エンドロールの先にいる君へ

エンドロールの先にいる君へ

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***第一章 期限切れのカウントダウン***

俺、水原リクの左手首には、生まれつき奇妙な数字が浮かび上がっている。それは誰にでもあるものではなく、おそらく世界で俺だけの呪いであり、祝福だ。淡い燐光を放つその数字は、俺が「友人」と認識した相手との、友情の残存日数を示している。新しい友人ができれば、その相手を想うだけで新たなカウンターが生まれ、数字は関係の深さに応じて増減する。希薄な関係なら数日でゼロになり、相手の名前すら思い出せなくなる。逆に、深く、かけがえのないものであれば、数字はどんどん増えていく。

そして、俺の親友、相葉ハルキ。彼との友情カウンターは、高校で出会ったあの日からずっと「9999」で固定されていた。このシステムのカンスト値。それは永遠のメタファーだと、俺は信じて疑わなかった。太陽みたいに笑うハルキの隣が、俺の生涯の定位置なのだと。

その日、俺は悪夢にうなされて目を覚ました。心臓が嫌な音を立てている。窓から差し込む朝日はいつもと同じなのに、部屋の空気がやけに冷たい。ふと、無意識に左手首に目をやった。そこに浮かぶ、見慣れたハルキとのカウンター。

「……は?」

声が掠れた。瞬きを繰り返しても、見間違いではなかった。昨日まで、当たり前のようにそこにあった永遠の証、「9999」という数字が、跡形もなく消え失せている。代わりに、まるで死刑宣告のように、冷たく、無慈悲な数字が点滅していた。

――残り、7日。

血の気が引いていくのが分かった。全身が急速に冷えていく。何かの間違いだ。バグか? 喧嘩もしていない。昨日も、くだらないことで笑い合ったばかりじゃないか。なのに、なぜ。俺たちの友情は、あと一週間で、期限切れになるというのか。俺はハルキに何か、取り返しのつかないことをしたのだろうか。記憶にない罪を背負わされたような絶望感が、俺の喉をギリギリと締め付けた。

***第二章 失われた永遠を求めて***

「よう、リク! 今日もいい天気だな!」

校門の前で、ハルキはいつも通り、人懐っこい笑顔で手を振っていた。その表情に、俺との関係を終わらせようとする人間の翳りは微塵も感じられない。俺はぎこちなく笑みを返しながら、左手首を必死で隠した。カウンターは非情にも「6日」へと数字を減らしている。

原因が分からない以上、行動するしかない。俺は焦燥感に駆られ、狂ったようにハルキとの「思い出」を上書きし始めた。友情の寿命が、共に過ごす時間の質や量で増えることを、俺は経験上知っていたからだ。

「ハルキ、今週末、海に行かないか? 昔、二人で自転車で行った、あの岬」
「お、いいな! 懐かしい!」

「これ、お前が欲しがってたゲーム。たまたま見つけたから」
「マジかよ! リク、神か!」

「今日の昼飯、奢るよ。何でも好きなの選べよ」
「どうしたんだよ急に。なんか怖いぞ?」

ハルキは俺の突然の変化に戸惑いながらも、文句一つ言わずに付き合ってくれた。俺たちは海に行った。潮風に髪をなびかせながら、錆びたガードレールに腰掛けて、くだらない未来の話をした。最新のゲームに夜更けまで没頭し、くだらないミスで腹を抱えて笑った。学校の屋上で、ぬるい缶コーヒーを飲みながら、流れる雲をただ眺めた。

それは、最高に楽しい時間だった。濃密で、かけがえのない日々。だが、俺の左手首の数字は、そんな俺の努力を嘲笑うかのように、一日、また一日と着実に減っていく。「5日」「4日」「3日」……。まるで砂時計の砂が落ちるように、俺たちの友情は終わりへと向かっていた。

俺の必死さが、空回りしていることにも気づいていた。ハルキの笑顔の中に、時折、痛みをこらえるような、どこか遠くを見つめるような儚い色が混じるようになった。俺はそれを見ないふりをした。友情が終わる恐怖が、彼の心の機微にまで目を向ける余裕を奪っていたのだ。俺はただ、数字を増やすこと、ゼロにさせないことしか考えられなかった。自分のエゴのために、ハルキの心を置き去りにしていた。

***第三章 ゼロが意味するもの***

残りが「1日」となった夜。俺たちは、初めて出会った場所でもある、街を見下ろす丘の上の公園にいた。ブランコに並んで座り、どちらからともなく口を閉ざしていた。眼下に広がる街の灯りが、滲んで揺れる。もう、何をしても無駄なのだという諦念が、重くのしかかっていた。沈黙に耐えきれず、俺はついに全てを打ち明けることにした。

「ハルキ……俺さ、変なんだ。生まれつき、人との友情の寿命が見える」

絞り出すような声だった。ハルキは黙って俺の顔を見つめている。

「お前との数字は、ずっと『9999』だった。永遠だと思ってた。なのに、一週間前、急に『7日』になった。そして、明日の今頃には、ゼロになる。俺たちの友情が、終わっちまうんだ……。ごめん、俺、何かしたか? 何か、お前を傷つけるようなことを……」

言葉は嗚咽に変わった。情けなくしゃくりあげる俺の肩を、ハルキはぽん、と優しく叩いた。そして、予想もしなかった言葉を口にした。

「知ってたよ、リク。お前がそういうの、見えるんだろうなって」

「……え?」

「だって、時々、左手首を気にしながら、悲しそうな顔してたから」

ハルキは穏やかに微笑んでいた。その笑みは、諦めでも、同情でもない。全てを受け入れた者の、深く、澄んだ優しさに満ちていた。

「でもな、リク。一つだけ、勘違いしてる」

彼はゆっくりと自分のセーターの袖をまくり上げた。そこには、俺と同じように、淡く光る数字が浮かび上がっていた。ただし、カウンターは一つだけ。俺の名前と共に。そして、そこに示された数字は、俺の手首と同じ「1日」という表示だった。

「俺にも見えるんだ。でも、これは友情の寿命じゃない」

ハルキは一呼吸置いて、静かに続けた。

「俺自身の、命の寿命だよ」

頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。理解が追いつかない。ハルキは、不治の病に侵されていた。医師から告げられた余命が、ちょうど一週間だったのだ。俺が見ていた「9999」という数字は、ハルキが健康だった、無限にも思えた日々の名残。そして「7日」という数字は、彼の生命のカウントダウンそのものだったのだ。

「ごめん、黙ってて。お前に、そんな顔させたくなかったんだ」

俺は愕然とした。友情が消える恐怖に怯え、必死になっていた俺。その行動は、結果として、ハルキの人生最後の思い出作りに付き合っていただけだった。俺が恐れていたのは、友情の喪失。だが、今、目の前にある現実は、もっと残酷で、取り返しのつかない、親友そのものの喪失だった。自分の浅はかさが、身勝手さが、恥ずかしくてたまらなかった。涙が、後悔と懺悔の色に変わって、頬を伝った。

***第四章 無限のしるし***

最後の一日。俺たちは、もうどこにも行かなかった。ただ、いつもの公園のベンチに座って、移り変わる空の色を眺めていた。もう数字のことは、どうでもよかった。俺は初めて、数字というフィルターを通さずに、ハルキという人間そのものと向き合っていた。

「なあ、リク」ハルキが不意に口を開いた。「この一週間、めちゃくちゃ楽しかったよ。お前が必死になって、色んなところに連れてってくれただろ? あれ、俺の人生のエンドロールに、全部入れてやるからさ」

冗談めかして笑う彼の横顔は、夕陽を浴びて、透き通るように綺麗だった。俺は何も言えず、ただ頷いた。言葉にすれば、全てが崩れてしまいそうだった。

「友情の寿命なんて、ないんだよ、きっと」

ハルキは俺の左手首をそっと取った。そこに浮かぶ「0日」の表示が、チカチカと点滅を始めている。

「俺がいなくなっても、リクが俺のこと、時々でいいから思い出してくれたら……。そしたら、俺たちの友情は、永遠だろ?」

その言葉は、俺がずっと数字に縛られて見失っていた、あまりにもシンプルで、温かい真実だった。友情とは、期間や数値で測るものではない。共に過ごした時間の輝きであり、心に刻まれた記憶そのものなのだ。

やがて、街に最後の光が溶けていく。ハルキは静かに、俺の肩に頭を預けた。
「リク……ありがとな……」

それが、彼の最後の言葉だった。肩にかかる重みが、ふっと増した。彼の生命の灯火が消えた瞬間、俺の手首の数字が「0」になった。そして、それは消滅するのではなく、まるで奇跡のように、形を変え始めた。

――∞

ゼロは、終わりではなかった。それは、無限へと続く始まりの記号だった。

数年後。俺は、ハルキと最後に話したあの丘の公園にいた。俺の左手首には、もう何の数字も浮かばない。ハルキと共に、あの不思議な力は消え去ったらしい。

だが、それでよかった。俺はもう、数字に囚われることはない。目を閉じれば、太陽のように笑うハルキの顔が浮かぶ。潮風の匂いも、夜更けに笑い転げた声も、夕陽に染まった横顔も、全てが鮮やかに蘇る。

俺たちの友情に、エンドロールはない。彼のいない世界で、俺は彼の記憶と共に生きていく。手首に刻まれた見えない無限のしるしを、心の内に確かに感じながら。空を見上げると、一番星がハルキの瞳のように、優しく瞬いていた。

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