君が土に還る速さで、私は星を記録する

君が土に還る速さで、私は星を記録する

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第一章 英雄の葬列と、瞬き一回分の永遠

雨が降っていた。

人間たちの葬式というのは、どうしてこうも湿っぽいのだろう。

「エルフの姉ちゃん、泣かねえのかよ」

喪服を着た少年に袖を引かれた。

見下ろす。彼の腰ほどの高さしかない子供。今日、土の下に埋められた英雄、アレクの孫だ。

「泣く? なぜ?」

私は淡々と答える。

感情がないわけではない。ただ、理解が追いつかないのだ。

アレクと出会ったのは、私にとって『つい昨日』のことのように思える。

酒場で因縁をつけてきた赤毛の冒険者。

魔王討伐の旅。

凱旋パレード。

そして、老衰。

それらすべてが、私にとっては季節が一つ巡る程度の感覚でしかなかった。

「じいちゃん、姉ちゃんのこと好きだったんだぜ。最期まで名前呼んでた」

「……そうか」

墓石に刻まれた文字を指でなぞる。

『英雄アレクサンダー、ここに眠る』。

人間は、あまりにも速い。

ロウソクの炎が一瞬で燃え尽きるように、彼らは全力で輝き、そして消えていく。

私という長命種(ハイ・エルフ)にとって、彼らとの交わりは、高速で回転するコマを横目で見ているようなものだ。

「ねえ、約束してよ」

少年が私の手を握った。温かい、脈打つ手だ。

「俺たちのこと、忘れないでくれよ。じいちゃんのことも、俺のことも」

「忘れるものか」

私は少年の頭に手を置いた。

私には特異な才能がある。『完全記憶』。

一度見た景色、一度聞いた声、一度触れた温度を、決して脳内から消去しない呪いのような祝福。

「君たちが土に還り、その名が石から消え去っても。私が覚えている」

それは、英雄への手向けであり、私自身への残酷な宣告でもあった。

これから私は、彼らの『生きた証』を背負ったまま、気の遠くなるような時間を独りで歩むことになるのだから。

第二章 蒸気と歯車、あるいは錆びつく魔法

「お断りします」

私はティーカップを静かにソーサーに戻した。

目の前に座る肥満体の男が、不機嫌そうに葉巻の煙を吐き出す。

「貴様、時代の流れというものが分かっておらんのか! 今や魔導石は旧時代の遺物ではない。蒸気機関の着火剤として、莫大な価値があるのだ!」

男の名は、トーマス・グレイ。

あの葬式の日の少年……の、ひ孫にあたる人物だ。

あれから百五十年が過ぎていた。

アレクが守った王都は、いまや黒い煙を吐き出す工場の街へと変貌していた。

騎士の剣はマスケット銃へ、魔法使いの杖はスパナへと持ち替えられている。

「これは、アレクが遺した最後の聖域です。森を切り拓き、地下を掘り返すことは許しません」

「ハッ! 英雄アレクか。おとぎ話の爺さんのことなど知ったことか」

トーマスは机を叩いた。

「いいか、エルフの婆さん。我々が必要なのは伝説じゃない。エネルギーだ。この国の発展のため、立ち退いてもらう」

婆さん、か。

鏡に映る私の容姿は、百五十年前と何一つ変わっていない。

銀色の髪も、尖った耳も、皺ひとつない肌も。

変わったのは彼らだ。

アレクの血を引く者たちが、アレクが愛した森を「資源」としか見なくなっている。

「……悲しいこと」

「あん?」

「君の高祖父は、この森の木漏れ日を愛していた。君の祖父は、ここで虫を捕まえて笑っていた」

「昔話はやめろと言っている!」

トーマスが合図をすると、部屋のドアが乱暴に開かれた。

蒸気式の強化外骨格を纏った兵士たちが入ってくる。

「実力行使といこうか。長命種がどれだけ頑丈か知らんが、鉛玉には勝てまい」

私は溜息をついた。

彼らは知らない。

魔法が廃れたのではなく、魔法を使う必要がないほどに、世界が「便利」という名の怠惰に溺れただけだということを。

私は指を一本、軽く振った。

――轟音。

床から巨大な蔦(つた)が突き破り、蒸気兵たちの鉄の鎧を飴細工のようにひしゃげさせた。

トーマスが悲鳴を上げて腰を抜かす。

「ば、化け物……!」

「化け物ではない。記録者だ」

私は立ち上がり、怯える彼を見下ろした。

アレクの面影は、もうどこにもなかった。

「立ち去りなさい。そして伝えなさい。この森には、過去の亡霊が住んでいると」

彼らが逃げ去った後、私は再び椅子に座った。

静寂が戻る。

けれど、窓の外の空は煤煙で灰色に濁っていた。

アレク。

君が守った世界は、君が望んだ方向に進んでいるのだろうか。

私の記憶の中の青空と、今の空を重ね合わせる。

ズレていく。

ノイズが走る。

胸の奥がチクリと痛む。

これが「忘れることができない」苦しみなのか。

第三章 電子回路の海に溺れる

『――本日のトップニュースです。グレイ・コーポレーションが、新型の惑星間航行AIを発表しました』

ホログラムのニュースキャスターが、空中に浮かぶスクリーンで微笑んでいる。

私はネオンサインが瞬く路地裏で、合成フードの味気ないバーを囓っていた。

あれから、さらに三百年。

森は消えた。

私が守ろうとした聖域は、都市開発の波に飲まれ、今は「第7居住区」の地下深くにある公園として、わずかに痕跡を残すのみだ。

魔法は完全に科学に統合された。

マナは電力に変換され、詠唱はプログラミング言語へと置換された。

「よう、エル。今日は精が出るな」

声をかけてきたのは、半身をサイボーグ化した情報屋の男。

「私の名はエララだ。略すなと言っているだろう」

「いいじゃねえか。で、見つかったかよ? あんたが探してる『オリジン』のデータ」

私は首を横に振る。

この時代、歴史は改竄されるのが常識だ。

政府にとって都合の悪い「魔法が存在した時代」の記録は消去され、英雄アレクは架空のキャラクターとして、ゲームや映画の中で消費されている。

「誰も、本当のことを知らない」

私は呟く。

私の脳内にある記憶だけが、この世界の唯一の真実。

証明する術はない。私がそれを語っても、狂人の妄言として処理されるだけだ。

「なあ、エル。あんた、いったい何歳なんだ?」

「数えるのをやめて久しい。おそらく、この街の基礎工事が始まる前からの付き合いだ」

「ハハッ、傑作だ。じゃあ、俺のひいじいちゃんとも酒を飲んだ口か?」

笑う男の顔を見て、私はふと息を呑んだ。

笑い皺の入り方。

右の眉が少し上がる癖。

「……そうかもしれないな」

血は薄まり、形を変え、それでも確かに受け継がれている。

たとえ彼らが過去を忘れても、遺伝子という情報の螺旋の中に、かつての友の欠片が生きている。

その時、街中のスクリーンが赤く染まった。

『緊急警報。未確認の巨大エネルギー体が接近中。レベル5。市民は直ちにシェルターへ――』

空が割れた。

雲の切れ間から現れたのは、かつてアレクが倒したはずの「魔王」――によく似た、有機的な宇宙船だった。

歴史は繰り返すのではない。

螺旋階段のように、形を変えながら同じ場所を回っているだけだ。

私はフードを深く被り直した。

逃げる人々とは逆方向へ、ビルの屋上へと走る。

私の懐には、あの日、アレクから預かった「種」が入っている。

枯れ果てたと思われていた、世界樹の種子。

「時が来たようだ、アレク」

科学が極致に達し、魔法と区別がつかなくなったこの時代なら。

あるいは、この種を芽吹かせることができるかもしれない。

第四章 星の観測者、あるいは箱舟

世界は一度、終わった。

そしてまた、始まろうとしている。

赤い宇宙船による侵略と、それに対抗した人類の最終兵器。

双方がぶつかり合った結果、文明はリセットされた。

高層ビルは砂に埋もれ、電子の海は干上がり、空には二つの月が浮かんでいる。

私は、巨大な大樹の根元に座っていた。

「エララ様、本日の記録作業は終了ですか?」

声をかけてきたのは、金属のボディを持つ自律思考型のゴーレムだ。

かつての最新鋭AIが、長い年月を経て独自に進化し、今は私の助手をしている。

「ええ。今日はここまで」

私は手元の端末(かつて石版だったものは、今はホログラムを投影する水晶になっている)を閉じた。

あれから千年。

私が植えた種は、星のエネルギーを吸い上げ、大気浄化システムとして機能する巨大樹へと成長した。

生き残った人類は、文明の利器を失い、再び原始的な生活に戻っている。

だが、彼らの瞳には力が宿っていた。

「ねえ、エルフ様! お話きかせて!」

毛皮を纏った子供たちが集まってくる。

彼らは、かつてアレクの孫がそうしたように、私の膝にまとわりつく。

「今日は何の話がいい?」

「空を飛ぶ鉄の鳥の話!」

「光る箱の中で人が喋る話!」

私は微笑む。

かつて「現実」だったものは、今や「神話」となった。

飛行機は天かける龍に、スマートフォンは千里眼の魔法の鏡に。

私は語り部だ。

数千年の時を超え、愚かで、愛しく、儚い人間たちの営みを語り継ぐアーカイブ。

ふと、大樹を見上げる。

その枝葉は成層圏まで届き、宇宙に向けて微弱な信号を発信し続けている。

『ここに、生命がある』と。

実は、気づいていた。

アレクが倒した「魔王」も、三百年前に襲来した宇宙船も、実は同じ目的だったことを。

この星の文明レベルが一定を超えると現れる「リセット機構」。

あるいは、成熟した種を収穫するための「庭師」。

人間たちが再びそのレベルに達した時、また彼らは来るだろう。

けれど、その時は。

「……私がいる」

私の完全記憶は、ただの記録ではない。

過去の失敗、戦術、科学技術、魔法理論。

それら全てを内包した、生ける攻略本。

私は立ち上がった。

子供たちが歓声を上げる。

「さあ、授業の時間だ。剣の持ち方と、火の熾し方。そして、星の読み方を教えよう」

私の寿命はまだ尽きない。

次に「彼ら」が来るその時まで、私は何度でも人間たちを育てよう。

君たちが土に還るその速さで、私は未来を紡いでいく。

風が吹いた。

その風の中に、懐かしい声が聞こえた気がした。

『頼んだぜ、相棒』

「ああ、任せておけ」

私は空を見上げた。

そこには、かつて見たのと変わらない、美しい星々が輝いていた。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: ハイ・エルフの生き残り。完全記憶能力を持ち、忘れることができない「呪い」を背負う。数千年にわたり人類の興亡を観測し続ける。
  • アレクサンダー(アレク): 第一章で故人となっている伝説の英雄。エララの親友であり、彼女に「世界を見ていてくれ」と託した人物。
  • トーマス・グレイ: 第二章に登場するアレクの子孫。産業資本家。先祖の遺産である森を破壊しようとする、時代の変化を象徴する敵対者。
  • 情報屋の男: 第三章に登場するサイボーグ。アレクの遠い子孫の面影を持つ。

【考察】

  • 時間の相対性: 本作の最大のテーマ。人間にとっての「一生」が、エルフにとっては「瞬き」に過ぎないという残酷な対比。しかし、その刹那の輝きこそが長命種を動かす原動力となっている。
  • 文明の円環構造: 魔法→科学→崩壊→魔法(原始回帰)というサイクルを描くことで、進歩とは何かを問うている。「魔王」を「文明のリセット機構」と再定義するSF的解釈が含まれている。
  • 「記憶」の役割: エララの「完全記憶」は、最初は悲劇的な能力(悲しみを忘れられない)として描かれるが、最終的には人類存続のための「データベース(箱舟)」へと昇華される。個人の思い出が、種の生存戦略へと変わる構造。
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