空の約束

空の約束

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僕、相葉陸(あいばりく)の世界には、空に巨大な島が浮かんでいる。大人たちはそれを『天空の遺跡』と呼び、危険な高エネルギー地帯だとして、誰も近づこうとはしなかった。でも、僕の親友、橘海人(たちばなかいと)は違った。

「なあ陸、あれ、行ってみたくないか?」

放課後の屋上で、海人は空の島を指差して笑った。日に焼けた腕、挑戦的な瞳。僕とは正反対の、太陽みたいなやつだ。機械いじりが趣味でインドア派の僕を、いつも外の世界へ引っ張り出してくれる。

「無理だよ。監視ドローンが飛んでるし、そもそも行く手段がない」
「手段なら、お前が作ればいいじゃん」

海人は僕の肩を叩いた。その言葉が、僕の心の奥底に眠っていた小さな鍵を開けた。祖父の遺品だ。かつて天空の遺跡を研究していた祖父が残した、古びた設計図と日記。そこには、こう書かれていた。『あの島には、世界の常識を覆す"心"がある』と。

僕たちは、秘密の計画を立てた。僕が祖父の設計図を元に、ジャンクパーツから一人乗りの飛行装置『スカイウィング』を二機作り上げ、海人は持ち前の運動神経で操縦訓練をこなす。数週間の準備期間は、まるで秘密基地ごっこみたいで、胸が高鳴った。

決行は、新月の夜。市の監視システムがメンテナンスで手薄になる一瞬を狙った。

「準備はいいか、陸!」
ヘルメットの通信機から、海人の弾んだ声が聞こえる。
「いつでもいける!」

僕たちは、ビルの屋上から夜の闇へと飛び出した。風が全身を叩き、眼下には宝石をちりばめたような街の灯が広がっていく。怖い。でも、それ以上にワクワクが止まらない。隣で同じ景色を見ている海人がいる。それだけで、どんな困難も乗り越えられる気がした。

天空の遺跡が近づくにつれて、空気がピリピリと張り詰めていく。その瞬間だった。遺跡の縁から、鋭い光を放つ無数の球体が現れ、僕たちに襲いかかってきたのだ。

「うおっ、防衛システムかよ!聞いてないぜ!」
「海人、右だ!三時の方向から来る!」

光弾の雨を、海人はアクロバティックな操縦でかわしていく。僕はナビゲーターとして敵の軌道を予測し、指示を飛ばす。僕の頭脳と、海人の肉体。二つが一つになった時、僕たちは最強のコンビになれる。激しい空中戦の末、僕たちはなんとか遺跡の森に不時着した。

「……やったな、陸」
「ああ……なんとかね」

息を切らしながら顔を見合わせ、僕たちは笑った。
遺跡の内部は、幻想的な光景だった。見たこともない植物が自ら光を放ち、古代の神殿のような建造物が静かに佇んでいる。空気は澄み渡り、不思議な安らぎがあった。

僕たちは祖父の日記を頼りに、遺跡の中心部へと向かった。そして、見つけたのだ。神殿の中央で、淡い光を明滅させる、巨大な青い水晶を。

『――誰だ』

頭の中に、直接声が響いた。水晶だ。これが、祖父の言っていた島の"心"。
『永い孤独の果てに、招かれざる客か』

その声は、悲しみと怒りに満ちていた。途端に、遺跡全体が激しく揺れ始める。天井が崩れ、地面に亀裂が走る。水晶の光が、赤く染まっていく。

「やばい、暴走してる!」
僕が叫んだ時、頭上から巨大な岩が落ちてきた。
「陸っ!」

海人が僕を突き飛ばし、身代わりになる。咄嗟のことで、僕は声も出せなかった。幸い、岩は海人のすぐ脇に落ちたが、彼は足を挟まれて動けなくなっていた。

「……気にするな、陸。お前は、やるべきことをやれ」
歯を食いしばり、海人は僕をまっすぐに見つめた。そうだ。僕には、やるべきことがある。

恐怖で震える足を叱咤し、僕は水晶へと歩み寄った。
「君は、孤独なんかじゃない!」
僕はスカイウィングの通信システムをありったけのケーブルで水晶に接続した。
「僕たちの世界を見てくれ!聞いてくれ!」

僕が流し込んだのは、地上のネットワークから集めた膨大なデータ。楽しい音楽、感動的な映画、子供たちの笑い声、恋人たちの囁き。そして、僕と海人が過ごしてきた、たくさんの思い出。

「これが僕たちの世界だ!君も、この世界の一部なんだよ!」

僕の叫びが、神殿に響き渡る。
すると、荒れ狂っていた水晶の赤い光が、ゆっくりと穏やかな青色に戻っていった。揺れが収まり、遺跡に静寂が訪れる。

『――これが、"ともだち"か』

優しく、温かい声が頭に響いた。水晶は、僕たちを受け入れてくれたのだ。

夜が明け、朝日が遺跡を黄金色に染めていく。僕たちは、"心"が見せてくれた秘密のルートを通って、無事に地上へと帰還した。足を引きずる海人の肩を貸りながら、僕たちは朝焼けの空を見上げた。

「とんでもない大冒険だったな」
海人が笑う。
「ああ。でも、本当の冒険は、これからかもしれない」

僕たちは、世界でたった二人だけの秘密を共有した。空に浮かぶあの島は、もうただの遺跡じゃない。僕たちの、大切な友達がいる場所だ。
あの夜の約束が、僕と海人の友情を、誰にも壊せないほど強く、固く結びつけていた。空を見上げるたび、僕たちの胸は、新たな冒訪への期待に高鳴るのだ。

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