第一章 処刑台のプレゼンテーション
「――以上をもって、アルド・レインを王立魔導学院から追放処分とする」
乾いた木槌の音が、石造りの広間に響き渡る。
冷ややかな視線。嘲笑。
それらが肌を刺すが、俺の心は奇妙なほど凪いでいた。
「異議はありませんね? 魔力欠乏者(マナ・レス)のアルド君」
学院長の言葉に、俺はゆっくりと顔を上げた。
鼻孔をくすぐるのは、古びた羊皮紙と、埃っぽいカビの臭い。
そして、彼らが『至高』と崇める非効率な魔道具の、焦げ付いたような魔力の残滓。
「異議? とんでもない」
俺はポケットから、歪な金属の筒を取り出した。
掌に収まるサイズ。
だが、その中には、この世界がまだ知らない『物理法則』が詰め込まれている。
「感謝しているくらいですよ。この退屈な鳥籠から出られるのですから」
「なんだ、そのガラクタは。最期の悪あがきかね?」
「ガラクタ、か」
俺は唇の端を吊り上げる。
前世。
地球と呼ばれた星でエンジニアとして生き、過労死した記憶。
そして、一度目の異世界転生で、魔王軍に蹂躙され、人類が滅びる様をただ見ているしかなかった無力な記憶。
三度目の人生。
俺は知っている。
お前たちが崇める『詠唱』も『魔法陣』も、すべてがエネルギー保存の法則を無視した、欠陥だらけのザルであることを。
「これは『イグニッション・キー』だよ」
カチリ。
俺はスイッチを入れた。
瞬間。
キィィィィィン――!
鼓膜をつんざく高周波音が広間を支配した。
「な、なんだ!? 魔力が……吸い込まれていく!?」
学院長が悲鳴を上げ、杖を取り落とす。
金属の筒が赤熱し、周囲の大気が陽炎のように揺らぐ。
俺が組み込んだのは、極小の魔力回路。
大気中の微弱なマナを圧縮し、熱エネルギーへと変換する。
そこへ、一滴の水銀を垂らす。
急激な膨張。
「伏せろッ!」
誰かの叫び声。
だが、爆発は起きない。
シュボォォォォッ!!
筒の先端から噴き出したのは、青白い炎ではない。
蒸気だ。
それも、魔力を触媒にして超高圧に圧縮された、鉄さえも切り裂く『魔導蒸気(マナ・スチーム)』。
轟音と共に、広間の天井にある巨大なシャンデリアの鎖が、バターのように切断された。
ガシャアアアアン!!
クリスタルの破片が飛び散り、悲鳴が上がる。
俺は埃を払いながら、呆然と腰を抜かす学院長を見下ろした。
「追放、感謝しますよ。これでようやく、俺の『工場』が作れる」
俺は背を向け、崩れ落ちた瓦礫を踏みしめて歩き出す。
背後で、歴史が軋む音がした。
これが、この世界における産業革命の狼煙(のろし)だった。
第二章 路地裏の投資家
王都の下層区画。
腐ったドブ川の臭気と、安酒のアルコール臭が混ざり合う場所。
俺は廃倉庫の一角を買い取り、作業台に向かっていた。
「……で? これが、あんたの言う『世界を変える発明』だって言うの?」
背後から聞こえたのは、鈴を転がすような、だが棘のある声だ。
振り返ると、豪奢だが泥で汚れたドレスを着た少女が立っている。
エララ・フォン・ベルンシュタイン。
かつての大商家の令嬢であり、今は没落して借金まみれの『泥姫』。
「そうだ。見てくれ」
俺は作業台の上の装置を指差す。
無骨な鉄の塊。
歯車とピストンが剥き出しになった、醜悪な機械。
「何これ。またガラクタ?」
「回してみろ」
エララは疑わしげに眉をひそめ、それでも恐る恐るハンドルに手をかけた。
少し力を入れる。
グンッ。
重い手応えと共に、機械が唸りを上げた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
一定のリズム。
機械の横に繋がれた、古びた織機(しょっき)が動き出す。
人の手など及ばない速度で、縦糸と横糸が交差していく。
「え……?」
エララの目が大きく見開かれる。
「嘘……魔力を使ってないの?」
「いや、使っている。だが、お前たちが知っている使い方じゃない」
俺は配管を指先でなぞる。
「魔石のかけら、つまり廃棄物(ゴミ)を燃料にしているんだ。通常の魔導師がファイアボール一発に使う魔力で、この機械なら三日は動き続ける」
「三日……!?」
エララが息を呑む。
彼女は商人だ。
その意味が分からないはずがない。
人件費の削減、生産効率の向上、そして何より『魔導師に頼らなくていい』という革命的な事実。
「この国の布製品は、魔導ギルドが独占している。高い魔力を込めた『魔法の布』なんて高級品ばかりだ。だが、庶民が欲しいのはなんだ?」
「……丈夫で、安くて、大量にある服」
エララの手が震え始めた。
それは恐怖ではない。
歓喜と、野心の震えだ。
「アルド、あんた……悪魔ね」
「よく言われる。で、乗るか? この賭けに」
俺が差し出した手を、彼女は強く握り返した。
その手は小さく、しかし労働で荒れていた。
「乗るわ。ギルドの鼻をあかして、私の家を取り戻す。……いいえ、それ以上の景色を見せて」
「ああ、約束しよう。一年後、この国の煙突という煙突から、俺たちの『魔導蒸気』を吐き出させてやる」
俺たちは共犯者の笑みを交わした。
倉庫の外では、冷たい雨が降り始めていた。
だが、俺たちの熱は、これから燃え上がる炉(ろ)のように高まっていた。
第三章 ギルドの刺客と『熱力学第二法則』
事業は成功した。
いや、成功しすぎてしまった。
俺たちが開発した『自動魔導織機』が生み出す安価な布は、瞬く間に市場を席巻した。
当然、面白くない連中がいる。
深夜。
工場兼研究所に、黒い影が忍び込んだ。
感知結界など張っていない。
そんな旧時代の技術は、俺には必要ないからだ。
「ここか、異端者の巣窟は」
低い声。
月明かりに照らされたのは、深紅のローブを纏った男たち。
王立魔導学院の『粛清部隊』だ。
彼らの手には、高火力の攻撃杖が握られている。
「アルド・レイン。禁忌の技術で市場を混乱させた罪、万死に値する」
男が杖を振り上げる。
先端に赤い光が収束する。
上級火魔法『紅蓮の槍』。
直撃すれば、人間など炭化する威力だ。
だが、俺はコーヒーカップを置くと、ゆっくりと彼らに向き直った。
「靴を脱げと言わなかったか? 埃が入る」
「減らず口を! 死ね!」
閃光。
放たれた火炎の槍が、俺の眉間へと迫る。
――その瞬間。
バシュッ!!
乾いた破裂音と共に、炎がかき消えた。
「な……!?」
男たちが動揺する。
「魔法が……消えた?」
「消えたんじゃない。『酸欠』だ」
俺は天井を指差す。
そこには、無数の配管が張り巡らされていた。
「この部屋は、特定区画の酸素濃度を瞬時に下げる排気システムが組んである。お前たちの火魔法は、燃焼の三要素――可燃物、熱源、そして酸素が必要だ」
俺は懐から、奇妙な形状の拳銃を取り出した。
リボルバーに似ているが、シリンダー部分が青く発光している。
「だが、俺の『コレ』は酸素を必要としない」
「貴様、何を……」
「電磁誘導加速式・魔弾射出機(レールガン)。試作品だがな」
引き金を引く。
ズドンッ!!
雷鳴のような轟音。
男の持つ杖が、根本から粉砕された。
反応すらできない超音速の弾丸。
それは、彼らの背後の分厚い石壁さえも貫通し、外の夜空へと消えていった。
「ひ、ひぃぃッ!?」
腰を抜かす粛清部隊。
彼らにとって、魔法とは詠唱し、陣を描き、神秘的に放つものだ。
物理法則(りくつ)で殴りつける暴力など、想像もしていなかっただろう。
「さて、交渉といこうか。お前たちの雇い主――魔導ギルドの長に伝言だ。『時代は変わった』とな」
青白い硝煙(しょうえん)の匂い。
俺は冷めたコーヒーを一口啜った。
苦い。
だが、勝利の味がした。
第四章 審判の日の黒い煙
それから三年。
王都は変貌した。
石造りの街並みにはパイプが走り、巨大な工場の煙突が林立している。
人々は魔道具の恩恵を安価に享受し、生活水準は劇的に向上した。
だが、空は常に灰色に覆われていた。
『魔導煤煙(マナ・スモッグ)』。
俺たちが排出する、魔力の燃えカスだ。
人々はこれを公害と呼んだが、俺は笑って無視した。
そして、その日は唐突に訪れた。
空が割れたのだ。
灰色の雲を引き裂き、黄金の光が降り注ぐ。
『人間よ、分をわきまえよ』
脳に直接響く声。
空から舞い降りたのは、背に純白の翼を生やした巨人たち。
『天使』。
いや、前世の記憶にある宗教的な存在ではない。
あれは『管理者』だ。
魔力が一定水準を超え、文明が発達しすぎた世界を『剪定』しに来る、高次元の捕食者。
俺が一度目の転生で見た、滅びの実行犯。
「来たか」
俺は王都で一番高い塔、かつて魔導学院だったビルの屋上に立っていた。
隣には、すっかり大人の女性の風格を漂わせるエララがいる。
「本当に……来るなんてね。あんたの妄想じゃなかったんだ」
「言ったろ? 俺たちは家畜だ。太らせてから食われる。だが――」
俺は通信機を握った。
「全工場、出力最大(フル・ドライブ)。リミッター解除」
『了解!』
王都中にサイレンが鳴り響く。
天使たちが、嘲るように手を掲げる。
地上を焼き払うための『神の火』が収束していく。
だが、その輝きが、不意に濁った。
「な……?」
天使の動きが鈍る。
翼が黒く染まり、光が弱まっていく。
「ゴホッ……なんだ、この穢れは……!?」
地上の煙突という煙突から、猛烈な勢いで黒い煙が噴き出していた。
それはただの煙ではない。
俺がこの三年間、世界中に撒き散らしてきた『魔導煤煙』。
その正体は、高密度に圧縮された『対神性・魔力阻害粒子』だ。
「純粋なマナで構成されたお前たちにとって、この汚れた空気は猛毒だろ?」
俺はニヤリと笑う。
産業革命? 金儲け?
違う。
俺はこの三年間、この星全体を『ガス室』に改造していたんだ。
「さあ、狩りの時間だ。物理学の授業を始めようか」
俺は屋上に設置された、巨大な砲台のカバーを外した。
直径五メートル。
都市の全電力を直結した、超電磁投射砲(スーパー・レールガン)。
ターゲットは、空で苦しみもがく『神』。
「堕ちろ」
閃光。
音が置き去りにされる。
光の槍が天を貫き、天使の胸板を風穴に変えた。
金色の血が雨のように降り注ぐ。
エララが呆れたように、しかし誇らしげに笑った。
「あんたって、本当に最低の英雄ね」
「最高の褒め言葉だ」
黒い煙に覆われた空の下。
人類が初めて神を殺した日。
俺たちの『革命』は、ここからが本番だ。