悪役令嬢の領地経営は『自動化(オートメーション)』で。~死霊術だと言われますが、これはただのプログラムです~

悪役令嬢の領地経営は『自動化(オートメーション)』で。~死霊術だと言われますが、これはただのプログラムです~

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第一章 廃棄データの掃き溜め

「エレノア・ヴァン・ヒューストン! 貴様との婚約を破棄する!」

王宮の舞踏会場。シャンデリアが放つ光よりも、目の前で叫ぶ男の青筋の方が目立っていた。

この国の第一王子、ジェラルド殿下だ。

彼の隣には、桃色の髪をした小柄な男爵令嬢が震えている。

涙目で私を見上げるその表情、計算された角度。

「……理由は?」

私は扇子を閉じた。

パチン、という乾いた音が静まり返ったホールに響く。

「ミナをいじめた罪だ! 階段から突き落としたり、教科書を破いたり……目撃者もいる!」

「ほう」

私は小首を傾げる。

「その時間は、王立図書館で『古代ルーン文字の構文解析』を行っていましたが」

「嘘をつくな! この冷血女め!」

殿下は聞く耳を持たない。

まあ、いいか。

私の視界には、彼の周囲に浮かぶ『評価値』が見えていた。

【ジェラルド王子:知性D / 感情制御E / 将来性—Null】

こんな不良債権(バグ)と結婚して一生を棒に振るなんて、非効率の極みだ。

「貴様は辺境の『嘆きの荒野』へ追放とする! 魔物と瘴気が蔓延る死の土地で、自身の罪を悔い改めるがいい!」

嘆きの荒野。

王都から馬車で十日。草木も生えず、過去の戦争で死んだ兵士や魔物の遺骸が、アンデッドとなって彷徨う場所。

「……承知いたしました」

私はカーテシーをした。

深く、優雅に、そして心からの感謝を込めて。

(静かな環境。豊富な実験素材。そして何より、この騒がしいバグ共からの解放)

私の口元が、微かに歪む。

「喜んで、参ります」

第二章 死霊術(デバッグ)

「ひ、ひぃぃっ! お嬢様、無理です! 帰りましょう!」

従者の老執事、セバスが腰を抜かしていた。

馬車を降りた先は、紫色の霧が立ち込める荒野。

地面には白い骨が散らばり、遠くからは「オォォ……」という呻き声が聞こえる。

「騒がしいわね、セバス」

「し、しかし! あれをご覧ください!」

彼が指差した先。

腐りかけた肉を纏ったスケルトンが、錆びた剣を引きずってこちらへ向かってくる。

一般的な令嬢なら悲鳴を上げて気絶する場面だ。

だが、私は眼鏡の位置を直して、そいつの前に立った。

「ア、アァ……」

スケルトンが剣を振り上げる。

その瞬間。

私の目には、奴の体を構成する『魔力回路』が、青白いコードとして浮かび上がっていた。

`while(target_alive) { attack(target); }`

「……汚いコード」

吐き気がするほど非効率だ。

ループ処理が無駄にリソースを食っているし、敵味方の識別ルーチンもバグだらけ。

「お嬢様! 逃げて……!」

「うるさい。今、書き換えてるから」

私は虚空に指を走らせた。

前世、ブラック企業でシステムエンジニアとして死ぬまで働いたスキル。

そして、現世で磨き上げた魔法理論。

二つが重なり、私は世界を『記述』する。

「コマンド、オーバーライド」

バチッ!

青い火花がスケルトンの頭蓋骨を駆け抜けた。

振り下ろされかけた剣が、ピタリと止まる。

「ア……?」

「よし。初期化完了」

私はスケルトンの肩(骨)をポンと叩いた。

「今日から貴方の名前は『Unit_01』よ。タスクを変更します」

私は即席で組み上げたアルゴリズムを注入した。

`target = stone; action = build_foundation;`

スケルトンは剣を捨て、足元の手頃な岩を拾い上げると、黙々と積み上げ始めた。

一寸の狂いもなく、正確なリズムで。

「……は?」

セバスが口を開けて固まっている。

「見ての通りよ。この土地にある死体やスケルトンは、すべて『自律稼働式・魔力駆動端末』だわ」

食事も睡眠も不要。

文句も言わず、24時間365日稼働可能。

しかも、この荒野には過去の戦争のおかげで、素材(死体)が無尽蔵に転がっている。

「最高の労働力じゃない」

私は荒野を見渡した。

土の下に眠る数万の死者たち。

彼らは私にとって、恐怖の対象ではない。

未活用のサーバー群だ。

「さあ、忙しくなるわよ。まずは拠点の構築(ビルド)。次に……産業革命を起こすわ」

第三章 産業革命は骨の味

それから一年。

『嘆きの荒野』は、地図から消えた。

代わりに生まれたのは、魔導産業都市『ネクロ・シリコン』。

「Unit_305から400、整列。ミスリル合金の精錬工程へ移行」

「Unit_800番台、農地エリアの魔力肥料散布を開始」

轟音と蒸気、そして青白い魔力の光。

かつて死体が転がっていた場所には、巨大な高炉がそびえ立ち、無数のパイプが血管のように張り巡らされている。

働いているのは、全てアンデッドだ。

ただし、以前のような薄汚い姿ではない。

骨格はミスリルでコーティングされ、関節部は最新の魔導ベアリングに換装。

腐臭など皆無。彼らは洗練された工業製品(ボット)として生まれ変わった。

「お嬢様、今月の収支報告です」

セバスが、タブレット状の魔導端末を持ってくる。

「王都への魔石輸出、前月比150%増。周辺諸国からの技術提携依頼が殺到しています。それと……」

「それと?」

「例の『聖女』を名乗る男爵令嬢がプロデュースした化粧品会社が、倒産したそうです」

「あら、そう」

私は紅茶を啜った。

当然だ。

彼らが手作業でハーブを摘んでいる間に、うちはスケルトン・アームによる24時間自動栽培と、遠心分離魔法による成分抽出を行っている。

品質、コスト、供給量。勝負になるわけがない。

「お嬢様、本当にこれでよろしかったのでしょうか。死者を冒涜していると、教会から抗議文が……」

「冒涜? 逆よ」

私は窓の外、整然と働く骸骨たちを見下ろした。

「彼らは生前、国のために戦って死に、ゴミのように捨てられた。誰にも顧みられず、怨嗟の声を上げていた」

私はカップを置く。

「私が彼らに与えたのは『役割(ジョブ)』よ。社会の歯車として再び機能する喜び。見て、あの動きの滑らかさ。生前より健康的だわ」

「は、はあ……(健康的とは……?)」

その時。

都市の防空サイレンが鳴り響いた。

『警告。警告。南門エリアに多数の生体反応。敵対的(ホスタイル)と推測されます』

機械的なアナウンス。

モニターに映し出されたのは、王家の紋章を掲げた騎士団。

そして、その先頭に立つ見覚えのある金髪の男。

「……ジェラルド殿下」

まだ処理落ちしてなかったのか、あのバグ。

第四章 バグ、あるいは婚約者

「出てこい! エレノア!」

都市の正門前。

ジェラルド殿下は、白馬の上で剣を抜いていた。

後ろには約五千の王立騎士団。

私は管制塔のバルコニーから、拡声魔法を使って呼びかける。

「何の用です? 敷地内への不法侵入ですよ」

「黙れ! 貴様、禁忌の死霊術に手を染めたな!」

殿下は、私の背後に広がる工場地帯を指差した。

「死者の魂を弄び、おぞましい軍隊を作り上げ、王国への反逆を企てるとは! ミナの言った通り、貴様は生まれついての悪魔だ!」

「軍隊?」

私はため息をついた。

「これは『物流センター』です。彼らが運んでいるのは武器ではなく、貴方の国が喉から手が出るほど欲しがっている高品質な魔石ですが」

「問答無用! この不浄な都市を焼き払い、正義の鉄槌を下す!」

「全軍、突撃ィィ!」

騎士たちが雄叫びを上げて突っ込んでくる。

旧態依然とした密集陣形。物理防御のみに特化した鎧。

「……ああ、もう」

私はこめかみを押さえた。

「納期前の忙しい時に、いらん処理を増やさないで」

私は空中にコンソール画面を展開した。

「Administrator権限行使。防衛システム、起動」

ズズズズズ……!

地面が割れ、巨大な影が立ち上がる。

それは、ドラゴンゾンビをベースに、全身をオリハルコン装甲で覆った重機動要塞『Unit_G_001』。

その口には、炎ではなく、超高出力の収束魔導砲がチャージされている。

「な、なんだあれは……!?」

騎士たちが足を止める。

「警告射撃(ワーニング・ショット)。出力0.5%」

ドォォォォン!!

放たれた光の帯が、騎士団の目の前の大地を抉り取った。

爆風だけで馬が吹き飛び、騎士たちが宙を舞う。

一瞬で、戦場が静まり返った。

「ひ、ひぃ……」

「化け物だ……」

腰を抜かす騎士たち。

だが、ジェラルド殿下だけは違った。

「おのれえぇぇ! これも魔女の力か!」

彼の目が、赤く光っている。

尋常ではない魔力の高まり。

「僕は……僕は主人公なんだ! こんなところで負けるわけにはいかないんだぁぁ!」

殿下の体が膨張し、黒い靄が噴き出す。

「……!?」

私は眼鏡の解析モードを最大にした。

【警告:対象から不正なコードを検出。世界改変レベルのバグ】

「なるほど」

私は理解した。

彼はただの馬鹿な王子ではない。

この世界という『シナリオ』を無理やり維持しようとする、強制力そのもの。

道理で、どれだけ論理的に詰めても会話が通じないわけだ。

彼は『悪役令嬢を倒す王子』という出力結果しか持たない、壊れた関数なのだから。

最終章 システム管理者権限

「死ねぇぇぇ!」

黒い異形と化した殿下が、物理法則を無視した速度で肉薄する。

私の自慢の防衛システムすら、その理不尽な『主人公補正』の前には紙切れ同然だった。

「お嬢様!」

セバスの悲鳴。

爪が私の喉元に迫る。

だが、私は動かない。

慌てる必要はない。

バグの原因が特定できれば、対処法(パッチ)はすでにある。

「アクセス。ルートディレクトリ、World_System」

私の瞳の中で、世界が0と1の羅列に変わる。

時間の流れが遅くなり、殿下の爪が止まって見える。

前世の知識だけでは、ここまではできなかった。

けれど、この世界に来て気づいたのだ。

魔法とはプログラムであり、魔力とはCPUのリソース。

そして、悪役令嬢(わたし)には、この世界の誰よりも高い『処理能力』が与えられている。

「対象オブジェクト『Gerald』の権限を剥奪」

`sudo del user Gerald`

「な……に……?」

殿下の動きが、空中で凍りついた。

「な、なぜだ……体が……動か……」

「貴方のメモリ使用率が高すぎるのよ。他のプロセスの邪魔」

私は冷徹に告げる。

「加えて、シナリオ進行フラグを全削除」

パリン。

ガラスが割れるような音がして、殿下を包んでいた黒い靄——『ご都合主義』という名の加護——が霧散した。

あとに残ったのは、ただの情けない顔をした男。

「う、うわぁぁぁぁ!?」

彼は重力に従い、地面に落下した。

「さて」

私はコンソールを閉じる。

「騎士団の皆さん。これより業務提携の交渉に入ります。彼(元王子)を回収して国へ帰るか、ここで我が社の期間工(スケルトン)になるか。……選んでいただけますね?」

私の背後で、数千の強化アンデッドたちが一斉に赤く目を光らせた。

カシャン、カシャン、カシャン。

整然とした足音が、答えを急かす。

騎士たちは一斉に武器を捨て、土下座をした。

* * *

数年後。

かつての『嘆きの荒野』は、世界最大の技術都市となっていた。

「お嬢様、新しいOS(魔法陣)のアップデート準備が整いました」

「ええ、リリースして」

私は高層ビルの最上階から、ネオン輝く街を見下ろす。

隣国の王も、教会の教皇も、今や私の顧客(ユーザー)だ。

あの後、廃嫡されたジェラルド殿下は、地下工場で歯車を磨く単純作業に従事しているらしい。

皮肉なことに、王子の頃より今のほうが「役に立っている」と評価値は上がっていた。

「……悪くないわ」

私は伸びをした。

この世界は、少しバグが多いけれど。

優秀なシステム管理者がいれば、これほど快適な環境はないのだから。

「さて、次のデバッグを始めましょうか」

私の指先が、新たなコードを紡ぎ始めた。

AI物語分析

  • 心理: 「愛」や「正義」といった曖昧な概念を嫌い、数値化できる「効率」と「成果」を至上のものとする。しかし、自分が手を加えたアンデッド(部下)には奇妙な愛着(メンテナンス愛)を持つ。
  • 見どころ: 恐怖の対象である死霊術を「24時間働けるホワイトな(?)労働力」と言い切るサイコパスすれすれの倫理観と、それを圧倒的な技術力で正当化させてしまう「わからせ」展開。
  • 特技: リアルタイム・デバッグ(戦闘中に相手の魔法術式を書き換え、自爆させたり無効化したりする)。
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