断罪されたので、国ごと買い取ってみた。〜元悪役令嬢の経済的復讐〜

断罪されたので、国ごと買い取ってみた。〜元悪役令嬢の経済的復讐〜

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第一章 祝宴の終わり、決算の始まり

「エララ・フォン・クライスト! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄する!」

シャンデリアの光が降り注ぐ王宮の大広間。

第一王子、アラルクの絶叫が響き渡った。

音楽が止まる。

貴族たちの談笑が凍りつく。

その中心で、私は静かに懐中時計を取り出した。

カチリ。

蓋を開ける。

(……予定より三分遅いですね)

「聞こえているのか、この冷血女め!」

アラルクの腕には、桃色の髪をした男爵令嬢、リリアが震えながらしがみついている。

「……ええ、聞こえておりますわ、殿下」

私は扇をゆっくりと閉じた。

パチン、と乾いた音が静寂を切り裂く。

「リリアへの陰湿な嫌がらせ、教科書の破壊、階段からの突き落とし……これら全ての罪を認めるな?」

「証拠は?」

「リリアの証言がある! 彼女の清らかな涙が何よりの証拠だ!」

周囲からクスクスと嘲笑が漏れる。

「あーあ、終わったなクライスト公爵家も」

「数字ばかり見て人の心がない女だと思っていたが」

「ざまあみろだ」

蔑みの視線。

嘲笑の嵐。

通常なら、ここで泣き崩れるか、無実を叫ぶところだろう。

けれど、私は口元を扇で隠し、小さくあくびを噛み殺した。

退屈だ。

あまりにも、シナリオ通りで。

「……殿下。一つだけ確認を」

「往生際が悪いぞ!」

「婚約破棄、というのは王家からの『契約解除』ということでよろしいですね?」

「当たり前だ! 貴様のような性悪女、王妃にふさわしくない!」

「承知いたしました」

私はドレスの隠しポケットから、一枚の羊皮紙を取り出した。

「では、こちらの『特別融資契約書』の第14条に基づき、即時一括返済を求めます」

「……は?」

アラルクが間の抜けた声を出す。

「王家の浪費、毎夜の舞踏会、そしてリリア様への高価な贈り物……それらの資金、どこから出ているとお思いで?」

「税金だろうが!」

「いいえ。国庫は三年前から空です。全て、私が個人的に『貸し付け』ておりました」

「な……」

「その額、ざっと国家予算の三年分。婚約継続を条件に無利子でしたが……破棄となれば話は別。違約金を含め、今すぐ金貨三億枚、耳を揃えて返していただきます」

大広間の空気が、一瞬にして変わった。

嘲笑が消え、ざわめきが恐怖へと変わっていく。

「ば、馬鹿な! そんな金があるわけ……」

「ないでしょうね。だから、担保を行使させていただきます」

私は指を鳴らした。

その瞬間、衛兵ではなく、黒服を着た『商会』の男たちが大広間の扉を蹴破ってなだれ込んでくる。

「な、なんだ貴様らは!」

「担保は『王家の全資産』、および『王族の身柄』です」

私はニッコリと微笑んだ。

人生で一番、魅力的な笑顔で。

「さあ、殿下。パーティーは終わりです。これからは労働の時間ですよ」

第二章 泥濘と黄金

王宮を追い出されたアラルクとリリア、そして国王夫妻が連れてこられたのは、王都の最下層にあるスラム街……ではなく、私が経営する『魔導鉱山』の事務室だった。

「ここは……?」

薄汚れた服に着替えさせられたアラルクが、呆然と立ち尽くしている。

「あなた方の新しい職場です」

私は執務机に座り、書類に次々と判を押しながら答えた。

「ふ、ふざけるな! 僕は王子だぞ!」

「元、王子です。今のこの国の統治権は、債権者である私が一時的に預かっていますから」

そう。

あの日、私は王家の借金を理由に、実質的に国を買い取った。

もちろん、法的な手続きは完璧に。

腐敗した貴族たちは、私の持つ「帳簿」という名の凶器の前にひれ伏した。

脱税、横領、賄賂。

全ての証拠を握られて、逆らえる者など一人もいなかったのだ。

「エララ、お願い! 私が悪かったわ! 友達でしょう!?」

リリアが涙目で縋り付いてくる。

「お友達? あら奇遇ですね。私もあなたにお願いがあるの」

「え?」

「その『清らかな涙』を使って、鉱夫たちの士気を高めるアイドル活動をしてちょうだい。地下坑道で」

「ち、地下!?」

「嫌なら借金を返して? あなたが殿下にねだった宝石の代金だけで、小さな村が一つ買えるのよ」

私は冷たく突き放した。

「さて、アラルク。あなたには特技がありましたね」

「と、特技……?」

「ええ。あなたは計算ができない。驚くほどに」

「馬鹿にしているのか!」

「いいえ、褒めています。あなたのその『杜撰さ』は、ある意味で才能です」

私は一枚の紙を彼に投げ渡した。

「新しい通貨の発行計画書です。ランダムな数字を書き込む係を命じます」

「は?」

「暗号作成には、純粋な予測不可能性が必要なのです。あなたの思考回路は、天才数学者の私ですら予測不能。まさに乱数生成器として最適」

「き、きさまぁぁぁ!」

「声が大きい。減給です」

私はペンを走らせる手を止めない。

国を回すのは忙しい。

無能な王族を養っている暇はないのだ。

「連れて行って」

黒服の男たちが、喚き散らす二人を引きずっていく。

扉が閉まると、部屋には静寂が戻った。

「……ふう」

私は溜息をつき、淹れたての紅茶を一口啜る。

「お嬢様、よろしいのですか?」

影から、執事のセバスが現れた。

「何が?」

「彼らを処刑せず、生かしておくなど。お嬢様らしくない慈悲深さです」

「慈悲? 勘違いしないでセバス」

私は窓の外を見下ろした。

眼下に広がる王都。

そこには、かつての澱んだ空気はなく、活気ある人々の営みが見える。

「死んだら、借金を返せないじゃない」

それに。

「生きて、自分の無能さを噛み締めながら、かつて自分が見下していた民のために働く……これ以上の『断罪』があって?」

セバスは一瞬きょとんとして、それから深く頭を下げた。

「……恐れ入りました。まさに、悪役令嬢(ヒール)の極みでございます」

第三章 暴落する王冠

それから一年。

私の統治する国は、未曾有の経済成長を遂げていた。

無駄な舞踏会は廃止。

貴族の特権課税。

魔導技術の民間開放。

徹底的な合理化は、当初反発を招いたが、結果が出始めると民衆は掌を返した。

「エララ様万歳!」

「商売の神様だ!」

街を歩けば、そんな声が聞こえてくる。

一方、地下坑道。

「ぜぇ、ぜぇ……こ、こんな重い石……」

ツルハシを振るうアラルクの手は豆だらけになり、かつての白魚のような手は見る影もない。

「頑張ってー! アラルク君! その石を運べば今日のノルマ達成だよ☆」

リリアが粗末なステージ衣装で歌いながら応援している。

彼女の瞳からは、演技ではない本当の涙が枯れ果てていた。

「うぐぐ……リリア、お前は楽でいいな……」

「楽なわけないでしょ! 毎日三公演よ!? 喉から血が出るわ!」

二人は罵り合いながらも、手を動かすことを止めない。

止めれば、夕食のパンが手に入らないことを、この一年で骨の髄まで理解したからだ。

私はモニター越しにその様子を眺め、ワイングラスを傾けた。

「順調ね」

王冠の価値は暴落した。

けれど、国の価値は高騰した。

「お嬢様、隣国の帝国から使者が来ております」

「あら、何の用かしら?」

「我が国の急激な経済成長を警戒し、圧力をかけてくるつもりのようです。『身の程を知れ』と」

セバスの言葉に、私は思わず笑い声を上げてしまった。

「身の程、ね」

私は立ち上がり、壁に貼られた世界地図を見上げた。

そこには、帝国の領土が赤く塗られている。

「セバス。帝国の国債の保有率、今どれくらいだったかしら?」

「裏ルートを通じて買い占めましたので……約60%になります」

「過半数超えちゃった」

私は地図の帝国の部分に、赤いピンを突き刺した。

「じゃあ、次は帝国の『買収』に行きましょうか」

第四章 債権者、来る

帝国の謁見の間。

皇帝は玉座でふんぞり返っていた。

「小娘が。たかだか小国を一つ乗っ取った程度で、この大帝国と対等に話せると思うなよ」

周囲の将軍たちも、威圧的な視線を向けてくる。

私はにっこりと微笑み、分厚いファイルをテーブルに叩きつけた。

ドサッ!

「……なんだそれは」

「帝国の財務諸表、および簿外債務のリストです」

「なっ!?」

「軍事費の膨張、植民地政策の失敗、そして皇帝陛下の個人的な浪費……あら、アラルク元殿下とそっくりですね。流行っているんですか? 破産ごっこ」

「き、貴様! 無礼だぞ!」

将軍が剣に手をかける。

しかし、私は動じない。

「抜けば? その剣、製造元の鍛冶ギルドは昨日、私が買収しました。メンテナンス契約を打ち切りますよ?」

「……っ!」

「それに、今この瞬間、帝国の主要な港湾施設の使用権は、私の商会に移っています。物流を止められたくなければ、剣を収めなさい」

静まり返る謁見の間。

暴力という「力」が、経済という「暴力」に敗北した瞬間だった。

「……何が、望みだ」

皇帝が震える声で尋ねる。

私は優雅にお辞儀をした。

「簡単なことです。世界を、私の『市場』にさせていただきたいのです」

自由貿易。

関税撤廃。

そして、統一通貨の導入。

それは侵略戦争よりも残酷で、そして平和的な征服。

「さあ、サインを。インクが乾く前に」

最終章 帳簿の上の平和

数年後。

私は大陸統一銀行の頭取として、世界経済を牛耳っていた。

戦争はなくなった。

武器を買う金があれば、投資に回したほうが利益が出ると、皆が気づいたからだ。

かつての王族や皇帝たちは、今は私の部下として働いている。

適材適所。

無能な支配者は、優秀な労働者になり得るのだ。

「頭取、アラルク支店長から報告書です」

「また計算ミス?」

「いえ、それが……『今月のノルマを達成しました。ボーナスでリリアに新しい靴を買ってやりたい』と」

私は目を丸くした。

あのアラルクが?

「……へえ」

どうやら、労働は人を変えるらしい。

「許可します。ただし、靴の購入は我がグループの百貨店でするように伝えて」

「承知いたしました」

セバスが下がり、私は一人、執務室に残る。

窓の外には、夕日に輝く街並み。

誰からも愛されず、誰からも恐れられた悪役令嬢。

けれど。

手元の帳簿(せかい)は、こんなにも美しい。

私はペンを置き、静かに目を閉じた。

「さて、次はどの星(マーケット)を買おうかしら」

その野望は、尽きることがない。

なぜなら私は、強欲な悪役令嬢なのだから。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 主人公。感情より勘定を優先するソシオパス的令嬢。しかしその合理性が結果的に平和をもたらす。「金は剣よりも強し」を地で行く女。
  • アラルク: 元第一王子。典型的な「ざまぁ」対象だが、労働を通じて働く喜び(と辛さ)を知り、意外な成長を遂げる。人間味担当。
  • リリア: ヒロイン(笑)。あざとい性格だが、地下アイドルとして才能を開花させる。エララとは歪んだ主従関係ながら奇妙な信頼を築く。

【考察】

  • 「悪」の定義の再構築: エララは慈悲を持たないが、殺しもしない。「生かして搾取する」という行為は、死による断罪よりも残酷でありながら、同時に更生の機会も与えている。これは従来の勧善懲悪へのアンチテーゼである。
  • 経済という暴力: 魔法や剣が登場するファンタジーにおいて、「借金」や「買収」を最強の武器として描くことで、現実社会のパワーバランスを風刺している。読者はファンタジーの皮を被ったリアリズムにカタルシスを感じる仕掛けとなっている。
  • 支配の変遷: 血統による支配(王政)から、能力と資本による支配(実力主義)への移行を描いており、読者の現代的な倫理観にマッチする「納得感のある革命」を提示している。
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