映っていた。


対象:衛兵A

剣の軌道予測:右斜め45度

回避必要動作:左へ3cm


エリオ・アークライト「そこ、足元の石畳の耐久値がゼロです」


指を鳴らすと、衛兵が踏み込んだ石畳が粉々に砕け、彼は無様に転倒した。

続く衛兵の剣は、セレーネが展開した光の障壁に弾かれる。


エリオ・アークライト「万象監査(クロノス・アイ)、限定解除。……レオン・ブレイブの『英雄譚』を再査定(チェック)する」


空中に浮かぶ数式に触れる。

すると、広場の空間に巨大なホログラムのような映像が投影された。

それは、過去の記録。

勇者が「単独でドラゴンを倒した」とされる場面。


映像の中で、レオンは震えて岩陰に隠れていた。

実際にドラゴンに止めを刺したのは、私が設置した魔導トラップと、名もなき兵士たちの特攻だった。


「な……なんだこれ? 勇者様が、逃げている?」

「おい、あの時の報酬、全部レオン様が一人占めしたんじゃ……」


レオン・ブレイブ「やめろ! 消せ! それは幻覚だ! 俺を貶めるための捏造だ!」


レオンが吠えるが、映像は次々と切り替わる。

魔力を不当に搾取し、街の結界を弱体化させていた証拠。

寄付金を遊興費に使い込んでいた帳簿の写し。

そして、彼が魔物と融合し、人の心を捨てた瞬間の、おぞましい魔力波形の解析データ。


エリオ・アークライト「数字は嘘をつかない。君の英雄としての信用スコアは、既にマイナスだ」


セレーネ・ルナ「見苦しいですね。エリオ様の靴の裏ほどの価値もありません」


民衆の目に宿っていた熱狂が、急速に冷めていく。

代わりに浮かぶのは、騙されていたことへの激しい怒りだ。

石を投げる手が止まり、その矛先がゆっくりと、舞台上の異形へと向き直る。


レオン・ブレイブ「ち、違う……俺は、俺は悪くない! みんな俺を愛していたはずだろ!? なんで俺を見る目が変わるんだ!」


後ずさり、その背中が建物の壁にぶつかる彼。

融合した魔物の肉が脈打ち、彼の精神の崩壊に合わせて暴走を始める。


「う、うわあああああ! 力が、溢れる! 止まらない! 俺を否定する奴は、全員消えろぉぉぉ!!」


レオンの身体が膨張し、街全体を飲み込むほどのどす黒い闇が噴出した。

それはもはや人間ではない。

嫉妬と劣等感の塊となった、災厄の獣。


エリオ・アークライト「……最終監査に移行します。セレーネ、行けますか」


セレーネ・ルナ「貴方の目が届く場所なら、どこまでも」


街が崩壊を始める中、私たちは逃げるのではなく、その闇の中心へと向かって走り出した。

これはただの戦いではない。

友だった男への、最後の手向け(引導)を渡すための業務だ。


だが、私の視界が不意に明滅した。

モノクルの過負荷警告(オーバーヒート・アラート)。

使いすぎた。

代償の支払期限が、迫っている。


(あと少し。あと少しだけ、この光を保ってくれ……!)


視界の端が黒く塗りつぶされていく恐怖を押し殺し、私は闇の中へと飛び込んだ。


第五章: 寿命の清算


王都の上空は、レオンの放つ瘴気でどす黒く染まっていた。

巨大な肉塊と化した彼は、もはや言葉を話すこともできない。

ただ、「俺を見ろ」という承認欲求だけが、破壊の衝撃波となって周囲を薙ぎ払っている。


セレーネ・ルナ「くっ……! 障壁が、保ちません……!」


セレーネの展開する『聖域』に走る亀裂。

圧倒的な質量の暴力。

だが、私には見えていた。

その膨大なエネルギーの中に隠された、たった一つの「核(コア)」が。

そして、その核に残された『魂の限界時間』が。


エリオ・アークライト「セレーネ、全魔力を私に。彼の時間を、強制執行します」


セレーネ・ルナ「だめです! そんなことをしたら、エリオ様の目が……視神経が焼き切れます!」


エリオ・アークライト「構わない。……君の顔は、もう十分に目に焼き付けたから」


彼女が息を呑む気配。

私は彼女の肩を抱き寄せ、その唇に――。



最後の口づけを落とした。

それは契約であり、別れの挨拶であり、そして初めての「計算外の衝動」だった。

彼女の震える唇から、熱い涙の味が伝わってくる。



エリオ・アークライト「行くぞ、レオンッ!! これが最後の監査だッ!!」


モノクルのリミッターを砕き、魔力を暴走させる。

視界が白熱し、眼球が焼けるような激痛が走った。

世界が数式に分解されていく。


対象:レオン・ブレイブ(魂)

干渉:寿命の先食い(ローン)

執行:即時償還


《終焉監査(デッドライン・オーバー)》


「ギャアアアアアアアアアアッ!!」


レオンの核が、内側から急速に収縮を始めた。

彼が未来で得るはずだった寿命、その全てを一瞬で消費させ、強制的に「老衰」させる禁術。


崩れゆく肉塊の中で、一瞬だけ、かつてのレオンの顔が浮かぶ。

泣いているように見えた。


レオン・ブレイブ「……エリオ。俺は、ただ……お前と……」


エリオ・アークライト「ああ。分かっていたよ。……おやすみ、レオン」


光が弾けた。

そして、世界から音が消え――私の視界もまた、永遠の闇に閉ざされた。


◇◇◇


暖かい。

陽だまりのような匂いがする。


セレーネ・ルナ「……エリオ様? 紅茶が入りましたよ」


声がして、手に温かいカップが握らされた。

私は目を開けるが、そこにあるのは変わらぬ暗闇だけだ。

視力は戻らなかった。

だが、不思議と不便は感じない。

私の「目」となってくれる存在が、常に隣にいるからだ。


エリオ・アークライト「ありがとう、セレーネ。……今日は、甘くないね」


セレーネ・ルナ「ふふ、健康管理も私の役目ですから」


衣擦れの音。

彼女が私の膝に頭を乗せたのが分かった。

その柔らかな髪の感触を、指先で確かめる。

世界を救った英雄として祭り上げられそうになった私たちは、人知れず姿を消し、今は静かな田舎で暮らしている。


セレーネ・ルナ「ねえ、エリオ様。私、幸せです。貴方の瞳に映ることはもうないけれど、貴方の心臓の音は、私だけのものですから」


彼女の声は、蜂蜜のように甘く、重く、そして心地よい。

私は空(くう)を見上げ、微笑んだ。

帳簿はもう閉じた。

ここにあるのは、計算のいらない、穏やかな時間だけ。


エリオ・アークライト「……ああ。計算間違いだらけの人生だったが、最後の答えだけは、正解だったようだ」


私は彼女の髪を撫で続ける。

その永遠に続く闇の中で、私はかつてないほど鮮やかな光を感じていた。

クライマックスの情景
【AIによる物語の考察と評価】

キャラクター考察

【物語の考察:計算と感情の対比】

本作の根幹にあるのは「冷徹な計算」と「制御不能な感情」の対立と融合である。主人公エリオは世界を数値(監査)で捉えることで、自身の感情を「ノイズ」として排除してきた。対してヒロインのセレーネは、溢れすぎる生命力(感情)によって世界を浸食してしまう存在だ。

【メタファーとしての「目」】

エリオの「モノクル(万象監査)」は、真実を暴く道具であると同時に、彼と世界を隔てるフィルターでもあった。最終章で彼が視力を失う展開は、悲劇ではない。「数値としての世界」を見る目を失う代わりに、「心で感じる世界」を手に入れたことを意味する。物理的な光を失うことで、彼は初めてセレーネという「光」を真に感じ取ることができたのだ。

【勇者レオンの悲劇性】

レオンは単なる悪役ではない。彼は「他者からの承認」に餓え、実力以上の虚像を演じ続けなければならなかった現代的な孤独を抱えている。エリオが最後に彼を「老衰」させたのは、英雄としての虚勢から彼を解放し、人間として眠らせるための、エリオなりの最大の慈悲(計算された救済)だったと言えるだろう。

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