第一章:嘘吐きたちの深夜劇

コンクリートの乾いた床を、執拗に、激しく叩く雨音が、鼓膜の奥をじりじりと震わせる。
廃ビルの天井、そこにある無数の亀裂から漏れ出た冷水。
それが、男の額を容赦なく伝い、無精髭の伸びた顎の先から、暗い床へと絶え間なく滴り落ちていく。
御子神 黎は、錆びついた鉄製の椅子に、身動き一つ取れないよう、太いロープできつく縛り付けられていた。
くたびれた灰色のトレンチコートは、雨水と、泥と、そして、己の指先からじわりと垂れる鮮血で黒ずみ、重く肌に張り付いている。
乱雑に額へかかるぼさぼさの髪。
その隙間から覗く瞳だけは、濁るどころか、暗闇の奥深くに潜む獲物の喉笛を狙う、狂暴な猛禽類そのものだった。
その鋭い視線の先で、乾いた金属質な音が響く。
コツ、コツと、ピンヒールが床を穿つ音が、静かに、そして恐ろしいほど規則正しく近づいてくる。
暗闇から染み出すように現れたのは、息を呑むほどに整った、しかし血の通わぬ冷たい美貌だった。
流れるような漆黒のロングヘアが、まるで死者のような白磁の肌を、いっそう鮮烈に際立たせている。
身体のなめらかな曲線をなぞる、仕立ての良い黒のタイトスーツ。
それをかすかに揺らしながら、氷室 冴香は、黎の目の前でぴたりと歩みを止めた。
その漆黒の瞳は、すべての光を吸い込み、決して反射しないブラックホールのようだ。
彼女は、汚れなき純白の手袋で覆われた冷たい指先を伸ばし、黎の割れた顎を、ゆっくりと、値踏みするように持ち上げる。
凍りつくような布越しの感触。
それが、黎の切り裂かれた傷口に走る、灼熱の痛みをあざ笑うかのように伝ってきた。
[A:氷室 冴香:冷静]「驚くほどに、静かな呼吸ですのね、御子神さん。心拍数も、先ほどからほとんど変化していません。拘束され、爪を剥がされかけている男の反応としては、少々退屈ですわ」[/A]
黎は、口の端を歪め、喉の奥に溜まった血を、彼女のピカピカに磨き上げられたヒールのすぐ横へと吐き捨てた。
生温かい鉄の匂いが、二人の間の、わずか数センチメートルという極小の空間に立ち込める。
[A:御子神 黎:冷静]「あいにく、これくらいじゃ俺の心臓は跳ねやしないさ。くだらない。それより、その薄汚い手袋で俺の顔に触るのをやめてもらおうか。安物の、きつい化粧水の匂いが鼻について吐き気がするんだよ」[/A]
冴香の薄い唇の端が、ピクリと、わずかに吊り上がった。
彼女は指先を離さず、今度は黎の剥き出しの喉元へと、 la わせるように滑らせていく。
ドク、ドクと、不気味に脈打つ頸動脈。
そこを、尖った爪の先で、なぞるように追いかける。
[Pulse]トク、トク、と、必死に生を主張して刻まれる黎の生命の鼓動[/Pulse]が、薄い布地を通して、彼女の指先へ、そして脳へと直接伝わっていく。
[A:氷室 冴香:冷静]「強がり、それとも、現実から目を背けているだけかしら? では、これならどうでしょう。御子神さん、あなたがこの3年間、狂ったように追い求めている『相棒を殺した真犯人』……」[/A]
彼女の声音には、感情の起伏が一切ない。
ただ、その氷の楔のような冷徹な言葉が、廃ビルを満たす湿った空気を、鋭く、深く引き裂いた。
[A:氷室 冴香:狂気]「その正体が、今、目の前であなたの喉元に触れている私だとしたら、あなたはどうしますか?」[/A]
[Impact]世界の動きが、完全に停止する。[/Impact]
3年前の、あの忌まわしい嵐の夜。
若き相棒の遺体。
心臓を、寸分の狂いもなく精密に、抉り取られて死んでいた。
その血に染まった姿が、黎の網膜の裏側で、激しいフラッシュバックを起こして明滅する。
かつて世界を震撼させた、あの伝説的な猟奇殺人犯『クレイポト』。
その冷酷極まる手口と、完全に一致していたのだ。
黎は、視線を逸らさず、じっと冴香の目を見つめ返した。
至近距離にある、彼女の呼吸の浅さ。
まばたきの速度。
瞳孔の、ごくわずかな収縮と拡大。
元一課の敏腕刑事としての、すべての知識と牙を剥き出しにし、その言葉の裏にある「嘘」の気配を探り当てる。
[A:御子神 黎:冷静]「……お前が、あの男の娘だからか? だがな、冴香。お前のその瞳には、あの本物の殺人鬼が持っていた『無自覚な悪意』が、まるがないんだよ」[/A]
黎の言葉が鼓膜に届いた瞬間、冴香の白い喉が、かすかに上下に動いた。
完璧だったはずの呼吸のテンポ。
それが、一瞬だけ、本当にごくわずかだけ、乱れる。
百戦錬磨の黎が、その決定的な隙を見逃すはずがなかった。
[A:御子神 黎:狂気]「お前はただ、俺をお前と同じ泥だらけの深淵に引きずり下ろしたいだけの、寂しくてたまらない子供だ。違うか?」[/A]
冴香の、一切の感情を排していた漆黒の瞳。
そこに、初めて、明らかな揺らぎの光が生じた。
死人のように白かったはずの肌が、うっすらと、微熱を帯びたような朱に染まっていく。
[A:氷室 冴香:興奮]「……素晴らしい。さすがは元一課の、お巡りさん。私の心の奥底を、そうやって勝手に、暴くようにつつき回すのですね」[/A]
彼女はスーツの胸元から、限界まで研ぎ澄まされた細身のナイフを、音もなく取り出した。
冷たい刃先。
それが、黎のくたびれたトレンチコートを滑らかに切り裂き、汗に濡れた胸元へと、ぴったりと押し当てられる。
皮膚が、薄く、裂ける。
そこから、赤い一文字の線が、鮮やかに浮かび上がってきた。
[Sensual]
[A:氷室 冴香:愛情][Whisper]「いいでしょう。ならば、その『正解』を、あなた自身の赤い血で、私に証明してください。あなたが私をここで殺すか、私があなたを、骨の髄まで完全に壊すか……どちらが先に果てるか、今、試してみましょう」[/Whisper][/A]
彼女の甘く、狂おしい吐息が、黎の首筋を優しく、愛撫するように撫でていく。
肌を刺す刃の冷たさと、彼女が吐き出す息の、毒のような甘い熱。
それらが混ざり合い、黎の背筋に、痺れるような奇妙な悪寒を走らせた。
だが、黎は身を引こうともせず、ただ、牙を剥いて不敵に笑う。
[/Sensual]
その、お互いの息が止まるほどの沈黙の刹那。
廃ビルの錆びついた分厚い鉄扉が、[Shout]ドゴォン![/Shout]と、暴力的な破壊音を立てて内側へと激しく弾け飛んだ。
第二章:硝子に走る亀裂

[Flash]激しい銃撃の火花[/Flash]が、瞬時に薄暗い空間を真っ白に染め上げた。
硝煙の臭い。
そこへなだれ込んできたのは、岩のようにがっしりとした、大柄な体躯を持つ男だった。
その顔面、右目の下から顎にかけて、深く刻まれた凄惨な一本の傷跡。
激しい雨に濡れて鈍く光るブラウンの革ジャケットを羽織り、その手には、警視庁の制式仕様の拳銃が、微動だにせず握られている。
警視庁捜査一課警部補、影山 惣介。
かつて黎が、警察組織の中で最も深い信頼を置いていた、元上司その人であった。
[A:影山 惣介:怒り][Shout]「そこを動くな! 氷室 冴香!」[/Shout][/A]
影山は、一切の躊躇なく、引き金を引いた。
乾いた、耳をつんざく金属音が廃ビルに響き渡る。
放たれた弾丸は、冴香の細い左肩を、正確無比に撃ち抜いた。
純白だった彼女の手袋が、一瞬にして鮮血で赤く染まり、その身体は、糸の切れた操り人形のように冷たいコンクリートの床へと倒れ込んだ。
影山は、油断なく周囲を警戒しながら黎へと駆け寄り、懐から取り出した頑丈なサバイバルナイフで、彼を縛り付けていたロープを荒々しく叩き切る。
[A:影山 惣介:冷静]「黎! 無事か、おい! このクソ女が『クレイポト』の血を引く娘だという決定的な証拠を掴んで追ってきた。やはり、お前の相棒をあの夜に殺したのは、この悪魔の血を引く女だ!」[/A]
黎は、影山の分厚い肩にすがりつきながら、痛む身体をゆっくりと立ち上がらせた。
激痛で足元がふらつく。
しかし、その鋭い視線は、血の海に倒れ伏す冴香を捉えて離さなかった。
冴香は、左肩をきつく右手で押さえ、指の隙間からどくどくと血を流しながらも、どこか狂おしげな、恍惚とした笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
[A:氷室 冴香:狂気]「ふふ……ふははは! 素晴らしいわ、影山警部補。あなたのその、正義の味方に成りきった演技、いつ見ても最高に滑稽ですわね」[/A]
[A:影山 惣介:怒り]「黙れ、人殺しの娘が! ここで大人しく射殺されておけば、これ以上の無駄な苦痛を感じずに済んだものを!」[/A]
影山は、怒りに満ちた目で銃口を冴香の眉間に突きつけ、引き金にかかった指に力を込める。
その、殺気が最高潮に達した瞬間、影山の革ジャケットのポケットから、何かが滑り落ちた。
コト、と小さく、しかし妙にクリアな金属音が響く。
それは、半分錆びついた、だが黎にとって嫌というほど見覚えのある、古びた金属製の鍵だった。
黎の視線が、その小さな鍵に、縫い付けられたように釘付けとなる。
ドク、と心臓が、耳元で早鐘を打ち始める。
[Think]あの鍵は……嘘だろ。3年前、相棒が死ぬ数時間前、俺たち二人だけの秘密の場所に隠した、あの貸し金庫の鍵……。[/Think]
なぜ、事件の現場から忽然と消え去り、警察の執拗な捜査でも絶対に発見できなかったはずの、あいつの唯一の遺品が、今、影山のポケットから転がり出てきたのか。
[A:氷室 冴香:狂気]「あら、落としましたわよ、お巡りさん。この3年間、あなたが誰にも見つからないよう、大事に隠し持っていた、あの『トロフィー』を」[/A]
影山の頬の筋肉が、ピクリと、醜く痙攣した。
その凶暴な眼光が、一瞬だけ、隠しきれない動揺に激しく揺れる。
[A:影山 惣介:怒り][Shout]「うるさいと言っている! 死ね!」[/Shout][/A]
[A:御子神 黎:冷静]「待て、影山」[/A]
黎の声は、低く、低く、そして絶対的な冷徹さを孕んで廃ビルに響いた。
彼の右手には、影山が気づかぬ一瞬の隙に、その腰のホルスターから抜き取った予備の拳銃が握られている。
その銃口は、影山の広い背中の中心へと、真っ直ぐに向けられていた。
[Impact]世界の歯車が、音を立てて逆回転を始める。[/Impact]
第三章:剥がれ落ちた仮面

[A:影山 惣介:驚き]「黎……? 何を血迷っている。銃口を向ける相手が違うだろ」[/A]
影山は、ゆっくりと両手を挙げながら、不自然に強張った笑みを浮かべて振り返る。
その顔には、長年築き上げてきた、頼れる上司という仮面が、今なお必死に張り付いていた。
[A:御子神 黎:冷静]「その鍵だ、影山。なぜ、それを、お前が持っている? あの夜、お前には完璧な、崩しようのないアリバイがあった。俺も、本部の連中も、お前を疑うことすらしなかった」[/A]
黎は、確実な足取りで、影山へと一歩近づく。
その銃口は、微動だにしない。
[A:御子神 黎:冷静]「だが、その鍵は、相棒が死ぬ直前、俺とあいつの二人だけで決めた『あの場所』に隠したものだ。お前が真犯人でなければ、その鍵を、今持っていることなど、絶対に不可能なはずだ」[/A]
冷たい静寂が、廃ビルを支配する。
ただ、天井のひび割れから滴る水の音だけが、不気味に、規則正しく響いていた。
やがて、影山の厚い肩が、低く、不気味に揺れ始めた。
クツクツと、喉の奥から這い出るような不快な笑い声が、徐々に、しかし確実に大きくなっていく。
その顔から、これまでの温厚で豪快な刑事の面影が、ガラスが砕け散るように、完全に剥ぎ取られていく。
[A:影山 惣介:狂気]「……チッ、めんどくせえな。やっぱり、気づくか、お前はよぉ」[/A]
影山は、ゆっくりと銃を下ろし、顔中を歪ませた醜悪な笑みを浮かべて、黎を睨みつけた。
[A:影山 惣介:冷静]「そうだ。あのクソガキを殺したのは俺だ。あいつはな、警察内部の極秘の汚職ルート、それも俺が仕切ってた裏金の流れに気づきやがった。だから、かつての名犯人『クレイポト』の手口を真似て、心臓を精密に抉り取ってやったのさ」[/A]
[A:影山 惣介:狂気]「幸い、あの偉大なる殺人鬼の娘である、この冴香が身近にいたからな。罪をなすりつけるには、これ以上ない最高の生贄だったわけだ。お前も、3年間、俺の手のひらの上でまんまと泳がされてたんだよ、黎!」[/A]
影山が、唇を尖らせて鋭い口笛を吹く。
その瞬間、廃ビルの闇の奥、瓦礫の陰から、次々と黒い戦闘服を身にまとった男たちが姿を現した。
自動小銃を冷酷に構えた私兵たちが、黎と、床に倒れている冴香を、完全に、逃げ場なく取り囲む。
[A:影山 惣介:冷静]「そしてお前も、ここでその『人殺しの娘』に復讐され、相撃ちになって死んだことになる。ストーリーとしては、完璧だろ?」[/A]
逃げ場など、最初から存在しない。
数十本の黒い銃口が、一斉に、黎の満身創痍の身体を捉えていた。
第四章:深淵の共犯関係

冷たい雨が、体温を容赦なく奪っていく。
脇腹の切り傷が、引き裂かれるような鋭い痛みを主張していた。
しかし、黎の脳は、かつてないほどに静かに、鋭利に研ぎ澄まされていく。
[Sensual]
その時、冷たいコンクリートの床に横たわっていた冴香が、黎のトレンチコートの裾を、血に濡れた手で強く引っ張った。
彼女の指先は凍りつくように冷たい。
しかし、その瞳には、熱を帯びた、狂気的な光が確かに宿っていた。
[A:氷室 冴香:愛情][Whisper]「御子神さん、私を踏み台にしなさい」[/Whisper][/A]
彼女は、ボロボロになった自身のコートの裏から、手のひらサイズの滑らかな金属製の球体を取り出した。
それは、彼女がかつて研究のために特注させたという、人間の神経に直接作用する特殊催涙ガス弾。
[A:氷室 冴香:興奮][Whisper]「あなたのその、歪んだ絶望の顔……もっと近くで見せてくれませんか? ここで呆気なく終わるような男に、私は、これほど執着などしませんわ」[/Whisper][/A]
黎の唇が、自然と、歪な形に歪んだ。
憎むべき宿敵の、血を引く娘。
しかし今、この最悪の瞬間において、彼を最も深く理解しているのは、この目の前にいる狂った女だけだった。
[/Sensual]
[A:御子神 黎:狂気]「お前の命、簡単に捨てるんじゃねえぞ、冴香!」[/A]
黎が叫ぶと同時に、冴香は足元へとその金属球を力任せに叩きつけた。
[Flash][Shout]パァン![/Shout][/Flash]
強烈な、網膜を焼くほどの白い閃光と、喉を突く濃密な白煙が、廃ビルを一瞬にして満たしていく。
私兵たちの驚愕の絶叫と、乱射される銃声が、激しいエコーとなって四方に響き渡った。
黎は一瞬の躊躇もなく、冴香の華奢な身体を抱きかかえ、白煙の中を突進した。
長年の近接格闘術の訓練が、傷ついた身体を強制的に駆動させる。
目の前に現れた敵の、自動小銃の銃身を掴んで捻り上げ、その顎へと痛烈な右アッパーを叩き込む。
奪い取った小銃で、混乱する私兵たちを次々と、冷徹に無力化していく。
しかし、その深い霧の向こうから、冷酷な乾いた銃声が響いた。
[Shout]ドッ![/Shout]
[A:御子神 黎:絶望]「う、ぐっ……!」[/A]
黎の右脇腹を、引き裂くような熱い衝撃が突き抜けた。
肺から酸素が強制的に絞り出され、その場にどさりと、膝をつく。
視界が、急激に赤く、濁っていく。
煙の奥から、ゆっくりと、しかし確実な足取りで歩み寄る影山の影が見えた。
その右手には、黒く冷たく光る拳銃が握られている。
[A:影山 惣介:狂気]「無駄なんだよ、黎! お前らはここで這いつくばって、泥水にまみれて、みっともなくくたばる運命なんだよ!」[/A]
影山が、今度こそ引導を渡すべく、引き金に指をかける。
黎は、動かなくなった身体を必死に動かそうとするが、感覚が、急速に麻痺していく。
その時、黎の視界を、ふわりと香る黒い影が遮った。
[Sensual]
[A:氷室 冴香:愛情]「……させませんわ」[/A]
冴香が、黎の前に、その身体を投げ出すようにして立ちはだかった。
その瞬間、乾いた銃声が再度響き、彼女の薄い胸元を、赤い衝撃が非情に突き抜ける。
空中へと弾けた彼女の血が、黎の頬に、生暖かく、生々しい熱を持って降り注いだ。
[/Sensual]
第五章:狂気の歯車が噛み合うとき

[A:御子神 黎:絶望][Shout]「冴香――ッ!」[/Shout][/A]
崩れ落ちる彼女の細い身体を、黎は、千切れそうな腕で辛うじて受け止めた。
彼女の胸元からは、止めどなく、赤い生の証が流れ出している。
しかし、その漆黒の瞳は、これまでにないほど美しく、そして、悦びに満ちて歪んでいた。
[Sensual]
[A:氷室 冴香:愛情][Whisper]「ふふ……これで、あなたの中に、私は、一生、消えない傷として、残り続ける……」[/Whisper][/A>
彼女の細く、白い指先が、黎の無精髭に優しく触れる。
その瞬間、黎の脳内で、理性を繋ぎ止めていた最後の鎖が、音を立てて完全にぶち壊れた。
[/Sensual]
[Glitch]相棒を奪われた、暗い過去。[/Glitch]
[Glitch]信じていた男の、汚い裏切り。[/Glitch]
[Glitch]そして今、目の前で、俺のために命を散らそうとしている、この狂った女。[/Glitch]
[Impact]純粋で、冷徹な殺意が、黎の全身の細胞を支配した。[/Impact]
痛みも、
感覚も、
恐怖さえも。
彼の脳が、完全にシャットアウトする。
黎は、床を滑るようにスライディングし、油断していた影山の懐へと、獰猛な獣のように飛び込んだ。
[A:影山 惣介:驚き]「なっ、まだ動けるだと――!?」[/A]
影山が慌てて引き金を引くより早く、黎は自らのトレンチコートから引き抜いたサバイバルナイフを、影山の右膝の裏へと、深く突き立てた。
刃が肉を裂き、腱を正確に切断する、嫌な感触が伝わる。
[A:影山 惣介:恐怖][Shout]「ギャァァァァァッ!」[/Shout][/A]
絶叫とともに、影山の巨体が崩れる。
黎は立ち上がると同時に、背後から影山の太い首に両腕を絡みつかせた。
全体重と、怒りのすべてをかけ、極限までその頸動脈を締め上げる。
[A:御子神 黎:狂気]「おい、影山。正義なんてものは、死体の上に塗られた安っぽいペンキの名前だと言ったな……」[/A]
影山の顔が、酸素を失い、急速に土気色へと変わっていく。
その大きな顔の傷跡が、恐怖で激しく引きつる。
[A:御子神 黎:狂気]「なら、今ここで、お前の汚い血で、そのペンキを綺麗に塗り替えてやるよ」[/A]
[A:影山 惣介:恐怖][Tremble]「ま、待て……黎、頼む……俺を殺せば、お前も、ただの殺人犯に……」[/Tremble][/A]
[A:御子神 黎:冷静]「上等だ、地獄で待ってろ」[/A]
[Shout]ベキッ![/Shout]
鈍い、肉と骨が砕け散る音が、静まり返る廃ビルに響き渡った。
影山の巨体から、急激にすべての力が抜け、ただの重い肉塊となって、冷たい水たまりへと転がった。
黎は、荒い息を吐きながら、その場にぽつりと立ち尽くす。
容赦のない雨音だけが、世界のすべてを洗い流すように、ただ降り続いていた。
第六章:誰もいない箱庭で
黎は、血だらけの身体を引きずりながら、冴香の元へと歩み寄った。
横たわる彼女を、壊れ物を扱うように、そっと抱き起こす。
トレンチコートは、二人の血が混ざり合い、完全に赤黒く染まっていた。
[A:御子神 黎:悲しみ]「……なぜだ。なぜ俺を庇った。お前は、俺が絶望するのを特等席で見て楽しむ、クソみたいな観客じゃなかったのかよ」[/A]
冴香は、青ざめた唇をかすかに震わせ、どこか満足げに、優しく微笑んだ。
その漆黒の瞳からは、あの凍りつくような冷徹な光が消え去り、ただの、今にも壊れてしまいそうな、一人の少女の瞳がそこにあった。
[Sensual]
[A:氷室 冴香:愛情][Whisper]「あなたを……壊したかった。でも、それ以上に……あなたという深い深淵の中で、私だけを見て欲しかったの。私の父が残した、あの冷たい呪いから、私を救ってくれたのは……世界で、あなただけだったから……」[/Whisper][/A]
彼女の白い指先が、もう一度だけ、黎の頬に触れた。
しかし、そのわずかな力は、朝霧が晴れるように、急速に失われていく。
[A:氷室 冴香:愛情][Whisper]「愛して、いますわ……黎……」[/Whisper][/A>
その言葉を最後に、彼女の瞳から、光が完全に消え去った。
繋がれていたはずの指先が、力を失い、コンクリートの床へと静かに落ちる。
[/Sensual]
黎は、叫ばなかった。
涙も流さなかった。
ただ、冷たい雨に打たれながら、彼女の冷たくなっていく身体を、強く、強く、壊れそうなほどに抱きしめ続けた。
……数日後。
事件は、「警察の汚職刑事と、猟奇殺人犯の娘による、凄惨な相撃ち」として、すべての真実を覆い隠して処理された。
警察の上層部は、己の不祥事を闇に葬るため、その場にいた黎の存在を黙認し、社会的に抹殺したのだ。
薄暗い、埃っぽい、雑居ビルの片隅にある個人探偵事務所。
窓の外には、淀んだ灰色の街並みが、どこまでも広がっている。
黎は、傷だらけの身体をくたびれたパイプ椅子に預け、安タバコに火をつけた。
揺らめく紫煙が、部屋のシミだらけの天井へと、ゆっくり上っていく。
机の上には、冴香が遺したチェスの駒――黒のクイーンが、ポツリと、一つだけ置かれていた。
黎はそれを手に取り、手のひらの中で、痛いほどに強く握りしめる。
角ばった黒檀の感触が、手のひらの傷跡に、鋭い痛みを伝えてくる。
彼の心は、結局、どこにも救われなかった。
しかし、この胸を刺すような、歪んだ絆の痛みだけが、彼がまだこの冷たい世界で生きているという、唯一の証明だった。
[A:御子神 黎:冷静]「さあ、次のゲームを始めようか、冴香」[/A]
誰もいない、暗闇に閉ざされた部屋の中で、黎は静かに呟いた。
そして、その黒いクイーンを、そっとトレンチコートのポケットの奥深くへと仕舞い込んだ。