第1章: 執行猶予なき所有
天井の高い法廷。澱のように沈殿した冷気。証言台に立たされた一ノ瀬美緒(ミオ)の背中は、雨に濡れた小鳥のように小刻みに痙攣していた。手入れされず乱れた茶色の長髪。額に張り付く脂汗。かつて絹を纏っていた華奢な肢体は、いまや毛羽立った粗末な灰色の囚人服に包まれ、袖口からは痣の浮いた細い手首が覗く。恐怖で限界まで見開かれた大きな瞳は、焦点を失って宙を彷徨うばかり。
裁判官が木槌を振り下ろす。
乾いた音。それが、彼女の人生の終了を告げる合図。
「被告人、一ノ瀬美緒。市民権の永久剥奪、並びに人間としての全権利の停止を宣告する」
ざわめきすら起きない。路傍の石ころ以下の存在に堕ちたのだから。膝から力が抜け、冷たい床に崩れ落ちそうになった瞬間――カツ、カツ、と。規則正しく、かつ威圧的な足音が静寂を切り裂いて近づいてきた。
凍てつくような銀縁眼鏡の奥、感情の一切を削ぎ落とした三白眼。隙のない漆黒の高級スーツに身を包み、両手には黒い革手袋。国家治安維持局筆頭執行官、久膳氷河(クゼン ヒョウガ)。
彼は判事に向かって、一枚の書類を掲げてみせた。
「手続きは完了している。この個体の所有権は、私が買い取った」
酸素を求めてパクパクと開閉する美緒の唇。喉がひどく渇き、言葉にならない音が漏れるだけ。
久膳は革手袋のまま、美緒の尖った顎を乱暴に掴み上げ、左右に振って品定めをする。
「……痩せすぎだ。餌の質を上げねばならんな」
「あ……ぅ……」
「喋る許可は出していない。立て」
抗うことなど許されない。腰に回された腕は鋼鉄の硬度。美緒の体など、羽毛のように軽々と抱え上げられてしまう。
連行された先は、雲の上に浮かぶ要塞のようなペントハウス。
重厚な扉が閉まる。世界から音が消えた。広すぎるリビングのソファへ、無造作に放り出される身体。
「脱げ」
短く、絶対的な命令。
指先が震え、ボタン一つ外すのに何秒もかかる。痺れを切らした久膳の手が伸び、布地が引き裂かれる音が響いた。
「ひっ!」
床に散らばる灰色の布切れ。露わになる白磁の肌。空調の冷気以上に、久膳の視線が肌を刺す。彼がサイドテーブルから取り出したのは、黒い革製のチョーカー。中央には赤い宝石が埋め込まれているが、それは装飾ではなく、生体認証デバイスだ。
カチリ。
首元で鳴る冷たい金属音。喉仏への圧迫感。
「おめでとう。これでお前は人間の尊厳を失い、俺だけの愛玩物になった」
久膳の指が、美緒の鎖骨をなぞる。革手袋の冷たさと摩擦、電流のように背筋を駆け上がる悪寒。美緒は自分の二の腕を抱き、ガチガチと歯を鳴らした。
「泣いて懇願しろ。お前の快楽は、今日から俺が管理する」
第2章: 硝子細工の密室
時計の針の音すら聞こえない密室。美緒の感覚は狂わされていた。
食事は、久膳が咀嚼したものを口移しで与えられる儀式。彼の唾液と混じり合ったスープが喉を流れるたび、屈辱で胃が裏返りそうになる。だが、空腹という生物としての本能には勝てない。
排泄すら許可制。限界まで我慢させられ、彼の合図があるまでトイレのドアは開かない。自尊心など、とうの昔に粉々に砕け散っていた。
そして夜。キングサイズのベッドの上で、拷問にも似た愛撫が始まる。
「んぅ……っ、や……ぁ……」
執拗な指。敏感な耳朶を甘噛みし、首筋に吸い付き、脊髄に直接響くような手つきで全身を蹂躙していく。だが、決して「最後」までは致さない。
彼の手が、美緒の秘められた蕾に触れる。濡れた花弁を割るように指が侵入するが、浅いところで止まり、焦らすように粘膜を擦り上げるだけ。
「く、ぜん……さま……お願い……」
何をお願いしたいのか、自分でも分からない。ただ、身体の奥底に溜まった熱が暴発しそうで、頭がおかしくなりそうだった。腰が勝手に跳ね、彼の手を求めるように太腿が絡みつく。
「駄目だ」
冷徹な声。熱狂しかけた脳に冷水を浴びせられる。
「俺が許可するまで、イくことは許さない」
引き抜かれる指。代わりに注がれる冷たい視線。放置された身体が、満たされない熱を持て余して疼く。ガクガクと膝が笑い、シーツを握りしめた指の関節が白く浮き出た。
憎い。この男が憎い。私の全てを奪い、こんな恥ずかしい身体にした悪魔。
なのに、彼の手が離れると、極寒の雪原に放り出されたような寒気を感じてしまう。
(私を見て……触って……)
思考の隅で蠢く汚らわしい願望。美緒は唇を噛み切るほど強く閉じた。
第3章: 崩落する世界
ある午後、久膳が珍しく執務室のドアを少し開けたまま席を外していた。
廊下を通りかかった美緒の耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある軽薄な声。
「いやぁ、まさか本当にあそこまで堕ちるとはねぇ。美緒ちゃんも運がなかったかな」
流行りのブランドスーツを着崩し、整髪料で髪を固めた男。西園寺涼介。かつて永遠の愛を誓ったはずの、元婚約者。
戻ってきた久膳が、デスク越しに涼介と対峙する。
「報酬だ。約束通り、西園寺グループへの融資枠は確保した」
「さすが久膳さん! 仕事が早い! いやー、美緒ちゃんの実家の不正経理データを捏造するのも大変だったんですよ? 彼女、馬鹿正直だから全然ボロを出さなくて」
美緒の足元が、ぐらりと揺らいだ。
捏造? 不正?
「彼女を孤立無援にするのに3年かかった。手間のかかる女だ」
久膳の声には、何の感情も籠っていない。ただの業務報告のように淡々と。
「でも、これで彼女は久膳さんのモノだ。僕も借金がチャラになってハッピー。誰も損してないですよね?」
「……帰れ。二度と私の視界に入るな」
遠ざかる涼介のヘラヘラした笑い声。美緒は廊下の壁に手をつき、荒い息を吐いた。
救世主だと思っていた男こそが、地獄への案内人だったとは。無実の罪も、両親の自殺も、私がこの部屋に繋がれていることも、全て彼が書いたシナリオ通り。
視界が明滅する。込み上げる吐き気。
これ以上、この男の空気を吸いたくない。
美緒はふらつく足取りでリビングへと足を向ける。ペントハウスの巨大な窓。換気のためにわずかにロックが外されている箇所があることを、彼女は知っていた。
重いサッシを力任せに開ける。吹き込む突風。茶色の髪を荒れ狂う蛇のように舞い上がらせた。
眼下には、豆粒のような車と人が行き交う下界。
(死ねば、自由になれる)
柵に足をかけたその時――。
「――ッ、美緒!!」
背後で轟く、聞いたことのない焦燥を含んだ叫び声。
振り返る間もなく、鋼鉄の万力のような腕に腰を掴まれ、強引に室内へ引き戻される。
「離して! 殺してよ! あなたのオモチャになるくらいなら……!」
美緒は久膳の胸を拳で叩き、爪を立てた。高級なスーツが裂け、革手袋に血が滲む。だが久膳は眉一つ動かさず、美緒を床にねじ伏せる。
その三白眼には、これまで見たことのない、暗く濁った炎が燃え盛っていた。
第4章: 刻印の儀式
「死ぬ権利すら俺のものだと言ったはずだ……!」
久膳の余裕は消え失せていた。床に弾け飛ぶ銀縁眼鏡。乱れて額にかかる前髪。彼は美緒の両手首を片手で頭上に押さえつけ、もう片方の手で彼女の太腿を強引に割り開く。
「いやっ……! やめて、やめてぇぇぇ!!」
美緒の悲鳴は、久膳の唇によって塞がれた。これまでの「寸止め」のような生温いキスではない。呼吸すら奪う、捕食者の口付け。舌が口腔内を荒らし回り、酸素を貪り尽くす。
「んぐ、ぅぅ……ッ!」
抵抗する美緒の身体を押さえ込み、久膳は自身の剛直な昂りを、準備もなしに彼女の乾いた秘所へとあてがった。
「お前は俺がいなければ息もできない。そう教えてやる」
一息に、最奥まで貫かれる衝撃。
「あ゛ッ、ぎ……ぁぁぁあ!!」
裂けるような痛みが脳髄を走り、美緒の背中が弓なりに反り返る。視界が白く弾け、声にならない絶叫が喉を引き裂いた。
久膳は止まらない。加減を知らない獣のように腰を打ち付け、美緒の狭い洞窟を自身の形に書き換えていく。
「痛い、痛いッ! 壊れる、こわれちゃうぅぅ!」
「壊れろ! 俺の中で壊れて、俺以外何も考えられないように組み直されろ!」
痛みは次第に、麻痺した神経を伝って、どろりとした熱塊へと変貌していく。拒絶していたはずの身体が、暴力的な楔の運動に合わせて蜜を溢れさせ、彼を締め付け始めた。
グチュ、パンッ、と肉と肉がぶつかり合う卑猥な水音。部屋中に反響する獣の息遣い。
「ひ、あ……あっ、ああっ! おかしい、私、おかしくなっちゃうぅ!」
久膳の手が、美緒の昂りの核を容赦なく擦り上げる。痛みと快楽の境界線が溶解し、脳のヒューズが焼き切れる寸前。
「イけ。俺の手の中で、俺のためだけに」
「あ、あ、あああ――ッ!!!」
美緒の身体が大きく痙攣し、白目を剥いて硬直した。胎内の壁が激しく収縮し、久膳の楔を噛みちぎらんばかりに締め上げる。その瞬間、久膳もまた獣のような唸り声を上げ、彼女の最深部に熱い白濁の奔流を叩き込んだ。
ドクドクと脈打つ彼の分身から、所有の証が胎内へと注ぎ込まれていく。美緒は涎を垂らし、焦点の合わない目で天井を見つめたまま、ガクガクと震えが止まらない。
心の中の「拒絶」の壁が、完全に決壊した瞬間だった。
第5章: 檻の中のエデン
あれから、数ヶ月。
窓の外では季節が変わったようだが、カーテンの閉ざされたこの部屋には関係のないこと。
ベッドの上、美緒は久膳の胸に頬を埋めている。その顔には、かつての怯えも、絶望もなかった。あるのは、蕩けるような甘美な笑みだけ。
首元のチョーカーは外されたが、今の彼女にはもう必要ない。目に見えない鎖が、もっと深く彼女を縛り付けているのだから。
「氷河様……」
美緒が甘い声で名を呼ぶと、久膳が本から視線を外し、彼女の髪を梳く。その指先には、かつての冷徹さはなく、壊れ物を扱うような慎重さと、執着に満ちた熱が宿っていた。
「どうした」
「抱いて……。あなたの体温がないと、寒いの」
美緒は久膳の首に腕を絡ませ、自ら唇を寄せる。久膳もまた、彼女の体温を貪るように抱きしめ返す。彼も気づいているのだ。彼女を支配しているつもりで、実は彼女への依存なしでは生きていけない脆弱な生き物に成り下がったのは、自分の方かもしれないと。
二人は互いの傷を舐め合う獣。シーツの中で絡み合い、堕ちていく。
世界から切り離されたこの場所だけが、二人にとっての真実。歪みきった愛の檻の中で、二人は永遠に窒息し続ける。
「愛しているわ、氷河様」
「……ああ。お前は一生、俺のものだ」
その言葉は呪いのようであり、同時に、この世で最も強固な約束だった。