血を吸う仏、骨を削る仏師

血を吸う仏、骨を削る仏師

主な登場人物

円空(えんくう)
円空(えんくう)
32歳 / 男性
木屑と泥にまみれた作務衣。長く伸び放題の黒髪を紐で縛っている。眼光は鋭く、常に何かの寸法を測っているような目つき。
スズ
スズ
12歳 / 女性
つぎはぎだらけの着物、裸足。栄養失調で腹部だけが膨らみ、手足は枯れ木のように細い。瞳だけが異様に大きく澄んでいる。
慈海(じかい)
慈海(じかい)
55歳 / 男性
煤けた法衣、数珠の代わりに算盤を持っている。片目が白濁している。

相関図

相関図
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第一章: 業火の苗床

腐臭を孕んだ風が、肺腑を凍らせるように吹き抜ける。天明(てんめい)の飢饉。その爪痕深き北関東の寒村は、まさしく生き地獄の相(そう)そのものであった。

[A:円空(えんくう):冷静]「……ここの土は、妙に黒いな」[/A]

草鞋(わらじ)のつま先で泥を探り、円空(えんくう)は鼻を鳴らす。木屑と泥にまみれ、藍色を失った作務衣。北風に煽られ、バタバタと乾いた音を立てている。麻紐で無造作に束ねた漆黒の髪、その隙間から覗く鳶色(とびいろ)の双眸。痩せこけた村人たちには目もくれず、彼が探すのはただひたすらに「形」のみ。

村の入り口、待ち構える影あり。慈海(じかい)という僧だ。煤(すす)けた法衣、数珠の代わりに握りしめた使い古しの算盤(そろばん)。白濁した左目は虚空を彷徨い、右目だけが値踏みするように円空を射抜く。

[A:慈海(じかい):冷静]「ようこそおいでなさいました、円空殿。京の都で名を馳せた天才仏師が、このような末法の地へ足をお運びくださるとは」[/A]

[A:円空(えんくう):冷静]「挨拶はいい。俺は木を彫りに来ただけだ。依頼の『救世観音(ぐぜかんのん)』とやらの材はどこだ」[/A]

世辞も謙遜も削ぎ落とした、刃物のような声。慈海は白濁した目を細め、喉の奥でクツリと笑う。

[A:慈海(じかい):冷静]「せっかちなお人じゃ。……こちらへ。村の守り神であった大銀杏(おおいちょう)が、先日の嵐で倒れましてな。これを仏にしていただきたい」[/A]

案内された寺の裏手。そこには、巨竜の死骸のごとき大木が横たわっていた。黒く湿った樹皮、漂う異様な甘い腐敗臭。円空は懐から愛用の鉈(なた)を取り出す。刃渡り一尺、研ぎ澄まされた鋼が放つ鈍い光。

[A:円空(えんくう):興奮]「……いい面構えだ。木目が啼いているのが聞こえる」[/A]

[Think]こいつは、ただの木じゃない。中に何かが詰まっている。重く、粘り気のある何かが。[/Think]

躊躇(ためら)いはない。巨木の幹へ、鉈を一閃。

カァン、という乾いた音ではない。ズブ、という湿った感触。

[A:円空(えんくう):驚き]「……なッ!?」[/A]

刃を引けば、噴き出す鮮血。赤黒い液体が頬を濡らし、鉄錆の味が口内に広がる。驚愕に見開かれる目。その足元へ、木の中から転がり落ちた「異物」。

それは、白骨化した人間の大腿骨。

[A:円空(えんくう):恐怖]「貴様……これはどういうことだ。木が人を喰ったとでも言うのか」[/A]

鉈を構え直し、慈海を睨みつける。僧は動じず、パチリと算盤の珠を弾いた。

[A:慈海(じかい):狂気]「喰ったのではありません。養分にしたのです。……飢えて死んだ者の始末には、金も手間もかかりますからな。この木の下に埋めれば、翌年には立派な実をつける。我々はずっと、そうやって命を繋いできた」[/A]

[A:円空(えんくう):怒り]「人喰いの木で、仏を彫れと言うのか! 正気か!」[/A]

[A:慈海(じかい):冷静]「正気? 腹が減れば、親が子を喰らう世の中じゃ。その業(ごう)を背負って立つ仏でなければ、誰も救えはせんよ」[/A]

異様な光を帯びる慈海の瞳。風が止み、血の混じった樹液の匂いが鼻孔にこびりつく。

第二章: 骨の髄、美の極致

吐き気を抑え、ノミを振るう日々。木を削るたび、微かな骨片が混じる。円空は焦れていた。この呪われた木の中に眠る「形」が、見えてこない。

そんなある日、作業場の入り口に落ちる小さな影。

[A:スズ:照れ]「……あの、仏様をつくってるの?」[/A]

つぎはぎだらけの着物を纏った少女、スズ。泥に汚れた裸足、栄養失調特有の膨らんだ腹部。だが瞳だけは、澄んだ湖面のように円空を映し出している。

[A:円空(えんくう):冷静]「子供が来る場所じゃない。失せろ」[/A]

[A:スズ:冷静]「私、骨を運ぶ係なんだ。和尚様に言われて、余った骨を持ってきたの」[/A]

少女の細い腕が抱える、不釣り合いなほど大きな籠。中には無造作に放り込まれた、真っ白に乾いた骨。息を呑む円空。少女の手足と、籠の中の骨。その境界が曖昧なほどに枯れ細っていたからだ。

[Sensual]

円空はノミを置き、少女との距離を詰める。皮と骨だけで構成されたその痩身は、究極の禁欲的な造形美。

[A:円空(えんくう):興奮]「……動くな。そのまま」[/A]

伸びる手、スズの頬へ。触れれば崩れ落ちそうな皮膚の下、確かに感じる頭蓋の輪郭。深く影を落とす鎖骨の窪み、弦楽器のように浮き上がる肋骨。

[Think]美しい。……これは、死そのものだ。余計な肉をすべて削ぎ落とし、生命の灯火が消える寸前にのみ現れる、刹那の輝き。[/Think]

指先が、スズの細い首筋から肩のラインをなぞる。そこに性的な情欲など微塵もない。あるのは、素材の質感を確かめる職人の、冷徹で熱狂的な探求心のみ。スズは抵抗せず、ただじっと円空の視線を受け入れている。

[A:スズ:照れ]「……私、綺麗?」[/A]

[A:円空(えんくう):冷静]「ああ。お前のその骨格……菩薩の相が出ている」[/A]

[/Sensual]

憑かれたように木へ向かう円空。スズをモデルに、血を吸った神木へノミを打ち込む。

昼はスズの姿を目に焼き付け、夜は松明の灯りの中で木屑と格闘する日々。スズは毎日やってきては、作業の傍らで丸くなっていた。

[A:スズ:愛情]「ねえ、仏師さま。私の骨も、いつか仏様になれるの?」[/A]

[A:円空(えんくう):冷静]「……骨になれば、誰もが平等だ。苦しみも飢えもない」[/A]

[A:スズ:悲しみ]「そっか。じゃあ、早く骨になりたいな。お兄ちゃんも、お父さんも、みんな骨になっちゃったから」[/A]

止まる手。彼女にとって死は救済であり、再会。その無垢な絶望が、円空の彫る仏の顔に、慈悲とも苦悶ともつかない複雑な陰影を刻んでいく。

だが、空の色が変わった。鉛色の雲、肌を刺す冷気。数十年ぶりの大寒波、到来。

[A:慈海(じかい):冷静]「……備蓄米が尽きる。円空殿、完成はまだかのう。村人たちの『我慢』も、そろそろ限界じゃ」[/A]

パチリ。慈海が算盤を弾く音。それは死への秒読み。

第三章: 仏も焼ける凍てつく夜

夜、風の音が獣の咆哮へと変貌する。

急激な気温低下、凍りつく吐息。啜り泣きとうわ言の祈りは途絶え、異様な殺気が闇を支配し始めた。

[A:円空(えんくう):驚き]「何の騒ぎだ……」[/A]

蹴破られる扉。松明を手にした村人たちが、雪崩のごとく押し寄せる。落ち窪んだ目、飢餓と寒さで理性の光を失った群衆。

[Shout]「出せ! 燃やすものを出せぇッ!!」[/Shout]

先頭の男が、作りかけの観音像を指差して叫ぶ。

[Shout]「仏なんか拝んでも腹は膨れねぇ! 凍え死ぬんだよォ!!」[/Shout]

[A:円空(えんくう):怒り]「貴様ら! これは救世観音だぞ! お前たちの親兄弟の血を吸った木だ、それを燃やす気か!」[/A]

像の前に立ちはだかり、鉈を構える円空。だが、狂乱の徒に言葉は届かない。

[A:慈海(じかい):冷静]「どのみち、心を暖めるには薪が必要じゃ。……燃やしなされ」[/A]

慈海の冷淡な一声、それが合図。

放たれる松明。油を含んだ神木は、瞬く間に紅蓮の炎に包まれた。

[A:円空(えんくう):絶望]「やめろォォォッ!! 俺の仏が! 美が!!」[/A]

火の中へ飛び込もうとする円空。男たちがそれを取り押さえる。

[A:円空(えんくう):怒り]「放せ! 殺すぞ貴様らッ!!」[/A]

[Shout]「うるせぇ! 余所者が偉そうに!!」[/Shout]

ドゴッ。

鈍い音が響く。一人の男が持ち上げた漬物石、それが円空の右腕に振り下ろされた音。

砕ける骨の感触。肘から先が、あり得ない方向へ。

[A:円空(えんくう):恐怖]「あ……が……ッ!?」[/A]

脳髄を焼く激痛。泥の中に崩れ落ちる体。明滅する視界の向こう、炎に照らされ引きずられていく小さな影。

[A:スズ:恐怖]「仏師さま! 助けて! 仏師さまぁ!!」[/A]

人買いの男に腕を掴まれ、泣き叫ぶスズ。

[A:慈海(じかい):冷静]「口減らしもまた、慈悲よ。あの娘の代金で、あと三日は食いつなげる」[/A]

[A:円空(えんくう):絶望]「スズ……待て……やめろ……ッ!!」[/A]

伸ばそうとした右腕は動かない。指先一つ、ピクリとも。

炎が観音像を舐め尽くし、黒い煙が天を覆う。スズの悲鳴が遠ざかり、やがて吹雪の音にかき消された。

円空は泥と雪に顔を埋める。右腕の激痛よりも、胸に開いた穴が熱い。

美も、仏も、守るべき命も。すべてが灰になり、闇に溶けていく。

第四章: 片腕の修羅

意識が戻ったとき、世界は灰と静寂に包まれていた。

熱病で鉛のように重い体。砕かれた右腕はどす黒く変色し、壊死が始まっている。感覚はない。漂うのは、肩口から発する腐った肉の臭いだけ。

[A:円空(えんくう):絶望]「……は、はは。……ざまあないな」[/A]

泥の上を這い、焼け跡へ。そこには、無惨に炭化した観音像の残骸。

かつて「美」を見出した木目は、今やただの黒い塊。

[Think]俺は何を彫ろうとしていた? 綺麗な仏? 整った顔? ……違う。そんなものは嘘だ。[/Think]

蘇るスズの言葉。『私の骨も、いつか仏様になれるの?』

彼女が求めたのは、高尚な芸術品ではない。この地獄のような苦しみを、飢えを、痛みを、「そうだ」と肯定してくれる存在だったはず。

[A:円空(えんくう):狂気]「……そうだ。綺麗事はいらない。……ここにあるのは、業だけだ」[/A]

動かない右腕を見下ろす。邪魔だ。

落ちていた欠けた鉈を左手で拾い上げる。自身の右腕、その壊死した肉を削ぎ、露出した尺骨(しゃっこつ)を引き抜く。

正気を保つための叫び声すら、喉からかすれて出ない。

[System]円空は【狂乱】状態に移行しました。痛覚遮断。[/System]

血に塗れた自分の骨を添え木にし、左手でノミを握りしめる。力が足りない。

円空はノミの柄を口にくわえた。歯が砕けそうなほど強く噛み締める。

[A:円空(えんくう):狂気]「ンォォ……ッ!!」[/A]

炭となった木の塊に向かう。硬い。石のように硬い炭化木を、左手と、口と、全身の重みを使って削り取る。

カン、カン、という澄んだ音ではない。ガリッ、ゴリッ。まるで骨を囓るような音。

もはや設計図はない。スズの痩せ細った体、飢えた村人の眼、慈海の冷酷な言葉、そして自分自身の絶望。それら全てを、この黒い塊に刻み込む。

視界が赤い霧に覆われる。指の皮がめくれ、血が炭に染み込む。

だが、円空の瞳は、かつてないほど澄み渡っていた。

[Think]見える。……眠っている。この泥の中に、本当の仏が。[/Think]

夜明けが迫る。命の灯火が消えゆくのを感じながら、円空は最後のノミを振り上げた。

[Shout]「咲けぇぇッ!! 泥中之蓮(でいちゅうのはす)ッ!!」[/Shout]

その一撃は、闇を切り裂く雷光のように、黒い塊を穿った。

第五章: 蓮は泥より出でて

嵐が去った朝、村は奇妙な静寂に包まれていた。

朝日が差し込む焼け跡。恐る恐る集まる村人たち。慈海もまた、数珠を握りしめてその場に現れる。

そこには、二つの「物体」があった。

一つは、ノミを握りしめたまま息絶えている円空の遺体。泥と血と炭にまみれ、その顔は穏やかに微笑んでいる。

そして、その前に屹立していたもの。

[A:慈海(じかい):驚き]「……こ、これは……」[/A]

それは、およそ仏像の常識を逸脱した異形の像。

全身が炭で真っ黒に焦げ、あばら骨が浮き出るほど痩せ細っている。手足は枯れ木のように長く、腹だけが膨らんでいる。それはまさに、飢えに苦しむ「餓鬼(がき)」の姿そのもの。

だが、その顔。

苦悶に歪んでいるはずの顔が、どこまでも優しく、慈悲深く微笑んでいる。

くぼんだ眼窩の奥から、見えない視線が村人一人一人を抱擁しているようだった。

「……あぁ、これは……俺だ。俺たちだ……」

誰かが呟き、膝をつく。

綺麗な金色の仏ではない。ふくよかな頬も、豪華な装飾もない。

しかし、その「餓鬼仏(がきぼとけ)」は、村人たちが隠し続けてきた罪も、汚さも、痛みも、すべてをさらけ出し、それでもなお「生きていてよい」と許していた。

[A:慈海(じかい):悲しみ]「……祈りで腹は膨れん。だが……」[/A]

手から滑り落ちる算盤。雪の上に音を立てる。震える手で合掌し、深く頭を垂れる僧。

[A:慈海(じかい):悲しみ]「……魂が、震えるわ」[/A]

村人たちは次々とひれ伏し、嗚咽を漏らす。それは絶望の涙ではなく、浄化の涙。

円空の命と引き換えに生まれたその仏は、地獄の業火を吸い尽くし、泥の中から咲いた一輪の蓮華(れんげ)のように、朝日に輝いていた。

◇◇◇

数百年後。

ガラスケースの向こう、静かに鎮座する黒い木像。

解説板にはこう記されていた。

国宝:木造救世餓鬼観音立像(もくぞうぐぜがきかんのんりゅうぞう)

通称:円空の最後仏

*江戸時代中期、飢饉の最中に作られたとされる。作者・円空の遺作。極限状態の人間の苦しみと、それを超克する祈りが一体となった、日本仏教美術の特異点にして最高傑作である。*

博物館の喧騒の中、その仏だけが、深い静寂を湛えて微笑んでいた。

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