第一章 処刑台のソースコード
「異端者カイト。貴様には女神の慈悲さえも生温い」
広場を埋め尽くす民衆の罵声。
石畳の冷たさが膝に食い込む。
目の前には、白銀の鎧を纏った『聖女』エリアが、蔑むような視線で見下ろしていた。
「神聖なる炎魔法を『テクスチャの貼り遅れ』などと冒涜した罪……その身をもって償いなさい」
彼女が杖を掲げる。
大気が震え、真紅の魔法陣が展開された。
「おお……なんと神々しい!」
「女神の裁きだ!」
民衆がひれ伏す。
だが、俺――南 カイトの目には、まったく別の景色が映っていた。
視界の隅で、俺の固有スキル『構造視(デバッグ・アイ)』が自動で起動する。
魔法陣?
違う。
あれはただの、非効率極まりない16進数の羅列だ。
空中に浮かぶ文字列が、俺の網膜にはっきりとオーバーレイ表示されている。
`function FireBall() { target = current_pos; temp = 5000; ... }`
しかも、ひどいコードだ。
メモリリークを起こしている。
「死になさい、異端者!」
聖女の叫びとともに、巨大な火球が俺の頭上に生成された。
熱波が肌を灼く。
死を覚悟した瞬間、職業病が恐怖を上回った。
「……インデントが、ずれてるんだよ」
俺はボソリと呟いた。
「は?」
「その第3行目のループ処理。終了条件が定義されてない。そのままだとスタックオーバーフローで暴発するぞ」
「何を訳のわからないことを!」
火球が放たれる。
俺は縛られた手で、空中の『文字列』の特定箇所を指先で弾くような動作をした。
物理的な干渉ではない。
『構造視』を通じた、強制割り込み(インタラプト)だ。
パチン。
乾いた音が響く。
その瞬間。
圧倒的な熱量を誇っていた火球が、突然モザイク状のノイズに変わった。
「え?」
聖女が目を見開く。
次の瞬間、火球は「ブツン」という音と共に消失した。
あとに残ったのは、焦げ臭いにおいではなく、なぜか『無臭の空白』。
そして、聖女の杖の先端から、青白い煙が上がる。
「きゃああっ!?」
杖が爆ぜた。
魔法の発動失敗(ファンブル)ではない。
処理落ちによる強制終了だ。
「だから言ったろ。最適化不足だ」
静まり返る広場。
俺は呆れながらため息をついた。
この世界は『ファンタジー』なんかじゃない。
バグだらけの、欠陥プログラムだ。
第二章 魔王という名のシステム管理者
牢獄の壁は、ポリゴンの継ぎ目が見えていた。
処刑は延期された。
あの『奇跡の消失』を、民衆が不気味がり始めたからだ。
「……やれやれ。俺はただ、デバッグしただけなのに」
前の世界では、しがないQAエンジニアだった。
過労死寸前で意識が飛び、気づけばこの世界にいた。
この世界の人々は、物理法則を無視した現象を『魔法』と呼び、それを司るシステムエラーの塊を『精霊』や『神』と崇めている。
「おい、起きろ」
不意に、鉄格子が音もなく溶けた。
そこに立っていたのは、漆黒のローブを纏った男。
頭上には赤いカーソル。
識別名『魔王ゼノス』。
「……魔王か. 何の用だ? 世界征服の相談ならパスだぞ」
「ふん。征服? そんなリソースの無駄遣い、誰がするか」
ゼノスは懐から、四角い板を取り出した。
それは、どう見てもタブレット端末だった。
「俺は『管理者(アドミニストレータ)』だ。この世界のサーバー負荷が限界に近い。貴様、先ほどの処理……『強制ガベージコレクション』を使ったな?」
俺は身を起こした。
話が通じる奴がいた。
「ああ。あのまま実行されてたら、座標データごと広場が消し飛んでたからな」
「やはりか。……南カイト。貴様をスカウトする」
ゼノスはタブレットを俺に向けた。
そこには、世界の『メモリ使用率』が表示されていた。
**98.7%**
真っ赤な警告色。
「あと数回の『上級魔法』……いや、重たい処理が走れば、この世界はフリーズする。いや、クラッシュしてデータが全損するだろう」
「マジかよ……。原因は?」
「『聖女』だ。あいつはウイルスに近い。無自覚に高負荷なプロセスを乱立させ、世界のリソースを食い潰している」
皮肉な話だ。
世界を救うとされる聖女が、実は世界をクラッシュさせる元凶だとは。
「で、俺に何をしろと?」
「単純な話だ」
ゼノスはニヤリと笑った。
「聖女を『修正(パッチ)』しに行く。物理的な排除ではない。彼女のソースコードを書き換え、魔法という機能をこの世界からアンインストールする」
「……魔法を消す? それは、この世界の文明を終わらせるのと同義だぞ」
「滅びるか、文明レベルを落として生存するか。二つに一つだ」
俺は、目の前の空間に浮かぶ、ひび割れたテクスチャを見つめた。
選択肢はない。
エンジニアとして、バグを放置することはできない。
「契約成立だ。……報酬は弾めよ?」
「ああ。元の世界へのログアウト権限をやる」
第三章 論理的(ロジカル)ダンジョン攻略
王城の地下、最深部。
そこは『聖なる源泉』と呼ばれる場所だが、俺たちの目には『ルートディレクトリ』にしか見えなかった。
「右から来るぞ。オブジェクトID:スケルトンナイト。数は12」
「了解」
ゼノスが指を振る。
剣を振るうのではない。
彼は空間にコマンドを打ち込んでいるのだ。
`/delete object_id:skeleton_knight range:20m`
瞬時に、迫りくる騎士たちが粒子となって消滅した。
「チートだな、おっさん」
「管理者権限だと言え。……ッ、カイト、伏せろ!」
俺は反射的に床へ転がる。
頭上を、極太のレーザーが通過した。
「聖女の親衛隊か」
現れたのは、黄金の鎧を着た騎士団長。
だが、その動きはカクカクとしていて、不自然だった。
「『神敵』よ! この一撃は避けられん!」
騎士団長が超高速で接近してくる。
速い。
物理演算を無視した加速だ。
「座標移動の数値をいじってやがる!」
ゼノスの防御障壁(ファイアウォール)が削られる。
「カイト、解析しろ! 奴の弱点はどこだ!」
俺は目を凝らす。
騎士団長の周囲に流れる膨大なデータストリーム。
攻撃力:∞(無限大)
防御力:∞
「無敵モードかよ! ……いや、待て」
完全無欠に見えるコードの裏側に、小さな記述を見つけた。
`if (MP <= 0) { mode = normal; }`
「MP依存だ! 奴の背中、マントの裏にある放熱フィン……じゃなくて、魔力供給パスを断てば、通常モードに戻る!」
「背中か、面倒な!」
「俺がヘイト(注目度)を稼ぐ!」
俺は懐から石ころを拾い、騎士団長へ投げつけた。
ダメージはゼロ。
だが、俺は石に小さなスクリプトを付与していた。
`print("Your Mother is Legacy Code");`
騎士団長の顔が真っ赤になった。
単純な挑発プログラムだが、AIには効果覿面だ。
「貴様ァァァ!!」
ターゲットが俺に向く。
その一瞬の隙。
ゼノスが背後に回り込み、黒い短剣(デバッガーツール)を突き立てた。
「接続、切断!」
ブウン、と音がして、騎士団長の動きが鈍重になる。
黄金の輝きが消え、ただの重い鉄塊を纏った人間に戻った。
「な、体が……重い!?」
「それが『重力』だ、バーカ」
俺は通りすがりに足を引っかけ、騎士団長を転ばせた。
第四章 聖女という名のバグ
最奥の間。
そこには、光の繭に包まれた聖女エリアがいた。
彼女は浮いていた。
いや、背景から切り取られたように、存在が浮いている。
「来ましたね、汚れた者たち」
彼女の声は、二重三重に重なって聞こえる。
「エリア、もうやめろ。お前が奇跡を起こすたびに、世界の寿命が縮んでいるんだ」
「何を言っているのです? 私は祈りを捧げ、世界を浄化しているだけ……」
「それがバグだと言ってるんだ!」
俺は叫んだ。
視界に映る彼女のコードは、もはや原型を留めていなかった。
自己増殖する『善意』のプログラム。
それが世界のリソースをすべて『光』に変えようとしている。
「浄化……そう、すべてを光に。苦しみも、影も、物質も、すべて!」
部屋全体が白く発光し始めた。
ホワイトアウト。
世界のテクスチャが剥がれ落ちていく。
「しまっ……! メモリが溢れるぞ!」
ゼノスが叫ぶ。
「カイト、やるぞ! 俺がアクセスポートをこじ開ける。お前が修正コードを流し込め!」
「簡単に言うなよ!」
ゼノスが魔力を解放し、聖女の光と衝突する。
空間が悲鳴を上げる。
キーボードを叩く音のような幻聴が響く中、俺は聖女の『核』を見据えた。
そこにあるのは、たった一行の誤記述。
`while(world.exists()) { make_miracle(); }`
世界が存在する限り、奇跡(負荷)を起こし続ける無限ループ。
これを止めるには、条件を変えるしかない。
俺は虚空に指を走らせる。
震える指先で、世界を書き換える。
「エリア、お前はもう……休んでいいんだ」
魔法という概念そのものを定義しているライブラリ。
そのリンクを、削除する。
`import Magic;` -> `// import Magic;`
コメントアウト。
「……え?」
聖女の表情が固まる。
光が、急速に収束していく。
「力が……消える……?」
「消えるんじゃない。物理法則(ルール)が変わるんだ」
最後のエンターキーを叩くイメージで、俺は手を振り下ろした。
`System.ApplyChanges();`
最終章 退屈で愛おしい世界
目を開けると、そこは薄暗い石造りの部屋だった。
空中に浮かぶ文字はない。
聖女は床にへたり込み、ただの少女として泣いていた。
ゼノスのローブも消え、くたびれたシャツを着た中年男が立っていた。
「……成功、したのか?」
俺は自分の手を見た。
『構造視』を使おうとしても、何も表示されない。
ただの皮膚、血管、骨。
窓の外を見る。
空を飛んでいたドラゴンは、翼の揚力が足りずに墜落……いや、巨大なトカゲとして地面を這っていた。
空中に浮遊していた城は、轟音と共に崩壊を始めている。
魔法が消えた。
重力と、熱力学と、質量の世界。
「ひどい……私の癒やしの力が……」
エリアが嘆く。
「これで病人はどうなるのですか! 飢える民は!」
「医者が治すんだよ。農家が作物を育てるんだ」
俺は彼女に肩を貸した。
「時間はかかる。祈るだけで救われる世界は終わった。これからは、汗を流して、知恵を絞って生きていくんだ」
ゼノスが窓辺でタバコのようなものを吹かしていた。
「……ファンタジーは終了(サ終)か。味気ない世界になったもんだ」
「そうか? バグのないシステムなんて、エンジニアにとっては天国だぜ」
俺は笑った。
その笑顔は、この世界に来て初めて、心の底から浮かんだものだった。
目の前には、何も情報の浮かばない、ただの青空が広がっている。
解析できない「美しさ」が、そこにあった。
(終わり)