英雄は死んだ。世界を救い、私の全てだった男は、冷たい大理石の上で物言わぬ肉塊となっていた。
だが、絶望に打ちひしがれる私の身体は、なぜこれほどまでに熱く、疼いているのだろうか。
喪服の黒いレースが擦れるたび、肌の奥底から込み上げる甘い痺れが、涙と共に溢れ出しそうになる。
第一章 英雄の亡骸と冷たい指先
王都の大聖堂、地下深くにある霊廟。そこは、世界を救った英雄の安息の地として封鎖されていた。
静寂と冷気、そして防腐処理のために焚かれた没薬(ミルラ)の香りが充満している。
私は聖女としての最後の手向けをするため、その重い扉を押し開けた。
「……遅かったな、エララ」
闇の中から響いたのは、死んだはずの英雄の声ではない。
影を纏うようにして佇んでいたのは、新しく大神官の座に就いた男、カエレンだった。
銀縁の眼鏡の奥、氷河のように冷徹な瞳が私を射抜く。
彼は聖職者でありながら、神よりも規律と支配を重んじる異端の男。
「カエレン様……なぜここに。ここは私以外、立ち入りが禁じられているはずです」
「禁忌? 笑わせるな。この国を裏で操っているのが誰か、まだ理解していないのか」
彼は英雄の棺に無造作に腰掛けると、手袋を嵌めた指で、私の顎をくいと持ち上げた。
革の手袋の冷たい感触に、背筋がぞくりと震える。
嫌悪ではない。それは、これから始まる何かを期待する、あさましい身体の反応だった。
「英雄が死に、結界の力が弱まっている。民はそう信じているな」
「はい……だから私が、祈りを捧げなければ……」
「違うな。お前の祈りになど意味はない。必要なのは『魔力』の供給だ。そしてお前の魔力は、清廉な祈りなどでは生まれない」
カエレンの声が低く、耳元を撫でる。
彼の指が、喪服の襟元から滑り込み、鎖骨の窪みを強く圧迫した。
「あッ……!」
「声が高いな。英雄の前では見せなかった顔だ」
英雄は優しかった。私の手を握るだけで顔を赤らめるような、清らかな関係だった。
けれど、カエレンは違う。
彼は私の本性を――聖女という仮面の下にある、底なしの被虐的な渇望を見抜いている。
「この棺の前で、証明してみせろ。お前が真に仕えるべきは、死んだ英雄か、それともこの私か」
カエレンの手が、躊躇なく喪服の布地を裂いた。
ビリッ、という乾いた音が静寂な霊廟に響き渡る。
露わになった肌に冷気が触れた瞬間、私の理性のタガが外れる音がした。
「いけません、あの方の御前で……こんな……!」
「死人は何も見ない。何も語らない。だが私は見ている。お前のその、期待に濡れた瞳を」
棺の縁に手をつかされ、私は英雄の亡骸を見下ろす体勢を強いられる。
背後にはカエレンの圧倒的な気配。
見えない鎖に縛られたかのような圧迫感。
「跪け。そして、自身の罪深さをその身体で知るがいい」
彼の命令は絶対だった。
私は震える膝を石畳につき、冷たい床に額を擦り付ける。
視界の隅に、英雄の蒼白な横顔が見えた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で謝罪を繰り返しながらも、私の身体はカエレンの手によって与えられる「罰」を、熱烈に待ち望んでいた。
第二章 懺悔室の秘密と暴かれる本能
その夜から、私の「祈り」は形を変えた。
日中は清廉潔白な聖女として振る舞い、夜はカエレンの私室で、彼だけの玩具となる。
それは英雄の死因を探るための調査だ、と彼は言った。
「英雄の剣が折れていた理由を知っているか?」
カエレンの私室。重厚なビロードの長椅子に深々と座りながら、彼はワイングラスを揺らす。
私はその足元に侍り、彼がこぼすワインを素肌で受け止めていた。
赤い液体が白い肌を伝い、胸の谷間へと流れ落ちていく。
「魔王との戦いで……折れたと……」
「違う。あれは『内側』からの衝撃で砕けたのだ」
カエレンの靴先が、私の太腿を無遠慮に踏みにじる。
鋭い痛みが走ると同時に、脳髄が痺れるような快楽が駆け巡る。
ヒールの硬さが、私の柔らかい肉に食い込む感覚。
「あぁっ……! う……っ」
「英雄は気づいていたのだ。お前という聖女が、実は世界を滅ぼしかねない『混沌の器』であることに」
彼の言葉は衝撃的だった。
英雄が私を恐れていた? あの優しい眼差しの奥で?
「彼はその器を封じようとして、逆にお前の無自覚な魔力に食い殺された。……愛という名の執着にな」
「嘘……そんな、嘘です……!」
「嘘ではない。お前の身体が覚えているはずだ。満たされない渇き、もっと強い刺激を、もっと深い支配を求めていたことを」
カエレンは立ち上がり、私の髪を鷲掴みにして顔を上げさせた。
その瞳には、嗜虐的な光と、それ以上に暗い独占欲が渦巻いている。
「英雄は優しすぎた。お前のその業(ごう)を受け止めきれなかった。だが私は違う」
彼は机の引き出しから、黒曜石のように黒く艶めく細長い器具を取り出した。
先端が妖しく濡れている。
「私だけが、お前を統御(コントロール)できる。痛みと快楽の彼方でしか、お前の魔力は安定しない」
「カエレン様、お願い……焦らさないで……」
いつの間にか、私は懇願していた。
真実などどうでもよかった。
ただ、この身を焼き尽くすような衝動を、彼に鎮めてほしかった。
彼の手にあるそれが、私の中の空洞を埋めてくれる唯一の鍵に見えた。
「いい子だ。だが、まだ早い」
彼は冷酷に告げると、その器具を私の敏感な場所に押し当てるだけで、中には入れなかった。
ギリギリの寸止め。
粘膜が熱を帯び、とろとろと蜜を溢れさせているのに、彼は決して許さない。
「ひっ、ぁ……! 入れて、ください……おかしく、なります……!」
「おかしくなれ。理性を捨てろ。お前はただの、快楽を貪る雌犬になればいい」
弄ばれる蕾。
彼は執拗に、私の最も感じやすい部分を指で、器具で、言葉で責め立てる。
視覚、聴覚、触覚のすべてが彼に支配され、世界が白く明滅する。
「英雄の名を呼んでみろ。助けを求めてみろ」
「いらない……! 英雄なんて、いらない……っ! カエレン様だけ、カエレン様が欲しい……!」
その言葉こそが、彼が待っていた「鍵」だった。
第三章 冒涜という名の救済
カエレンの瞳が満足げに細められた瞬間、世界が反転した。
「よく言った」
焦らしの時間は終わりを告げた。
彼が容赦なく、私の奥底へと侵入してくる。
それはまるで、熱く灼けた楔(くさび)を打ち込まれるようだった。
「あ゛あ゛あ゛っ――!!」
声にならない絶叫。
痛みと快楽が混ざり合い、脳の血管が焼き切れそうなほどの衝撃が走る。
彼は手加減を知らなかった。
私の内壁を抉るように、荒々しく、しかし的確に弱点を突き上げてくる。
「そうだ、その顔だ。英雄には見せられなかった、淫らで浅ましい顔だ」
ガンッ、ガンッ、と打ち付けられるたびに、私の魔力が暴走し、部屋中の調度品がガタガタと震える。
だがカエレンは動じない。
むしろその混沌を楽しむように、さらに激しく私を追い詰めていく。
「もっと啼け。お前の魔力が、この国を守る結界となる」
「あ、あ、カエレンさま、こわれる、わたし、こわれちゃう……ッ!」
「壊れろ。私が何度でも作り直してやる」
視界が涙と汗で滲む。
五感のすべてが彼一色に染まる。
部屋に充満する濃厚な花の香りと、麝香のような男の匂い。
耳元で囁かれる冒涜的な愛の言葉。
何度も何度も、限界を超えた絶頂が波状攻撃のように押し寄せる。
意識が飛びそうになるたび、彼に無理やり引き戻され、さらなる高みへと連れて行かれる。
私の「英雄」は死んだ。
そして今、私は「魔女」として、このサディスティックな神官の腕の中で生まれ変わったのだ。
(……あぁ、なんて幸せな地獄……)
薄れゆく意識の中で、私は彼の背中に爪を立てた。
英雄の不在という空虚な穴は、もうどこにもない。
そこには今、カエレンという絶対的な支配者が、どろどろに溶けた鉛のように満ちていた。
事後、気だるい肢体をシーツに沈めながら、私は窓の外を見た。
王都を守る結界が、以前よりも強く、禍々しいほどの輝きを放っているのが見えた。
カエレンが背後から私を抱きしめ、首筋に所有の印を刻むように噛み付く。
「逃がさないぞ、私の聖女」
「はい……永遠に、貴方様のものです」
私は恍惚とした表情で、新しい主人の腕に擦り寄った。
英雄の死は悲劇ではなかった。
それは、私が真の悦びを知るための、必要な生贄だったのだから。