第一章: 光の雪と、泣きぼくろの少女
真夏の空。舞い散る無数のガラス細工。
肺の奥を焦がす、錆と熱気の混濁した臭気。肌を刺す陽射しの下、音もなく降り積もる「光の雪」が、第七区の鉄橋を異様に白く染め上げている。
熱風に煽られ、視界を遮る黒髪。リオンは深い海のように沈んだ青い瞳を細め、空を仰ぐ。季節外れの古びたマフラー。じっとりと汗を吸い込む布の不快感すら、世界との薄皮一枚の境界線。
[Think]また、あの夢だ[/Think]
毎夜繰り返される残像。顔のない少女が、狂ったように笑いながら自らの胸に銀色の刃を突き立てる。
溢れ出すのは、血の代わりの眩い光。目覚めた後も生々しく這い回る、喉の渇きと心臓を鷲掴みにされるような鈍痛。
「おい、新入生が来るってよ」
教室の喧騒。チョークの粉の匂い。
教壇に立ったその姿を見た瞬間。
[Pulse]ドクン。[/Pulse]
リオンの呼吸が、凍りついた。
月光を編み込んだように透き通る銀髪。所々のレースがすり切れた白いワンピース。
左目の下にある、小さな泣きぼくろ。
[A:シエル:冷静]「シエルです。よろしくね」[/A]
黒板の前に立つ彼女が、ゆっくりとこちらを振り向く。
哀しみを湛えた、古い琥珀のような瞳。
視線が、交差する。
[Pulse]ドクン、ドクン。[/Pulse]
狂ったように跳ねる鼓動。
眼球の奥が焼け焦げるように熱い。制御を失った涙腺から、どっと熱い液体が溢れ出した。
[A:リオン:驚き]「な……んだ、これ」[/A]
[Blur]滲む視界。[/Blur]
彼女を知らない。出会ったことなどない。それなのに、全身の細胞が彼女の存在を叫び、胸の奥の巨大な空洞が軋みを上げる。
[A:シエル:愛情]「……やっと、見つけた」[/A]
唇の端から一筋の血を流すほど強く噛み締めながら、彼女は祈るように、そして泣き出しそうに微笑んだ。
◇◇◇
第二章: 触れ合う指先と、世界の崩壊
放課後の屋上。フェンス越しに見下ろす街を侵食する、異様な光景。
ビルの外壁。アスファルト。すべてが透明なガラス状の結晶へと変異し、脆く崩れ落ちていく。
[A:エマ:冷静]「また、あの子のこと見てたでしょ」[/A]
背中を叩かれ、振り返るリオン。
快活に笑うショートカットの茶髪、新緑のような緑色の瞳。エマはレザージャケットのポケットから冷めた缶コーヒーを取り出し、放り投げた。
[A:リオン:冷静]「……見てない。ただ、空が眩しかっただけだ」[/A]
[A:エマ:照れ]「はいはい、そういうことにしておく。ほら、さっさと前向いて! 私が背中を押してあげるから!」[/A]
使い込まれたブーツで床を蹴り、無理に明るい声を出すエマ。
手の中の缶から伝わる微かな冷たさ。リオンは口を開け、ブラックコーヒーを流し込む。舌の根に残る、泥のような苦味。
夕暮れの教室。
埃の舞うオレンジ色の光の中。窓辺で空を見上げる、シエルの背中。
[A:リオン:冷静]「帰らないのか」[/A]
[A:シエル:愛情]「リオン。少しだけ、ここにいていいかな」[/A]
隣に立つ。彼女の体から漂う、微かに甘いホットミルクのような香り。
ふと、窓枠に置かれた彼女の左腕に視線が落ちる。
息を呑むリオン。
白く細い手首から先が、透き通ったガラスの結晶に覆われているではないか。
[A:リオン:驚き]「その腕……」[/A]
[A:シエル:悲しみ]「もうすぐ、本当のお別れだね」[/A]
[Tremble]彼女の指先が、リオンの手をそっと撫でる。[/Tremble]
氷のように冷たい。生命の温度など、とうに失われていた。
絶望的なまでに穏やかな微笑み。
リオンは無意識に彼女の腕を掴もうとし、空を切る。何もできない焦燥が、内臓を焼き焦がすように這い上がってくる。
◇◇◇
第三章: 残酷な真実と、数万回の孤独
[Flash]カチリ。[/Flash]
路地裏に響く、不釣り合いな秒針の音。
冷たい金属の足音。
瓦礫の上に立つ、漆黒のロングコートを羽織った男。几帳面に結い上げた金髪。右目にはめ込まれた精巧な歯車が回る片眼鏡。
[A:ノア:冷静]「運命に抗うなど、見苦しいほどの徒労ですよ」[/A]
銀の懐中時計をもてあそびながら、冷笑を浮かべるノア。
[A:リオン:怒り]「お前は、誰だ」[/A]
[A:ノア:絶望]「ただの観測者。あるいは、愚かな少女の終焉を見届ける者」[/A]
男の指差す先。空から降り注ぐ「光の雪」が、夕闇の中で一層の輝きを放っている。
[A:ノア:冷静]「あの雪の正体が何か、ご存知ですか? あれは、彼女の『魂の欠片』です」[/A]
上下する喉仏。リオンの足元が、ぐらりと揺らぐ。
[A:ノア:狂気]「彼女は時間を巻き戻している。あなたが『死ぬ運命』を回避するために。何千、何万回と……一人きりで」[/A]
[Impact]その代償として、彼女の存在自体が削り取られているのですよ。[/Impact]
耳鳴り。
シエルの左腕の結晶化。氷のような体温。
すべてを許容する笑顔の裏に隠された、狂気的な献身。
[A:ノア:冷静]「次が最後でしょう。彼女の魂が完全に砕け散り、消滅すれば……あなたの生きる未来が、ようやく確定する」[/A]
[A:リオン:絶望]「……ふざ、けるな」[/A]
足の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
彼女を救う方法は、自分を殺すことだけ。
理不尽な天秤。無残に引き裂かれるリオンの心。
◇◇◇
第四章: 互いを殺し合う祈り
[Glitch]崩壊する世界。砕け散る鉄塔。[/Glitch]
世界の果てにそびえる時計塔の最上階。
リオンは自らの首筋に、冷たい銀のナイフを押し当てている。
裂ける皮膚。垂れる一筋の赤い線。乾いた唇に滲む、血の鉄の味。
[A:シエル:恐怖]「やめて……っ!!」[/A]
[Shout]すり切れたワンピースをなびかせ、シエルが飛び込んでくる。[/Shout]
結晶化した左腕で、ナイフの刃を素手で握りしめた。
パチン。ガラスの割れるような音が響き、彼女の指先から光の粒が飛び散る。
[A:リオン:怒り]「離せ! 俺が死ねば、君のループは終わるんだ!」[/A]
[A:シエル:悲しみ]「嫌だ! 君が笑ってくれるなら、私は何回だって消えてあげるって言ったでしょ!」[/A]
[Tremble]床に転がり、もみ合いになる二人。[/Tremble]
至近距離でぶつかり合う、リオンの青い瞳とシエルの琥珀色の瞳。彼女の頬からこぼれ落ちた熱い涙が、リオンの顔を激しく濡らす。
[A:リオン:絶望]「君のいない世界に、生かされる意味なんてあるか! 俺は……失うくらいなら、最初から何もいらないんだよ!」[/A]
[A:シエル:狂気]「お願いだから、生きて! 私の全部をあげるから……っ!」[/A]
互いを誰よりも大切に想いながら、互いの存在を否定し合う。
刃を握りしめたまま、シエルの右手がリオンの胸ぐらを力任せに掴む。
ボロボロになりながら、ただ相手を生かすためだけに血と涙を流し続ける。
[Impact]その時、時計塔の巨大な歯車が、最期の鐘の音を鳴らした。[/Impact]
◇◇◇
第五章: 光の奔流と、永遠の微熱
[Magic]《魂の解放・存在確率の譲渡》[/Magic]
ナイフを手放し、シエルの両腕を強く抱きしめるリオン。
自分の命を終わらせるのではなく、世界の理そのものを書き換える。
自らの魂を燃やし、この時計塔のシステムを破壊するのだ。
[A:リオン:愛情]「君を、一人にはしない」[/A]
[A:シエル:驚き]「リオン……?」[/A]
[Sensual]
光の奔流が、二人を包み込む。
崩落する瓦礫の中、降り注ぐ満天の星と光の雨。
リオンはシエルの震える肩を引き寄せ、冷たい唇を塞ぐ。
血と涙の味が混ざり合う、不器用で熱を帯びた、最初で最後の口づけ。
彼女の背中を撫でる指先に感じる、確かな命の鼓動。
「初めから出会わなかった世界」への再構築。互いの輪郭が光に溶け、記憶が白く飛んでいく中で、二人はただ深く、深く、相手の温もりを魂の底に刻み込んでいた。
[/Sensual]
[FadeIn]光が、すべてを飲み込む。[/FadeIn]
◇◇◇
数年後。春の風が、柔らかく街を吹き抜ける。
かつて錆びついていた鉄の街。今は色とりどりの花と緑に溢れている。
行き交う人々。鼻腔をくすぐる、花の甘い香り。
交差点。
立ち止まる、着古したコートを着た青年。
すれ違ったのは、透き通るような銀髪の女性。春風にふわりと揺れる、白いワンピースの裾。
すれ違いざま、二人の肩がわずかに触れる。
[Pulse]ドクン。[/Pulse]
足を止めた。
なぜだか分からない。
青年の深い海のような瞳から、とめどなく溢れ出す涙。
女性もまた振り返り、頬を濡らしているではないか。
左目の下にある、小さな泣きぼくろ。
記憶は何一つない。名前も知らない。
ただ、埋まらないはずだった胸の空洞を満たす、温かい光。
春の陽だまりの中。
二人はどちらからともなく、柔らかく微笑み合った。