『絶叫スパチャ地獄:底辺探索者の俺、リスナーの悪意でダンジョン無双する』

『絶叫スパチャ地獄:底辺探索者の俺、リスナーの悪意でダンジョン無双する』

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第一章 同接3人の底辺

「おい、なんだよこれ……また行き止まりかよ」

スマホの画面が、暗闇の中で青白く光る。

俺、如月レンの顔色は、その光よりも悪かった。

現在の視聴者数、3人。

うち1人は、間違いなく俺のオフクロだ。

「ハァ……ハァ……。みんな、ごめんな。今日の渋谷ダンジョン、ちょっとハズレかも」

震える手でカメラを固定し直す。

ひび割れた画面の向こう、コメント欄は凍り付いたように動かない。

場所は渋谷駅地下、深層第七階層。

かつて副都心線と呼ばれたそこは、今やコンクリートと粘液が混ざり合う迷宮だ。

『あーあ、時間の無駄』

『もっと過激なの見せろよ』

『隣のチャンネルはミノタウロス食ってるぞ』

ポツポツと流れるコメントが、俺の心臓を針で刺す。

過激。

わかってる。

今の時代、探索者なんて腐るほどいる。

安全マージンをとった探索なんて、誰も見ない。

「わ、わかってるって! これからだから! ここ、出るんだよ、レア種!」

声を張り上げる。

喉が渇いて、貼り付くようだ。

借金取りからの催促LINE通知が、配信画面の上部に重なる。

今月中に50万。

払えなければ、俺の探索者ライセンスは剥奪。

その後は……想像したくもない臓器売買の闇医者行きだ。

「頼む……なんか出てくれ……」

祈るように、崩落した改札口を乗り越える。

その時だった。

ズズズッ……。

不快な重低音が、足元から響いた。

腐った生ゴミと、焦げた回路のような臭い。

『お?』

『なんか音した?』

『BGM?』

同接が5人に増える。

チャンスだ。

俺はGoPro付きのヘルメットを叩き、腰のダガーを抜いた。

「聞こえたろ!? これ、デカいのが来る予兆だ!」

俺の固有スキル、《共感性同調(シンクロ)》。

戦闘力皆無のゴミスキルと言われているが、俺にはわかる。

リスナーの期待値が上がると、身体が軽くなる。

逆に、飽きられると鉛のように重くなる。

今の俺は、少しだけ軽い。

暗闇の奥、蛍光灯の残骸が明滅する先から、それは現れた。

人の形をしている。

だが、顔がない。

代わりに、無数のスマートフォンが顔面に埋め込まれている。

「……マジかよ。トレンド種、『エゴ・サーチ』か……?」

現代人の「承認欲求」がダンジョンの魔素と結びついて生まれる、新種のモンスター。

遭遇率は極めて低い。

『うわキモッ』

『レアじゃん!』

『スクショした』

『初見です、拡散しとくわ』

ピロン、ピロン、ピロン。

通知音が鳴り止まない。

同接カウンターが回る。

10人、50人、100人。

俺の心臓が早鐘を打つ。

恐怖?

いや、違う。

(見られている……!)

脳汁が溢れ出す。

ドーパミンが恐怖を麻痺させる。

これだ。

この感覚のために、俺はここにいる。

「よっしゃあ! みんな、拡散頼む! こいつをこれから、ソロで狩る!」

Dランクの俺が、Bランク相当の『エゴ・サーチ』を狩る。

無謀だ。

でも、やるしかない。

『無理だろw』

『死ぬぞ』

『遺言聞いとく?』

コメント欄が加速する。

俺の身体に力が漲る。

悪意でも嘲笑でもいい。

「関心」さえあれば、俺は強くなれる。

「いくぞオラァアアア!」

俺は床を蹴った。

ダガーが青く輝く。

リスナーの視線が、刃の切れ味に変わる。

第二章 バズりと殺意の境界線

ガギィッ!

ダガーが『エゴ・サーチ』の腕を弾く。

奴の腕は、無数の自撮り棒が絡み合ってできていた。

「硬ってぇ……!」

奴の顔面のスマホが一斉にフラッシュを焚く。

目が眩む。

「うぐっ!?」

視界を奪われた俺の腹に、蹴りが突き刺さる。

衝撃。

肺の空気が強制排出される。

壁に叩きつけられた。

背骨が軋む音。

「がハッ……!」

口の中に鉄の味が広がる。

『あっっっっさ』

『もう終わり?』

『期待させてこれかよ』

『解散』

同接数が減り始める。

1500人から、1200人へ。

(待て、待ってくれ……!)

身体が急速に重くなる。

スキルの副作用。

「無関心」は、俺にとっての猛毒だ。

指一本動かせない。

『エゴ・サーチ』が近づいてくる。

奴の顔面のスマホ画面に、文字が流れている。

《死ね》《つまんない》《オワコン》

あれは、俺のコメント欄じゃない。

このダンジョンに沈殿した、ネットの悪意そのものだ。

「クソッ……まだだ……」

這いつくばりながら、俺はカメラを見た。

レンズの向こうの「お前ら」を見た。

「逃げねぇよ……俺は……!」

血の混じった唾を吐く。

「もっと煽れよ!! お前らの暇つぶしだろ!? 俺が死ぬとこ見たいんだろ!? だったらもっと人を呼べよ!!」

絶叫。

プライドも何もない。

ただの物乞いだ。

命の物乞い。

その醜さが、逆に刺さったのか。

あるいは、他人の不幸は蜜の味というやつか。

『必死すぎワロタ』

『ガチ泣き?』

『こいつマジだぞ』

『【速報】底辺配信者、ガチで死にそう』

同接のリミッターが外れた。

2000、3000、5000……1万。

『死ね』

『殺せ』

『やっちまえ』

コメントの9割は罵倒。

だが、今の俺にはそれが最高級のガソリンだ。

ドクン。

心臓が破裂しそうなほど脈打つ。

筋肉が膨張する。

感覚が研ぎ澄まされる。

「悪意」が俺の血管を駆け巡る。

「ありがとな、クソ野郎ども」

立ち上がる。

痛みは消えた。

代償として、理性が飛びそうだ。

目の前の怪物が、腕を振り上げる。

遅い。

止まって見える。

俺は一歩踏み込んだ。

ザシュッ!

ダガーが一閃。

奴の右腕が宙を舞う。

断面から、血の代わりに「イイネ!」アイコンが大量に溢れ出した。

『!?』

『つっよ』

『覚醒?』

『ヤラセ乙』

「ヤラセなわけあるかよ!!」

叫びながら、俺はさらに踏み込む。

左腕を切断。

膝を粉砕。

圧倒的だ。

リスナーの「もっと見せろ」という欲望が、俺の速度を加速させる。

だが、異変はすぐに起きた。

『エゴ・サーチ』が奇声を上げた。

電子音が重なり合った、耳障りなノイズ。

奴の身体が膨れ上がる。

周囲の空間から、赤い光が集まってくる。

『え、なんかヤバくない?』

『画面揺れすぎ』

『逃げろ』

『いや、倒せ』

コメント欄が割れる。

その対立が、ダンジョン内の魔素を乱気流のように掻き回す。

奴の背中から、炎のような翼が生えた。

いや、炎じゃない。

あれは『炎上』のメタファーか。

「おいおい……第二形態なんて聞いてねぇぞ」

俺のスマホが、高温注意のアラートを出す。

コメントの流れる速度が速すぎて、文字が読めない。

《スパチャ ¥50,000:死ぬなよ》

《スパチャ ¥10,000:もっと燃やせ》

赤スパが乱れ飛ぶ。

換金すれば借金なんて一瞬で返せる額だ。

生きて帰れれば、の話だが。

『エゴ・サーチ』改め、『炎上神(バーニング・ゴシップ)』が、口を開けた。

口腔内に高密度の熱線が収束する。

今の俺の身体能力なら、避けられる。

横に跳べばいい。

だが。

(避けたら……視聴者が減るか?)

一瞬、そんな思考が過った。

恐怖よりも、同接が減ることへの恐怖。

俺は完全に、毒されていた。

第三章 ログアウト不可の断頭台

熱線が放たれた。

俺は避けない。

ダガー一本で受け止める。

「ぐおおおおおおおおッ!!」

灼熱。

皮膚が焦げる臭い。

ダガーが赤熱し、溶け始める。

『うわああああ』

『バカじゃねーの!』

『避けないとか漢すぎ』

『死ぬ死ぬ死ぬ』

同接、5万人突破。

国内トレンド1位。

俺の脳内麻薬は致死量を超えていた。

痛みが快感に変わる。

「見ろよ……! これが俺だ! 如月レンだ!!」

溶けたダガーを捨て、素手で熱線を切り裂く。

理屈じゃない。

5万人の「どうなるんだ?」という疑問符が、物理法則をねじ曲げる。

俺は炎の中を突っ切った。

怪物の懐に潜り込む。

拳を握る。

リスナー全員のストレスを、鬱屈を、殺意を、この拳一点に凝縮する。

「くたばれ、承認欲求モンスター!!」

ドォォォォォォン!!

拳が奴の胸板、一番巨大なスマホを貫いた。

ガラスが砕け散る音。

断末魔のノイズ。

怪物の身体が、光の粒子となって崩れ落ちていく。

静寂。

俺は瓦礫の上に膝をついた。

息ができない。

全身がボロボロだ。

だが、勝った。

借金も返せる。

有名になれた。

震える手でスマホを拾い上げる。

コメント欄を見るのが楽しみだった。

称賛の嵐だろう。

しかし。

『で?』

『倒しちゃったのか』

『つまんね』

『ハイ次』

『他のチャンネル行くわ』

同接数が、凄まじい勢いで減っていく。

5万、3万、1万。

「え……?」

祭りは終わった。

彼らにとって、俺はただの15分の暇つぶし。

コンテンツが消化されれば、用済みだ。

身体が、急激に冷えていく。

スキルの反動。

「賞賛」が消え、「無関心」が戻ってくる。

それだけなら、まだよかった。

ゴゴゴゴゴ……。

ダンジョンが鳴動する。

倒したはずの怪物の残骸が、黒い霧となって再集結し始めた。

『あれ?』

『まだ終わってない?』

『復活きたこれ』

『ゾンビ展開w』

減りかけた同接が、ピタリと止まる。

俺は理解した。

こいつは、倒せない。

リスナーが「続き」を期待する限り、無限に再生する。

俺が死ぬまで。

「ふざけるな……」

俺の命は、お前らのコンテンツじゃない。

黒い霧が、再び人の形をとる。

今度はもっと禍々しい。

俺にはもう、戦う力なんて残っていない。

スキルを使うための「承認」は、今や「死への期待」に変わっている。

このまま戦えば、確実に死ぬ。

でも、配信を切れば、俺はただの無力な人間に戻り、この場で殺される。

詰みか?

その時。

たった一つのコメントが目に留まった。

《お兄ちゃん、もうやめて》

アイコンがない、初期設定のアカウント。

妹だ。

入院費のために、俺が借金をした原因。

意識がクリアになる。

俺は何のために配信を?

金のため?

有名になるため?

違う。

生きて、帰るためだ。

「……悪いな、お前ら」

俺はカメラに向かって、血だらけの笑顔を向けた。

「こっから先は、有料会員限定でもねぇ」

スマホの電源ボタンに指をかける。

『は?』

『逃げんの?』

『ふざけんな』

「俺だけの物語だ」

プツン。

画面が暗転する。

配信停止。

完全な静寂が戻ってきた。

光も、声援も、罵倒もない。

目の前の怪物が、霧散していく。

観測者がいなくなったことで、存在を維持できなくなったのだ。

シュウウウ……と音を立てて、ただの魔素に戻っていく。

「ハハ……。ざまぁみろ」

俺はその場に大の字に寝転がった。

借金は残った。

チャンスも棒に振った。

でも、俺は生きている。

天井のひび割れから、本物の月が見えた気がした。

(終わり)

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 如月レン: 借金500万を背負うDランク探索者。「見られたい」という欲求と「消費されたくない」という本音の狭間で揺れる現代人のカリカチュア。
  • エゴ・サーチ(炎上神): 渋谷ダンジョンに出現した変異種。集合的無意識が生んだ「他者の評価」の具現化。物理攻撃よりもメンタルへのダメージが大きい。
  • 妹(コメントのみ): レンが探索を続ける動機であり、唯一の「リアル」な繋がり。彼女の一言がレンを狂気から引き戻すアンカーとなる。

【考察】

  • 「観測者効果」の皮肉: 本作のダンジョンは、量子力学的な「観測されることで状態が確定する」性質を持つ。これは現代のネット社会において、「炎上」や「バズり」が当事者の実像を歪め、怪物を生み出すプロセスの隠喩である。
  • 配信を切る=社会的な死: クライマックスでレンが配信を切る行為は、探索者(インフルエンサー)としての死を意味するが、同時に人間としての尊厳を取り戻す「再生」の儀式として描かれている。
  • 視聴者の役割: 作中のコメントは、読者(あなた)自身の姿かもしれない。安全圏から他者の命をコンテンツとして消費するグロテスクさを、エンターテインメントの枠組みで提示している。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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