追放された『調香師』は、残り香で世界を魅了する ~「お前のポプリは戦場の邪魔だ」と言われたが、実はそれが魔物を遠ざけていたことに彼らはまだ気づいていない~

追放された『調香師』は、残り香で世界を魅了する ~「お前のポプリは戦場の邪魔だ」と言われたが、実はそれが魔物を遠ざけていたことに彼らはまだ気づいていない~

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第一章 香りのない世界

「ルカ、お前はクビだ」

ギルドの酒場。喧騒を切り裂くように、その言葉は響いた。

Sランクパーティ『金獅子の鬣(たてがみ)』のリーダー、レオンの声だ。

俺、ルカ・ヴァレンタインは、手元の小瓶をきつく握りしめた。

ガラス越しに、紫色の液体が揺れる。

「……理由を聞いても?」

「臭いんだよ」

レオンが鼻をつまむ大げさなジェスチャーをする。

隣に侍る聖女マリアが、クスクスと品のない笑い声を漏らした。

「そうよぉ。ルカが戦闘中に変な香水を撒くせいで、私の神聖な祈りが乱れるの。それに、剣に匂いが移るってレオンも困ってるわ」

「俺たちは『金獅子』だ。華麗で勇ましくなきゃならん。だが、お前がいると……なんというか、化粧臭い」

テーブルをドン、と叩く。

「お前の役職、『調香師(パフューマー)』だっけ? そんな生産職、戦場には不要だ。荷物持ちとしても、そのヒョロい体じゃ役に立たねえ」

俺は息を吐く。

肺の奥から、冷静さを保つためのミントの香りを脳内で再生する。

「レオン。俺が撒いているのは香水じゃない。『忌避香(リペル・セント)』と『幻惑香(チャーム・セント)』だ。あれがあるから、君たちはダンジョンの深層でも奇襲を受けずに済んでいる」

「はっ! またそれか」

レオンは呆れたように肩をすくめた。

「俺たちが奇襲を受けないのは、俺の『索敵スキル』と、この聖剣の威圧感のおかげだ。お前の花畑みたいな匂いのせいじゃねえよ」

「……そうか」

議論は無駄だ。

彼らは、匂いという「見えない防壁」を理解できない。

視覚と聴覚、そして己の武力しか信じていないのだ。

「わかった。抜けるよ」

俺は立ち上がる。

「装備は置いていけよ? それはパーティの共有資産だからな」

「……ああ。身一つで出ていく」

腰のポーチから、高価な素材で作ったアトマイザー(噴霧器)をテーブルに置く。

唯一、俺が持ち出したのは、胸ポケットに入っていた小さな試験管一本だけ。

「精々、鼻を利かせて生き延びることだね」

「負け惜しみか? 惨めだなあ!」

背中に浴びせられる嘲笑。

酒場の扉を開けると、外の空気はひどく淀んでいた。

路地裏の腐敗臭、鉄錆の匂い、欲望の匂い。

俺は胸ポケットの試験管を開ける。

ふわりと漂う、清潔なシトラスと、鋭い火薬の香り。

「……さて。これからは、好きなだけ『臭く』できるな」

第二章 死の香、生の香

一ヶ月後。

俺は、最凶と言われる未踏破ダンジョン『腐界の樹海』にいた。

周囲には、触れれば肉が溶ける猛毒の沼。

空を覆うのは、吸血蝿の群れ。

だが、俺の周りだけは静寂に包まれていた。

『え、なにこれ』

『なんで襲われないの?』

『ルカくん、後ろ! ブラッドボアがいる!』

空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。

配信コメントが滝のように流れている。

生活費を稼ぐために始めた、ダンジョン配信。

『調香師の散歩道』という適当なタイトルだったが、同接数は既に五万人を超えていた。

「後ろ? ああ、大丈夫ですよ」

俺は振り返らずに、指先で空中に複雑な図形を描くように香水をひと吹きした。

シュッ。

漂ったのは、熟れすぎた果実と、焦げ付いた肉の匂い。

――『捕食者の残り香』。

突進してきていた巨大な猪(ブラッドボア)が、急ブレーキをかける。

鼻をひくつかせ、恐怖に目を見開き、悲鳴を上げて逃げ出した。

『は????』

『匂いだけでSランクモンスターが逃げたぞw』

『魔法? じゃないよね?』

「彼らは鼻が良いんです。だから、この辺りの食物連鎖の頂点にいる『腐竜』のマーキング臭を再現して撒きました。僕の周囲半径十メートルは、今、ドラゴンの縄張りです」

俺はカメラに向かって微笑む。

ボロボロのローブではなく、仕立ての良いスーツ姿で。

汚れ一つない革靴で、毒の沼に浮かぶ飛び石を渡る。

「戦闘なんて野蛮なことはしません。調香師(僕)の仕事は、場を支配すること(コーディネート)ですから」

その時、コメント欄の色が変わった。

『おい、他のチャンネル見たか?』

『金獅子の配信、ヤバいことになってるぞ』

『レオンたちが樹海に入って全滅しそう』

「へえ……」

俺は懐からハンカチを取り出し、口元を覆う。

笑みがこぼれるのを隠すために。

「奇遇ですね。近くにいるみたいだ」

第三章 悪臭と絶望

一方、レオンたち『金獅子』のパーティ。

「なんでだ! なんでこんなに寄ってくるんだよォ!」

レオンが剣を振り回す。

だが、切っても切っても、腐肉食いのグールが湧いてくる。

「いやぁああ! 臭い! こいつら臭い!」

聖女マリアが半狂乱で叫ぶ。

彼女の白いローブは泥と汚物で茶色く変色していた。

「索敵はどうなってる! 気配もなしに現れやがって!」

「わかんねえよ! この森、全部の場所から殺気がするんだ!」

彼らは気づいていない。

自分たちが、魔物を引き寄せていることに。

ルカが抜けた後、彼らは装備の手入れを怠った。

魔物の返り血、汗、そしてマリアがふりかける安っぽい香水。

それらが混ざり合い、樹海の魔物にとっては「最高のご馳走」の匂いを放っていたのだ。

『ざまぁwww』

『ルカがいなくなってからボロボロじゃん』

『ルカの配信見てみろよ、優雅にお茶飲んでるぞ』

レオンの配信コメント欄は、嘲笑で埋め尽くされている。

「クソッ、クソッ! 誰か助けろ! 誰か!」

囲まれた。

グールの群れの奥から、樹海の主、『腐竜』が姿を現す。

圧倒的な死の気配。

レオンの剣が手から滑り落ちる。

腰が抜け、泥水に尻餅をつく。

「あ、あ……」

その時。

凛とした、冷たく透き通るような香りが、戦場を駆け抜けた。

「――少し、臭いますね」

腐臭が、一瞬で消し飛ぶ。

代わりに満ちたのは、冬の朝のような清冽な空気。

グールたちが動きを止める。

腐竜さえも、困惑したように鼻を鳴らした。

木の上から、男が一人、静かに降り立つ。

汚れ一つないスーツ。手には小さなアトマイザー。

「ル……カ……?」

レオンが絶望の淵で見上げた顔は、かつての「荷物持ち」ではなかった。

第四章 フェロモンの女王

「久しぶりだね、レオン。それとマリア」

俺は倒れ伏す彼らを見下ろす。

鼻をつまむ動作はしない。そんな無作法は、彼らと同じレベルに落ちるだけだ。

「助け……て……」

マリアが泥だらけの手を伸ばしてくる。

俺は一歩、優雅に下がった。

「助ける? 契約は解除されたはずだけど」

『言ったれ言ったれw』

『この対比よ。片や泥まみれ、片や貴公子』

『ルカ様、踏んでください』

配信用のドローンカメラが、俺と彼らを交互に映す。

「金なら払う! Sランク装備もやる! だからその香水で、こいつらを追い払ってくれ!」

レオンが叫ぶ。

俺はアトマイザーを指で回しながら、腐竜を見やった。

「勘違いしないでくれ。僕は魔物を『追い払う』なんて乱暴なことはしない」

俺は小瓶を空中に放り投げ、指パッチンで衝撃を与え、割った。

パリーン。

広がったのは、甘く、蕩けるような、それでいて脳髄を痺れさせる香り。

――『聖母の抱擁(マドンナ・リリー)』の最上級調合。

「グルル……?」

殺気立っていた腐竜の瞳が、とろんと潤む。

巨大な体が、俺の足元にすり寄り、喉を鳴らし始めた。

まるで、甘える猫のように。

「い、いい子だね」

俺はドラゴンの硬い鱗を撫でる。

グールたちも、戦意を喪失し、その場に座り込んでうっとりとしている。

「魔物は正直だ。良い香りには敬意を払う。君たちと違ってね」

『ドラゴン手懐けたwww』

『テイマー涙目』

『これが調香師の真の力か』

「さて」

俺はレオンたちに向き直る。

「僕はこの子(ドラゴン)と奥でお茶をする予定があるんだ。君たちはどうする? そこにいると、香りの効果が切れた瞬間、また襲われると思うけど」

「連れて行ってくれ! 頼む!」

「いいよ。ただし」

俺は懐から、ドス黒い液体が入った瓶を取り出した。

「僕の『聖母の抱擁』は高価なんだ。君たちの体臭と混ざると効果が半減する。だから、これで匂いを消させて(上書きさせて)もらうよ」

「なんでもいい! かけてくれ!」

「承知」

俺は満面の笑みで、その液体を彼らに浴びせた。

シュバッ!

瞬間、凄まじい激臭が立ち込める。

スカンクの分泌液を百倍に濃縮し、ドリアンと靴下を煮込んだような破壊的な悪臭。

「ぐえっ!?!?!?」

「おげぇえええええ!!」

レオンとマリアが泡を吹いてのたうち回る。

「それは『完全隠蔽香(ステルス・オウダー)』。あまりに臭すぎて、魔物ですら『これは生物じゃない、ただの汚物だ』と認識して無視する代物さ。命は助かるよ。一週間は匂いが取れないけど」

「ル、ルガァアアア!!」

「じゃあね。視聴者の皆さん、次はドラゴンの背中から絶景をお届けします」

俺は優雅にドラゴンの背に飛び乗った。

第五章 残り香

後日談だ。

『金獅子』は解散した。

命からがら帰還したものの、街中を歩くだけで人が気絶するほどの悪臭を放ち、宿屋にも泊まれず、ギルドを出入り禁止になったからだ。

「汚物勇者」という不名誉な二つ名だけが残った。

対して俺は、今や世界屈指のインフルエンサーだ。

「ルカ様! 新しい香水、『竜の愛撫』、完売しました!」

香水ブランドを立ち上げ、配信業と兼業。

俺が調合した香りは、貴族から冒険者まで、あらゆる層を虜にしている。

「ありがとう。次は『復讐の蜜』でも作ろうかな」

工房の窓を開ける。

風に乗って、新しい時代の香りがした。

かつて俺を「不要」と断じた世界は今、俺の掌(と匂い)の上にある。

「……さて、今日もいい匂いだ」

俺は深く息を吸い込み、次の配信ボタンを押した。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • ルカ・ヴァレンタイン: 主人公。「調香師」。極度の潔癖症で、戦場の悪臭を嫌う。戦闘力は皆無だが、嗅覚への干渉で生物の脳をハックする特異な才能を持つ。追放後はその知識を活かし、優雅なダンジョン攻略を配信して大ブレイクする。
  • レオン: 『金獅子の鬣』リーダー。剣士。視覚と筋力こそが強さの全てだと信じている脳筋。ルカの繊細なサポートに気づかず、自らの体臭(実力不足)を棚に上げて追放した。
  • マリア: 聖女。自分の体臭を安物の香水で誤魔化している。ルカの高級な調香を理解できず、ただ「薬品臭い」と嫌っていた。

【考察】

  • 五感のヒエラルキー: 本作は「視覚優位」の現代社会(配信文化)への皮肉を含む。見栄えの良い剣技(視覚)よりも、目に見えない香り(嗅覚)が戦況を支配するという構造で、本質を見抜くことの重要性を説いている。
  • 「臭い」というレッテル: 元パーティがルカに貼った「臭い」というレッテルは、最終的に彼ら自身に「物理的な悪臭」として返ってくる(ブーメラン)。これはネット社会における誹謗中傷のメタファーであり、吐いた唾は自分にかかるという教訓である。
  • カタルシスの構造: 単に殴って勝つのではなく、「汚物まみれで生存させる」ことで、プライドの高い彼らにとって死以上の屈辱を与える点が、本作の最大の「ざまぁ」ポイントである。
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