琥珀色の残り火

琥珀色の残り火

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第一章 灰色の街

「出力低下。感情供給が不足しています」

無機質なアナウンスが、私のヘルメットの中で反響する。

視界の隅にあるメーターが赤く点滅していた。

目の前には、うずくまる若い女。

彼女の肩は小刻みに震えている。

「回収します」

私は短く告げ、抽出機(エクストラクター)のノズルを彼女の涙腺に近づけた。

女は抵抗しない。

むしろ、安堵したような顔で私を見上げた。

「全部、持っていって。失恋の痛みなんて、もういらない」

シュゴッ、という乾いた音。

青白い光の粒子が、ノズルへと吸い込まれていく。

それと同時に、頭上の街灯がジジッといらつきながら輝きを増した。

この都市は、悲しみを燃料に動いている。

『悲哀発電』。

人々は辛い記憶を売り、都市はそのエネルギーでネオンを灯す。

誰もが笑顔で、誰もが空っぽな街。

私はエララ。

この街で最も優秀な、そして最も無感動な『回収人』だ。

第二章 拒絶する老人

スラム街の最奥。

配給システムの末端にある、朽ちかけたアパート。

ドアを叩くと、埃の匂いと共に軋んだ音がした。

「電気代が未納だ。感情徴収に来た」

部屋の奥、暗がりに一人の老人が座っていた。

名前はアーサー。

骨と皮だけのように痩せ細っている。

だが、その瞳だけが異様な熱を帯びていた。

「断る」

しゃがれた声。

「あんた、このままだと凍え死ぬぞ。その『孤独』を売れば、暖房を一ヶ月はつけられる」

私のスキャンゴーグルには、彼の中から溢れ出る膨大なエネルギー反応が見えていた。

極上の、熟成された悲しみ。

これほどの純度は珍しい。

アーサーは震える手で、古びたロケットペンダントを握りしめた。

「これは、ただの悲しみじゃない」

「計器は『高濃度の喪失感』を示してる。さっさとよこせ」

私は強引に近づき、抽出機を構える。

だが、老人は私を睨みつけた。

その眼光の鋭さに、思わず足が止まる。

「妻が死んだ日の記憶だ」

老人は静かに言った。

「彼女が最後に俺の手を握り、『ありがとう』と言った。

その手の温かさが消えていく瞬間……それが、俺の生きている証なんだ」

第三章 琥珀色の熱

「馬鹿げてる」

私は吐き捨てる。

「その記憶を持っている限り、あんたは毎晩泣くことになる。胸が引き裂かれるような痛みに耐え続けることになるんだ」

「ああ、そうだ」

アーサーは微笑んだ。

枯れ木のような頬に、一筋の涙が伝う。

「だが、この痛みこそが、彼女を愛したという事実だ。

痛みが消えれば、彼女への愛もまた、ただのデータに成り下がる」

「……非合理的だ」

「お嬢さん。あんたは、何かを愛したことがあるか?」

問いかけられた瞬間、私の胸の奥で何かがきしんだ。

私は優秀な回収人だ。

自分の悲しみさえ、とうの昔に発電所に売ってしまった。

だから、夜もぐっすり眠れる。

何ひとつ悩みなんてない。

なのに、なぜ。

目の前の、今にも死にそうな老人が、私よりずっと「豊か」に見えるのだろう。

「回収義務違反になる」

私は声を震わせながら、それでもノズルを向けた。

「いいだろう」

アーサーは目を閉じた。

「だが、機械で吸うな。あんたが直接、触れてみろ。

俺が何を抱えているのか、その魂で知れ」

挑発だった。

あるいは、最期の賭けか。

私は抽出機のスイッチを切り、震える指先を老人の頬に流れる涙へと伸ばした。

指先が触れた瞬間。

世界が反転した。

第四章 エラーコード:愛

冷たい青色じゃない。

流れ込んできたのは、黄金色に輝く、焼き尽くすような熱だった。

――あなたに会えてよかった。

――先に逝くわね、ごめんね。

――愛しているわ、アーサー。

圧倒的な感謝。

身を焦がすほどの思慕。

悲しみは確かにある。

だが、それは宝石を包むビロードのようなものでしかなかった。

その中心にあるのは、眩いばかりの『愛』だ。

「あっ……ぁ……」

私の目から、止めどなく液体が溢れ出す。

止まらない。

喉が熱い。

胸が苦しい。

これが、痛み?

いいや、これは。

「美しい……」

私が涙を流した瞬間、リンクしていた抽出機が激しい警告音を鳴らした。

『警告! 警告! 不純物検知!』

『エネルギー規格不適合!』

『成分:愛。システムでは処理できません』

バチバチッ!

私の背負ったタンクが火花を散らす。

連動して、アパートの、いや、この街区全体の照明が明滅を始めた。

悲しみだけを燃やすこの街の炉には、愛の熱量は高すぎて、あまりに純粋すぎたのだ。

「システムダウン……」

窓の外、煌々と輝いていた都市のネオンが、次々と落ちていく。

街が闇に包まれていく。

だが、ちっとも怖くなかった。

私の頬には、熱い涙がある。

目の前には、穏やかに微笑む老人がいる。

暗闇の中で、私たちは確かに温かかった。

「これが……人間、なんですね」

私はヘルメットを脱ぎ捨て、初めて自分の声でそう言った。

遠くでサイレンが鳴っている。

けれど、私の心臓が刻むリズムは、今までで一番、力強かった。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 感情エネルギー回収機構の徴収員。自身の悲しみも売却済みのため、常に冷静沈着で心が空虚。効率を最優先していたが、アーサーとの出会いで「効率化できない感情」の価値を知る。
  • アーサー: スラムに住む老人。極貧生活だが、亡き妻との別れの記憶(悲しみを含む愛)を売ることだけは拒み続けている。彼の涙は青(悲哀)ではなく、琥珀色(愛と感謝)をしている。

【考察】

  • パラドックスとしての幸福: 本作の世界では「悲しみを捨てれば快適に暮らせる」とされるが、それは「愛した記憶」さえも手放すことを意味する。逆説的に、痛みを抱え続けるアーサーの方が人間として豊かであるという対比を描いている。
  • 「琥珀色」のメタファー: 都市の動力源である「青い悲しみ」に対し、長い時間をかけて結晶化した「琥珀色の記憶」は、悲しみと愛が不可分であることを象徴している。不純物(愛)がシステムをダウンさせる結末は、効率化された社会に対する人間性の勝利を暗示する。
  • タイトルの意味: 「残り火」は消えゆく命や記憶を指すが、同時に冷え切った都市(システム)を焼き尽くすほどの熱量を持っていることを示唆している。
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