第一章 凍てつく寝室
重厚なオーク材の扉が、音もなく閉ざされる。
カチリ、と錠が落ちる音が、私の退路を断った。
「……逃げ場はないぞ、紗和子」
背後から降る声は、絶対零度の冷たさを帯びている。
この男、神宮寺蓮(じんぐうじ れん)。
業界を牛耳る冷徹な覇王にして、今日から私の「夫」となった人物。
借金の肩代わりと引き換えに結ばれた契約。
愛などない、書類上の関係。
そう聞いていたはずだった。
「こっちを向け」
命令口調に体が反応し、私は恐る恐る振り返る。
薄暗い間接照明の中、蓮がネクタイを乱暴に緩めていた。
普段の完璧な着こなしが崩れ、剥き出しになった喉仏が、荒く上下している。
その瞳。
いつもは氷のように感情を映さない瞳が、今は獲物を狙う獣のようにギラギラと濁り、私を射抜いていた。
「そんな……契約には、夫婦の義務なんて……」
「契約書をよく読まなかったのか? 私が求めたのは名ばかりの妻ではない」
彼は一歩、また一歩と距離を詰める。
私はベッドの縁まで追い詰められ、膝裏がマットレスに触れた。
逃げようとした手首が、万力のような力で掴まれる。
「所有物として、徹底的に愛でてやる」
第二章 支配の温度
抗う間もなく、私は純白のシーツに沈められた。
覆いかぶさる彼の体温が、ドレス越しでも火傷しそうなほど熱い。
「あっ……やめ……!」
「駄目だ。今夜はお前のすべてを暴く」
冷ややかな言葉とは裏腹に、首筋を這う唇は執拗で、粘り気があった。
耳元で囁かれる吐息が、鼓膜を震わせ、脳髄を痺れさせる。
ドレスのファスナーが引き下ろされる冷たい感触。
露わになった背中に、彼の手のひらが吸い付く。
ざらりとした指先が、脊椎をひとつひとつ数えるように愛撫しながら降りていく。
「ひっ……」
思わず漏れた声に、彼が満足げに口角を上げたのが分かった。
「いい声だ。もっと聞かせろ」
理性が警鐘を鳴らしているのに、身体は彼の支配を拒めない。
太ももの内側を、焦らすように撫で上げられる。
衣服の隙間から侵入してくる熱が、私の芯を溶かし始めていた。
恐怖と快楽。
相反する感情がマーブル模様に混ざり合い、視界が歪む。
冷徹だと思っていた彼が、これほどまでに激しい渇望を秘めていたなんて。
第三章 蜜の檻
「んっ、ぁ……! 蓮、さん……っ」
私の唇から零れるのは、拒絶ではなく懇願だった。
彼の手が、私の最も柔らかな場所を支配する。
形を確かめるように、熟れた果実を味わうように、執拗に。
もどかしい。
もっと、もっと奥まで。
そんな恥知らずな思考が頭をもたげる。
「どうした? 目が潤んでいるぞ」
彼は残酷なほど冷静に、私の反応を観察している。
けれど、その瞳の奥には暗い独占欲の炎が渦巻いていた。
「紗和子、お前はもう逃げられない。私の色に染まるまで、何度でも塗り替えてやる」
彼の唇が、私の唇を塞ぐ。
呼吸さえ奪うような、貪欲な口づけ。
酸素を求めて喘ぐたび、彼の舌が侵入し、口内の隅々まで蹂躙していく。
思考が白く弾けた。
自分が誰なのか、ここがどこなのかも分からなくなる。
ただ、目の前の男に魂ごと食らい尽くされる感覚だけが鮮明だった。
契約という名の檻。
けれど、その鍵は最初から壊されていたのかもしれない。
意識が快楽の波に飲み込まれる直前、私は見た。
冷徹な覇王が浮かべた、あまりにも切実で、狂おしいほどの愛執の笑みを。