静寂のレクイエム、色彩の弾丸

静寂のレクイエム、色彩の弾丸

主な登場人物

天城 響也 (Amagi Kyouya)
天城 響也 (Amagi Kyouya)
28歳 / 男性
色素の薄い髪、常に高性能なノイズキャンセリングヘッドホンを首にかけている。喪服のような黒いスーツを着崩している。瞳は鋭く、どこか遠くを見ている。
星奈 リッカ (Hoshina Rikka)
星奈 リッカ (Hoshina Rikka)
16歳 / 女性
ボブカットの黒髪、大きな瞳。サイズが合っていない大きめの白いワンピース(事件当時のまま)に、裸足にサンダル。常にスケッチブックを抱えている。
九条 奏汰 (Kujo Kanata)
九条 奏汰 (Kujo Kanata)
30歳 / 男性
清潔感のある白衣、銀縁メガネ。常に柔和な笑みを浮かべているが、目は笑っていない。整えられた茶髪。

相関図

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第一章: 静寂の赤

色素の薄い灰色の髪が、防音室の無機質な白い照明を吸い込んでは鈍く反射していた。喪服と見紛う漆黒のスーツを着崩し、首には銀色のノイズキャンセリングヘッドホン。まるで重たい首輪だ。天城響也は、琥珀色の瞳を細め、眼前の光景を睨みつけていた。

そこは、完全な無音の世界。

響也の鼓膜は二年前に機能を停止し、世界から「音」を締め出した。だが、代償として脳が得たのは、音波を色彩として網膜に焼き付ける呪いのような共感覚。

今、響也の視界は吐き気を催すほどの極彩色に塗れている。

「……酷い色だ。腐った海藻のような緑と、錆びた鉄の茶色が混ざり合っている」

[A:天城 響也:冷静]「刑事さん。あんたの声、ドブ川のような色をしているな」[/A]

傍らに立つ中年刑事が何かを喚いているが、響也には聞こえない。ただ、刑事の口元から吐き出される音波が、汚濁した色の塊となって床にボトボトと落ちるのが見えるだけ。響也は靴底が汚れるのを厭うように一歩下がった。

部屋の中央、グランドピアノ。鍵盤に突っ伏して事切れている男――響也の父、天城奏助。

そして、その死体の足元に、異質な存在が蹲っていた。

ボブカットの黒髪が、震える肩を覆っている。身体のサイズに合っていない、ぶかぶかの白いワンピース。裾は泥で汚れ、裸足のつま先は凍えたように青白い。少女は膝を抱え、ただ一点を見つめていた。

[A:天城 響也:驚き]「……透明?」[/A]

思わず、響也の唇から言葉が漏れる。

少女からは、音がしていない。呼吸音さえも、衣擦れの音さえも。

世界中のあらゆる人間が、生きている限りノイズ(色)を垂れ流すというのに、彼女だけがガラス細工のように透き通っていた。

刑事が少女の肩を揺さぶる。滑り落ちる一冊のスケッチブック。

そこには、クレヨンで殴り書きされた文字。

『たすけて』

その文字を見た瞬間、響也の脳裏に、鋭利な刃物のようなソプラノの「青」が走った。

[A:天城 響也:冷静]「……その子は喋らないのか」[/A]

刑事は首を振り、手元のメモ帳にボールペンを走らせて響也に見せた。『心因性失声症のようだ。名前は星奈リッカ。君の父親が保護していたらしい』

響也は視線を父の死体に戻す。外傷はない。死因は心不全か。

だが、ピアノの譜面台に置かれたものを見た瞬間、響也の全身の血が凍りついた。

五線譜だ。

音符の一つもない、完全な白紙。

[A:天城 響也:恐怖]「……ッ!」[/A]

響也はヘッドホンを握りしめ、後ずさる。

白紙ではない。

響也の目には、その五線譜から、どす黒く脈打つ粘着質な「赤」が、マグマのように噴き出しているのが見えた。

『殺意』の色。

音のない轟音が、響也の視界を真っ赤に染め上げる。

[Think]父さんは病死じゃない。この静寂(いろ)に、殺されたんだ。[/Think]

◇◇◇

第二章: 嘘の濁流、透明な雨

警察署の取調室。そこは蛍光灯の点滅が放つ神経質な「黄色」のノイズで満ちていた。

響也の前には、一人の男が座っている。父の助手であり、新進気鋭の音響工学者、九条奏汰。

整えられた茶髪に、銀縁のメガネ。白衣の襟は染み一つなく、清潔そのもの。

[A:九条 奏汰:冷静]「おや、天才様のお出ましですか。耳が聞こえないのに、わざわざご足労いただき恐縮です」[/A]

九条の口元は笑っているが、メガネの奥の瞳は氷のように冷たい。彼が発する声の色は、一見すると美しい紫だが、その中心には猛毒のような蛍光ピンクが渦巻いている。

[A:天城 響也:冷静]「……お前の言葉は、相変わらず安っぽい芳香剤のような色だな、九条」[/A]

[A:九条 奏汰:怒り]「相変わらず失礼な人だ。師匠が亡くなって、私も悲しいんですよ。まさか、あんな実験を……」[/A]

[A:天城 響也:冷静]「実験? 父は何をしていた?」[/A]

九条は白々しく肩をすくめ、唇を歪めた。その瞬間、彼の口から吐き出された紫の煙が、不快な棘となって響也の網膜を刺した。

[A:九条 奏汰:狂気]「科学は芸術を超えますよ。師匠はそれを証明しようとして、自滅したんです。凡人には理解できない高みでね」[/A]

[Think]嘘だ。こいつの色は、嫉妬で濁りきっている。[/Think]

響也は席を立った。これ以上、この男の「色」を見ていると、自分の色彩感覚まで腐りそうだ。

署を出ると、雨。

雨粒がアスファルトを叩くたびに、灰色の波紋が視界いっぱいに広がる。

その雨の中に、リッカが立っていた。傘もささず、濡れた白いワンピースが肌に張り付いている。

響也はため息をつき、自分の黒いジャケットを脱いで彼女の頭から被せた。

[A:天城 響也:冷静]「……風邪を引くぞ。行く当てがないなら、来るか?」[/A]

リッカは濡れた前髪の隙間から、大きな瞳で響也を見上げた。

無言のまま開かれるスケッチブック。

『ピアノ、ききたい』

[A:天城 響也:絶望]「……弾かない。僕はもう、音楽を捨てたんだ」[/A]

リッカは首を振った。そして、響也の手を取り、その掌に指先で文字を書く。

『あなたの色は、泣いてる』

指先の体温だけが、冷え切った世界の中で確かな熱を持っていた。

響也のマンションに連れ帰ってからも、リッカは音を立てなかった。

彼女が部屋の隅で膝を抱えていると、そこだけ空気が澄んで見える。彼女は、響也が失った「静寂」そのものだった。

[A:星奈 リッカ:悲しみ]「…………」[/A]

声にならない吐息。だが、響也には見えた。彼女の喉元で、淡い水色の光が瞬いているのが。

それは、誰かを呼ぶ色。

[A:天城 響也:冷静]「……親父は、お前の父親代わりだったのか?」[/A]

リッカは小さく頷き、そして響也の袖を掴んだ。

縋るような瞳。

歪な共同生活の中で、二人は失われた愛の代用品を互いに求めていた。響也は彼女の「透明」に安らぎを覚え、リッカは響也の「黒」に守られることを望んだ。

だが、安息は長くは続かない。

響也は、父が遺した白紙の五線譜の謎を解く鍵が、リッカの記憶にあることに気づき始めていた。

◇◇◇

第三章: 崩落する世界

九条の研究室に忍び込んだ響也は、父の研究データを見つけ出した。

モニターに映し出される数式と波形データ。

それを読み解いた響也の手が、激しく震え始める。

[A:天城 響也:驚き]「……嘘だろ……」[/A]

『聴覚再生のための共感覚誘導理論』

実験被験者:天城響也。

父は、響也の聴力を取り戻すために、リッカの絶対音感を利用した生体実験を行っていたのだ。そして、その実験の副作用が、父自身の心臓を蝕んでいた。

[A:九条 奏汰:喜び]「おや、見つけてしまいましたか」[/A]

背後から、ねっとりとした声。

振り返ると、九条が白衣のポケットに手を突っ込み、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて立っていた。

[A:九条 奏汰:狂気]「師匠はあなたを愛していたわけじゃない。自分の最高傑作である『ピアニスト天城響也』を修理したかっただけだ。あなたは壊れた楽器だったんですよ」[/A]

[A:天城 響也:怒り]「黙れ……! 父さんは……」[/A]

[A:九条 奏汰:冷静]「あの白紙の五線譜。あれは遺書じゃない。実験の失敗データだ。師匠は最期まで、あなたのことなんて見ていなかった」[/A]

九条の言葉が、鋭利な槍となって響也の胸を貫く。

信じていた憎しみさえもが、空虚なものに変わる。

愛されていたわけでも、憎まれていたわけでもない。ただの「実験材料」。

[A:天城 響也:絶望]「……あ……ああ……」[/A]

視界が、明滅する。

極彩色の世界が、色を失っていく。

赤も、青も、緑も。すべてが灰色に塗りつぶされ、やがて漆黒の闇へと溶けていく。

[Think]見えない。色が、消える。[/Think]

音のない世界で、唯一の道標だった「色彩」さえもが失われた。

完全なる無。

響也は膝から崩れ落ちた。床の感触さえも遠い。

[A:九条 奏汰:興奮]「ハハハ! 素晴らしい! ついに壊れた! これで私が正当な後継者だ!」[/A]

九条の高笑いが振動となって空気を揺らすが、響也にはもう、その汚い色さえ見えなかった。

深淵の底。そこには、自分以外、誰もいない。

◇◇◇

第四章: 光の旋律

廃墟のような部屋のソファで、響也は死んだように横たわっていた。

何日経過したのかもわからない。

食事も喉を通らず、ただ闇の中で呼吸を繰り返すだけの肉塊。

そこに、気配が近づく。

小さな手。リッカだ。

彼女の手が、響也の頬に触れた。

[A:天城 響也:絶望]「……触るな。僕にはもう、君の透明な色さえ見えないんだ」[/A]

響也は掠れた声で拒絶した。

だが、リッカは離れない。

彼女は響也の胸に顔を埋め、震え始めた。

そして――。

[A:星奈 リッカ:悲しみ]「……あ……あー……」[/A]

喉の奥から、錆びついた扉をこじ開けるような、軋んだ音が漏れた。

失声症の彼女が、声を絞り出している。

[A:天城 響也:驚き]「リッカ……?」[/A]

[A:星奈 リッカ:愛情]「……きょ、う……や……」[/A]

その瞬間。

響也の漆黒の視界に、一筋の閃光が走った。

それは、見たこともないほど純粋で、眩い「金色」の光。

リッカが歌い始めた。

言葉ではない。旋律(メロディ)。

それは、あの白紙の五線譜に隠されていた、父が最期に残そうとした未完成の曲。

リッカの絶対音感が記憶していた、父の本当の遺言。

[A:星奈 リッカ:愛情]「ラ……ララ……♪」[/A]

歌声が響くたびに、闇が切り裂かれていく。

金色の粒子が部屋中を舞い、灰色の家具に色彩を取り戻させる。

それは「実験」のためのデータではない。

響也への、不器用で、歪んだ、けれど確かな「愛」の旋律だった。

[Think]父さんは、僕を直そうとしたんじゃない。僕に、新しい世界を見せようとしていたんだ。[/Think]

涙が、響也の頬を伝った。その涙は、美しい蒼色に輝いていた。

響也はゆっくりと体を起こす。

視界は以前よりも鮮やかに、そして澄み渡っている。

[A:天城 響也:愛情]「……リッカ。ありがとう」[/A]

響也は立ち上がり、埃をかぶったピアノの蓋を開けた。

鍵盤に指を置く。

震えはもう、ない。

[A:天城 響也:怒り]「九条……。お前が盗んだ父さんの技術、そしてお前が汚した音楽。僕がすべて終わらせてやる」[/A]

[Shout]僕には聞こえない。だが、今の僕には、全てが視える!![/Shout]

響也の瞳に、かつてないほど激しい炎の色が宿った。

狙うは、今夜開催される九条奏汰の追悼記念コンサート。

そこで、真実の音色を叩きつける。

◇◇◇

第五章: 色彩の鎮魂歌

ホールは満員の聴衆で埋め尽くされていた。

ステージの中央には、スポットライトを浴びた九条奏汰。

彼は、盗み出した響也の父の研究データを元に作った「感情制御スピーカー」のデモンストレーションを行っていた。

[A:九条 奏汰:興奮]「これぞ革命です! 聴く者の脳波を直接操作し、至高の感動を与えるシステム!」[/A]

観客は催眠にかかったように拍手している。会場全体が、九条の支配する濁った紫色の靄に包まれていた。

その時。

ステージの袖から、黒い影が現れた。

ボロボロのスーツを着た天城響也だ。傍らには、スケッチブックを抱えたリッカが寄り添っている。

[A:九条 奏汰:驚き]「な……!? 貴様、なぜここに!?」[/A]

響也は何も答えない。

ただ、九条を押しのけ、グランドピアノの前に座った。

マイクを通さずとも、その威圧感だけで会場の空気が凍りつく。

[A:天城 響也:冷静]「九条。お前の科学は騒音(ノイズ)だ。本物を教えてやる」[/A]

響也が両手を振り下ろした。

《色彩の鎮魂歌(カラー・オブ・レクイエム)》

第一音が放たれた瞬間、会場の空気が爆ぜた。

ピアノの音が、視覚的な衝撃波となって観客を襲う。

濁った紫色の靄が霧散し、ホール全体が鮮烈な「黄金」と「深紅」の渦に飲み込まれた。

[A:九条 奏汰:恐怖]「や、やめろ……! 私のシステムが、色が、混ざる……!!」[/A]

響也の指は、鍵盤の上を目にも止まらぬ速さで駆け巡る。

聞こえないはずの音が、響也には色として完璧に見えていた。

父の遺した旋律に、響也の魂の叫びが重なる。

悲しみ、怒り、そしてリッカへの感謝。

それらが複雑に絡み合い、極上のカタルシスとなって空間を支配していく。

リッカもまた、ピアノの横で小さくハミングを重ねた。

その透明な声が、響也の激しい色彩を優しく包み込み、調和させていく。

観客の目から涙が溢れ出した。

九条のシステムによる強制的な感動ではない。魂が震える、本物の感動。

[A:九条 奏汰:絶望]「ありえない……音が見える……私の罪が……色が……!!」[/A]

九条は頭を抱え、ステージの上でのた打ち回った。

彼自身の視界にも、自らの嘘と悪意が醜悪なドブ色となって映し出され、精神を崩壊させていく。

自らの技術の暴走。因果応報。

演奏が終わると同時に、九条は白目を剥いて倒れ伏した。

静寂。

そして、割れんばかりの拍手喝采。

音のない拍手が、響也の目には温かな「桜色」の光のシャワーとして降り注いでいた。

[System]事件解決:真実は白日の下に晒された。[/System]

舞台袖。

手錠をかけられ連行される九条を見送った後、響也はリッカに向き直った。

汗だくの顔を拭いもせず、彼は微笑む。

[A:天城 響也:愛情]「……終わったよ、父さん」[/A]

リッカがスケッチブックを開く。

『きれいな色だった』

響也は首を振り、リッカの手を取った。

[A:天城 響也:冷静]「僕の耳は、一生治らないかもしれない。静寂は続く」[/A]

それでも。

響也はリッカの瞳を見つめた。そこには、澄み渡る青空のような色が映っていた。

[A:天城 響也:愛情]「だが、君がいれば、世界はこんなにも美しい」[/A]

[A:星奈 リッカ:照れ]「……ん」[/A]

リッカは小さく微笑み、響也の手を握り返した。

二人は並んで、ホールの出口へと歩き出す。

その背中は、どんな音楽よりも雄弁に、希望の色を奏でていた。

静寂の中で見上げる空は、かつてないほど美しく澄んだ「希望の色」に満ちていた。

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