英雄とは、作られるものだ。
聖なる剣に選ばれたから英雄になるのではない。
大衆が彼を『英雄』だと認知した瞬間、彼は英雄になる。
つまり、これは『ブランディング』の問題なのだ。
第一章 市場価値ゼロの勇者
埃っぽい謁見の間。
カビと古い羊皮紙の匂いが鼻をつく。
目の前には、涙目の姫と、薄汚れた鎧を着た大男。
そして、ステータス画面らしきホログラムが空中に浮いている。
「お願いです、異界の賢者様! どうか我が国を、魔王軍の脅威からお救いください!」
姫が叫ぶ。
俺、神宮寺レイジ(32歳・元大手広告代理店クリエイティブディレクター)は、ため息を押し殺してスーツの埃を払った。
徹夜明けの残業中に心臓が跳ね、気づけばここだ。
過労死転生。ありふれた導入だが、状況は少し違う。
「……で、そこのゴリラが勇者か?」
「なっ、なんだ貴様! 俺は勇者アルウィンだ!」
大男が唾を飛ばして怒鳴る。
俺は空中のステータス画面を指で弾き、詳細データを表示させた。
【勇者アルウィン】
・筋力:SS
・魔力:C
・カリスマ:E
・国民支持率:3%
「支持率3%……消費税より低いな」
「なっ!?」
「先月の『王都暴走事件』で民家を破壊したのが響いてますね。あと、記者会見での『俺に感謝しろ』という発言が大炎上しました」
俺が淡々と指摘すると、姫が青ざめた顔で頷く。
「そうなんです……。誰もアルウィン様に寄付をしてくれず、装備も買えず、討伐隊の給料も未払いで……このままでは国が破産します」
なるほど。
魔王に滅ぼされる前に、資金ショートで国が潰れるわけだ。
俺はネクタイを緩め、ニヤリと笑った。
職業病だ。絶望的な案件(プロジェクト)ほど、脳汁が出る。
「姫様。契約内容を変更しましょう」
「え?」
「魔王討伐なんて曖昧なKPI(重要業績評価指標)は捨ててください。目的は『国庫の黒字化』と『支持率V字回復』です」
俺はアルウィンを見た。
無精髭、手入れされていない髪、血に汚れた鎧。
「まずは、その汚いナリをどうにかする。素材は悪くない」
「俺のスタイルに口出しするな!」
「黙ってろゴリラ。お前は今日から人間じゃない。俺が売り出す『商品』だ」
俺はスマホを取り出す。
圏外だが、カメラとメモ機能は生きている。
「いいか。今日から『正義の味方』は廃業だ。お前のコンセプトは――『狂気の復讐者』にリブランディングする」
第二章 炎上と共感を操る
一週間後。
王都の大広場には、見たことのない人だかりができていた。
「おい、聞いたか? 勇者が帰ってきたらしいぞ」
「どうせまた酒場で暴れるんだろ?」
民衆の囁き。
その時、広場の四方に設置した『幻影水晶(プロジェクター)』が一斉に起動した。
重低音の魔法音楽が響く。
煙幕と共に現れたのは、かつての薄汚れた勇者ではない。
漆黒のフルプレートアーマー。
顔の半分を覆う仮面。
そして、あえて『聖剣』ではなく、包帯でぐるぐる巻きにされた『呪われた大剣』。
「……口数は少なく。俺が教えた通りに」
舞台袖で、俺はインカム代わりの通信魔法石に囁く。
アルウィンがゆっくりと剣を抜く。
その切っ先を、空に向けた。
『……言葉はいらない。俺は、奪われた全てを取り戻す。それだけだ』
低く、押し殺した声。
その瞬間、仕込んでおいたサクラ(王宮騎士団の若手)が叫んだ。
「あ、あれは……! 魔王に故郷を焼かれ、声を失った悲劇の騎士の姿だ!」
「なんて哀しい目をしてるんだ……!」
どよめきが広がる。
嘘ではない。故郷は焼かれていないが、先週俺が激辛香辛料を食わせて喉を焼いたから、声が枯れているだけだ。
だが、ストーリー(文脈)が付与された瞬間、ただの暴力装置は『悲劇のヒーロー』に変わる。
「うおおおお! 頑張れ勇者ァ!」
「俺たちの仇を討ってくれぇ!」
熱狂。
すかさず、広場の隅で待機させていた売り子たちが動き出す。
「勇者様公式グッズ、黒のタオルマフラーはこちら!」
「限定100個! 勇者様が握った『復讐の握り飯』!」
「今なら、魔王軍討伐クラウドファンディングに参加すると、勇者様と握手できます!」
飛ぶように売れる。
金貨がジャラジャラと音を立てて回収箱に吸い込まれていく。
俺は舞台裏で、集計表(エクセル)代わりの羊皮紙にチェックを入れた。
「第一四半期目標、達成。支持率、一気に60%超えか。チョロいもんだ」
しかし、姫だけは不安そうな顔をしていた。
「レイジ様……これは、民を騙しているのでは?」
「騙してませんよ。夢を見せているんです。エンターテインメントという名のね」
だが、俺の真の狙いはこんな小銭稼ぎではない。
本当の『ビジネス』はここからだ。
第三章 魔王とのM&A(合併・買収)
半年後。
勇者アルウィンは、魔王城の玉座の間にいた。
だが、剣は抜いていない。
向かい合う魔王――妖艶な美女――もまた、ワイングラスを傾けているだけだ。
その中央にあるテーブルには、分厚い契約書が置かれている。
「……つまり、貴様の提案はこうか」
魔王が艶めかしい声で言う。
「我々は『決着』をつけない。毎月一度、国境付近で派手な『戦闘ショー』を行い、その放映権を各国に売りさばく。そして、関連グッズの収益を50:50で折半する」
「その通りです、魔王陛下」
俺はスーツの襟を正し、プレゼン資料をめくった。
「あなたが人間を滅ぼせば、あなたの部下たちは『食糧(人間)』を失い、いずれ飢える。逆に勇者があなたを倒せば、国は平和ボケして軍事予算を削減し、不況に陥る」
Win-Winの関係ではない。
平和も、完全なる破滅も、経済にとっては毒なのだ。
最も利益を生むのは『管理された危機』である。
「我々が提供するのは『ハラハラする週末』です。適度な恐怖と、カタルシス。これをサブスクリプションで民衆に提供する」
魔王は赤い瞳で俺を見つめ、やがて愉しげに笑った。
「人間とは、悪魔よりも強欲だな」
「恐縮です。それが我々の『コア・コンピタンス(競合優位性)』ですので」
契約書にサインがなされる。
勇者アルウィンは、何も分かっていない顔で「で、いつ殴り合えばいいんだ?」と欠伸をしている。
俺は窓の外を見た。
荒野の向こうには、これから建設予定の『勇者vs魔王テーマパーク』の用地が広がっている。
元の世界には戻れないかもしれない。
だが、この世界は俺の思い通りにデザインできる。
俺はスマホの画面を見る。
電波は相変わらず圏外だが、画面の中で笑う昔の同僚たちの写真は、もう色あせて見えた。
「さて、次は『異世界転移保険』でも売り出すか」
世界は平和にはならなかった。
だが、かつてないほど景気は良くなった。
それが、俺の描いた『ハッピーエンド』だ。