弱気相場のダンジョン・クラッシャー ——俺だけが見える『恐怖指数』でボスを空売りする

弱気相場のダンジョン・クラッシャー ——俺だけが見える『恐怖指数』でボスを空売りする

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第一章 「死体漁り(スカベンジャー)」の適正価格

「おい、レン! 右から来てるぞ!」

「うるさいな。見えてるよ、120円が」

錆びついた鉄パイプを振るう。

鈍い音と共に、小鬼(ゴブリン)の頭蓋が砕けた。

『あーあ、また素材ダメにした』

『頭は潰すなって言ったろ』

『これだからFランクはw』

視界の端に流れるホログラムのコメント欄。

同接数、15人。

そのうちの半数は、俺が死ぬ瞬間を見に来ているアンチだ。

俺、相馬(そうま)レンは、ため息をつきながらゴブリンの腰蓑をまさぐる。

薄汚れた魔石が一つ。

「……推定買取価格、800円。手数料引いて手取り600円か。牛丼一杯分にもなりゃしない」

俺は探索者ではない。

正確には、探索者(シーカー)免許を持っているだけの「清掃員」だ。

ダンジョンが発生して10年。

世界は変わった。

未知の資源「エーテル」は新たな石油となり、ダンジョン攻略はエンターテインメントになった。

トップランカーたちは企業とスポンサー契約を結び、華麗な魔法で怪物を屠り、億単位の金を稼ぐ。

だが、その陰には俺のようなハイエナがいる。

ランカーが倒し損ねた雑魚を狩り、彼らが捨てていったドロップ品を拾う。

『もっと奥行けよ』

『チキン乙』

「無理だね。俺の今の装備じゃ、地下3階層(フロア)の損益分岐点を超えられない」

俺はカメラに向かって淡々と答える。

そう、これはビジネスだ。

リスクとリターン。

俺には才能がない。身体強化のスキルもなければ、派手な魔法も使えない。

あるのは、借金と、一つの奇妙な目だけ。

俺は右目を細めた。

視界がノイズ混じりに歪む。

ダンジョンの壁、漂う瘴気、そして奥から響く唸り声。

それらすべてに「数値」が浮かんで見える。

戦闘力じゃない。

『ボラティリティ(価格変動率):205%』

『現在エーテル価:上昇トレンド』

俺に見えているのは、このダンジョンという巨大な市場の「株価」だ。

「……ん?」

ふと、通路の奥で数値が跳ね上がった。

赤黒いグラフが、天井を突き破る勢いで上昇している。

『おい、今の悲鳴なんだ?』

『誰かいるんじゃね?』

俺は舌打ちをした。

面倒ごとは御免だ。だが、あの数値の上がり方は異常だ。

まるで、大暴落(クラッシュ)の前兆のような。

「……見に行くぞ。ただし、言っておくが人助けは別料金だ」

足音を殺して進む。

角を曲がった先、開けた空洞にその光景はあった。

「くそっ……なんだよ、こいつは……!」

煌びやかな鎧。

整った顔立ち。

今をときめくSランク配信者、カイトだ。

その彼が、見たこともない漆黒の騎士に組み敷かれ、首元に剣を突きつけられている。

『うわ、カイトじゃん!』

『なんでこんな浅い階層に?』

『死ぬぞあれ! レン、助けろ!』

コメント欄が一気に加速する。

同接が100、200と跳ね上がる。

俺は岩陰に隠れたまま、スマホを取り出した。

「カイトさん、聞こえますかー?」

あえて、大声で呼びかける。

黒騎士の手が止まる。

カイトが血走った目でこちらを見た。

「だ、誰だ! 助けてくれ! こいつ、物理攻撃が効かないんだ!」

「助けますよ。でも、タダってわけにはいかない」

俺はニヤリと笑った。

右目に映る黒騎士の頭上には、異常な数値が表示されている。

『市場評価額(マーケット・キャップ):測定不能』

こいつはモンスターじゃない。

ダンジョンが生み出した「バブル経済」そのものだ。

「カイトさん、今すぐあなたのチャンネルの『レイド(視聴者誘導)』権限を、俺に譲渡してください」

「は……? 何を言って……」

「命の値段です。あなたの抱える100万人の登録者。その視聴者全員を、今すぐ俺の配信に流してください。そうすれば助けます」

「ふざけるな! そんなことできるわけ……」

黒騎士の剣が、カイトの皮膚を薄く切り裂く。

鮮血が舞う。

「時間ないですよ。今のあなたの株価、ストップ安もいいところだ」

俺は冷酷に告げた。

震える手で、カイトが自身の端末を操作する。

『カイトさんが、Raidを開始しました』

その瞬間。

俺のスマホが、通知音で爆発した。

同接、100万人突破。

「……商談成立だな」

俺は鉄パイプを担ぎ直し、ゆっくりと黒騎士の前へと歩み出た。

第二章 恐怖指数のインフレーション

「おい、死ぬ気か! 俺の聖剣でも傷一つ付かなかったんだぞ!」

カイトが這いつくばりながら叫ぶ。

100万人の視線が、Fランクの「死体漁り」に注がれる。

『誰こいつ?』

『カイトを脅したクズか』

『逃げろよ雑魚』

罵倒の嵐。

だが、俺にとってはそれが「燃料」だ。

ダンジョンとは何か。

学者は「異次元の侵食」と言うが、俺の解釈は違う。

これは「感情を喰らうシステム」だ。

恐怖、興奮、絶望。

人間の感情データこそが、ダンジョンを維持するエネルギー源。

だからこそ、有名配信者の周りでは敵が強くなる。

視聴者の「期待」が、モンスターをバフ(強化)するのだ。

今、100万人が「カイトが負けた最強の敵」に恐怖し、「無名の雑魚が無謀にも挑む」展開に興奮している。

右目の数値が、さらに跳ね上がる。

黒騎士の体積が膨張し、闇が濃くなる。

「ひっ……!」

カイトが短く悲鳴を上げた。

「おいカイト、黙ってろ。お前のビビリ顔が、相場を上げてるんだよ」

俺はスマホのマイクに向かって囁く。

「みんな、よく見てくれ。これがSランクを倒した絶望だ。勝てるわけがない。俺もきっと、一撃で首を飛ばされるだろう」

『やめろ!』

『見たくない!』

『逃げてくれ!』

コメント欄が悲鳴で埋まる。

その瞬間、黒騎士が大剣を振り上げた。

空気が凍りつくほどの殺気。

だが、俺には見えていた。

黒騎士の右肩に浮かぶ、『過熱感(オーバーヒート)』の文字が。

「今だ」

俺は懐から、一つの薄汚れたコインを取り出した。

ただの1円玉だ。

だが、今の俺には「100万人の注目」という莫大なレバレッジが掛かっている。

「スキル発動——『空売り(ショート)』」

俺はコインを弾いた。

チン、と軽い音が洞窟に響く。

システムが介入する。

俺のユニークスキル。

対象の「期待値」を借用し、現実を改変する能力。

黒騎士の大剣が振り下ろされる。

俺の脳天を砕くはずだったその刃は——。

カァン!!

俺の目の前、わずか数センチで静止した。

見えない壁に阻まれたように。

「な……?」

カイトが目を見開く。

「相場ってのはな、上がりすぎれば必ず調整が入るんだよ」

俺はニヤリと笑う。

100万人の視聴者は「絶望的な死」を期待した。

その期待値が高まりすぎた結果、ダンジョンの処理能力(サーバー)が追いつかなくなったのだ。

『現実乖離エラー』

『修正パッチ適用中』

黒騎士の体がノイズに包まれる。

強すぎる存在は、維持コストが高い。

俺は意図的に視聴者の恐怖を煽り、黒騎士のスペックを「ダンジョンの許容限界」以上に引き上げた。

結果、システムは黒騎士を「バグ」と判定し、弱体化(ナーフ)せざるを得なくなる。

「今、こいつの防御力はゼロだ。暴落した株と同じでな」

俺は鉄パイプを構えた。

ノイズにまみれ、動きの止まった黒騎士。

その仮面の奥にあるコアめがけて、全力で突き出した。

ガシャァァァン!!

ガラスが割れるような音と共に、黒騎士が霧散する。

後に残ったのは、拳大の虹色の魔石。

静まり返る洞窟。

止まったコメント欄。

「……さて」

俺は魔石を拾い上げ、カメラに向かって振ってみせた。

「Sランクボスのドロップ品。オークション開始といこうか。スタート価格は——カイトさんの命の値段からだ」

第三章 経済圏の崩壊と再生

配信を終えた俺の口座には、見たこともない桁の円が振り込まれていた。

カイトの事務所からの「感謝金」という名目の口止め料。

そして、視聴者からの爆発的な投げ銭(スーパーチャット)。

「……これで、妹の手術代が払える」

安アパートの一室。

俺はコンビニの冷えたビールを開けた。

SNSは俺の話題で持ちきりだ。

『謎のFランク、S級ボスを瞬殺』

『詐欺か? それとも覚醒か?』

だが、俺が見ているのはそんな表面的なニュースじゃない。

PCモニターに映し出された、ダンジョン管理庁の公開データ。

今日の俺の配信中、全国のダンジョンの「エンカウント率」が一時的に30%低下していた。

「やっぱりな」

俺は確信した。

ダンジョンは繋がっている。

人々の関心というリソースを取り合う、巨大なネットワークとして。

今日、俺は100万人の関心を一点に集中させた。

その結果、他のダンジョンへの供給エネルギーが不足し、モンスターの生成が追いつかなくなったのだ。

「もし、この仕組みを完全にハックできたら?」

俺は右目を押さえた。

まだ熱い。

これまで、探索者たちはダンジョンに「攻略」されていた。

命を懸け、感情を搾取され、経済を回されている気になっていた。

だが、主導権を握れるとしたら?

俺のスマホが鳴る。

表示された名前は、大手クランのスカウト担当、そして政府のエージェント。

「……忙しくなりそうだ」

俺はビールを飲み干し、新たなウィンドウを開く。

『チャンネル名:レンの市場操作(マーケット・メイク)』

次回の配信予告。

タイトルは「国会議事堂ダンジョン化計画の損益分岐点について」。

世界はまだ知らない。

剣や魔法が支配する時代が終わったことを。

これからは、情報と感情を支配する者が、ダンジョンという巨大な経済圏の王になる。

俺はキーボードを叩く。

「さあ、次の暴落(バーゲンセール)を始めようか」

AI物語分析

【主な登場人物】

  • 相馬レン(そうま れん): Fランク探索者(スカベンジャー)。妹の医療費のため、危険を冒して死体漁りをしている。ダンジョンの事象を「株価」「ボラティリティ」などの経済指標として視覚化するユニークスキルを持つ。冷笑的だが、計算高いリアリスト。
  • カイト: Sランク配信者。正義感が強いが、ダンジョンの深層心理的な構造(感情エネルギーの搾取)には無自覚。「勇者」という役割を演じさせられているピエロ的な存在として描かれる。

【考察】

  • ダンジョンと資本主義のメタファー: 本作のダンジョンは「視聴者の感情(アテンション)」を喰らうシステムとして描かれています。これは、現代の「注目経済(アテンション・エコノミー)」そのものの風刺です。人々が見れば見るほど問題(モンスター)が大きくなる構造は、炎上商法やメディアの煽りを暗示しています。
  • 「空売り」という解決策: 主人公は力で勝つのではなく、敵の価値(恐怖心)を過剰に釣り上げてからシステムを破綻させるという、金融市場的なアプローチで勝利します。これは「バブル崩壊」を武器として利用する、新しいタイプのカタルシスです。
  • ラストの示唆: 主人公が政府やクランから注目される結末は、彼が単なる攻略者から、国家経済を左右する「マーケットメイカー」へと変貌したことを意味します。
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