第一章: 死に際から始まる大誤算
立ち込める硝煙が鼻腔を刺し、爆風に削られた大理石の破片がルディの頬を容赦なく掠めていく。
砕け散ったステンドグラスが、赤い光の豪雨となって床に降り注ぎ、狂おしい音を立てて砕け散った。
白髪の混じった黒髪を乱暴に揺らし、ルディ・アークライトは、全身から吹き出す冷や汗で皮膚を濡らしていた。
だらしなく着崩した黒い夜会服の胸元で、心臓が耳障りなほどの爆音を奏で、肋骨を内側から叩き壊さんばかりに暴れ狂う。
視線の先、立ち込める煙の向こう側には、眩いばかりの白銀の甲冑をまとった深紅の髪の少女が直立していた。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ。
かつて一瞬の慈悲もなく、ルディの肉体を無残に両断した、帝国最強にして最悪の聖騎士。
その琥珀色の瞳が、冷徹極まりない光を放ちながら、獲物の息の根を止めるタイミングを測るようにルディを射抜く。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「往生際が極めて悪いですわね、魔王の右腕。ここがあなたの墓場です」
重厚な金属音とともに魔剣が引き抜かれ、周囲の空気が一瞬にして凍りつく。
ルディの死んだ魚のような黒い瞳が、網膜に焼き付いた死の記憶に呼び起こされ、恐怖で細かく痙攣した。
ひぃぃぃ! なんでまたこの死に損ないの瞬間に戻ってんだよ!
今度は絶対に死にたくない! 全力で、プライドなんてすべてドブに捨ててでも、許しを請うんだ!
生存への執念だけで、ルディは膝の力を完全に抜き、重力に従うように凄まじい速度で床に突っ伏した。
ルディ・アークライト「ふ、ふっ……すべては私の描いた『筋書き』通りだよ(お願いだからもう許して帰らせて!)」
勢い余って、額を冷たく硬い石畳に激しく叩きつける。
芸術的なまでの土下座。
額からじわりと赤い血が滲み、鼻の奥がツンとして涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に堪える。
あまりの勢いで平伏したため、だらしなく開いた夜会服のポケットから、何かが滑り落ちて床を転がった。
それは、ほんの数時間前にルディが道端で拾った、ただの奇妙に綺麗な紫色の石ころだった。
だが、その石の正体は、古代の叡智が凝縮された超高密度魔力封印石。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「不敵な笑みを浮かべて平伏するなど、小癪な! 我が光の前に消え去りなさい、《極星の裁き》!」
エルツェが天高く掲げた魔剣に、神聖にして絶対的な魔力の光が収束していく。
しかし、解き放たれようとした瞬間、その極大の光の粒子が、足元へ転がった石ころに猛烈な勢いで吸い込まれていった。
急急な魔力対流の遮断
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「な、魔力回路が、完全に、霧散……っ!?」
完全に構築されていたはずの聖級術式が瞬時に乱れ、制御を失った莫大な魔力がバックラッシュとなってエルツェの身体を容赦なく襲う。
美しい銀の鎧がきしみ、彼女は喉の奥から激しく血を吐き、床に両膝をついた。
カチリ、と運命の歯車が噛み合う音。
エルツェは激しい呼吸の合間から、額を床に擦り付けたまま動かないルディを見つめる。
あえて無防備にひれ伏し、こちらの最大の油断を誘ったというのですか。
そして、完璧なタイミングで封印石を滑らせ、私の聖級魔術を完全に封じた。
じっと見据える琥珀色の瞳が、屈辱を超えた熱を帯びて潤んでいく。
冷徹な女帝と恐れられた彼女の白いうなじが、敗北の甘美な快感と、圧倒的な知略に対する畏怖で赤く染まった。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「やはり、あなたの目はすべてを見通しているのですね……! 恐ろしい男ですわ」
ルディは己の心臓の音と、額の痛みに恐怖で顔を強張らせたまま、ただじっと床の冷たさを見つめていた。
第二章: 狂信者の神格化ゲーム

カビ臭く薄暗い幽閉室の片隅で、ルディは温かいコーンスープの幻影を必死に追っていた。
じっとりとした湿気が肌にまとわりつき、壁には退屈しのぎに指先でなぞった、不気味な煤の跡が何本も並んでいる。
重い鉄格子の扉が音もなく開き、漆黒の執事服を完璧に着こなした男が、影のように滑り込んできた。
キース・ヴァレンタイン。
端正な金髪をオールバックに固め、冷酷な光を放つ眼鏡の奥で、全てを冷徹に見透かす男。
彼はルディの前に立つと、手袋を嵌めた右手を胸に当て、深く、狂信的なまでの忠誠を込めて頭を下げる。
キース_ヴァレンタイン「ルディ様、例の騎士団の動向ですが、すべて我が網の中にかけました」
ルディは背筋を走る冷や汗を必死に隠しながら、濁った、死んだ魚のような目でキースをじっと見つめた。
もうやめてくれ。このままこいつの暴走に付き合ってたら、またあの赤髪の怪物に殺される。
早くこんな命がいくつあっても足りない場所から逃げ出して、田舎で安全なスローライフを送りたい。
ルディは、自らの喉を震わせ、できる限り弱々しく、哀願するように、静かに口を開いた。
ルディ・アークライト「キース、私はもう疲れたんだ。この国を離れて、温かいコーンスープでも飲んで、静かに暮らしたい。すべてを終わりにしよう」
その、覇気を失った哀れみすら誘う言葉を聞いた瞬間、キースの眼鏡の奥の瞳が、不気味にギラリと、狂気の光を放った。
「この国を離れる」……すなわち、帝国の癌細胞である元老院を根こそぎ一掃せよ、と。
「温かいコーンスープ」……彼らの身体から流れる、新鮮で温かい血の海を指す、我が主ならではの隠語。
「すべてを終わりにする」……現体制を跡形もなく崩壊させ、新秩序を築けという、深遠なる神託!
キース_ヴァレンタイン「御意。その、あえて自ら敗北を装い、敵を油断させて殲滅するという『あえて失敗する』神算、この身を賭して遂行いたします」
キースの薄い唇が、狂信的な陶酔に満ちた、美しくも歪んだ歪笑を描く。
ルディ・アークライト「えっ? いや、あの、私はただ本当にスープが……」
キース_ヴァレンタイン「言葉は不要にございます。あなたの深淵なる暗黒の計画、ついに始動するのですね。今夜、議事堂を奴らの血のスープで満たしてまいりましょう」
キースは狂信的な恍惚感に浸りながら、自分の手のひらを激しく爪で引き裂き、血を溢れさせた。
その滴る赤を恍惚と見つめ、一瞬で部屋の影の中に溶けるように、気配ごと消え去る。
ルディ・アークライト「どうしてそうなるんだよぉぉぉっ!」
ルディの喉が裂けんばかりの絶叫は、静まり返った石造りの部屋に、虚しく吸い込まれて消えた。
第三章: 覇道は勘違いの彼方に

冷たい月明かりが、崩壊した玉座の間の無残な瓦礫を、白々と照らし出している。
壁の亀裂から吹き込む夜風が、生々しい鉄の、血の匂いを運んできた。
床には、キースの恐るべき暗躍によって、なす術なく制圧された帝国元老院の幹部たちが累々と転がっている。
ルディは瓦礫の山となった玉座の傍らで、ガタガタと震える膝を必死に抑えながら立ち尽くしていた。
なんで、ただ静かにスープを飲んで隠居したいと言っただけなのに、本物の魔王の結社が壊滅してんだよ!
静寂を破り、背後から重厚な金属音がゆっくりと近づいてくる。
満身創痍のエルツェが、ボロボロになった魔剣を杖代わりにし、一歩一歩、喘ぐように歩み寄ってきた。
その琥珀色の瞳は、もはや敵意ではなく、狂おしいほどの熱と、絶対的な信仰の光を宿している。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「ルディ、すべては、あなたの筋書き通りでしたのね……!」
エルツェは自らの意思で魔剣を床に落とし、ルディの足元へとしなだれかかった。
鎧の隙間から覗く彼女の白い肌が、青白い月光を浴びて、妖しく、熱を帯びて光る。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「私の光を奪ったのも、この帝国の真の闇を暴き、私を救い出すための『愛の試練』。ああ、私は、あなたの手のひらで転がされているだけで……」
首筋を朱に染め、呼吸を荒く乱しながら、エルツェはルディの冷たい細い指先を、自らの濡れた唇に引き寄せた。
ルディ・アークライト「ひ、ひぃっ……!」
ルディは目の前の怪物の美しさと狂気に極限の恐怖を感じ、全力で後退しようと身体をのけぞらせた。
その瞬間、彼のお尻が、偶然にも玉座の裏側にあった不自然な金属の突起を、強く押し潰した。
ゴト、と地鳴りのような重厚な駆動音。
古代帝国防衛結界「アーク・ノヴァ」再起動
天を穿つ純白の光柱
長年の配線のショートにより、地下で眠っていたはずの古代の絶対防衛結界が、暴走気味に超起動する。
帝国全土を覆い尽くそうとしていた魔王の呪いと、澱んだ暗黒の霧が、一瞬で、光の奔流によって浄化されていく。
夜空を引き裂き、世界の終わりを告げるかのような眩いばかりの朝日が、崩壊した玉座の間に降り注いだ。
エルツェ・フォン・ローゼンバーグ「世界を、救う結界の鍵まで、その身に宿していたなんて……」
エルツェは完全にプライドを粉砕され、恍惚とした、至福の表情でその場に平伏した。
影から静かに這い出るキース
キース_ヴァレンタイン「流石はルディ様。魔王の残党ごと、この世界の理を都合よく書き換えられましたか」
朝日の下、跪く二人の最強の怪物を、引きつった笑みを浮かべながら見下ろすルディ。
ただ、目の前のヤバい奴らから後ろに逃げようとしただけなのに、なんで世界を救ってんだよ……!
もう絶対に、安全な平穏も、静かな二度寝も、できやしないじゃないか……!
ルディ・アークライト「……すべては、私の描いた『筋書き』通りだよ(もう、誰かタスケテ……)」
燦然と差し込む朝日の下、その本心を隠した神殺しの道化は、絶対的な覇道の一歩を、不本意ながらも確かに踏み出した。