『深淵の清掃員(アビス・クリーナー)』~戦闘力ゼロの俺が、最強の汚れを落とすまで~

『深淵の清掃員(アビス・クリーナー)』~戦闘力ゼロの俺が、最強の汚れを落とすまで~

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第一章 視聴者数3人の底辺配信

「……よし。ここの血痕、完全に落ちたな」

湿った地下独特の黴臭さと、鼻をつく鉄錆の匂い。

俺、雨宮(あまみや)レンジは、薄暗い洞窟の床に這いつくばっていた。

手には剣ではなく、業務用の高圧洗浄機。

腰にはポーションではなく、強力なアルカリ性洗剤のボトル。

『あーあ、また掃除かよ』

『地味すぎワロタ』

『前の配信者が倒したドラゴンの死体処理? ハイエナ乙』

視界の端に浮かぶホログラムウィンドウには、辛辣なコメントが流れる。

同時接続者数、たったの3人。

そのうち一人は、間違いなく俺のオフクロだ。

「ハイエナじゃないですよ。これは東京都ダンジョン協会公認の『環境保全業務』です。放置された魔物の死骸は、新たな魔物を呼ぶ苗床になりますからね」

俺はカメラに向かって愛想笑いを浮かべ、再びデッキブラシを握った。

俺の職業は『ダンジョン・クリーナー』。

探索者が散らかしたゴミや、討伐後の魔物を片付ける、文字通りの掃除屋だ。

借金返済のために始めたこの仕事。

ついでに配信で稼げればと思ったが、現実は甘くない。

『もっと派手な魔法とかないの?』

『画面が暗い』

『退出しました』

「あっ、待って! ここからが凄いんですよ。このオークの脂汚れ、普通なら落ちないんですけど……この特製酵素洗剤を使うと……」

ジュワワワワッ!

頑固な緑色の体液が、泡と共に溶けていく。

俺にとっては最高にカタルシスを感じる瞬間だ。

「ほら! 見てください、この輝き!」

『……』

『お、おう』

『きれいにはなったけどさw』

反応が薄い。

溜め息をつきながら、俺は次の汚れを探す。

俺には探索の才能はないが、異常なほどの『潔癖症』と、汚れを見つける『目』だけは良かった。

その時だ。

ドォォォォン!!

通路の奥から、爆音と衝撃波が押し寄せた。

「うわっ!?」

洗浄機を抱えて転がる俺の横を、煌びやかな鎧を纏った集団が駆け抜けていく。

「おい邪魔だぞ、掃除屋!」

「撮影中だ、映り込むな!」

今をときめくSランク配信者集団、『ブレイブ・スターズ』だ。

リーダーの金髪男、カイが俺を睨みつける。

「チッ、またお前か。汚ねえ格好しやがって。俺たちの華麗な戦闘が台無しだろ」

『カイきゅんカッコイイ!』

『掃除屋www 惨めすぎる』

『同接3万人 vs 3人www』

カイの配信チャットが、俺の視界にも雪崩れ込んでくる。

圧倒的な格差。

「……すみません、すぐに片付けますから」

「ふん。行くぞ、奥に『ネクロ・ヒドラ』がいる。レア泥狙いだ!」

彼らは嵐のように去っていった。

残されたのは、彼らが食べ散らかしたエナジーバーの包み紙と、踏み荒らされた泥。

「……はぁ」

俺は小さく息を吐き、ゴミを拾う。

悔しくないと言えば嘘になる。

だが、俺には戦う力なんてない。

ただ、一つだけ気になることがあった。

「……あの方向、カビの匂いがいつもより濃いな」

俺の鼻が、微細な違和感を捉えていた。

ただの腐臭じゃない。

もっとこう、ねっとりとした『取れにくい汚れ』の気配。

第二章 放置された“汚れ”

数十分後。

俺は『ブレイブ・スターズ』が向かった大広間にたどり着いた。

そこは、地獄絵図だった。

「うわっ……ぐちゃぐちゃじゃないか」

巨大な多頭蛇、ネクロ・ヒドラの死骸が横たわっている。

首は斬り落とされ、身体は魔法で焼かれ、あたり一面に猛毒のヘドロが撒き散らされていた。

『カイたち、もう帰ったのか?』

『素材だけ剥ぎ取って放置かよ』

『これだから上位勢は……』

俺の配信のコメントが少しだけ増える。

と言っても、10人くらいだが。

「これは……酷いですね。放置すると、地下水脈まで汚染されますよ」

俺は使命感(と潔癖症による不快感)に駆られ、洗浄機の出力を最大にした。

「よし、やるか」

キュイイイイイン!

高圧水流がヘドロを吹き飛ばす。

ブラシで床を磨く。

散らばった鱗を回収する。

『なんか見てて気持ちよくなってきた』

『ASMR配信かな?』

『お掃除ロボット視点』

作業に没頭すること30分。

広間はピカピカになり、残るはヒドラの巨大な胴体だけになった。

その時。

ズズッ……。

肉塊が、震えた。

「……え?」

ズズズズズッ!

斬り落とされたはずの首の断面から、赤黒い触手が噴き出した。

焼かれた皮膚が泡立ち、再生していく。

『おい、動いてね?』

『死体蹴り? じゃないよな』

『逃げろ! それ再生してるぞ!』

「嘘だろ……カイたちは討伐完了したって……」

俺は震える手で、カイの配信アーカイブを確認する。

『飽きたし帰ろーぜ』『核(コア)壊してないけど、動かなくなったし平気っしょ』

「……あいつらあああああ!!」

『ネクロ・ヒドラ』は、核を完全に破壊しない限り、何度でも蘇る。

しかも、中途半端にダメージを与えて放置したことで、防衛本能が暴走していた。

グオオオオオオオッ!!

再生したヒドラが咆哮する。

ただし、元の姿ではない。

ヘドロと瓦礫を巻き込み、より醜悪で、より巨大な『汚染獣』へと変貌していた。

「ひっ……!」

腰が抜ける。

逃げなきゃ。

でも、出口は瓦礫で塞がれている。

『終わった』

『通報したけど間に合わん』

『RIP』

ヒドラの瞳(・)が、俺を捉えた。

いや、正確には俺ではない。

俺が背負っているタンクの中身――高純度の洗浄液を警戒しているのか?

濁った粘液が、俺の足元に垂れる。

ピチャッ。

俺の愛用している、真っ白な作業用ブーツに、黒いシミがついた。

「……あ」

その瞬間。

俺の中で、恐怖とは別のスイッチが入った。

第三章 害虫駆除(エクスターミネーション)

「……汚したな」

『え?』

『主、何言ってんの?』

俺は立ち上がった。

震えは止まっている。

代わりに、脳内を支配するのは激しい怒りと、強迫的なまでの義務感。

「まだローンが30回も残っている、特注の抗菌ブーツなんだぞ……!」

俺の目には、ヒドラが『モンスター』には見えていなかった。

あれは、ただの巨大な『生ゴミ』だ。

そして、あの再生する首の断面に見える、小さな黒い球体。

「あそこが……汚れの発生源か」

『おい、逃げろって!』

『立ち向かうな! お前は掃除屋だぞ!』

俺は洗浄機のノズルを構える。

設定変更。

拡散モードから、一点集中『カッターモード』へ。

「業務規定第4条。頑固な汚れには、物理的排除を許可する」

ヒドラが触手を振り上げる。

速い。

Sランク探索者でも苦戦する速度だ。

だが。

(右、30センチ。飛沫の角度からして、次はそこが汚れる)

俺には見えた。

攻撃の軌道が、これから汚れる『シミ』の予測線として。

ヒュッ。

最小限の動きで触手を避ける。

俺の頬を風が撫でる。

『は?』

『避けた!?』

『マグレだろww』

「汚い。あまりにも汚い」

俺は走り出した。

剣技も体術もない。

ただ、床の汚れを避けるようなステップで、ヒドラの懐に潜り込む。

グガァァッ!

ヒドラが毒霧を吐く。

「酸性か。なら、これで中和できる!」

俺は腰のボトルを投げ、空中でノズルから水を噴射し、ボトルを破壊。

中和剤が霧状になって毒を無効化する。

『ファッ!?』

『化学実験かよwww』

『こいつ、何者だ?』

同接数が、100人を超えた。

「そこだッ! そのシミが元凶だろッ!」

俺はヒドラの胴体に飛び乗った。

ヌルヌルして気持ち悪い。

早く家に帰ってシャワーを浴びたい。

その一心で、俺は再生核(コア)――俺には『絶対に落とすべき黒ずみ』に見える一点に、ノズルを突き刺した。

「高圧洗浄(ハイ・プレッシャー)……!!」

キュイイイイイイイイイイン!!!

コンクリートすら切断する水圧が、ゼロ距離で核に叩き込まれる。

『うわあああああああ』

『エグいエグい!』

『音が掃除機のそれじゃない』

ギャアアアアアアッ!!

ヒドラが断末魔を上げる。

だが、俺は止めない。

「落ちろ! 落ちろ落ちろ落ちろ! 完全に白くなるまで!!」

核が削れ、砕け、微粒子レベルまで洗浄されていく。

「……除菌、完了」

ドサッ。

巨大な肉塊が崩れ落ち、ただの動かないタンパク質の山となった。

俺は荒い息を吐きながら、ノズルの先を振って水気を切る。

「……はぁ。残業確定だな、これ」

ふと、ホログラムを見る。

『同時接続者数:15,482人』

「……は?」

『SNSでバズってるぞ!』

『#清掃員無双』

『ブレイブ・スターズより強くて草』

『これもう清掃じゃなくて聖浄だろ』

コメントが滝のように流れていた。

第四章 バズりと本音

地上に戻った俺を待っていたのは、無数のドローンカメラと、週刊誌の記者たちだった。

「雨宮さん! あのSランクボスを単独討伐したのは本当ですか!?」

「使用していた武器は!? どこのメーカーの魔剣ですか!?」

「いや、あの、ケルヒャー(業務用)ですけど……」

俺は困惑していた。

ただ、仕事をしただけだ。

いや、正確には仕事が増やされたから片付けただけだ。

その騒ぎの後ろで、カイ率いる『ブレイブ・スターズ』が顔を真っ赤にして立っていた。

彼らのチャンネルは炎上中らしい。

『掃除屋に尻拭いさせる英雄(笑)』と書かれたプラカードまで見える。

「おい、てめぇ……! 俺たちの獲物を横取りしやがって!」

カイが掴みかかろうとしてくる。

俺は反射的に、彼の襟元を見た。

「あ、カイさん。そこ、トマトソース跳ねてますよ」

「……は?」

「染み抜きしましょうか? 今ならサービスしますけど」

俺がポケットから携帯用洗剤を取り出すと、カイは毒気を抜かれたように立ち尽くし、周囲の記者が爆笑した。

その日、俺のダンジョン配信チャンネル『Clean & Peace』は、登録者数10万人を突破した。

エピローグ 深淵の管理

あれから数週間。

俺の生活は激変……はしなかった。

「はい、こちら雨宮清掃社。……ええ、ドラゴンの糞尿処理ですね。承りました」

相変わらず、俺は掃除をしている。

ただ、依頼料の桁が二つ増えただけだ。

『社長ー! 今日の現場、リッチ(死霊魔術師)の実験室ですって!』

『うわ、薬品汚れ面倒くさそう』

『楽しみー!』

コメント欄も賑やかだ。

どうやら視聴者は、俺がボスを瞬殺することよりも、その後の徹底的なお掃除テクニックを楽しんでいるらしい。

俺は知らなかったのだ。

このダンジョンというシステム自体が、地球にとっての『病巣』であり、魔物はそこから湧く『膿』であることを。

そして、それを誰よりも効率的に『治療(そうじ)』できるのが、勇者ではなく清掃員であるという皮肉を。

「さて、行きますか」

俺は新しい相棒――アダマンタイト製の特注デッキブラシを担ぎ、迷宮の奥へと歩き出した。

「世界の汚れを、一掃するために」

(了)

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 雨宮レンジ: 主人公。借金持ちのダンジョン清掃員。重度の潔癖症(OCD)で、戦闘よりも「ブーツが汚れること」に恐怖を感じる。その特異な視点は、魔物の核(コア)すらも「落とすべきシミ」として認識する。
  • カイ: 人気配信者グループ『ブレイブ・スターズ』のリーダー。実力はあるが傲慢で、後始末を軽視する現代の消費社会的英雄の象徴。
  • ネクロ・ヒドラ: 再生能力を持つ多頭蛇。中途半端な討伐によって暴走した「汚染」のメタファー。

【考察】

  • 「清掃」と「戦闘」の逆転: 本作の核心は、破壊行為である「戦闘」よりも、秩序を取り戻す「清掃」こそが本質的な解決(討伐)であるというパラダイムシフトにある。
  • 現代社会の風刺: 派手な表面(配信映えする戦闘)だけを消費し、その裏にある始末(環境保全やリスク管理)を軽視する現代社会へのアンチテーゼを含んでいる。
  • 「汚れ」の定義: 主人公にとっての敵は生物ではなく「無秩序な汚れ」である。このサイコパス一歩手前の特異な価値観が、恐怖を無効化し、彼を最強の存在たらしめている。
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