虚構現出:嘘つき配信者が「存在しない隠しボス」を攻略するまで

虚構現出:嘘つき配信者が「存在しない隠しボス」を攻略するまで

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第一章 狼少年の自殺志願

「えー、現在、同接数は……3人。ありがとうございます」

スマホの画面に映る数字は、残酷なほど正直だ。

薄暗い洞窟の中、俺――相川レンの声だけが虚しく反響する。

ここは『新宿大迷宮』の未踏破区域、深層第70階層。

通常なら、国家認定のSランク探索者がパーティを組んで挑む死地だ。

そこに俺は、コンビニで買ったカッターナイフと、ドン・キホーテで買ったパーティ用のプラスチック鎧だけで立っていた。

『は? ここ70階層? 背景合成乙』

『またこの嘘つきかよ』

『死ぬ詐欺飽きた。通報しました』

流れるコメントは辛辣だ。無理もない。

俺は過去に「ドラゴンを見た」と嘘をついて炎上し、「伝説の剣を拾った」と書き割りの剣を見せて追放された、業界一の嫌われ者底辺配信者だからだ。

だが、今日は違う。

「今日は皆さんに、とっておきの秘密を教えます」

俺はスマホのカメラを、洞窟の何もない壁に向けた。

心臓が早鐘を打つ。

これから俺がつくのは、ただの嘘じゃない。

命を、いや、存在そのものを賭けた『劇薬』だ。

「実はこの壁、システム上のバグがあって……特定の動作をすると、隠し部屋が開くんですよ」

『はいはい嘘乙』

『壁しかねーよ』

『頭のバグ直せ』

コメント欄が嘲笑で埋まる。

俺は無視して、何もない壁の前で奇妙な踊りを始めた。

右に三歩、左に二歩、そして壁に向かって掌を突き出す。

当然、何も起きない。

ただの岩壁だ。

「……あれ? おかしいな。視聴者の皆さんの『観測』が足りないのかな」

俺は画面を睨みつけた。

脂汗が額を伝う。

「もっとよく見てください。ほら、岩の隙間が、微妙に歪んで見えませんか?」

俺の固有スキル――それは『虚構証明(ライアーズ・パラドックス)』。

俺がついた嘘を、一定数以上の人間が「本当かもしれない」と疑った瞬間、世界がその嘘に合わせて書き換わる。

最悪で最強の、因果律干渉能力。

『歪んでる……か?』

『画質のせいじゃね?』

『いや、言われてみればちょっと光ってるような』

『まじ? 俺には見えんが』

同接が少しずつ増え始める。

タイトルにつけた【放送事故不可避】の文字に釣られた野次馬たちだ。

「ほら、ここです。ここをタップすると……」

俺は震える指で、ただの岩を突いた。

ズズズ……ッ。

重低音が響く。

岩壁に、ありえない亀裂が走った。

『え』

『は?』

『CG? いや、音やばくね?』

『ガチで開いたんだが!?』

「ようこそ、運営も知らない隠しエリアへ」

俺は口角を吊り上げた。

開いた壁の奥から、腐臭を含んだ風が吹き抜ける。

嘘が、真実になった。

第二章 コメント欄という名の神

隠し部屋の中は、異様な空間だった。

天井からは蛍光色の粘液が垂れ、地面は脈打つ肉の絨毯。

同接数は一気に5,000を超えた。

『なにこれキモい』

『新宿ダンジョンにこんなとこあった?』

『合成すごくね? ハリウッド級じゃん』

『←馬鹿、これリアルだろ……』

その時、肉の壁を突き破り、巨大な影が現れた。

三つの首を持つ、漆黒の狼。

ケルベロスだ。

ただし、通常の個体ではない。体長は10メートルを超え、その全身には赤い紋様が明滅している。

「うわああああっ!」

俺は無様に尻餅をついた。

演技ではない。こんな怪物は、俺の想定(嘘)にはなかった。

『死んだわこいつ』

『逃げろバカ!』

『グロ注意』

ケルベロスの真ん中の首が、俺を喰らおうと牙を剥く。

死の臭いが鼻を突く。

カッターナイフ? 役に立つわけがない。

俺に残された武器は、スマホと、口だけだ。

「ま、待ってください皆さん! こいつ、実は……」

俺は叫んだ。

「コメントに反応するんです! 『お座り』ってコメントが流れると、システム的に攻撃できない設定になってるんです!」

でまかせだ。

そんな設定あるわけがない。

ケルベロスの牙が、俺の喉元まで迫る。

『そんなわけあるか』

『苦し紛れ乙』

『お座り』

『お座り』

『死ぬ前に試してやるよ、お座りw』

『お座り!』

数人の悪ふざけが、雪崩のように連鎖した。

画面が『お座り』の文字で埋め尽くされる。

ピタリ。

ケルベロスの動きが止まった。

牙が俺の鼻先数センチで静止し、巨大な体躯が強制的に地面に押し付けられるように伏せた。

『!?』

『ファッ!?』

『ガチで止まったwww』

『俺ら猛獣使いじゃんwww』

「ふぅ……危ないところでした。皆さんの協力のおかげです」

俺は震える足で立ち上がり、カメラに向かってウインクした。

内心では、胃の中身を吐き出しそうだった。

このスキルは、俺の精神力をガリガリと削っていく。

同接、3万人突破。

「さて、こいつを倒すには、特定の『リズム』が必要です。皆さんがコメントでリズムを刻んでくれれば、俺の攻撃がクリティカルになります」

『任せろ』

『ドンドンパッ』

『おもろくなってきた』

視聴者たちは、もう俺を「嘘つき」として見ていない。

この異常な現象を共有する「共犯者」になりつつあった。

第三章 捏造された神話

そこからの攻略は、狂気と熱狂の宴だった。

「右の通路は即死トラップです! でも『いいね』が1万を超えると、橋がかかるんです!」

『いいね連打しろおおお!』

『橋でろおおお!』

何もない虚空に、光の橋が出現する。

「この宝箱は、スパチャの総額が一定を超えると、中身がレア装備に変化します!」

『¥10,000 投げ銭しました』

『¥50,000 装備ガチャ頼む』

『¥500 俺の昼飯代使ってくれ』

空っぽだったはずの宝箱から、神々しい輝きを放つ短剣が出現する。

俺は嘘をつき続けた。

ありもしない設定、存在しない攻略法、理不尽なメカニクス。

その全てを、50万人に膨れ上がった視聴者たちが「真実」へと昇華させていく。

『これ歴史的配信じゃね?』

『レンさん疑ってごめん』

『お前こそ真の攻略組だ』

称賛の嵐。

かつて俺を石もて追った連中が、今は俺を神のように崇めている。

気持ちいい。

脳内麻薬がドバドバと溢れ出る。

だが、代償は確実に払わされていた。

視界の端が、ノイズのようにざらつき始めている。

自分の指先が、時折ピクセル状に分解しては戻るような感覚。

『虚構証明』の使いすぎだ。

世界を騙しすぎたせいで、世界の方が俺を「異物」として認識し始めている。

そして、最深部。

俺たちは、とんでもないものを目撃した。

そこには、巨大な「眼球」が浮いていた。

無数のモニターコードに繋がれ、そのモニターの一つ一つに、今の俺の配信画面が映っている。

「……なんだ、これ」

『ボス?』

『なんかメタくない?』

『俺らのコメントがボスに表示されてるぞ』

眼球がギョロリと俺を見た。

脳内に直接、無機質な声が響く。

《観測者数、閾値到達。現実侵食率98%。フィクションの受肉を開始します》

第四章 最後の嘘

眼球――『集合的無意識の化身』が、空間そのものを歪め始めた。

ダンジョンの壁が剥がれ落ち、その向こうに、新宿の夜景が見える。

いや、逆だ。

新宿の空に、このダンジョンが上書きされようとしている。

《汝の虚言により、世界は再定義される》

「ふざけんな……! 俺はただ、再生数が欲しかっただけだ!」

俺の嘘が、現実の世界を飲み込もうとしている。

俺が「隠しボスがいる」と言えば、新宿のど真ん中に怪物が現れる。

俺が「世界は終わる」と言えば、本当に終わる。

視聴者数は、いつの間にか1000万人を超えていた。

世界中の人間が、この配信を見ている。

『レン、どうにかしろ!』

『お前の嘘だろ!?』

『助けてくれ!』

コメント欄が阿鼻叫喚に変わる。

俺の手元にある「神話級の短剣(と嘘をついて具現化させたプラスチック)」が、重く感じる。

俺はカメラを見つめた。

レンズの向こうにいる、1000万人の瞳を想像する。

「……なあ、みんな。最後に一つだけ、嘘をつかせてくれ」

俺は笑った。

今までで一番、上手く笑えた気がする。

「このボスは、配信者が『配信終了』ボタンを押すと、道連れになって消滅する設定なんだ」

『は?』

『何言ってんだ』

『やめろ、お前死ぬ気か?』

『嘘だろ? 嘘だと言ってくれ!』

「本当だよ。だって俺は、希代の嘘つき配信者・相川レンだぞ?」

俺の身体が、光の粒子になって崩れ始める。

嘘を真実にする代償。

俺自身が「配信という虚構」の一部になって消える。

「それじゃあ、高評価とチャンネル登録、よろしく」

俺は震える指で、画面上の【配信終了】ボタンに触れた。

「おつかれさまでした」

プツン。

エピローグ 配信のあとで

新宿の空から、巨大なダンジョンは消失した。

何もなかったかのように、平穏な朝が訪れる。

ただ一つ、変わったことがある。

動画サイトのアーカイブには、あの日の配信記録だけが残されていない。

だが、世界中の人々は覚えている。

嘘だけで神を殺し、世界を救った、ある底辺配信者のことを。

そして時折、新宿の大型ビジョンにノイズが走る。

一瞬だけ映る、プラスチックの鎧を着た男の笑顔。

彼は今も、電脳の海(ダンジョン)のどこかで、終わらない配信を続けているのかもしれない。

同接数:∞

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 相川レン: 本作の主人公。息をするように嘘をつく「オオカミ少年」。しかしその嘘は、残酷な現実から目を逸らしたいという弱さと、理想の物語を紡ぎたいという作家性の二面性を持つ。最終的に「究極のエンターテイナー」として昇華される。
  • 視聴者たち(コメント欄): レンを叩き、嗤い、そして最後には熱狂する群衆。彼らは無責任な神々であり、レンの嘘に力を与えるエネルギー源。現代のネット社会における「世論」のメタファー。
  • 新宿大迷宮(アビス・タワー): 物理的な場所ではなく、人々の集合的無意識が投影された精神領域。そのため、強い情動や多数決によって物理法則が書き換わる。

【考察】

  • 「嘘」と「フィクション」の境界線: 物語全体を通して、「みんなが信じれば、それは真実になる」というテーマが描かれている。これは通貨の価値や社会通念、そしてエンターテインメントの本質そのものである。レンの能力は、作家が物語で読者を信じ込ませるプロセスの具現化と言える。
  • 第四の壁の崩壊: クライマックスでダンジョンが新宿を侵食するのは、ネット上の炎上や流行が現実社会に物理的な影響(店舗への殺到や暴動など)を及ぼす現象の風刺。
  • 消えたレンの行方: ラストシーンでレンがアーカイブに残らなかったのは、彼が「記録」ではなく「記憶(ミーム)」になったことを示唆している。彼は個人としての生を終え、ネットの海を漂う概念的存在となった。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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