第一章: 裏切りのステージへようこそ
網膜を狂わせるような極彩色のレーザーが、円形ステージの冷え切ったコンクリートを不気味に這い回る。
氷室 零「何があっても、僕は君を裏切らない。たとえ世界が君を悪魔と呼んでも、僕は君の最初の味方だ」
氷室零は冷徹な膝を硬い地面につき、隣に立つ少女の指を骨が軋むほどの力で握りしめた。
乱れた漆黒の髪の隙間から覗く宵闇色の瞳は、世界そのものを激しく拒絶するように細められている。
タイトな黒のレザージャケットの襟元で、銀色の金具をあしらった黒いチョーカーが血のようなネオンを反射して鈍く煌めいていた。
柊 詩乃「ありがとう、零くん。私も同じだよ。何があっても、零くんを信じるから……っ」
緩くウェーブしたミルクティー色のツインテールが揺れ、潤んだ琥珀色の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
白いフリルに縁取られたゴスロリドレスの裾をかすかに震わせ、少女は健気な悲劇のヒロインを完璧以上に演じてみせた。
周囲の壁を埋め尽くす巨大なスクリーンには、全世界から集まる億単位のチャットが、まるで濁流のように高速で流れ落ちていく。
『詩乃ちゃんを泣かせるな!』『氷室死ね!』という憎悪の言葉が、青白い光となって彼女の白い肌を冷酷に照らし出す。
第5ラウンド開始。トレードシステム作動。視聴者投票により、プレイヤーの役割を強制交換します。
無機質な合成音声がスタジアムの四方に鳴り響いた瞬間、詩乃の指先がピクリと不自然に跳ね上がった。
それは恐怖や悲哀によるものではなく、皮膚のすぐ下でドクドクと脈打つ、耐えがたいほどの歓喜の震動によるものだった。
零の手元にあるスマートデバイスの画面が血のように赤く明滅し、鋭い警告音が鼓膜を執拗に突き刺す。
『生存カード』を喪失。プレイヤー「柊 詩乃」より『生贄カード』が譲渡されました。
柊 詩乃「ごめんね、零くん。やっぱり私は、死ぬよりも、みんなに愛されるヒロインでいたいの」
詩乃の顔から涙の痕跡は完全に消え去り、その愛らしい唇が三日月のように大きく歪んでいく。
鈴を転がすような猫撫で声は消え、低く冷酷なトーンがむき出しのコンクリートに不気味に跳ね返った。
視聴者からの「いいね」の数値が、詩乃のデバイスの上で一瞬にして数百万単位へと膨れ上がり、脳を痺れさせるノイズを奏でる。
零は裏切られたことに対する怒りではなく、彼女の完璧なまでの醜悪さと美しさに、狂おしい悦びを感じて喉を鳴らした。
氷室 零「素晴らしいよ、詩乃。君が僕を売るその瞬間まで、僕は君の絶対的な味方だからね」
その宵闇色の瞳の奥で、冷徹な計算と、狂気的な歓喜の炎が静かに、だが確実に燃え上がっていた。
第二章: いいねが紡ぐ血のトレード

薄暗い廃倉庫の片隅、剥き出しの鉄骨が錆びた匂いを濃厚に放つインターミッションエリア。
電子ノイズが不快に鼓膜を擦る闇の中で、白フリルのゴスロリドレスが軽やかに、まるで勝利のステップを刻むように揺れる。
九条 蓮「よくやった、詩乃。あの目障りな氷室を確実に奈落へ突き落としたな」
金髪を端正なセンター分けにした男、九条蓮が、仕立ての良い漆黒のスーツの襟元を整えながら暗闇から傲然と姿を現した。
冷徹な青い瞳を見開き、詩乃の華奢な肩を独占欲を示すように抱き寄せ、その薄い唇に醜悪な冷笑を浮かべる。
九条 蓮「これで次のステージは私と君の独占配信だ。有象無象の視聴者どもは、悲劇のヒロインにドネーションを浴びせるだろう」
詩乃は九条の逞しい胸に身を預け、琥珀色の瞳を熱っぽく湿らせながら、彼を見上げた。
デバイスに次々と通知される「いいね」の文字を細い指先で愛おしそうになぞり、甘く呼吸を荒くしていく。
柊 詩乃「ねえ、私の数字を見て……。こんなに私を求めてる。他人の命を踏み台にするのって、最高のドラッグね」
九条は彼女の白い首筋に冷たい指先を滑らせ、その生々しい欲望を支配するように薄笑いをさらに深めた。
氷室 零「その数字、少し急ぎすぎたんじゃないかな」
闇の奥から、乾いた靴音がゆっくりと、規則正しいリズムで死の宣告のように響く。
心臓に埋め込まれたナノマシンで即死したはずの零が、首のチョーカーを弄びながら、平然と歩み出てきた。
九条 蓮「なぜ生きている!? 生存カードを奪われたお前は、即座に排除されるはずだ!」
九条の青い瞳が大きく見開かれ、額にドス黒い青筋が脈打つように浮かび上がる。
零は自分の端末を彼らの目の前に提示し、漆黒の髪を無造作にかき上げた。
氷室 零「詩乃、君の嘘は世界で一番美しい。でも、その価値を決めるのは君たちじゃない。この観客たちだ」
画面には、九条が裏で運営と交わしていた「プレイヤー買収」の極秘契約書が、配信画面に大写しになっている。
警告灯の赤い光が、密室の冷たいコンクリート壁を一瞬にして染め上げ、二人の逃げ場を奪った。
第三章: 神罰のドネーションと崩壊する絆

不正疑惑を検知。視聴者投票により「九条 蓮」の資産を強制凍結します。
壁面の大型液晶モニターに、視聴者からの凄ましき罵詈雑言の嵐が、赤色のテキストとなって津波のように押し寄せる。
九条 蓮「あり得ん! 私がこのような家畜どもに裁かれるなど! 詩乃、お前のカードをよこせ!」
先ほどまでの支配者気取りは消え失せ、九条は泥まみれの床に無様に膝をつき、鼻水と涙を流して詩乃のドレスにすがりついた。
足元から迸る高圧電流が、彼の四肢を激しく痙攣させ、喉から獣のような悲鳴を絞り出させる。
柊 詩乃「嫌……嫌! 私のいいねが減っていく……! 私を罵倒しないで、消えなさいよ!」
詩乃は自らのミルクティー色の髪を狂ったようにかきむしり、ヒールの踵で九条の端正な顔面を躊躇なく踏みつけた。
鼻骨の砕ける鈍い音が響き、九条の漆黒のスーツが赤く染まっていく。
九条 蓮「この売女が! 私を誰だと思っている! 殺してやる!」
九条は血塗れの顔を歪め、詩乃の細い足首を掴んで床に引きずり下ろした。
二人は泥と血に塗れ、互いのデバイスを奪い合うために、獣のように床を転がり、爪を立て、肉を噛みちぎる。
氷室 零「素晴らしいよ、二人とも。これこそが僕の見たかった、完璧な人間の本質だ」
零は二人の凄惨な殺し合いを冷ややかに見下ろし、宵闇色の瞳に深い歓喜を宿した。
氷室 零「さあ、視聴者は最高潮に達している。どちらが先に相手を『トレード』で生贄に捧げるか、選ぶ時間だ」
第四章: 奈落へ捧ぐ最後のいいね
『破滅カード』の読み込みが完了。プレイヤー「九条 蓮」を排除します。
九条 蓮「あああああああああっ!」
崩壊を始めたステージの床が開き、九条の絶叫とともに彼の肉体は奈落の底へと消え去った。
残されたのは、泥で黒ずんだ白いドレスを着た詩乃と、静かに立ち尽くす零の二人だけだった。
柊 詩乃「零くん……お願い、助けて。私、零くんのこと、本当に信じてたの……」
詩乃は琥珀色の瞳に涙を溜め、自慢の「涙の演技」で零を見上げる。
だが、零の宵闇色の瞳には、彼女の浅薄な思惑のすべてが完全に透けて見えていた。
零はゆっくりと歩み寄り、詩乃の前に片膝をついて、彼女の汚れた頬に冷たい指先で触れた。
氷室 零「詩乃。君は僕を裏切り、九条を裏切り、世界を騙そうとした、最高に愛おしい道化師だ」
彼の指先が、彼女の唇をやさしくなぞる。
氷室 零「君が世界中から憎まれ、僕にしかすがれなくなるこの瞬間を、ずっと待っていたんだよ」
零は自分の端末を操作し、自身の莫大な『生存ポイント』をすべて詩乃に譲渡する。
最終トレード完了。プレイヤー「氷室 零」の生贄が確定しました。
柊 詩乃「零くん、私を助けてくれるの……!?」
氷室 零「そうだよ。でも忘れないで。このポイントを受け取った瞬間、君は世界で最も卑劣な人殺しだ」
氷室 零「一生、配信の視聴者から監視され、罵倒され、愛され続けるんだ。僕という唯一の理解者を失った世界で、永遠にね」
零は自ら『生贄』の執行ボタンを強く押し、詩乃の手からその指を離した。
柊 詩乃「嫌あああああああああっ! 零くん! 行かないで!」
奈落へと真っ逆さまに落ちていく零は、最期までその美しい、冷徹な微笑を崩さなかった。
『僕を一生、忘れないでね、私の愛しい売国奴』
詩乃のデバイスに届いた最後の一文を、世界中の数百万件の罵倒のコメントが塗りつぶしていく。
彼女は狂ったように鳴り響く通知音の中で、ただ一人、本当の絶望の涙を流しながら、冷たいデバイスを抱きしめ続けた。