第一章: 砕けた薬指と甘美な契約
クレア・エル・サンクチュアリ「ジーク、早くわたくしの左手の薬指を噛み砕いてくださいませ……!」
崩落寸前の古代遺跡。熱風と粉塵が渦巻く中、白銀の髪を振り乱した聖女の嬌声が天井の鍾乳石を震わせる。
ジーク・ヴァルハイト「……チッ、戦場のど真ん中で色気のある声を出すなよ」
返り血と煤で黒ずんだ革のコートを翻し、無造作な黒髪の男――ジークが瓦礫を蹴って駆け寄る。寝不足で深い隈が刻まれた黄金の瞳が、泥と鮮血にまみれた純白の聖女装束と、あらぬ方向へ不自然に折れ曲がったクレアの左薬指を射抜いた。
ガルド・ヴァイス「聖女よ、そのまま心臓を捧げて《極光結界》を維持しろ! 一秒たりとも魔力の供給を止めるな!」
はるか後方の安全圏。傷一つない白銀の鎧を纏った聖騎士団長ガルドが、豪奢な大剣を構えたまま唾を飛ばして怒鳴り散らす。短く刈り込んだ金髪の下、血走った蒼い瞳には前衛で盾となる二人への配慮など微塵も存在しない。ただ自らの武勲と保身だけが、その傲慢な顔の筋肉を歪めていた。
クレア・エル・サンクチュアリ「あ、ああっ……深淵竜のブレスの反動で、指の骨が……疼いて、思考がまとまりませんの……!」
クレアが華奢な肩を小刻みに震わせ、荒い吐息を漏らす。額に浮かぶ脂汗。だが、その唇の端は苦痛ではなく、これから訪れる甘美な凌辱への期待でわずかに捲れ上がっていた。
ジーク・ヴァルハイト「……ったく、しょうがねぇな。ほら、指を貸せ。お前の骨が軋む音、最高に甘くて吐き気がするぜ」
ジークは乱暴に舌打ちをしながらも、自分の喉仏がゴクリと上下するのを止められない。
俺はこいつを呪術の触媒として利用しているだけだ。それなのに、この砕けた白魚のような指を見るだけで、奥歯が浮くほど喉の奥が渇いてたまらない。
ジークはクレアの冷たい左手首を鷲掴みにすると、赤紫に腫れ上がった薬指を自らの唇で深く、根元まで咥え込んだ。生温かい血の鉄錆びた匂いが鼻腔を突き抜ける。
クレア・エル・サンクチュアリ「ひゃ、んっ……! ジークの冷たい舌が、熱い骨の奥に……っ♥」
ザラついた舌先で折れた関節の窪みを執拗に舐め回し、犬歯を食い込ませる。その瞬間、《痛覚譲渡》の呪術が脈動した。ジークの首筋から鎖骨にかけて走る無数の醜い自傷の縫合跡が、プツリ、プツリと音を立てて弾け飛び、どす黒い鮮血が霧状に噴き出す。
ジーク・ヴァルハイト「ぐ、ぅっ……! いいぞ、クレア……お前の激痛が、俺の神経を焼きながら流れ込んでくる……!」
脳髄を直接やすりで削られるような鈍痛。しかし、それがジークの乾ききった神経を強烈な快楽となって駆け巡る。指を噛む顎の力が無意識に強まり、ゴリッと軟骨が擦れる音が口腔内に響いた。
クレア・エル・サンクチュアリ「はぁ、ぁっ……痛みが、抜けていきますわ……わたくしの痛みは、すべてあなたのものですわ……ジーク♥」
澄んだ碧眼が熱に浮かされたようにどろりと潤み、クレアは全身の力を抜いてジークの痩せた胸板へと崩れ落ちる。甘い吐息がジークの顎を撫で、二人の荒い呼吸と血の匂いが混ざり合った。
その時。後方の通路で、重厚な石材が擦れ合う不気味な駆動音が轟いた。
ガルド・ヴァイス「総員、撤退! 隔壁を閉鎖しろ! 下賤な呪術師と、傷物の聖女などここで竜の餌となれ!」
第二章: 聖騎士の裏切りと最悪の暴露

ジーク・ヴァルハイト「おい、ガルド……! てめぇ、何様のつもりだ!」
口元からクレアの唾液と血の混じった糸を引きながら、ジークが振り返る。天井から巨大な石の隔壁が轟音と共に落下し始めていた。その向こう側で、ガルドは下卑た笑みを浮かべ、大剣の刀身に宿る眩い黄金の魔力を誇示するように掲げてみせる。
ガルド・ヴァイス「知れたこと! 最初から深淵竜は遺跡ごと生き埋めにする計画であった! 貴様らが肉の盾となって時間を稼いだおかげで、聖女の魔力は我が大剣に十分徴収できたわ!」
ズシン、と遺跡全体が揺れる。前方にそびえ立つ深淵竜の喉元が赤黒く膨張し、空間そのものを焼き尽くす次なるブレスの魔力が一点へと収束していく。皮膚がチリチリと焦げるほどの異常な熱量。
ジーク・ヴァルハイト「クソッ、クレア、俺に掴まれ! 隙間が完全に閉じる前に飛び込むぞ!」
ジークがクレアの細い腰を乱暴に抱き寄せ、地面を蹴ろうとした、その刹那。
クレア・エル・サンクチュアリ「……いいえ、ジーク。ここを動く必要はありませんわ」
ピタリ、とクレアの足が止まる。彼女は泥と血で汚れたドレスの裾を優雅に揺らし、まるで宮廷の茶会にでもいるかのように静かに微笑んだ。
ジーク・ヴァルハイト「は……? おい、何を言って――」
クレア・エル・サンクチュアリ「ジーク、実はわたくし……竜の攻撃で指が折れたのではありませんの」
ジーク・ヴァルハイト「……なんだと?」
熱風が吹き荒れる中、クレアの鈴のような声だけがやけに鮮明に鼓膜を打つ。彼女はジークの唾液で濡れたままの左薬指を、誇らしげに目の前へ掲げた。
クレア・エル・サンクチュアリ「ガルド様がわたくしの魔力を強制徴収するための術式は、この左薬指の聖痕に刻まれておりました。ですから……わたくし自身で、先ほど石柱に叩きつけて骨をへし折りましたのよ♥」
隔壁の隙間から勝ち誇った顔を覗かせていたガルドの表情が、凍りつく。
ガルド・ヴァイス「な、なんだと……!? 自らの骨を砕いて、神殿の徴収術式を物理的に破壊しただと!? 貴様、正気か!?」
ガルドの大剣から、黄金の輝きが急速に失せていく。クレアは裏切り者の狼狽など視界にすら入れず、ただジークの黄金の瞳だけを穴が空くほど見つめ、熱い吐息と共に囁いた。
クレア・エル・サンクチュアリ「だって、わたくしの魔力も、痛みも、命も……あの俗物に一滴たりとも渡したくありませんもの。それに、指が折れれば、ジークがまた優しくお口で吸ってくださいますでしょう?」
背筋が粟立つ。ジークは思わず一歩後ずさりそうになる足を必死に踏みとどめた。
こいつ……俺に痛みを喰わせるためだけに、自分の指を石に叩きつけて砕いたのか……!? なんて女だ。狂ってる。だが、その狂気に当てられて、俺の心臓までどうにかなりそうだ。
クレア・エル・サンクチュアリ「さあジーク、わたくしの全身の骨を砕いて、あの竜も、あの愚かな騎士も、すべてあなたの呪いで焼き尽くして?」
パリン、とガラスが割れるような乾いた音が響き、クレアが《極光結界》を完全に解除した。防壁を失った二人の肉体へ、深淵竜の放った黒炎の劫火が真正面から直撃する。
第三章: 痛覚変換・極大呪詛の咆哮

鼓膜を破る暴風。肉を焦がす灼熱の奔流。その地獄のただ中で、クレアは守りの魔力をすべて捨て、自らの膨大な聖なる魔力を血管の中で逆流させた。内側から全身の神経を焼き切り、毛細血管を破裂させる極限の激痛を、彼女は自らの意思で引き起こしたのだ。
クレア・エル・サンクチュアリ「あぁっ、痛い、痛いですわジーク! 皮膚が裂けて、骨が溶けてしまいます! もっと、もっとわたくしを喰べて!」
クレアの白い肌が熱風で赤く爛れ、口の端から鮮血が溢れ出す。それなのに、彼女の顔は絶頂を迎えたかのように甘く蕩けきっていた。
ジーク・ヴァルハイト「ああ、最高だクレア……! お前のその狂った痛み、俺が全部殺してやる!」
ジークの理性のタガが、音を立てて外れる。彼は背後からクレアの華奢な肢体を骨が軋むほど強く抱きすくめ、彼女の白く細い首筋――鎖骨の下に刻まれた古い裂傷跡へ、獣のように深く牙を立てた。
クレア・エル・サンクチュアリ「ひぁ、あぁぁっ♥ ジークの牙が、熱い……っ! 吸われて、視界がチカチカと明滅して……っ!」
皮膚を食い破り、溢れ出る熱い血を直接喉へと流し込む。クレアの背中が弓なりに反り返り、激しい痙攣がジークの腹部に伝わった。
ドクン、ドクンと致死量の痛覚がジークの肉体へと濁流となって流れ込む。全身の骨が粉々に砕け散るような錯覚。 eyeballsの裏側が焼けつくように熱くなり、ジークの全身の血管がどす黒く浮き上がる。傷口から噴き出した彼自身の血飛沫が、黒革のコートを真紅に染め上げた。
ガルド・ヴァイス「ば、化け物め……! なぜ竜のブレスの中で抱き合って生きておる!? 早く隔壁を閉じろ、閉じろぉっ!」
わずか数十センチまで迫った隔壁の隙間から、ガルドが裏返った悲鳴を上げる。
ジーク・ヴァルハイト「遅ぇよ、三流騎士。お前がクレアに強いた苦痛の総量、一万倍にして返してやるよ……!」
クレアの首筋から牙を引き抜き、ジークは血走った黄金の瞳をカッと見開いた。口元から滴る鮮血を拭いもせず、黒い怨念が渦巻く右手を前方の深淵竜と隔壁へ向けて突き出す。
ジーク・ヴァルハイト「喰らえ、《呪詛返還・黒き処刑場》!!」
空間が反転し、黒と赤の雷撃が螺旋を描いて炸裂した。
聖女の自己犠牲という名の狂気と、呪術師の執着が産み落とした極大の呪詛。それは深淵竜のブレスを紙切れのように正面から粉砕し、悲鳴を上げる暇すら与えず、巨大な竜の肉体を一瞬で黒い塵へと還した。
破壊の奔流は止まらない。余波となった黒い閃光が閉まりかけた分厚い石の隔壁を容易く貫通し、向こう側で立ちすくむガルドの白銀の鎧と、右腕に握られた大剣を木っ端微塵に吹き飛ばした。
ガルド・ヴァイス「ぐぎゃああああっ!? わ、我が栄光の鎧が、剣がぁっ! ひぃぃ、助けてくれ、聖女よぉっ!」
自慢の鎧を剥がされ、全身に切り傷を負って血まみれで床を転がるガルド。四つん這いになり、無様に失禁しながら通路の奥へと這いずり逃げていく男の姿など、二人の視界には入っていない。
降り注ぐ竜の灰と赤い火花の中、ジークとクレアは互いの体温を確かめ合うように密着し、揃って恍惚と唇の端を吊り上げた。
クレア・エル・サンクチュアリ「……素敵でしたわ、ジーク。わたくしの痛み、とても綺麗な黒色をしておりましたわね」
ジーク・ヴァルハイト「……ああ。ごちそうさん、と言いたいところだが……少し、食いすぎたぜ……」
許容限界を遥かに超えた痛覚の反動が、遅れてジークの臓腑を抉る。口から黒い血の塊を吐き出したジークは、そのまま糸が切れた操り人形のように、クレアの細い腕の中へと崩れ落ちた。
第四章: 欠損の白百合と静かな余韻
崩落した遺跡の天井から、氷のように冷たい蒼い月光が降り注いでいる。
瓦礫の山の上、死のような静寂を破ったのは、ジークの掠れた吐息だった。
ジーク・ヴァルハイト「……ん、なんだ。まだ生きてたか、俺」
クレア・エル・サンクチュアリ「ええ。わたくしの膝の上ですわよ、ジーク」
重たい瞼を押し開けたジークの視界に、白銀の髪を月光に煌めかせるクレアの儚げな美貌が映り込む。後頭部に伝わる、柔らかくて温かい太ももの感触。視線を少し動かせば、彼女は自分の左手の薬指を、まるで生まれたての赤子でもあやすかのように愛おしそうに撫でていた。
ジークがすべての痛覚を吸い尽くしたため、今のクレアに苦痛は一片も残っていない。だが、砕けた骨がそのまま癒着した薬指は、二度と元には戻らない不自然な角度で曲がったまま固まっていた。清廉潔白な聖女にはあまりにも不釣り合いな、醜い欠損。
クレア・エル・サンクチュアリ「……これでは、もう神殿から賜った聖女の指輪は嵌められませんわね。大神殿へ戻れば、上級の治癒術師に頼んで、一度骨を砕き直してから綺麗に繋いでもらえますけれど」
わざとらしく困ったように眉を下げるクレア。その碧眼の奥底で、ジークの反応を試すような暗い炎が揺らめいている。
ジークは無言で重い右腕を持ち上げ、乾いた血がこびりついた自らの指先で、クレアの折れ曲がった薬指の関節にそっと触れた。ピクリ、とクレアの長い睫毛が震える。
ジーク・ヴァルハイト「……直すなよ。誰にも触れさせるな。それは俺が喰った、俺だけの骨だ」
低く、獣が唸るような独占欲に満ちた声。ジークの親指が、突出した歪な骨の隆起を執拗に擦る。
クレア・エル・サンクチュアリ「……ジーク」
ジーク・ヴァルハイト「もし神殿の奴らが勝手に治したら、俺がもう一度、全く同じ角度に噛み砕いてやる。お前の欠損も、傷跡も、全部俺の獲物だ。他の奴の手垢なんか、一ミリたりともつけさせるかよ」
その言葉を聞いた瞬間、クレアの顔から「慈愛に満ちた聖女」の仮面が完全に剥がれ落ちた。頬が林檎のように紅潮し、少女のような無垢さと、男を破滅させる妖艶さが同居した笑みが花開く。彼女は曲がったままの左薬指を、ジークの煤と血で汚れた頬へと優しく這わせた。
クレア・エル・サンクチュアリ「ええ、治しませんわ。一生このまま……あなたに疼きを捧げるための、わたくしたちの契約の指ですもの♥」
歪んだ指先が、ジークの唇の輪郭をなぞる。
呪術の道具として利用しているだけだと、ずっと自分に嘘をついていた。だが、認めざるを得ない。この歪んだ指先なしでは、この狂った女の痛みなしでは、もう俺も息ができない。
ジークは上半身を起こし、クレアの後頭部に手を回して乱暴に引き寄せた。鼻先が触れ合うほどの至近距離。クレアの熱っぽい吐息がジークの唇を濡らす。
クレア・エル・サンクチュアリ「ねえ、ジーク……次はわたくしのどの骨を、美味しく召し上がってくださいますの? 鎖骨? それとも、あなたのために脈打つこの肋骨?」
ジーク・ヴァルハイト「……焦るなよ。まずは、その甘ったるい毒を吐く唇からだ」
蒼い月光の下。ジークはポケットから取り出した黒い呪布をクレアの折れた薬指に幾重にも巻きつけ、まるで指輪のように固く結び上げる。そして、どちらからともなく、鉄錆びた血の味が色濃く残る唇を、貪るように深く重ね合わせた。