永遠を殺す、最果ての看取り人

永遠を殺す、最果ての看取り人

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第一章 消毒液と花の香り

ピー、という電子音が遠のいていく。

あの無機質なフラットラインの音。

俺はまた、誰かの最期に立ち会ったのだろうか。

瞼が重い。

いつものように、ナースステーションの休憩室で仮眠を取っているだけかもしれない。

「……様」

声がする。

同僚の看護師じゃない。もっと透き通った、鈴を転がすような音。

「……レン様、起きてください」

目を開ける。

そこは、病室の天井ではなかった。

見渡す限りの、花。

白、青、紫。見たこともない形状の花々が、視界を埋め尽くしている。

そして、その中心に彼女はいた。

透けるような銀髪。長い耳。

物語の中でしか見たことのない、エルフという種族。

だが、その姿はあまりにも異質だった。

彼女の体には、幾重にも蔦のような植物が絡まり、まるで玉座と一体化しているかのように見える。

「ここは……」

喉が渇いている。

俺は白衣のポケットを探った。

いつも入れているミントタブレットがない。

「ここは『停滞の園』。ようこそ、異界の癒し手よ」

彼女が微笑む。

その笑顔は美しかったが、瞳の奥には、底知れない疲労が澱んでいた。

「俺を呼んだのは、あんたか」

「はい。私の名はエララ。この世界の……楔(くさび)です」

彼女は細い指先を俺に向けた。

「貴方の世界での所業、見ておりました。多くの魂を、苦痛から解き放ち、安らかな眠りへと誘う技」

「……人聞きが悪いな。俺はただのホスピスの看護師だ。看取るのが仕事で、殺し屋じゃない」

「同じことです」

エララの声が震えた。

「この世界には、死がありません」

「は?」

「誰も老いず、誰も病まず、そして誰も死ねない。それが、かつて私たちが望み、そして叶えてしまった奇跡の代償」

彼女は自分の胸元を掴んだ。

「三千年です」

「……」

「私は三千年の間、この玉座で世界の生命力を循環させ、民を生かし続けてきました。愛する者たちは、飽和した幸福の中で、ただ呼吸を繰り返す人形になり果てています」

彼女の瞳から、一雫の涙がこぼれ落ちた。

その涙は地面に落ちると、瞬時に宝石へと変わった。

「レン様。どうか、その『看取り』の力で」

彼女は懇願する。

「私を、殺してください」

俺はため息をついた。

異世界転移。

ある種の憧れはあったかもしれない。

だが、与えられた役割が、勇者でも賢者でもなく、「介錯人」だとは。

「……断ると言ったら?」

「貴方は元の世界には戻れません。そして、この永遠の倦怠の中で、気が触れるまで生きることになります」

最悪の脅し文句を、彼女は聖母のような微笑みで告げた。

俺は頭をかいた。

「分かったよ。ただし、条件がある」

「なんでしょう?」

「俺は殺しはやらない。あくまで、看護師として振る舞う」

俺は彼女の前に膝をつき、その冷たい手を取った。

「痛みの管理(ペインコントロール)は俺の専門だ。あんたが安らかに逝けるよう、全力を尽くす」

エララの瞳が、微かに揺れた。

第二章 幸福という名の地獄

エララを「殺す」ためには、彼女と世界を繋ぐパス――魔力供給路を断つ必要があるらしい。

そのための祭壇がある「最果ての岬」まで、俺たちは旅をすることになった。

もちろん、玉座から動けない彼女の本体はそこにあるまま。

俺の隣にいるのは、彼女が魔力で作り出した分身だ。

「見てください、レン様。あれが王都です」

丘の上から見下ろした街は、黄金に輝いていた。

高い塔、整備された街道、空を飛ぶ飛空艇。

まさにファンタジーの王道を行く絶景。

だが、街に入ってすぐに、俺は違和感の正体に気づいた。

静かすぎるのだ。

道行く人々は美しい服を着て、美しい顔をしている。

だが、誰一人として笑っていない。

怒ってもいない。

ただ、無表情で、決まったコースを歩いている。

「こんにちは」

俺が声をかけても、反応はない。

広場のベンチでは、若い男女が座っていた。

恋人同士だろうか。

彼らは手をつないでいるが、視線は虚空を見つめている。

「彼らは……」

「三百年前に恋に落ち、二百年前に語り尽くし、百年前からああしています」

エララが悲痛な声で言った。

「死がないということは、終わりがないということ。終わりがない物語に、感動はありません。今日の次は、今日と同じ明日が来るだけ」

俺は、日本での患者たちを思い出した。

余命宣告を受けた彼らは、残された時間の短さに絶望し、そして輝いた。

最後のプリンが美味しいと泣いた老婆。

孫の写真を抱いて眠った偏屈な爺さん。

死という締め切りがあるからこそ、生は鮮烈な輝きを放つ。

「ここは、巨大な集中治療室だな」

俺は吐き捨てるように言った。

「延命装置に繋がれて、無理やり生かされているだけだ」

「はい。だから、私は終わらせたいのです」

その時、路地裏から男が飛び出してきた。

「女王陛下!?」

ボロボロの騎士の鎧をまとった男だ。

彼だけは、目に光があった。

狂気という名の光が。

「おお、エララ様! 抜け出されたのですか! さあ、城へ戻りましょう。貴女がいなければ、我々の永遠が揺らぐ!」

男は剣を抜き、俺に向けた。

「貴様か、女王をたぶらかしたのは! 殺してやる!」

「殺す?」

俺は苦笑した。

「死がない世界で、どうやって?」

「再生できぬほどに切り刻むまでだ!」

男が襲い掛かる。

俺は動かなかった。

俺に与えられた「才能」。

それは戦闘能力ではない。

『共感(エンパス)』。

他者の痛みを感じ取り、それを自分のものとして引き受ける力。

そして、それを「返す」こともできる。

ガキンッ!

男の剣が俺の肩に食い込む。

痛み。

熱い。

だが、俺は眉一つ動かさずに、男の手首を掴んだ。

「……っ!?」

男が悲鳴を上げた。

斬られたのは俺なのに、男がのた打ち回る。

「これが、痛みだ」

俺は静かに告げた。

「お前たちが忘れていた感覚だろ。生きている証だ」

男は涙と鼻水を垂らしながら、地面を転げまわった。

「痛い、痛い、痛い……! ああ、なんて素晴らしいんだ……!」

マゾヒストかよ。

いや、違う。

数百年ぶりの「感覚」に、魂が震えているんだ。

俺は傷口に手を当てた。

俺の傷は、この世界の加護ですぐに塞がっていく。

なんて皮肉な世界だ。

「行こう、エララ。患者が待っている」

第三章 魂のトリアージ

旅の途中、俺たちは多くの「生ける屍」に出会った。

彼らは俺を見ると、最初は無関心だが、俺が「異界の死の匂い」を纏っていると知ると、狂ったように懇願してきた。

「殺してくれ」

「終わらせてくれ」

「もう、何も考えたくないんだ」

そのたびに、エララは顔を歪めた。

自分の愛が、結果として民を苦しめている現実に耐えられないように。

「レン様。私は、とんでもない過ちを犯したのでしょうか」

夜、焚き火の前で彼女が問う。

「誰もが、愛する人との別れを恐れます。だから私は、永遠を与えました。それは罪ですか?」

俺はコーヒー(泥のような味のする代用品)を啜った。

「医療の世界でもよくある話だ。家族は延命を望む。本人は尊厳ある死を望む。どっちが正しいなんて、誰にも決められない」

俺は炎を見つめる。

「だが、一つだけ言えることがある」

「はい」

「『さよなら』を言えない人生は、次に進めないってことだ」

エララは膝を抱え、小さく頷いた。

「私も……進みたいです」

第四章 最期のワガママ

最果ての岬。

そこには、世界樹と呼ばれる巨大な枯れ木があった。

枯れているのに、倒れない。

その根元に、エララの本体と繋がる魔法陣が輝いている。

「ここが、心臓部です」

分身のエララが消え、光の粒子となって魔法陣に吸い込まれる。

すると、空間が歪み、玉座に座る本体の幻影が浮かび上がった。

『レン様。お願いします』

彼女の声が脳内に響く。

『私の命を、この世界樹に同化させてください。そうすれば、永遠の魔法は解け、世界は自然の摂理を取り戻します』

「あんたはどうなる?」

『消滅します。魂ごと』

「……それは、看取りとは言わないな」

俺は首を振った。

『え?』

「俺は看護師だと言ったはずだ。患者の要望は聞くが、治療方針は専門家が決める」

俺は魔法陣の中心に歩み寄る。

強烈な魔力の風が俺を拒絶する。

皮膚が裂け、血が舞う。

だが、痛みは慣れている。

俺は「痛み」を「魔力」に変換するイメージを持つ。

俺が今まで引き受けてきた、数多の患者たちの無念、苦痛、そして感謝。

それらすべてを、この魔法陣にぶつける。

「エララ! あんたは三千年も働いたんだ! 退職金くらいもらっていいはずだ!」

『何を……レン様、それでは貴方の命が!』

「知るかよ! 俺は、誰も救えない無力感が嫌でここに来たんだ! 一人くらい、完璧に救わせろ!」

俺は叫び、魔法陣に拳を叩きつけた。

術式の改ざん。

「永遠」を「消滅」させるのではなく、「分配」する。

彼女一人が背負っていた時間を、世界中に薄く広く撒き散らす。

光が弾けた。

視界が真っ白に染まる。

俺の意識は、そこで途切れた。

第五章 最初で最後の朝

鳥のさえずりで目が覚めた。

風が冷たい。

頬に当たる日差しが暖かい。

体を起こすと、そこは岬の草原だった。

枯れていた世界樹には、新緑の芽が吹いている。

そして、俺の隣には。

老婆が倒れていた。

銀色の髪は白髪になり、肌には深い皺が刻まれている。

だが、その胸は微かに上下していた。

「……エララ?」

彼女がゆっくりと目を開ける。

その瞳は、宝石のような輝きを失い、濁っていた。

老眼で、俺の顔もよく見えていないのかもしれない。

「……レン、様?」

掠れた声。

「ああ、俺だ」

「体が……重いのです。節々が痛むのです」

彼女は、痛みを訴えながら、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「お腹も……空きました」

俺は涙がこみ上げてくるのを堪えた。

「そうか。それが『生きている』ってことだ」

俺は彼女の体を抱き起こした。

軽い。

枯れ木のように軽い。

三千年の時が、一気に彼女の肉体を蝕んでいる。

もう、時間は残されていない。

「レン様……ありがとう」

彼女の手が、俺の頬に触れる。

震える、温かい手。

「空が……綺麗ですね」

「ああ、綺麗だ」

「風が……気持ちいい」

「ああ」

「私は……幸せです」

その言葉を最後に、彼女の手が力を失い、滑り落ちた。

呼吸が止まる。

脈がない。

俺は、彼女を抱きしめたまま、しばらく動けなかった。

やがて、遠くの街から鐘の音が聞こえてきた。

それは、三千年ぶりに時が動き出したことを告げる、始まりの鐘だった。

エピローグ

俺は元の世界には戻らなかった。

戻る方法がなくなったというのもあるが、やるべきことができたからだ。

街の一角に、小さな診療所を開いた。

『最果て診療所』。

ここには、ようやく訪れた「死」に戸惑い、あるいは恐怖する元・不老不死たちがやってくる。

「先生、死ぬのは怖いかね?」

今日も、かつて数百年生きた老人が尋ねてくる。

俺は白衣の襟を正し、いつものように答える。

「怖いですよ。だからこそ、今この瞬間が愛おしいんです」

診療所の窓辺には、エララが好きだった紫色の花が生けられている。

それは数日で枯れてしまう。

だが、だからこそ美しい。

俺は聴診器を首にかけ、次の患者の名前を呼んだ。

「どうぞ、お入りください」

AI物語分析

【主な登場人物】

  • レン: ホスピス看護師。現実世界での無力感(誰も救えないという思い)を抱えている。ぶっきらぼうだが、患者の「痛み」には誰よりも敏感。異世界では「痛み」を操作する能力を得る。
  • エララ: エルフの女王。三千年前に民を愛するあまり不老不死の魔法を発動させたが、それが呪いとなり世界を停滞させたことに苦しんでいる。死こそが唯一の救済と信じている。

【考察】

  • 「永遠」という名の地獄: 本作のテーマは、死の欠如がいかに生の輝きを奪うかを描いている。変化のない日常は、緩やかな死と同義であるという逆説的な構造を持つ。
  • 痛みの肯定: 主人公の能力が「痛み」に関わるものである点は重要である。痛みは生体の警告信号であり、生きている証拠。痛みを排除した世界(不老不死)に対し、痛みを受け入れることの重要性を説いている。
  • 「看取り」の再定義: レンは最初「殺す」ことを求められるが、最終的に「寿命を全うさせる」ことを選ぶ。これは、死を単なる消滅ではなく、生の完結として捉え直すプロセスである。
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