カイは、金さえ払われればどんな仕事もこなす、腕利きの傭兵だった。寡黙で、人を寄せ付けず、常に一人で行動する。仲間とは、裏切るものか、足を引っ張るもの。それが彼の信条だった。
今回の仕事は、古代遺跡の奥深くに眠るという伝説の剣「アークライト」の回収。依頼主は顔も知らない貴族で、報酬は破格だった。罠をくぐり抜け、魔物を斬り伏せ、カイはついに苔むした石の台座に突き立てられた剣を発見する。豪奢な装飾が施された鞘に、青い宝玉が埋め込まれた柄。間違いなく、これだ。
カイが剣を握り、力強く引き抜いた、その瞬間。
「おい、もっと優しく扱えんのか、この乱暴者めが! 千年の眠りから覚めたご挨拶がそれか!」
凛とした、しかしやけに甲高い声が頭の中に直接響いた。カイは驚いてあたりを見回すが、誰もいない。
「どこを見ている、間抜け。ここだ、ここ。お前が握っている、この私だ!」
声の主は、手の中の剣だった。銀色に輝く刀身が、まるで意志を持っているかのように、かすかに光を放っている。
「剣が……喋るのか?」
「いかにも。私はただの鉄クズではない。賢者アルトリウスの魂を宿す、至高の魔剣アークライトだ。それにしても、今度の持ち主はずいぶんとむさ苦しいな。もう少しマシな奴はいなかったのか?」
伝説の剣は、想像を絶するほど口うるさく、皮肉屋だった。
カイは舌打ちし、剣を鞘に戻そうとした。だが、剣はびくともしない。
「待て待て! 私を鞘に収められるのは、私が認めた契約者だけだ。お前はまだ仮免期間中だぞ、小僧」
「……契約などした覚えはない」
「私を抜いた時点で合意とみなす。さて、契約者としての適性を見るための最初の試練だ。あの崖の上に咲いている『月光花』を摘んでこい。話はそれからだ」
アークライトが示したのは、切り立った崖の中腹に、かろうじて根を張る一輪の青い花だった。足場はほとんどなく、下は底なしの谷。
「無茶を言うな」
「臆したか? これだから最近の若者は……。いいか、崖の右側、三つ目の岩棚から風が吹き上げている。その風に乗れば、花の場所まで届くはずだ。タイミングを誤れば谷底だがな!」
カイはアークライトを睨みつけたが、憎まれ口の中に、確かに活路が見えた。彼は言われた通り崖を駆け上がり、岩棚から身を躍らせる。突風が体を持ち上げ、ふわりと宙に浮いた。その一瞬の隙をついて月光花を掴み取り、反対側の壁を蹴って着地する。
「ほう、やるではないか。まあ、私の助言あってこそだがな」とアークライトは得意げだ。
それからというもの、カイの行く先々でアークライトの饒舌な声が響いた。
「おい、そこのゴブリンは右から三番目がリーダーだ! 先に叩け!」
「そのキノコは毒だ、食べるな! 腹を壊したお前の世話など御免だぞ!」
「今の斬り方はなってない! 腰の回転が甘い! マイナス五十点!」
やかましいことこの上ないが、その助言は驚くほど的確だった。一人では気づけなかったであろう敵の弱点、見逃していたであろう危険。いつしかカイは、煩わしい相棒の言葉に耳を傾けるようになっていた。
そんなある日、彼らの前に黒いローブをまとった魔術師の一団が立ちふさがった。
「その剣を渡してもらおう、傭兵。それは我ら『黄昏の教団』が探し求めていたものだ」
「断る」カイがアークライトを構えると、魔術師のリーダーが不気味に笑った。「愚かな。その剣は、我らの手によってかつての主を失ったのだぞ」
その言葉に、アークライトが激しく震えた。
「……貴様らか! アルトリウス様を!」
怒りに燃えるアークライトの刀身から、青い魔力が奔流となって溢れ出す。しかし、それはカイの体を通過するだけで、形を成さない。
「無駄だ! 契約者と魂が完全に同調せねば、その力は解放されん!」
魔術師たちが一斉に呪文を唱え、闇の矢が豪雨のように降り注ぐ。カイは必死でそれを弾くが、多勢に無勢。じりじりと追い詰められていく。
「くそっ……どうすればいい!」
「……私を信じろ、カイ」アークライトの声は、いつもの皮肉が嘘のように、真剣だった。「ただ、私を信じろ。お前が一人ではないと、そう思うだけでいい」
仲間とは、裏切るもの。カイの脳裏に、かつて失った仲間たちの顔がよぎる。だが、今、手の中にあるこのやかましい鉄の塊は、どうだ? どんな時も、自分を勝利に導こうとしてきたではないか。
「……ああ、信じるさ。相棒」
カイが心からそう呟いた瞬間。
まばゆい光が二人を包み込んだ。カイの腕を伝って、アークライトの膨大な魔力が流れ込む。それはもう暴走する奔流ではなく、彼の意志に従う力強い大河だった。
「行けえええっ!」
カイが剣を振るうと、刀身から三日月の形をした青い光の刃が放たれた。それは闇の矢をたやすく切り裂き、魔術師たちを薙ぎ払う。それは、かつて賢者アルトリウスが振るったという伝説の魔法剣「ソウル・クレセント」だった。
一瞬の静寂の後、魔術師たちは散り散りに逃げていった。
「……やったか」
カイが荒い息をつくと、アークライトが少し照れたように言った。
「まあ、及第点といったところか。お前も少しは役に立つではないか、契約者」
「お前こそな、うるさい剣め」
カイは、初めて心の底から笑っていた。
空は晴れ渡り、新たな冒険の始まりを告げているようだった。一人と一本の、奇妙で騒がしい旅は、まだ始まったばかりだ。
饒舌な剣の契約者
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