第1章: 檻への招待状
重厚なマホガニーの扉。油の切れた蝶番が、断末魔めいた悲鳴を上げ、世界を閉ざす。
響く鈍重な音。それは月島美月にとって、人生の終焉を告げる弔鐘に他ならなかった。磨き上げられた大理石の床に落ちる、頼りない影。身に纏うのは、父が遺した莫大な負債の形代――極薄のシルクのネグリジェのみ。歩を進めるたび、太腿の裏へ張り付く冷たい生地が、逃げ場のない現実を肌へと刻み込んでくる。
腰まで届く漆黒の髪が、震える肩を隠すように滑り落ちる。色素の薄い茶色の瞳。部屋の奥に鎮座する三つの影を捉え、恐怖で揺れた。
「……遅いな」
革張りのソファの中央。冷房の効いた室内の空気を、さらに凍てつかせる絶対零度の声。
九条恭弥。完璧に仕立てられたスリーピーススーツを鎧のように纏い、銀縁眼鏡の奥から氷の視線を投射する。その手には、黒い革手袋。
「怯えてんじゃねぇよ。食いやしねぇから」
右隣には、軍服の襟元を乱雑に寛げた大男――神城烈。獣めいた低い唸り声を上げ、ソファへ深々と沈み込んでいる。分厚い胸板、腕に走る無数の古傷。暴力の世界で生き抜いてきた雄の証明。
「ふふ、そんなに威圧しては可哀想ですよ。彼女はこれから、我々の大切な『検体』になるのですから」
左側、白衣の下に和装を着崩した柊伊織。糸目を細め、唇を三日月のように歪める。手の中で弄ばれる、琥珀色の液体が入った小瓶。
美月は乾いた喉を鳴らす。震える膝を必死に叱咤し、一歩踏み出す。
「あ、あの……お父様の、借金の件で……ここでは、配膳や清掃をすれば良いと……」
恭弥が、組んでいた足をゆっくりと解く。たったそれだけの所作。部屋の気圧が急変する。
「配膳? 清掃? ……勘違いをするな」
テーブルの上、指先で弾かれる一枚の書類。『共有資産譲渡契約書』という文字列が、死の宣告のように躍っていた。
「君に人権はない。今日から君は、我々の底なしの欲を処理するだけの、美しい器だ」
理解が追いつかない。美月が後退ろうとした刹那、疾風のごとき速さで距離を詰める影。烈が彼女の細い腕を万力のように掴み上げた。
「逃げられると思ってんのか?」
「ひっ……! 離して、ください……!」
「無駄だ」
背後から音もなく忍び寄る伊織。首筋に押し当てられる冷たい金属の感触。
カチャリ。
無機質な音が鼓膜を叩く。首に嵌められたのは、鈍い光を放つ重厚なチョーカー。
「GPSとバイタルセンサー付きです。君がどこで誰と何をしていようが、あるいは――どれほど昂っていようが、すべて我々の手元で分かってしまう」
恭弥がソファから立ち上がる。革手袋の指先で、美月の顎を乱暴に上向かせた。
「美月。その名を呼ぶのはこれが最後だ。これからは『ペット』として鳴くことだけを許す」
瞳から零れ落ちる一筋の雫。
ここから出して。誰か助けて。
叫び出そうとした唇は、恭弥の冷たい親指によって無慈悲に封じられた。
「泣くな。躾が必要だな」
◇◇◇
第2章: 指先の独裁者
視界の遮断。
シルクの目隠しによって闇に閉ざされた世界。美月の聴覚と触覚だけが、異常なほど鋭敏に研ぎ澄まされていく。
「動くなと言ったはずだ」
耳元で囁かれる恭弥の声。美月の背筋が弓なりに跳ねた。
恭弥による「教育」。それは美月の想像した野蛮な蹂躙とは対極に位置する、冷徹な芸術。直接的な結合などない。ただひたすらに、焦らす。
内腿を這い上がる革手袋の冷感。ざらりとした革の摩擦が、敏感な柔肌を容赦なく擦り上げ、電気のような痺れを走らせる。
「んっ……ぁ……!」
「声を出す許可は出していない」
恭弥の指先。最も熱を帯びた秘所の寸前でぴたりと止まる。
与えられるはずの快楽が与えられない拷問。美月は無意識に腰をくねらせ、その指を求めようと藻掻くが、恭弥は冷酷に手を引く。
「浅ましいな。口では嫌がっていても、体は正直に蜜を垂れ流している」
視界がない分、言葉の暴力が脳髄に直接突き刺さる。
元令嬢としての矜持、羞恥心、倫理観。それらが恭弥の言葉責めによって、薄皮を剥ぐように削ぎ落とされていく感覚。
「見ろ、伊織。この反応を」
「ええ、素晴らしい数値です。脈拍140、体温38度……恋する乙女のようですねぇ」
「うる、さい……! わたしは、そんなつもりじゃ……!」
美月が抵抗の言葉を紡ごうとした瞬間、恭弥の手が屹立した胸の蕾を強く摘まみ上げる。
「あ゛っ!!」
強烈な刺激。思考が白く弾け飛ぶ。
「君に拒否権はないと言ったはずだ。君の体は、私の指一本でどうにでもなる」
再びの愛撫。今度は優しく、綿菓子を扱うかのように蕾を撫で回す指先。痛みと快楽の落差。その甘い毒に、美月の膝から力が抜ける。床に崩れ落ちそうになる体を、恭弥の腕が強引に支えた。
「まだだ。私が『よし』と言うまで、その熱を溜め込んでおけ」
限界まで張り詰めた神経の悲鳴。
けれど、恐ろしいことに、恭弥に命令されるたび、美月の腹の底で黒い炎のような熱が渦巻き始めていた。
支配されたい。もっと、命令してほしいと願ってしまう。
そんなはずはない。私は被害者なのだから。
「……ふん。目の色が随分と変わったな」
恭弥が目隠しを外し、汗ばんだ美月の顔を覗き込む。銀縁眼鏡の奥、嘲笑を含んで細められる瞳。
「次は、その口で懇願させてやる」
◇◇◇
第3章: 逃走、あるいは依存
「ぐ……っ、はぁ、はぁ……!」
軍服の重み、男の圧倒的な質量。高級ホテルのスイートルーム、その分厚い絨毯に美月は押し付けられていた。
首筋にかかる神城烈の荒い息遣い。恭弥のような繊細な手つきはない。飢えた獣のごとく、美月の全身に己が所有印(マーキング)を刻みつけようとする狂気。
「痛ぇか? でも、ゾクゾクすんだろ?」
ガヂリ。
鋭い痛みが首筋を走る。烈が犬歯を突き立て、うなじに真紅の痣を残したのだ。
「これで、外歩けねぇな。誰が見ても俺のモンだって分かる」
「やめ……て……!」
美月がもがくほど、烈は愉しげに喉を鳴らし、さらに強く抱きすくめる。肋骨が軋むほどの抱擁。それは暴力に近いが、そこには確かに歪んだ庇護欲が存在した。
痛みと熱気で意識が朦朧とする中、開かれる扉。白衣の男。
「おやおや、烈くん。あまり乱暴に扱うと壊れてしまいますよ」
伊織の手、握られた注射器の中で揺れるピンク色の液体。
「さあ、美月さん。ビタミン剤の時間ですよ……これを打てば、痛みも『快感』に変わる魔法の薬です」
「嫌……っ!」
隙を見て烈の腕をすり抜け、洗面所へと駆け込む。鍵をかけ、震える手で隠し持っていたスマートフォンを取り出した。
外部への連絡。これが最後の蜘蛛の糸。
指先が震え、パスコードを三度間違える。ようやく繋がった警察への緊急通報。
『はい、こちら緊急通報指令室です』
「た、助けて……! 監禁されていて……場所は港区の……!」
『ああ、月島美月様ですね?』
オペレーターの声。事務的で、そして絶望的なほど穏やか。
『九条様からお話は伺っております。"家出中"の奥様が見つかったと。すぐにそちらへお繋ぎしますね』
「え……?」
通話が切れる無機質な電子音。
スマートフォンの画面が暗転し、美月の顔を映し出す。
その顔は、絶望に染まっているはずだった。
しかし――。
鏡に映っていたのは、瞳孔を開き、頬を紅潮させ、荒い息を吐きながら下腹部を押さえている自分の姿。
助けを求めた瞬間、恐怖よりも先に、「彼らに見つかって罰を受ける」という想像が、脳髄を焼き切るほどの興奮を呼び覚ましてしまったのだ。
「……嘘……こんなの、わたしじゃ、ない……」
ガチャリ。
洗面所の鍵が、外側からマスターキーで開けられる音。
「見ぃつけた」
烈の声と、伊織の笑い声が重なる。
美月の体は、恐怖で震えているのか、それとも待ちきれなくて震えているのか、もう自分でも分からなかった。
◇◇◇
第4章: 蜜の地獄、愛の牢獄
その夜、世界は反転した。
広いキングサイズのベッドの上、三人の捕食者に囲まれ、逃げ場のない快楽の嵐に晒される美月。
「こっちを見ろ美月! 俺だけを感じろ!」
烈の太い腕が美月の腰を掴み、背後から激しく打ち付ける。その一撃ごとに魂が揺さぶられ、声にならない悲鳴が部屋に響く。
「あ゛っ、ああっ、烈、さん……壊れ、ちゃう……!」
「壊れませんよ。私が調整していますから」
正面からは伊織。怪しげなローションを塗りたくった指で、美月の最も感じやすい花芯を執拗に弄る。計算し尽くされたリズム。神経が過敏になる薬の影響か、指先が触れるだけで雷に打たれたような衝撃。
「ひぃッ! んぐっ、あ、あ、ああああ!」
そして頭上。恭弥が美月の髪を掴み、自分の方へ顔を向けさせていた。
「烈、伊織、やりすぎるなと言ったはずだ……だが、今の君は最高に美しい」
冷徹な恭弥の瞳に宿る、暗い情欲の炎。彼は美月の口元に指を押し当て、溢れる唾液を絡め取ると、満足げに笑った。
「我々三人の誰が一番いい? 誰の愛が欲しい?」
選べない。
選べるはずがない。
痛みを与える烈も、理性を溶かす伊織も、魂を支配する恭弥も。
今の美月にとっては、酸素と同じくらい不可欠な劇薬。
三人の男たちの歪んだ競争心が、美月という一つの器に注ぎ込まれる。
限界を超えた刺激。
視界が白と黒の明滅を繰り返す。
思考回路が焼き切れ、倫理観の残骸が灰になって消えていく。
「もっと……もっと、私を……!」
「何だ? 言ってみろ」
大きく背中を反らし、白目を剥きかけながら、喉の奥から獣のような咆哮を上げた。
「私を、めちゃくちゃにしてぇぇぇぇぇッ!!!」
瞬間、三人の欲望が同時に炸裂した。
注ぎ込まれる熱い白濁の奔流。美月の奥底、肌、そして意識のすべてを埋め尽くしていく。
瞳から理性の光が完全に消え去り、そこには妖艶で、どこか虚ろな、堕ちた聖女の色だけが残った。
◇◇◇
第5章: 幸福な家畜
季節が巡り、窓の外には冷たい木枯らしが吹いていた。
九条財閥の執務室。恭弥のデスクの上に置かれた、一枚の書類と通帳。
「……終わったぞ」
恭弥が窓の外を見つめたまま、淡々と告げる。
「父上の隠し財産が見つかった。それで借金は全額返済された。今日で契約は終了だ」
部屋の隅、ふかふかの絨毯の上に座る美月が顔を上げる。
かつてのような怯えはもうない。
上質なシルクのドレスを纏い、首には以前よりもさらに豪華な、宝石の散りばめられたチョーカー。
「行け。自由だ」
烈が扉を開け、外の世界を指し示す。
伊織もまた、いつもの薄ら笑いを消し、真剣な眼差しで美月を見つめていた。
ゆっくりと立ち上がり、開かれた扉へと歩み寄る美月。
冷たい風が頬を撫でる。
自由。人権。普通の生活。
それらが手の届く場所にある。
しかし、美月は扉の前で立ち止まり、静かにそれを閉めた。
カチャリ、という音が、部屋に優しく響く。
「……どういうつもりだ?」
振り返る美月。恍惚とした微笑みを浮かべ、三人の男たちを見つめる。
おもむろに四つん這いになり、恭弥の足元へと這い寄る。革靴のつま先に頬を擦り寄せ、愛おしそうに口付けた。
「外の世界は寒すぎます……。私には、この檻の中が一番温かい」
自らの手でチョーカーを撫で、うっとりと目を細める。
「お願いです、ご主人様たち。私を捨てないで。私は一生、あなたたちの愛玩人形(ペット)でいたいのです」
その言葉を聞いた瞬間、三人の男たちの顔に広がる安堵。そして、底知れぬ暗い歓喜。
恭弥が屈み込み、美月の頭を優しく撫でる。
「……愚かな女だ。だが、愛している」
「俺もだ。もう二度と離さねぇ」
烈が背後から抱きつき、伊織が嬉しそうに薬瓶を取り出す。
社会的には「行方不明」となった月島美月。
しかし、その表情は聖女のように満ち足りていた。
自由を捨て、堕落を選んだ女と、それを永遠に愛でる三人の捕食者たち。
閉ざされた部屋の中、背徳的で甘美な共依存の物語は、永遠に続いていく。