断頭台の聖女と、世界を喰らうヒロイン

断頭台の聖女と、世界を喰らうヒロイン

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第一章 視界に浮かぶ処刑フラグ

「エリアナ、君との婚約を破棄する!」

王太子殿下の声が、大理石のホールに響き渡る。

シャンデリアの煌めきが、私の網膜を刺した。

ああ、まただ。

彼の頭上に浮かぶ青い半透明のウィンドウ。

そこには残酷な明朝体で、こう記されている。

【イベント強制発生:断罪の宴】

【現在の好感度:-100(修復不可能)】

【死亡確率:99.8%】

私は扇で口元を隠し、小さくあくびを噛み殺した。

周囲を取り囲む貴族たちの視線。

嘲笑、憐憫、そして興奮。

彼らは皆、この安っぽい悲劇の観客だ。

「……殿下。理由をお伺いしても?」

震えるふりをして、私は問う。

声のトーンは完璧だ。

悲劇のヒロインを演じる悪女。

「しらばっくれるな! 君がアリスに行った数々の狼藉、もはや看過できない!」

殿下の隣で、小柄な少女が震えている。

アリス。

ピンクブロンドの髪、大きな瞳。

この世界の「正ヒロイン」。

けれど、私には見えている。

彼女の輪郭が、時折ノイズのようにざらつき、その背後に膨大な文字列が走っているのが。

【Entity: World_Eater】

【Status: Hungry】

彼女は人間じゃない。

この乙女ゲームの世界を食い尽くすための、バグだ。

前世の記憶が蘇ったのは、3歳の時。

ここは私がやり込んだ乙女ゲーム『ローゼン・キングダム』の世界。

そして私は、断頭台の露と消える運命の悪役令嬢、エリアナ。

最初は、運命を変えようとした。

殿下に尽くし、領民を愛し、勉学に励んだ。

だが、無駄だった。

私が善行を積むたび、世界の補正力(システム)が働き、強引に「悪女」としての既成事実が捏造された。

寄付した金は横領の証拠に書き換えられ。

孤児院への慰問は、洗脳のための視察だと噂された。

そして気づいたのだ。

この世界において、私の「死」は単なるバッドエンドではない。

システムを安定させるための「生贄(パッチ)」なのだと。

第二章 バグった微笑み

時計の針を少し戻そう。

断罪イベントの数日前、王宮の温室でのことだ。

私は一人、白い薔薇を眺めていた。

そこへ、アリスがやってきた。

「ごきげんよう、エリアナ様ぁ」

語尾が甘ったるく伸びる。

彼女が歩くたび、足元の芝生が黒く変色し、瞬時に元の緑に戻る。

処理落ち。

「……ごきげんよう、アリス男爵令嬢」

「あのね、殿下が言ってたの。エリアナ様は怖い顔してるから、もっと笑ったほうがいいって」

アリスが私の顔を覗き込む。

その瞳。

虹彩がない。

ただの黒い穴が、そこにあった。

『Target_Lock... Analysis...』

彼女の喉の奥から、人間のものではない機械的な摩擦音が漏れる。

「ふふ、ごめんなさい。喉の調子が悪くて」

彼女は可愛らしく咳払いをする。

だが、私には見えている。

彼女の頭上のパラメーター。

【侵食率:80%】

彼女が攻略対象(ヒーロー)たちと「愛」を育むたび、この世界のデータは彼女に食われていく。

殿下も、騎士団長も、魔術師長も。

彼女に惚れれば惚れるほど、自我を失い、単なるNPCへと劣化していた。

殿下が私を断罪するのは、彼自身の意志ではない。

脳内をアリスというウイルスに書き換えられた結果だ。

「エリアナ様、どうしてそんなに冷たいの? 私、仲良くしたいのにぃ」

アリスが手を伸ばしてくる。

その指先が、私のドレスの袖に触れた瞬間。

ジュッ。

焦げるような音と共に、生地がデータ欠損のように消失した。

「あら、やだ。虫食いかしら?」

アリスは無邪気に笑う。

「……ええ、大きな害虫がいるようですわね」

私は冷ややかに返した。

このままでは、世界が終わる。

ヒロインとのハッピーエンド=世界の崩壊(サーバーダウン)。

それを防ぐ唯一の方法。

それは、悪役令嬢である私が「正しく」処刑されること。

私の死という特大のイベントが発生することで、シナリオが完結し、世界はリセットされる。

けれど。

ただ死んでやるなんて、癪じゃないか。

私は扇を閉じた。

パチン、という乾いた音が温室に響く。

私の才能。

それは魔力でも美貌でもない。

この世界のソースコードを「視る」力。

システムが私を悪役にしたいなら、なってやる。

ただし、三文芝居の悪役ではない。

このバグったヒロインさえも舞台装置に変える、至高の演出家(ヴィラン)に。

第三章 愛の定義

そして現在。

断罪のホール。

「黙り込んでないで何か言ったらどうだ!」

殿下が怒鳴る。

周囲の貴族たちがざわめく。

アリスは殿下の腕にしがみつき、ニタニタと笑っている。

その口の端から、黒いモザイクが溢れ出しているのが見えた。

限界が近い。

このイベントが終われば、世界はアリスに飲み込まれ、ブラックアウトする。

それを回避するには、ここでシナリオを「完結」させなければならない。

私は一歩、前へ出た。

「殿下。貴方様は、アリス様を愛していらっしゃるのですね?」

「当たり前だ! 彼女こそが真実の愛だ!」

「そうですか。……では、証明していただきましょう」

私は懐から、小瓶を取り出した。

中に入っているのは、赤い液体。

「これは毒です」

会場が悲鳴に包まれる。

「エリアナ! 貴様、狂ったか!」

騎士たちが剣を抜く。

私は優雅に微笑んだ。

「いいえ、正気ですわ。殿下、貴方が本当にアリス様を愛しているなら、この毒を飲み干せますわよね? 愛のために死ねると、常々仰っていましたもの」

嘘だ。

これは毒ではない。

ただの着色した砂糖水。

だが、私の「解析眼」は捉えていた。

アリスのパラメーターを。

【被虐属性:無効】

【献身属性:脆弱】

この化け物は、自分が愛されること(摂取すること)には貪欲だが、相手のために何かを失うという概念が存在しない。

殿下が毒(と思しきもの)を飲もうとすれば、アリスにとっての「供給源(殿下)」が失われることになる。

それは、捕食者としての本能が許さない。

「さあ、殿下」

私は小瓶を差し出す。

殿下は一瞬たじろいだが、アリスの手前、引くに引けない。

震える手で小瓶を受け取る。

「の、飲んでやる! これで君の罪が確定するなら!」

殿下が小瓶の蓋を開けた。

その瞬間。

「だめえええええええええッ!!」

アリスが絶叫した。

それは可憐な少女の声ではない。

地獄の底から響くような、重低音のノイズ。

バキバキバキッ。

空間に亀裂が走る。

アリスの背中から、黒い触手のような影が噴出した。

「ひっ……!?」

殿下が腰を抜かす。

貴族たちがパニックに陥り、出口へと殺到する。

「私の! 私の餌よ! 勝手に壊さないでよおおおお!」

アリスの顔が裂ける。

表層のスキンが剥がれ落ち、ワイヤーフレームの骨格が露わになる。

「キャアアアア!」

「ば、化け物だ!」

そう。

これが見たかった。

「Show time.」

私は小さく呟いた。

第四章 断頭台へのカーテンコール

ホールは阿鼻叫喚の地獄と化した。

正体を現したアリスが、暴れまわる。

システムが混乱している。

【Error: Heroine_Model_Corrupted】

【Scenario: Force_Terminate... Failed】

今だ。

私は崩れ落ちた殿下の前に立ち、アリスを見上げた。

「哀れな方」

私の声は、不思議と通った。

「愛を語りながら、その実、喰らうことしか知らない飢えた獣」

アリスの虚ろな目が私を捉える。

「ウルサイ! オマエモ、タベル!」

触手が私に迫る。

私は逃げない。

逃げれば、この世界は終わる。

私は隠し持っていた短剣を取り出し、自分の首筋に当てた。

「貴女には食べさせない」

赤い血が、白い肌を伝う。

「私は、この世界の秩序(シナリオ)に従い、悪役として死ぬ。けれど、それは貴女のためじゃない」

私は、腰を抜かしている殿下を一瞥した。

「愛する殿下。……最期に、貴方をお守りしたという事実だけが、私の誇り」

これは嘘だ。

彼への愛など、とっくにない。

だが、システムを騙すには、「悲劇のヒロインの自己犠牲」という特大のフラグが必要なのだ。

【イベント条件変更:真実の愛による自己犠牲】

【世界線修復プログラム:起動】

私の頭上のウィンドウが、赤から金色に変わる。

「エリアナ……?」

殿下が呆然と私を見る。

その瞳から、洗脳の濁りが消えていく。

「さようなら、皆様。どうか、良い夢を」

私は笑った。

心からの嘲笑を込めて。

そして、自ら短剣を深く突き立てた。

視界が赤く染まる。

アリスの悲鳴がかき消えていく。

世界が光に包まれ、再構築(リブート)されていくのを感じる。

第五章 エピローグ:バグのいない箱庭

目が覚めると、私は修道院のベッドにいた。

「……生きてる?」

身体を起こす。

傷はない。

窓の外を見る。

穏やかな日差し。

部屋の鏡を見る。

そこには、「聖女」の衣装を纏った私がいた。

視界にウィンドウが出る。

【称号獲得:救国の聖女】

【ヒロイン権限:譲渡完了】

どうやら、あの自己犠牲イベントによって、システムは私を「悪役」から「真のヒロイン」へと昇格させたらしい。

バグったアリスは消去され、世界は正常なルートへと修正された。

コンコン。

ドアがノックされる。

入ってきたのは、やつれた顔の殿下だった。

「エリアナ……! ああ、生きていてくれたのか!」

彼は涙を流し、私の手を取る。

「すまなかった。僕は、何かに取り憑かれていて……君が命を賭して僕を守ってくれたこと、一生忘れない」

彼は知る由もない。

私が彼を守ったのではなく、私の平穏な老後のために、彼を利用しただけだということを。

「ええ、殿下。これからは、ずっと一緒ですわ」

私は聖女のような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

その背後で、システムウィンドウが静かに告げている。

【殿下の好感度:MAX(ヤンデレ化)】

【監禁ルート:解放】

……まあ、いいでしょう。

世界の崩壊よりは、重すぎる愛の方がまだマシだ。

私は殿下の頬に手を添え、心の中で舌を出した。

運命なんて、知識と演技力でどうにでもなる。

さあ、これからは私のシナリオ(ゲーム)だ。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エリアナ: 本作の主人公。転生者。感情よりも論理と生存確率を優先する「解析者」。ヒロインのバグを見抜き、自分が悪役として処刑される運命さえも、世界を救うための「演出」として利用する。
  • アリス: ゲームの「正ヒロイン」の皮を被った、世界を喰らうデータ生命体(バグ)。愛らしい外見だが、その実態は攻略対象の自我を捕食する怪物。虹彩のない瞳と、時折発生するテクスチャの乱れが特徴。
  • 王太子: アリスの「魅了」バグにより洗脳されていた哀れな道化。エリアナの演技によって正気を取り戻すが、その代償としてエリアナへの依存度が極限まで高まってしまう。

【考察】

  • 「悪役」の再定義: 本作において「悪」とは道徳的な欠落ではなく、システム(運命)に抗うための唯一の手段として描かれる。エリアナの冷徹さは、破綻した世界を維持するための必要悪である。
  • バグという名のホラー: アリスの存在は、予定調和な物語(乙女ゲーム)へのアンチテーゼである。「愛されヒロイン」という記号が暴走し、周囲の人間性を奪っていく様は、盲目的な肯定への皮肉が込められている。
  • Show, Don't Tellの徹底: アリスの異質さを「怖い」と表現せず、「虹彩がない」「足元の芝生が黒く変色する」「摩擦音が漏れる」といった視覚・聴覚的描写で表現することで、読者に生理的な嫌悪感と恐怖を与えている。
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