第一章: 眼球を抉る愛の告白
シオン・ヴァルハイト「お嬢様、貴女を嘲笑った元婚約者の側近から、一番美しい『光』を抉り出して参りました」
青白い魔導ランプが明滅する黒曜石の暗室。血と機械油の臭いを纏った黒コートの男――シオンが石床に膝を突き、生温かい赤に濡れたガラス玉をうやうやしく差し出す。
ポタリ、と。彼の指先から滴り落ちた鮮血が、静寂に満ちた床に小さな赤い花を咲かせた。
透き通るような銀髪がふわりと揺れる。黒いレースの目隠しで両目を覆い、漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女、ルシアが白魚のような指を宙へ伸ばした。
手探りするような危うい軌道。だが、その指先は寸分の狂いもなく、深い隈が刻まれたシオンの頬へと吸い寄せられる。
ルシア・フォン・クレイル「まあ、シオン……。指先がこんなに氷みたい。また私のために、無茶をなさったのね?」
小首を傾げ、痛ましげに眉を寄せるルシア。彼女の柔らかい指の腹がシオンの頬骨をなぞり、乾きかけた返り血をゆっくりと拭い取っていく。
鉄錆の匂いが、少女の甘い香水の香りと混ざり合った。
シオン・ヴァルハイト「あ、ああ……っ! お嬢様のその白い指に、俺の汚い血が……! 申し訳ございません、ですが、この最高級の魔導義眼を使えば、必ず貴女の閉ざされた瞳に光を戻せます……!」
シオンの喉仏が激しく上下し、浅く熱い吐息が漏れる。彼は魔導光学レンズの片眼鏡の奥で蒼い瞳を潤ませると、震える手でルシアのドレスの裾を掴み、冷たい石床へ額を擦り付けた。
忠誠を通り越した、狂おしいほどの崇拝。
ルシア・フォン・クレイル「いいのよ、シオン。私の目はまだ、何も見えない真っ暗闇のまま……。でも、あなたの荒い吐息と皮膚の熱だけで、私は十分満たされていますわ」
ルシアは慈愛に満ちた聖女のように微笑み、シオンの黒髪を優しく撫でる。しかし、その唇の端が、シオンの死角で三日月型に歪んだ。
ああ、眩しい……。目隠しの布越しでも網膜が焼け焦げそうよ、シオン。私に縋りつくあなたのその執着、なんて甘美で、なんて純白な光なのかしら。
黒いレースの下。光を失っているはずの双眸が、万華鏡のように爛々とした黄金の輝きを放つ。
彼女はシオンの全身から立ち昇る異常なまでの白い光彩を、渇いた喉を潤すように、舌なめずりせんばかりに堪能していた。喉の奥がキュッと鳴り、背筋に甘い痺れが走る。
ルシア・フォン・クレイル「ねえ、シオン……ここには私たち二人きりでしょう? もっとあなたの鼓動を聴かせて。私のために、あと幾つ目玉を捧げてくださるの?」
鼓膜を直接舐めるような、甘く毒を含んだ囁き。シオンの肩がビクリと跳ね、全身の血管が沸騰したかのように脈打つ。
シオン・ヴァルハイト「お嬢様……っ! 貴女の瞳に映る光は、俺の命だけでいい! 帝国中の貴族の眼球を全て抉り出してでも、俺が貴女の唯一の視覚に……っ♥」
シオンが熱に浮かされたように顔を上げ、ルシアの細い足首に唇を這わせようとした、その刹那。
重厚な黒曜石の扉が、耳を劈く轟音と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。
爆風。舞い上がる粉塵。暗室の濃密な闇が、外から雪崩れ込んできた暴力的な光によって一瞬で引き裂かれる。
ユリウス・フォン・アルカディア「そこまでだ、眼球狩りの殺人鬼め! ルシア、今すぐその狂人から離れろ!」
第二章: 偽善の聖光と暴かれる嘘

破壊された壁の向こうには、白亜の法廷が広がっていた。天窓から降り注ぐ眩い太陽光の中、純白と金刺繍の礼装を纏った金髪碧眼の皇太子、ユリウスが聖堂騎士団を率いて踏み込んでくる。
シオン・ヴァルハイト「貴様……ユリウス皇太子! なぜこの隠れ家が……ぐああっ!?」
シオンが短剣を抜こうと身構えた瞬間、死角から飛来した《聖光魔術》の光の鎖が、彼の両手両足を容赦なく貫いた。
肉が焼ける異臭。四肢を石床へと縫い止められ、シオンが苦悶の呻きを漏らす。
ユリウスは勝ち誇った傲慢な笑みを浮かべ、無防備に立ち尽くすルシアの細い肩を乱暴に抱き寄せ、自らの胸元へと引き込んだ。
ユリウス・フォン・アルカディア「怖かっただろう、ルシア。この地下街出身のゴミが、君に『光を与える』と騙して無実の貴族を襲っていたんだ。もう安心しなくていい、僕が助けに来たよ」
耳元で紡がれる、反吐が出るほど優しい声。ルシアの肩が小さく震えるのを、ユリウスは恐怖によるものだと信じ込み、満足げに顎を撫でた。
シオン・ヴァルハイト「違う……っ! その汚らわしい手で、お嬢様に触れるな! 俺はお嬢様に、本物の光を……!」
口から血反吐を撒き散らしながら、シオンが狂ったように鎖を引き千切ろうともがく。手首の骨が軋み、皮膚が裂けても彼は痛みを意に介さない。
その頭を、ユリウスの純白のブーツが無造作に踏みつけた。ゴリ、と頭蓋骨が石床に擦れる嫌な音が響く。
ユリウス・フォン・アルカディア「滑稽だな、執行官。お前が命懸けで眼球を集めていたこの女は――最初から盲目などではない!」
ユリウスの指先から放たれた鋭い閃光が、至近距離でルシアの顔面を掠めた。
チリッ、と焦げる音がして、黒いレースの目隠しが焼き切れる。黒い灰となって舞い散る布切れ。
シオン・ヴァルハイト「……え?」
シオンの動きがピタリと止まった。呼吸すら忘れ、彼の蒼い瞳が限界まで見開かれる。
白日の下に晒されたのは、闇に閉ざされているはずがない、宝石のように爛々と輝く黄金の双眸。長い睫毛に縁取られたその瞳は、しっかりと焦点が合っていた。
ユリウス・フォン・アルカディア「アハハハ! 見ろよ、その間抜けな顔! ルシアはお前という狂犬を駒として利用し、邪魔な政敵を排除させていただけさ! 哀れな道化め!」
法廷中に響き渡るユリウスの高笑い。取り囲む騎士たちからも、嘲笑のざわめきが漏れる。
シオン・ヴァルハイト「うそ、だろ……? お嬢様、最初から、見えていたのですか! 俺の、差し出した義眼も、流した血も、全部、無駄だと知りながら……?」
ボロボロと、シオンの手から赤い魔導義眼が転がり落ちた。彼の蒼い瞳から急速に光が消え失せ、底なしの虚無へと落ちていく。
唇が紫に変色し、全身から力が抜けていくシオン。
だが、その瞬間。ユリウスの腕の中で大人しくしていたルシアが、氷のように冷たい手つきで皇太子の胸倉を掴み、思い切り突き飛ばした。
ルシア・フォン・クレイル「ええ、全部嘘よ。でもユリウス様、一つだけ決定的に間違っていますわ」
よろめいたユリウスが、信じられないものを見る目でルシアを凝視する。
ユリウス・フォン・アルカディア「なっ……ルシア、君、その冷酷な口調は……」
ルシアはユリウスに触れられた自分の肩を、まるでおぞましい汚物でも払うかのようにハンカチで強く拭った。そして、黄金の瞳を細め、心底不快そうに鼻を鳴らす。
ルシア・フォン・クレイル「至近距離で見るあなたの『光』……ドブネズミの腐った臓物みたいに濁っていて、本当に吐き気がしますわ」
第三章: 極彩色の断罪と狂愛の共鳴

静まり返る白亜の法廷。ルシアは黄金の瞳をかっと見開き、周囲を取り囲む聖堂騎士たちとユリウスを、絶対零度の視線でねめつけた。
ルシア・フォン・クレイル「私の目はね、生まれつき人間の感情や嘘が『物理的な光』として視えてしまうの。情報過多で脳が焼き切れるのを防ぐために、ずっと目隠しをして盲目を演じてきましたわ」
こめかみに白い指を当て、彼女は忌々しげに唇を歪める。世界中に溢れる悪意や打算の色彩が、どれほど彼女の神経を削ってきたか。
ユリウス・フォン・アルカディア「な、何を戯言を……! 騎士団、彼女は魔女の毒に当てられて混乱している、早く拘束しろ!」
ユリウスの声が裏返り、額に脂汗が滲む。彼は無意識に一歩後ずさり、騎士たちの背後へと身を隠そうとした。
ルシア・フォン・クレイル「黙りなさいな、偽善者! あなたが私の両親を毒殺した時のどす黒い愉悦の光も、盲目の私を人形にして公爵家の魔導利権を乗っ取ろうとしている泥色の欲望も、最初から全部、網膜が爛れるほど視えていたわ!」
凛とした、しかし狂気を孕んだ断罪の声が法廷の空気をビリビリと震わせる。ユリウスが顔面を蒼白にして尻餅をつきかけた。
ざわめく騎士団を完全に無視し、ルシアはくるりと踵を返す。
コツ、コツ、とヒールを鳴らし、彼女は血溜まりの中で呆然と膝をつくシオンの元へと迷いなく歩み寄った。
漆黒の高級なドレスが、シオンの流した血の海を吸って重く黒ずんでいく。それでも彼女は一切躊躇わずその場にしゃがみ込み、氷のように冷え切ったシオンの頬を、両手で優しく包み込んだ。
ルシア・フォン・クレイル「ごめんなさいね、シオン。あなたをずっと騙していたわ。私が側近たちの眼球を集めさせたのは、彼らの視神経に残るユリウスの悪事の証拠――『記憶の光』を抽出するためだったの」
シオンの睫毛が微かに震える。絶望に染まった蒼い瞳が、おずおずとルシアの顔を見上げた。
シオン・ヴァルハイト「お嬢、様……俺は、ただの便利な道具、だったのでございますか……? 俺の愛は、貴女にとっては滑稽な道化の踊りだったと……?」
今にも消え入りそうな、掠れた声。自分の存在意義が根底から崩れ去る恐怖に、彼の奥歯がガチガチと鳴る。
その唇を、ルシアの華奢な人差し指が強く塞いだ。
ルシア・フォン・クレイル「違うわ! 私の瞳を真っ直ぐ見て、シオン! この腐りきったヘドロみたいな泥色の世界で、あなただけが……私を想うあなたの狂気だけが、目が潰れるほど真っ白で、美しい『極光』を放っていたんですもの!」
ルシアの呼吸が乱れ、白い胸元が激しく上下する。彼女の黄金の瞳から、大粒の熱い涙がポロポロとこぼれ落ち、シオンの荒れた唇へと滴り落ちた。
しょっぱい涙の味。シオンの瞳孔が、カッと開く。
ルシア・フォン・クレイル「私が盲目のフリを続けたのはね、あなたのその狂った純白の光だけを、暗闇の中で一生独り占めして啜っていたかったからよ……っ♥ 他の誰にも、あなたの美しい執着を見せたくなかったの!」
シオンの耳元に唇を押し当て、熱い吐息と共に愛の呪いを吹き込むルシア。
ドクン、と。シオンの心臓が肋骨を突き破らんばかりの音を立てて跳ね上がった。
血管の中を、鉛のように重く熱い歓喜が駆け巡る。脳髄が痺れ、視界が極彩色に明滅した。
シオン・ヴァルハイト「あ……ああ、あああっ! そうか、俺の光だけを……! お嬢様は、俺の狂気だけを、ずっと暗闇で舐めるように見ていてくださったのか……っ!」
歓喜のあまり、シオンの口元が耳まで裂けそうなほど歪む。手足の痛みなど完全に消し飛び、全身の筋肉が異常な興奮で膨れ上がった。
ユリウス・フォン・アルカディア「ふざけるな化け物どもめ! 貴様らの気色悪い目ごと、僕の《聖光魔術》で跡形もなく焼き尽くしてやる!」
恐怖と羞恥で完全に逆上したユリウスが、両手を突き出し、極大の光の奔流を放った。法廷の床を抉りながら迫る、純白の破壊光線。
その瞬間。ブチブチッ、と生肉と腱が千切れる凄惨な音が響いた。
シオンが自らの肉ごと魔導鎖を力任せに引き千切り、鮮血の飛沫を翼のように撒き散らしながら、ルシアの前に立ちはだかったのだ。
シオン・ヴァルハイト「お嬢様、少しだけ目を閉じていてください。――貴女に捧げる、極上の処刑光をお見せします」
第四章: 網膜に焼き付く永遠の純白
シオンは黒コートの懐から、これまで暗闇の中で狩り集めてきた数十個の魔導義眼の結晶を取り出し、迫り来る光の奔流へ向かって宙へとばら撒いた。
空中でキラキラと舞い踊る、無数の赤いガラス玉。
シオン・ヴァルハイト「貴様の濁った下劣な光など、お嬢様の瞳には毒だ! 《閃光処刑・記憶逆流》!!」
シオンが血塗られた指をパチンと鳴らす。
刹那、宙に舞った義眼のレンズがユリウスの聖光を呑み込み、幾重にも屈折・増幅させ、殺人的な極細のレーザーとなってユリウス自身の両目へと正確に逆流した。
ジュウウウッ! と、眼球の水分が一瞬で蒸発する音。
ユリウス・フォン・アルカディア「ぎゃあああああっ!? 目が、僕の目がぁっ! 熱い、見えない、何も見えないぃぃっ!」
両目を押さえて床を転がり回るユリウス。その指の隙間から黒い煙が立ち昇り、焼き切られた彼の視神経から、これまでに犯した両親の毒殺や汚職、残虐な拷問の『記憶の映像』が引きずり出され、法廷の空中に巨大なホログラムとなってぶちまけられた。
決定的な証拠の羅列に、聖堂騎士団たちが息を呑み、剣を取り落として凍りつく。
シオン・ヴァルハイト「一生、暗闇の中で自分の罪の幻影だけを見て狂い死ね、三流の道化が」
吐き捨てるような冷酷な声。シオンは足元で泡を吹いて痙攣する皇太子に一瞥もくれず、背後のルシアを振り返った。
そして、血と汗に塗れた腕で、彼女の華奢な身体を乱暴に、しかし壊れやすい宝物に触れるかのように抱き上げる。
先ほどの衝撃で割れた天窓のステンドグラスの破片が、太陽光を反射しながら、ダイヤモンドダストのように二人の周囲へキラキラと降り注いでいた。
シオン・ヴァルハイト「お嬢様……いいえ、ルシア。俺を騙していた罰として、貴女のその美しい黄金の瞳、一生俺以外の光が映らないように閉じ込めてもいいですか?」
鼻先が触れ合うほどの至近距離。片眼鏡が割れ、剥き出しになったシオンの蒼い双眸の奥から、これまで以上に激しく、脳髄を直接灼くような純白の極光が渦を巻いて溢れ出す。
ルシア・フォン・クレイル「ええ、シオン……。あ、駄目、あなたの光、強すぎて網膜がチカチカする……息ができないわ……っ♥」
ルシアは熱病に冒されたように頬を紅潮させ、全身を小刻みに痙攣させた。彼女は震える自らの白い手で、シオンの血塗られた大きな掌を掴み、自分の目元へとゆっくり重ねさせる。
生温かい血の匂いと、シオンの皮膚の熱。
ルシア・フォン・クレイル「私の世界を、あなたの手で今すぐ真っ暗にしてちょうだい。そして、あなたのその狂った愛の光だけで、私の視神経を一生焼き尽くして……っ」
シオンの厚い掌が、ルシアの黄金の瞳を完全に覆い隠す。
視覚が遮断された絶対の暗闇。その直後、ルシアの柔らかい唇が、シオンの血の味がする熱い唇によって深く、窒息するほど貪り尽くされた。
互いの舌が絡み合い、唾液と鉄錆の味が混ざり合う。ルシアの喉がひゅうっと鳴り、シオンの首筋に回した彼女の爪が、彼の皮膚に深く食い込んで赤い筋を作った。
どれほど時間が経ったのか。酸素を求めてようやく唇が離れると、二人の間には銀色の糸が妖しく架かっていた。
シオン・ヴァルハイト「……絶対に逃がしませんよ、俺のルシア。貴女が死ぬその瞬間まで、いいえ、地獄に落ちてからも、俺の執着だけをその網膜に刻み込んであげる」
シオンの冷たい指先が、快楽の涙で濡れたルシアの瞼と長い睫毛を、愛おしげに、そして執拗になぞる。
暗闇の中で、ルシアの視界にはただ一つ、シオンが放つ眩いばかりの純白の狂気だけが、永遠に消えない残像として焼き付いていた。
シオン・ヴァルハイト「さあ、あの暗い部屋へ戻りましょう。……俺たちだけの、本当の『検眼』の始まりだ」
シオンは恍惚と微笑むルシアを胸に抱きしめ、呆然と立ち尽くす騎士たちの前を通り過ぎ、再び深く甘い黒曜石の闇へと足を踏み入れた。