『神回:深淵(アビス)で配信切り忘れた結果www』

『神回:深淵(アビス)で配信切り忘れた結果www』

3 3754 文字 読了目安: 約8分
文字サイズ:
表示モード:

第一章 「底辺ライバーの賭け」

「――おい、嘘だろ。同接12人?」

スマホの画面に映る数字を見て、俺、レンは乾いた笑いを漏らした。

場所は東京・新宿の地下深くに広がる異空間『アビス』。

湿った苔の匂いと、どこか鉄錆のような臭いが混じり合う。

薄暗い洞窟の壁には、青白く発光する鉱石が血管のように脈打っていた。

「こっちは命がけで立ち入り禁止区域(セクター9)に入ってるってのに……」

コメント欄が流れる。

『草』

『画質悪いぞ』

『またこの底辺かよ、解散』

『早くモンスターに食われろ』

流れる文字の一つ一つが、物理的な重みを持って視界の端を掠めていく。

俺には、ある「病気」がある。

『共感覚』の一種らしいが、他人の悪意や視線が、ノイズとして視覚化されてしまうのだ。

今も、コメント欄の罵倒が、小さな黒い羽虫のように俺の周りを飛び回っている。

「うるせえな……。今に見てろよ」

俺は自撮り棒を握り直し、スマホのカメラを前方の闇に向けた。

現代社会に突如として出現した『アビス』。

未知の資源と、物理法則を無視した現象。

そして何より、ここで配信を行うことで得られる莫大な収益と名声。

一攫千金を夢見る『探索者(シーカー)』たちは、こぞってカメラを片手に迷宮へ潜る。

だが、甘くない。

今のトレンドは、派手な魔法を使うエリートか、美少女探索者だ。

俺のような、特別なスキルもなく、ただ借金を返すために潜っている男に用はない。

……と、思われている。

俺はポケットから小さな石ころを拾い上げ、前方の何もない空間へ投げた。

パシュッ。

石が空中で弾け、赤い火花が散る。

『透明な蜘蛛の巣』だ。

「……見え見えなんだよ、バグってんだから」

俺の目には、その罠が赤く明滅するグリッチ(画像の乱れ)として映っていた。

これが俺の才能。

『視界不良(グリッチ・アイ)』。

世界のバグが見える目。

「よし、行くか」

俺は罠を避け、さらに奥へと進む。

この先に、今日の「ネタ」があるはずだ。

噂によると、トップランカーの『聖女エリナ』が、このセクターで極秘任務を行っているらしい。

そのスクープさえ撮れれば、俺の借金はチャラになる。

同接12人のクソ配信が、神回に変わる瞬間だ。

第二章 「聖女の裏垢」

洞窟が開けた。

そこは、地下とは思えないほど広大な広間だった。

天井には星空のように鉱石が輝き、中央には巨大な地下湖が広がっている。

そして、湖のほとりに、彼女はいた。

純白のコンバットスーツに身を包み、金色の髪をなびかせる少女。

『聖女エリナ』。

登録者数500万人超え。アビス探索のアイコン的存在。

俺は岩陰に身を隠し、カメラのズームを最大にした。

「……やっと見つけた」

心臓が高鳴る。

だが、様子がおかしい。

彼女の周りには、カメラドローンが飛んでいない。

配信外?

「――ちっ、足りないわね」

風に乗って、彼女の声が聞こえた。

いつもの清楚な声じゃない。

低く、ドスの効いた声だ。

「おい、そこの雑魚」

エリナが足元の何かを蹴り飛ばした。

それは、モンスターの死骸……ではない。

人間だ。

ボロボロの装備を身に着けた、俺と同じような底辺探索者。

「視聴数(マナ)が足りないって言ってんのよ。もっと『映える』死に方しなさいよ!」

ズドン!

エリナの手から放たれた光弾が、男の腹を貫く。

「がはっ……」

「使えないわね。アンタが死ぬ瞬間のスパチャで、新しい装備買うつもりだったのに」

俺は息を呑んだ。

コメント欄がざわつき始める。

『え?』

『今のエリナちゃん?』

『嘘だろ……』

『合成乙』

いや、合成じゃない。

俺の目には、はっきりと見えていた。

エリナの背後に渦巻く、どす黒いノイズの塊が。

彼女は『聖女』なんかじゃない。

視聴者の欲望をエネルギーに変えて攻撃する、『共振型能力者』だ。

そして今、彼女は意図的に探索者をモンスターに襲わせ、その残酷な映像を配信することで力を得ていた。

「……最悪のネタ掴んじまったな」

逃げるべきだ。

本能がそう告げている。

だが、俺の指は勝手に『タイトル変更』のボタンを押していた。

タイトル:【緊急】聖女エリナの殺人現場を凸してみた【神回】

送信。

その瞬間。

ピコン!

俺のスマホが、静寂の中で間の抜けた通知音を鳴らした。

エリナが、ゆっくりとこちらを振り向く。

その瞳は、爬虫類のように縦に裂けていた。

「……見・て・た・の?」

第三章 「コメント欄という名の怪物」

「走れ! 俺!」

俺は全速力で駆けていた。

背後から、熱線が迫る。

ジュッ!

頬を熱いものが掠める。

「あはははは! いいわね、その逃げ惑う姿! 今の表情、すごく『映え』てる!」

エリナが空を飛びながら追いかけてくる。

視聴者数が爆発的に伸びていた。

1000人、5000人、1万人……。

『マジかよこれ』

『エリナの本性w』

『やべえええ』

『逃げろレン!』

『殺せ! もっとやれ!』

コメントの嵐が、視界を埋め尽くす。

そして、その『注目』こそが、このアビスでは物理的な力になる。

「くそっ、なんで視聴者が増えると、あいつの攻撃が重くなるんだよ!」

アビスは、人間の集合的無意識が作り出した空間だ。

多くの人間が「見ている」事象ほど、ここでは「現実」としての強度を増す。

つまり、俺の配信がバズればバズるほど、俺を殺そうとするエリナは最強になる。

皮肉な話だ。

俺を助けようとするコメントも、面白がって死を望むコメントも、すべてが彼女の燃料になる。

「終わりよ、底辺!」

エリナが巨大な光の槍を生成する。

あれは、今の同接5万人分のエネルギーが凝縮された一撃だ。

食らえば、灰も残らない。

行き止まり。

背後は断崖絶壁。

「……詰んだか」

俺はスマホの画面を見る。

同接6万人。

俺の人生で、一番の数字だ。

(なあ、みんな。これが見たかったんだろ?)

俺はカメラに向かってニヤリと笑った。

「エリナ、お前、勘違いしてるぜ」

「ああん? 命乞い?」

「お前のその力、視聴者の『期待』だろ? 期待ってのはさ、裏切られるためにあるんだよ」

俺は、自分の目に見えている『世界最大のバグ』に手を伸ばした。

それは、エリナの頭上ではなく、この空間そのものの『裂け目』。

俺の配信に集まった膨大なデータ通信量が、空間の処理落ちを引き起こしている場所。

「グリッチ・ブレイク」

俺は、スマホをその裂け目に叩き込んだ。

最終章 「ログアウト不可」

バヂヂヂヂヂッ!!

世界が悲鳴を上げた。

エリナの光の槍が、空中で静止する。

彼女の顔が、モザイクのように崩れ始めた。

「え……? 何……? 私の顔、映ってない!?」

「映ってねえよ。今はな」

俺は、空間の裂け目から溢れ出す『虚無』を背にして立った。

俺がやったのは、単純なことだ。

このエリアの通信プロトコルを、物理的にクラッシュさせた。

配信が途切れる。

画面がブラックアウトする。

その瞬間、アビスの法則が逆転する。

「見られていない」ものは、ここでは「存在しない」に等しい。

「いやあああ! 見ないで! いや、見て! 私を見てえええ!」

エリナが絶叫する。

だが、配信は止まっている。

視聴者からのエネルギー供給が断たれた彼女は、ただの『痛いコスプレ女』へと成り下がっていく。

彼女の作り出した煌びやかな魔法のエフェクトが、泥のようにドロドロと溶け落ちていく。

「承認欲求の化け物が。誰にも見られずに朽ちていくのがお似合いだ」

俺は冷たく言い放つ。

だが、代償はある。

俺のスマホも、もう動かない。

通信手段がないということは、救助も呼べないということだ。

静寂が戻った洞窟で、俺はへたり込んだ。

エリナだったものは、もはや輪郭を失い、アビスの一部として地面に染み込んで消えた。

(……ま、借金取りに追われるよりは、マシな最期か)

俺は目を閉じる。

その時。

懐で、壊れたはずのスマホが震えた。

画面は割れている。

だが、そこには文字が浮かんでいた。

『システム・エラー』

『管理者権限を取得しました』

『現在、あなたを単独(ソロ)サーバーの管理者として認識しています』

「……は?」

顔を上げると、周囲の景色が一変していた。

薄暗い洞窟ではない。

無限に続く、真っ白な空間。

そして目の前には、空中に浮かぶ巨大なウィンドウ。

『新しい世界(アビス)を構築しますか?』

『YES / NO』

俺は思わず笑ってしまった。

「神回どころじゃねえな……」

俺は震える指で、『YES』を押した。

これが、俺が世界そのものを『配信』することになる、長い物語の始まりだった。

(完)

AI物語分析

【主な登場人物】

  • レン: 多額の借金を背負う底辺配信者。特殊能力「視界不良(グリッチ・アイ)」により、世界の論理的欠陥や罠を視覚情報として捉えることができる。配信者としての「数字」に固執するふりをしつつ、本質的にはネット社会の虚構性を冷めた目で見ている。
  • 聖女エリナ: 登録者数500万人を誇るトップ探索者。表向きは清楚なアイドルだが、裏では視聴者の感情エネルギー(マナ)を搾取し、低ランク探索者を餌にする冷酷な性格。現代の承認欲求の歪みを象徴する存在。

【考察】

  • 「観測」による現実の確定: 本作のアビスは量子力学的なメタファーを含んでおり、「他者に見られること」で初めて存在や強さが確立される現代人のアイデンティティ不安を投影している。
  • コメント欄の物理化: 画面上の無責任な言葉(コメント)が、物理的な攻撃や支援になる設定は、SNSにおける言葉の暴力性と影響力を可視化したものである。
  • 逆説的な勝利: 主人公が「配信を切る(見られない状態にする)」ことで最強の敵を倒す結末は、「注目されることこそが生存戦略」という現代の強迫観念に対するアンチテーゼとして機能している。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

0 / 200
本日、あと...

TOPへ戻る