氷壁の公爵は、夜ごとに蜜を貪る

氷壁の公爵は、夜ごとに蜜を貪る

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第一章 凍てつく契約と甘い罠

「……これで、取引成立だ」

重厚なオーク材の机に置かれた羊皮紙。そこに私のサインが書き込まれると、目の前の男――トリスタン・ヴァルデマール公爵は、氷のように冷ややかな青い瞳を細めた。

「君に求めるのは『公爵夫人』としての完璧な演技と、跡継ぎという結果だけだ。愛など期待するな」

「承知しております、閣下」

私は震える指先を隠すように、ドレスの裾を強く握りしめた。

没落寸前の男爵家を救うため、私はこの国で最も冷酷と噂される男に買われたのだ。

彼は立ち上がり、私の前へと歩み寄る。

長身が落とす影が、私をすっぽりと包み込んだ。

威圧感に喉が干上がる。

逃げ出したい。

けれど、契約は既に結ばれた。

「だが、商品の質は確かめさせてもらう」

低く、腹の底に響くような声。

トリスタンの大きな手が、私の顎を強引に上向かせた。

「っ……」

冷たい指先。

けれど、その瞳の奥には、氷の下で燃える青白い炎のような、得体の知れない熱が渦巻いていた。

彼はゆっくりと顔を近づけ、私の首筋に鼻先を寄せる。

吸い込む音。

まるで獲物の匂いを嗅ぐ野獣のような仕草に、背筋を電流が駆け抜けた。

「……いい香りだ。恐怖に怯える雌の匂いか?」

「ち、違います……これは……」

私が調合した、精神を安定させる香油の香りだと言おうとした言葉は、彼の唇によって封じられた。

キスではない。

首筋への、執拗な愛撫。

「あ……っ!」

鋭い牙が薄い皮膚を甘噛みし、熱い舌がその跡をなぞる。

痛みに似た痺れが、脳髄を直接揺らした。

「今日から君は私の所有物だ。その体も、心も、吐き出す息の一つまで」

耳元で囁かれる独占欲の塊のような言葉。

冷徹公爵という仮面の下に、これほどまでにドロドロとした執着が隠されているなど、この時の私はまだ知る由もなかった。

第二章 蚕食される理性

公爵邸での生活は、奇妙な均衡の上に成り立っていた。

昼間、トリスタンは完璧な紳士として振る舞い、私を冷遇する。

使用人たちの前でも、必要最低限の言葉しか交わさない。

けれど、夜の帳が下りると、世界は一変する。

「……来い」

寝室の扉が閉ざされた瞬間、彼は仮面を剥ぎ捨てる。

契約条項にある『跡継ぎ』を作るという義務。

だが、彼が求めているのは、そんな事務的な行為ではないことは明らかだった。

豪奢な天蓋付きのベッド。

シルクのシーツの上に押し倒されると、私の視界は彼の銀色の髪と、熱を孕んだ瞳で埋め尽くされる。

「エレナ、鳴け」

命令と共に、彼の手が私の夜着の紐を解く。

衣擦れの音が、静寂な部屋にやけに大きく響いた。

露わになった肌に、彼のごつごつとした指が這う。

鎖骨から胸の谷間、そしてさらに奥へと。

「んっ、ぁ……閣下、明かりを……」

「消す必要はない。君が乱れる様を、この目に焼き付けたい」

恥辱に顔を赤らめる私を見て、彼は残酷なほど美しく微笑んだ。

直接的な行為を焦らすように、彼は私の感度が高い場所ばかりを執拗に攻め立てる。

耳たぶを甘く噛み、敏感なうなじに熱い吐息を吹きかけ、肋骨の一本一本を指でなぞる。

「熱いな……ここも、こんなに脈打っている」

彼の手が、私の太腿の内側を撫で上げた。

「ひぁっ!?」

反射的に腰が跳ねる。

抗えない快楽の予感に、理性がきしみ音を立てて崩れていく。

「嫌か?」

「だ、だめ……焦らさないで……」

「駄目? 何がだ? もっと詳しく言ってみろ」

彼は意地悪く問いかけながら、一番触れてほしい場所の寸前で指を止める。

「おねがい……トリスタン様……」

プライドも羞恥もかなぐり捨てて懇願すると、彼は満足げに喉を鳴らした。

「いい子だ。私のために堕ちろ」

その瞬間、堰を切ったように激しい愛撫が始まった。

「あぁっ! んっ、ああっ!」

巧みな指使いは、私を快楽の深淵へと引きずり込んでいく。

全身の血液が沸騰し、視界が白く明滅する。

冷徹なはずの彼の手は、火傷しそうなほど熱く、私を捕らえて離さない。

これは契約ではない。

魂ごと食らい尽くされるような、捕食の儀式だった。

第三章 嫉妬という劇薬

ある晩、王宮で開かれた夜会でのこと。

私は外交官の男性と談笑していた。

愛想笑いを浮かべ、無難な会話を交わしていただけだ。

けれど、背後から突き刺さるような殺気に、会話は中断された。

「……私の妻が、何か?」

振り返ると、そこには絶対零度の瞳をしたトリスタンが立っていた。

手にはワイングラスを持っているが、そのステムは今にも折れそうだ。

「い、いえ、公爵閣下。ただのご挨拶を……」

外交官は青ざめて早々に立ち去った。

残された私とトリスタン。

周囲の貴族たちが遠巻きにする中、彼は私の手首を強く掴んだ。

「帰るぞ」

「え? でもまだ……」

「黙れ」

有無を言わせぬ圧力。

私は馬車に押し込まれるようにして連れ帰られた。

揺れる馬車の中、沈黙が支配する。

しかし、屋敷に着くや否や、私は寝室へと担ぎ込まれた。

「トリスタン様、痛い……!」

ベッドに放り出され、私が身を起こす間もなく、彼が覆いかぶさる。

いつもの余裕のある態度ではない。

瞳には、どす黒い嫉妬の炎が燃え盛っていた。

「他の男に笑いかけたな?」

「誤解です! あれは社交辞令で……」

「君のその愛らしい唇が、他の男のために動くのが許せない。その瞳が、私以外の男を映すのが我慢ならない」

彼は私のドレスを引き裂く勢いで脱がせると、露わになった肩に強く噛みついた。

「きゃああっ!」

鋭い痛み。

けれど、それはすぐに甘美な痺れへと変わる。

「君は私のものだ。誰にも渡さない。視線一つ、指一本触れさせない」

「あっ、あぁっ……!」

彼の愛撫は、今までになく粗暴で、それでいて情熱的だった。

痛みと快楽の境界線が曖昧になる。

彼は私の全てを塗り替えるように、全身に所有の印を刻み込んでいく。

首筋、胸元、腰、そしてもっと奥深い場所まで。

「私の名前を呼べ。他の男のことなど考えられないように、頭の中を私だけで満たしてやる」

「トリスタン……様……っ! ああっ!」

熱い楔が、私の存在そのものを貫くような錯覚。

実際にはまだ何もされていないのに、彼の指と舌だけで、私は何度も絶頂へと追いやられた。

許されない状況。

逃げられない檻。

けれど、その檻の中がこれほどまでに甘く、心地よい場所だなんて。

私の理性は完全に焼き切れ、ただ快楽を貪るだけの人形と化した。

第四章 蜜の枷、永遠の檻

契約から半年。

私たちの関係は、もはや「契約」という言葉では説明がつかないものになっていた。

毎晩繰り返される、情熱的な儀式。

彼の執着は日に日に増し、私はその重い愛に溺れていた。

今夜もまた、寝室の空気が熱を帯びる。

「エレナ……愛している」

絶頂の余韻に浸る私の耳元で、トリスタンが掠れた声で囁いた。

初めて聞く、彼の本音。

冷徹公爵と呼ばれた男が、まるで縋りつく子供のような弱さを見せている。

「私も……お慕いしております、トリスタン様」

私がそう答えて彼の背中に腕を回すと、彼は私を壊れ物のように強く抱きしめた。

「もう、逃がさない。君が望んでも、この契約は終わらせない」

「ええ……望むところです」

彼は私の最奥に、消えない熱を残していく。

それは、契約書よりも強固な、愛と欲望の楔。

私たちは互いの体温と匂いに包まれながら、深い眠りに落ちていく。

窓の外では冷たい雨が降っていたが、この寝室だけは、甘い蜜の香りと狂おしいほどの熱気に満ちていた。

私は知ってしまった。

この冷徹な公爵こそが、私にとっての劇薬であり、生きていくための糧なのだと。

彼が私を檻に閉じ込めたのではない。

私が自ら進んで、この甘美な地獄に足を踏み入れたのだ。

絡み合う指と指。

その拘束は、死が二人を分かつまで解けることはないだろう。

「……愛しい、私の囚人」

薄れゆく意識の中で聞いたその言葉は、何よりも甘く、私の心を縛り付けた。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エレナ: 没落寸前の男爵家を救うため身売り同然で結婚した令嬢。調香師としての才能があり、その香りがトリスタンの理性を揺さぶる鍵となる。当初は被害者意識を持っていたが、次第にトリスタンの歪んだ愛に快楽を見出し、自ら檻に留まることを選ぶ「強かな被支配者」。
  • トリスタン・ヴァルデマール公爵: 「氷の公爵」と恐れられる冷徹な男。幼少期のトラウマにより感情が欠落していたが、エレナの香りと存在だけが唯一の刺激となる。その反動で、彼女に対して異常な執着と独占欲を抱く。彼の愛は「守護」ではなく「捕食」に近い。

【考察】

  • 「氷」と「蜜」の対比: 本作のタイトルや描写において、トリスタンの冷酷さを「氷」、エレナがもたらす快楽と依存性を「蜜」として対比させている。物語が進むにつれ、氷が蜜に溶かされ、混ざり合ってドロドロとした執着へと変貌する過程を描いている。
  • 契約の逆説: 「愛のない契約結婚」として始まった関係が、皮肉にも「契約書よりも強固な肉体の結合」によって逃れられない運命へと変わる。法的な拘束力(契約)よりも、本能的な渇望(依存)の方が人間を強く縛るというテーマが根底にある。
  • 香りのメタファー: エレナの特技である「調香」は、言葉では伝えられない感情の象徴である。トリスタンが彼女の匂いに執着するのは、彼が失った「感情」そのものを彼女から摂取しようとしている行為の暗喩である。
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