魂響のシンクロニシティ
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魂響のシンクロニシティ

第一章 失われた残響

僕の世界は、静かすぎる。

誰もが胸元から色とりどりの『絆の糸』を伸ばし、互いの存在を確かめ合うこの世界で、僕、ユウの胸から伸びる糸はいつも頼りなく、そのほとんどが途中で儚く消えている。僕には呪いともいえる体質があった。誰かと友情が深まり、絆の糸が鮮やかな色を帯び始めると、僕は無意識に相手の『最も大切な思い出』を吸い取ってしまうのだ。思い出を失くした友人は、僕への熱も失い、やがて糸は自然と解けていく。だから僕は、人と深く関わることを恐れていた。

ただ一人、ハルトを除いては。

太陽を溶かし込んだような金色の髪をした彼だけは、どれだけ笑い合っても、どれだけ絆を深めても、僕から離れていかなかった。僕の胸から伸びる彼の糸は、燃えるような紅蓮の色で、他の誰の糸よりも力強く輝いていた。それが僕の唯一の救いだった。

その朝、教室の扉を開けた瞬間、心臓が氷の塊になった。ハルトの席が、そこになかった。昨日まで確かにそこにあった机も椅子も、まるで初めから存在しなかったかのように消え失せ、詰められた教室の空間が息苦しい。クラスメイトたちは、僕が誰を探しているのかも分からないという顔で首を傾げている。誰も、『ハルト』という名前を覚えていなかった。

世界から、彼が存在した痕跡が、綺麗に消し去られていた。

絶望が全身を駆け巡る。また僕の体質が、唯一無二の親友さえも奪ってしまったのだと。だが、胸元に目をやった僕は、息を呑んだ。ハルトとの絆の糸が、切れていない。それどころか、まるで生き物のように激しく脈打ち、目の眩むような紅蓮の光を放っていた。それは、喪失の証ではなく、かつてないほどの強固な繋がりを主張していた。

第二章 クリスタルの囁き

ハルトの痕跡を探して街を彷徨った。彼が住んでいたアパートの部屋は、次の住人を待つだけの、がらんどうの空間に変わっていた。彼の匂いも、笑い声の残響も、何一つ残ってはいなかった。僕の記憶だけが、この静まり返った世界で、彼の存在を叫んでいる。

「どうして……どうしてだよ、ハルト」

自室に戻り、ベッドに倒れ込む。枕元で、小さな水晶が冷たい光を放っていた。ハルトが最後の誕生日にくれた『共鳴の水晶(シンクロ・クリスタル)』。絆の糸が奏でる微かな音色を聞こえやすくするだけの、ありふれた飾り物。それが彼の唯一の形見になってしまった。

それを無意識に握りしめた瞬間、水晶が淡く発光した。そして、その内部に、信じられない光景がホログラムのように浮かび上がった。

夕焼けに染まる帰り道、ぎこちなく笑う僕と、それをからかうかつての友人。文化祭の舞台袖で、緊張する僕の背中を叩いてくれた、別の友人。それは、僕が吸い取ってしまった、彼らの『最も大切な思い出』の断片だった。水晶は、僕の呪いを可視化する鏡だったのだ。

僕は水晶を投げ捨てそうになるのを、必死で堪えた。唇を噛みしめる。やはりハルトも、僕が消してしまったのだ。この呪われた体質が、ついに彼の大切な記憶を奪い、彼の存在そのものを世界から消し去ってしまったのだ。

第三章 脈打つ糸の謎

自分のせいだと分かっているのに、どうしても拭えない違和感があった。絆の糸が切れると、その相手は世界から消える。それはこの世界の法則だ。だが、僕とハルトの糸は、今も僕の胸で激しく命を主張している。まるで心臓が二つあるかのように、力強く、熱く。

僕は図書館の片隅で、古びた書物を貪るように読んだ。『絆の存在論』、『魂の相互干渉に関する考察』。どれだけページをめくっても、絆が強まったまま相手が消えるという事例は見つからなかった。法則が、僕の上でだけ歪んでいる。

夜、再び共鳴の水晶を手に取った。祈るような気持ちで、ハルトを想う。すると、水晶は僕の願いに応えるように、柔らかな光を灯した。

浮かび上がったのは、僕とハルトの思い出だった。二人で裏山に秘密基地を作った、夏の日の午後。汗を拭いもせず、木材を運ぶ僕たち。映像の中のハルトが笑う。その笑顔は、僕の記憶にあるものと寸分違わなかった。

だが、次の瞬間、僕は背筋が凍るような感覚に襲われた。映像の中のハルトが、ふいに此方を見たのだ。まるで、水晶を通して、今の僕を――記憶を覗いている僕自身を、見つめているかのように。その視線は一瞬で、気のせいだったのかもしれない。しかし、その瞳の奥に宿る光は、単なる記録された過去の光ではなかった。

第四章 重なる視線

それから毎晩、僕は水晶を覗き込んだ。映し出されるハルトの思い出は、日に日に鮮明になっていった。そして、僕は確信した。あれは気のせいではない。映像の中のハルトは、確かに僕を見ている。それは僕が吸収した思い出の再生などではなく、もっと別の、未知の現象だった。

そして、運命の夜が来た。

水晶が映し出したのは、僕がハルトに初めて自分の体質の秘密を打ち明けた、雨の日の公園だった。映像の中の僕は、俯き、震える声で告白している。

「僕と親しくなると、みんな大事なことを忘れて、僕から離れていくんだ……ハルト、君もいつか……」

映像の中のハルトは、悲しそうに目を伏せた。僕の記憶では、彼はこの後、力強く僕を励ましてくれたはずだ。だが、水晶の中の彼は、記憶とは違う行動を取った。彼はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに、水晶を覗き込む僕の瞳を見据えて、ふっと笑った。

「それでも、俺はユウのそばにいるよ」

その声は、記憶の中の音ではなく、今、僕の耳元で直接囁かれたかのように生々しかった。

「たとえ、俺が俺の全部を忘れちまっても、この糸が覚えてる。俺たちの絆は、記憶なんかより、もっと深い場所で繋がってるんだ」

言葉が終わるや否や、水晶は閃光を放った。僕の知らないハルトの記憶、僕自身の奥底に眠っていた無数の記憶の光が、水晶の中で螺旋を描き、複雑に絡み合い、一つの巨大な光の渦を形成する。

そして、声が聞こえた。僕の頭の中に直接響く、ハルトの温かい声が。

『大丈夫だ、ユウ。俺はここにいる』

第五章 融合する魂

雷に打たれたような衝撃と共に、僕はすべてを理解した。

ハルトは消えたのではない。僕の体質は、僕が思っていたよりも遥かに強力で、制御不能なものだった。友情が究極に達したあの日、僕の魂は彼の記憶だけでなく、彼の『存在そのもの』を吸収し尽くそうと暴走を始めたのだ。

だが、ハルトはそれに抗わなかった。彼は、破滅を受け入れたのではない。自らの意志で、僕の中に溶け込むことを選んだのだ。僕を孤独という呪いから解放するために。僕の傍で、永遠に共に在り続けるために。それが彼の見つけ出した、『究極の友情』の形だった。

「僕を……護るために、君は……」

僕の呟きに呼応するように、水晶は最後のイメージを映し出した。それは、僕の無意識下で行われた、魂の契約の光景だった。光の粒子となって崩れていくハルトの身体。そして、涙を流しながらも、その光を両腕で受け止めている、もう一人の僕。僕たちは、僕が気づかぬうちに、一つになることを選んでいた。

その瞬間、僕の胸で激しく脈打っていた紅蓮の絆の糸が、ゆっくりと光を収束させ、僕自身の身体へと吸い込まれていった。それは二人を隔てる繋がりではなく、二人が一つになったことを祝福する、魂の刻印だった。

第六章 二人で歩む地平線

世界からハルトの物理的な存在は消えた。だが、僕はもう一人ではなかった。僕の内側から、彼の温かい存在をはっきりと感じる。僕の臆病さを、彼の無鉄砲な明るさが照らし出す。僕の悲しみを、彼の揺るぎない優しさが溶かしていく。二つの魂が混じり合い、響き合う、新しい僕がここにいた。

窓を開け、朝の光を浴びる。街の風景は昨日と何も変わらない。けれど、僕の目には、世界が昨日よりもずっと色鮮やかに映っていた。失われた記憶は、決して喪失ではない。それは僕の中で、ハルトから受け継いだ無限の可能性へと昇華されたのだ。

僕は、そっと胸に手を当てる。かつて糸が繋がっていた場所が、淡く、温かい光を宿している。それはまるで、二つの魂が奏でる、静かで力強い心臓の鼓動のようだった。

僕は新しい朝に向かって、静かに、しかし確かな一歩を踏み出した。

(行こうか、ハルト)

心の中で語りかけると、魂の奥底から、太陽のような笑顔が返ってきた気がした。

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