デバッグ・ストリーマー 〜底辺配信者の俺だけがダンジョンの『ソースコード』視えてる件〜

デバッグ・ストリーマー 〜底辺配信者の俺だけがダンジョンの『ソースコード』視えてる件〜

1 5442 文字 読了目安: 約11分
文字サイズ:
表示モード:

第一章 同接1人の最深部

「あー、マジか。これ詰んだくせぇ」

スマホの画面が、ひび割れたガラス越しに明滅している。

薄暗い洞窟の隅。

俺、相馬レンジ(24)は、湿った岩肌に背中を預けて座り込んでいた。

右足の感覚がない。

さっきのゴブリンの群れにやられた。

安物のポーションはとっくに底をついている。

『現在の視聴者数:1人』

画面の右上に表示された残酷な数字。

その「1人」も、恐らく巡回中のbotだろう。

「はは……誰も見てねえのに、なんで俺、喋ってんだろ」

自嘲気味に笑うと、脇腹の傷が引きつった。

痛い。

熱い。

これが死か。

ダンジョンが発生して十年。

世界は変わった。

探索者(シーカー)がモンスターを狩り、それを配信し、スパチャで稼ぐ。

一攫千金のドリーム。

俺もそれに憧れた。

だが現実は、Fランクダンジョンの浅層で野垂れ死ぬ、名もなき底辺配信者だ。

(……あーあ。せめて最後くらい、バズりたかったな)

視界が霞む。

意識が遠のく。

その時だ。

『ピロン♪』

場違いな通知音が鳴った。

スパチャではない。

システムの通知音とも違う、もっと無機質な電子音。

【System Alert: 視覚野への接続を確立しました】

【Debug Mode: ON】

「……は?」

瞬間、世界が裏返った。

暗い洞窟の壁に、無数の『線』が走る。

緑色のグリッドライン。

岩のテクスチャが剥がれ落ち、その下に隠されたワイヤーフレームが浮き上がる。

ゴブリンの死体が、ただの肉塊から、『Polygon Count: 402』というタグ付きのオブジェクトに見えた。

「なんだこれ……幻覚か?」

目をこする。

だが、消えない。

足元を見る。

俺の出血している右足。

そこには、『HP: 12/150』という赤いバーと、『Status: Bleeding (Duration: 30s)』という文字が浮かんでいた。

そして、洞窟の奥から響く地響き。

「グオオオオオオッ!!」

現れたのは、この階層にはいるはずのないイレギュラー。

ミノタウロス。

本来なら、Fランクの俺など一撃で粉砕される絶望の象徴。

だが、今の俺の目には違って見えた。

やつの頭上に浮かぶ文字。

『EnemyID: Minotaur_Lv50』

『Next Action: Heavy Swing (Target: Player)』

『Weak Point: Right Knee (Hitbox Collision Error)』

「……ははっ」

乾いた笑いが出る。

恐怖よりも先に、理解が追いついた。

こいつの動きが。

弱点が。

すべて『データ』として視える。

「おい、bot君。まだ見てるか?」

俺はスマホに向かって呟く。

「これから起きること、録画しとけよ。……バグ技(エクスプロイト)、見せてやるから」

震える手で剣を握り直す。

俺は、目の前に表示された『攻撃予測軌道』である赤いラインの、ほんの数センチ横へと足を踏み出した。

第二章 バグ利用(エクスプロイト)

「そらよッ!」

豪音が空を切る。

ミノタウロスの巨大な斧が、俺の鼻先スレスレを通過し、地面を砕いた。

俺は動かない。

普通なら恐怖で腰が抜ける距離。

だが、俺には『当たり判定(コリジョン)』の境界線が、明確な赤い壁として視えている。

そこさえ越えなければ、どんな大技もただの演出だ。

「嘘……だろ?」

「今の避けた!?」

「偶然だろwww」

「いや、今の動き変じゃね?」

コメント欄が動き出す。

同接が、5人、10人と増えていく。

俺は斧が地面にめり込み、硬直時間(リカバリーフレーム)が発生しているミノタウロスの懐に飛び込んだ。

狙うは右膝。

視界に表示された『Hitbox Collision Error』の極小の青い点。

「ここが! ガバガバなんだよッ!!」

錆びついた安物の剣を、その一点に突き刺す。

『Critical Hit!』

『Damage: 9999 (Overflow)』

「グ、ガ、アアアアッ!?」

ありえない現象が起きた。

剣が刺さった瞬間、ミノタウロスの右足がポリゴンの破片となって弾け飛んだのだ。

物理的な切断ではない。

処理落ちしたかのように、存在そのものが消失した。

巨体がバランスを崩し、無様に倒れ込む。

「うおおおおおおお!」

「なんぞこれwwww」

「バグったwww」

「運営仕事しろ」

「これチートじゃね?」

同接が100を超えた。

コメントの流れが速くなる。

俺の心臓が早鐘を打つ。

死の恐怖ではない。

この興奮。

この注目。

(視える……全部視えるぞ!)

倒れたミノタウロスが起き上がろうとする予備動作。

その筋肉の収縮すら、『Animation Start: Rise_B』というコードとして認識できる。

俺は予測軌道を先回りし、やつの顔面――正確には、眉間の奥にある『Core Crystal』の判定ボックスに向けて剣を振り下ろした。

ズドンッ。

一撃。

たった一撃で、Lv50の怪物が光の粒子となって霧散した。

『Experience: 50000』

『Level Up!』

俺の身体を光が包む。

傷が塞がり、力が漲る。

「は、はは……やった……」

へたり込む俺のスマホが、激しく振動し始めた。

『¥10,000 ナイスー!』

『¥500 今のどうやったの?』

『¥50,000 【速報】Fランク探索者、ミノタウロスをワンパン』

画面を埋め尽くす虹色のスパチャ。

同接数は、いつの間にか1万人を突破していた。

「おいおい……マジかよ」

震える指で画面をタップする。

これが、俺が夢見た景色。

だが、俺の『目』は、スパチャの金額の裏側に、奇妙な文字列を見つけてしまった。

『User: Leviathan (Admin access requested)』

一際高額なスパチャを投げたアカウント。

そのIDの横に、一般ユーザーには絶対に見えないはずのタグが付いている。

管理者権限(Admin access)。

(……運営? いや、違う)

そのタグは、ダンジョン管理協会のサーバーを示すものではなかった。

もっと上位の。

この『世界』そのものを記述しているような、異質なコード。

俺は、カメラに向かってニヤリと笑ってみせた。

「これ、まぐれじゃねーから。……次、もっとヤバいの見せてやるよ」

第三章 第四の壁、崩壊

あれから一週間。

俺、相馬レンジの名は世界中に轟いていた。

『バグ使いのレンジ』

『グリッチ・シーカー』

呼び名は様々だが、やることは一つ。

誰も攻略できない高難易度ダンジョンの「穴」を見つけ、最短ルートでクリアする。

隠し扉の判定ミス。

ボスのAIハメ。

即死トラップの無効化エリア。

俺には、この世界の手抜き工事がすべて視えていた。

そして今日。

俺は、人類未踏の『Sランクダンジョン:バベル』の最上層にいた。

同接は300万人。

世界同時配信。

目の前には、神々しい光を纏った天使型のボス、『セラフィム』が浮いている。

「愚かな人間よ……ここはお前たちの来る場所ではない」

荘厳な声が響く。

コメント欄が「かっけぇぇ!」「神ゲー」と盛り上がる。

だが、俺は知っている。

こいつが喋っているセリフが、ただのテキストファイルから読み込まれたものであることを。

『Dialogue: Boss_01_Intro.txt』

そして、こいつのHPバーが、無限大(∞)に設定されていることも。

(……絶対に勝てないイベント戦、ってやつか)

通常のゲームなら、ここで負けてイベントが進む。

だが、ここは現実だ。

負ければ死ぬ。

「ふざけんなよ……」

俺は呟く。

「誰がデバッグ不足のクソゲーにつきあってやるかよ」

俺は、セラフィムに向かって走るのではなく、何もない虚空に向かって走り出した。

「え? レンジどこ行くの?」

「そっちは崖だぞ!」

「逃亡か?」

コメントが荒れる。

俺は、ダンジョンの壁――テクスチャの継ぎ目に向かって、全力で剣を突き立てた。

そこは、世界の『裂け目』。

座標計算が狂っている特異点。

「開けろおおおおおおッ!!」

剣が火花を散らす。

空間が悲鳴を上げる。

『Warning: System Error』

『Map Data Corrupted』

美しいダンジョンの風景がノイズ混じりに歪む。

セラフィムの動きが止まり、Tポーズで固まる。

「な、何が起きてる!?」

「配信画面バグった?」

「いや、空が……割れてる?」

俺がこじ開けたのは、ボスの部屋ではない。

このダンジョンを生成している『管理領域(コンソール)』へのバックドアだ。

視界に、膨大な文字列が溢れ出す。

そして、俺は見てしまった。

空の向こう側に、巨大な『目』があるのを。

いや、目ではない。

それは、無数のモニターが並ぶ部屋で、俺たちを見下ろしている『誰か』の姿。

ここは異世界からの侵略なんかじゃない。

俺たちの世界に重ね書きされた、上位存在による『エンターテインメント・ショー』だったんだ。

「……見えてるんだろ? そこにいるお前」

俺は、スマホのカメラではなく、空の裂け目に向かって指を差した。

「お前らがスパチャ投げてる『高位次元(うえ)』の連中か?」

世界中の画面越しに、俺の声が響く。

「シナリオ通りに死んでやるつもりはねえぞ。……ここからは、俺の配信(ゲーム)だ」

第四章 神のスパチャ

世界が静まり返る。

配信の同接カウンターが、異常な挙動を示していた。

数字が文字化けし、測定不能になっている。

空の裂け目から、光が漏れ出す。

セラフィムが再起動し、赤黒いオーラを纏って暴走を始めた。

『Emergency Mode: Elimination Target [Renji]』

「強制排除モードか。上等じゃねえか」

俺は笑う。

だが、状況は絶望的だ。

システムに直接介入され、俺のステータスバーが灰色に変わりつつある。

『Account Ban』のカウントダウン。

体が動かない。

指先から感覚が消えていく。

(ここまでか……)

そう思った時。

『¥1,000,000,000 もっと見せろ』

『¥500,000,000 シナリオ崩壊w』

『¥∞ 【System Override】承認』

視界を埋め尽くす、桁違いのスパチャ。

それは人間からではない。

このショーを楽しんでいる『上位存在(リスナー)』たちからの、介入だった。

彼らは、予定調和なバッドエンドよりも、バグだらけの予測不能な展開(エンタメ)を選んだのだ。

『Access Granted: Developer Mode』

俺の身体に力が戻る。

いや、それ以上だ。

世界を書き換える権限が、俺の手に宿る。

「サンキュー、リスナー。……じゃあ、派手に行こうぜ」

俺は右手を掲げる。

「対象(ターゲット)、セラフィム。属性(プロパティ)、変更」

空中に仮想キーボードを叩き込むように指を走らせる。

「無敵フラグ……削除(デリート)!」

パリンッ!!

世界中に響く、何かが砕ける音。

セラフィムの頭上から『∞』のマークが消え、『HP: 1』という儚い数字に変わる。

「嘘だろ……神をデバフしやがった」

「レンジ、お前何者なんだ」

「いけえええええええ!」

チャットの奔流が、物理的なエネルギーとなって俺の剣に収束する。

「これが、俺たちの『推し活(火力)』だああああッ!!」

一閃。

世界を隔てる壁ごと、セラフィムを両断した。

最終章 エンドロールのその先で

光が収まると、そこには元の青空が広がっていた。

ダンジョンは消滅し、ただの廃墟が残る。

配信は終了した。

……表向きは。

俺は一人、瓦礫の上に座り、空を見上げていた。

スマホの画面は真っ暗だ。

だが、俺の『目』には、まだ文字が見えている。

『Season 1 Completed』

『Rating: SSS』

『Next Season Preparation...』

「シーズン1、か……」

結局、俺はこの世界という巨大な檻の中で、一番人気のピエロになっただけかもしれない。

上位存在たちは、次の「トラブル」を期待して待っている。

だが、悪くない気分だった。

ポケットの中で、スマホが震える。

通知の嵐。

母親からの安否確認。

企業からの案件依頼。

ファンからの感謝のメッセージ。

全部、現実(リアル)だ。

「……まあ、いいさ」

俺は立ち上がり、埃を払う。

「バグだらけの世界(クソゲー)も、攻略しがいがあるってもんだろ」

俺は、誰もいない空に向かって、小さく手を振った。

そこには、まだログアウトしていない『1人』の視聴者(管理者)の気配が、確かに残っていたからだ。

(終わり)

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 相馬レンジ: 主人公。底辺から這い上がるため、禁断の力を行使する。孤独な現代人の象徴であり、承認欲求(「いいね」)を燃料に戦うアンチヒーロー。
  • 視聴者(リスナー): 単なる観客ではなく、物語に介入する「神」のような存在。無責任なコメントが物理法則を変える鍵となる。
  • セラフィム: システム側が用意した「絶対に勝てないボス」。権威や理不尽な社会システムのメタファー。

【考察】

  • 「配信」というメタ構造: 本作はダンジョン攻略を描きつつ、現代の「監視社会」や「評価経済」を風刺している。主人公が戦っているのはモンスターではなく、アルゴリズムと視聴率である。
  • 「バグ」の意味: レンジの能力は「社会のレールから外れること」の暗喩。正規のルート(真面目な努力)では勝てない理不尽に対し、システムそのものをハックして出し抜くカタルシスを描いている。
  • 第四の壁の崩壊: 終盤でレンジがカメラではなく「空の裂け目」に話しかけるシーンは、物語内の視聴者だけでなく、この小説を読んでいる現実の読者へ向けたメッセージでもある。「お前たちはこの悲劇を楽しんでいないか?」という問いかけが含まれている。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

0 / 200
本日、あと...

TOPへ戻る