最底辺荷物持ちと死せる聖女の配信革命

最底辺荷物持ちと死せる聖女の配信革命

主な登場人物

九条 蓮 (レン)
九条 蓮 (レン)
17歳 / 男性
栄養失調気味で痩せこけている。常に俯きがちだが、瞳だけは死人のように暗く深い黒。ボロボロのパーカーを着ている。
レオン・ハーツ
レオン・ハーツ
20歳 / 男性
金髪碧眼、輝くような笑顔。オーダーメイドの白銀の鎧。カメラ写りを常に気にしている。
シルヴィア
シルヴィア
享年19歳 / 女性
透き通るような銀髪に、胸元が血で赤く染まった白いドレス。悲しげだが慈愛に満ちた瞳。

相関図

相関図
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2 5019 文字 読了目安: 約10分
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第1章: 終わりの始まり

湿った石壁。背中を預けると、冷気がシャツを突き抜け、脊髄ごと凍てつかせた。

九条蓮(レン)は、震える手でスマートフォンの画面をタップする。泥と煤(すす)にまみれた指先。その爪の間には、逃走の際にこびりついた乾いた血が詰まっている。膝を抱え込み、三日前から洗濯していないボロボロの灰色のパーカー、そのフードを深く被り直した。前髪の隙間から覗く瞳は、光のない漆黒。澱んだ古井戸のごとき暗闇。十七歳の少年のものとは思えないその眼窩には、諦念という名の隈(くま)が深く刻まれていた。

「……あー、テステス。入ってますか」

掠れた声。地下五十階層の静寂に吸い込まれていく。配信アプリの起動音だけが、場違いなほど明るく響いた。画面右上の視聴者数は『0』。当然だ。Cランクダンジョンの最深部、誰も見向きもしない万年荷物持ち(ポーター)の遺言など、世界の誰が気にするというのか。

足の感覚は、もうない。置き去りにされた際、魔獣に齧られた右足首。そこから溢れる赤黒い液体が、石畳の溝を埋めていく。出血多量による寒気が、全身を小刻みに揺らす。

「僕は、九条蓮です。ここで死にます」

カメラに向かって頭を下げる。誰に対する敬語なのか、自分でもわからない。

ふと、画面の向こう――レンの背後の空間が歪んだ。

埃っぽいダンジョンの空気が、急激に澄み渡る。腐臭が消え、百合の花のような芳香が鼻孔をくすぐった。

「嘘……」

レンが息を呑む。スマホの画面越しに、それが映っていたから。

透き通るような銀色の髪が、重力を無視してふわりと漂っている。血の気を失った白い肌。だが、何より目を引くのは、その少女が纏う純白のドレスだ。胸の真ん中から腹部にかけて、酸化した血痕が毒々しい赤黒さで花を咲かせている。

かつて世界を救い、謎の死を遂げた『聖女シルヴィア』。

教科書やニュース映像でしか見たことのない伝説が、レンの背後で幽かに発光していた。

視聴者数のカウンターが壊れたように跳ね上がる。

1、100、10000、500000……。

コメント欄が滝のように流れ落ちるが、レンの動体視力ではもう追えない。

少女は、カメラのレンズを――いいや、その向こう側にいる『誰か』を見据えていた。慈愛に満ちた瞳の奥、揺らめく蒼い炎。彼女は優雅に、しかし氷のような冷徹さで、白磁のような指先を突きつける。

「……聞こえますか、レオン・ハーツ」

鈴を転がすような、けれど聞いた者の心臓を鷲掴みにする声色。

「あの夜、私の心臓を背後から貫いた感触を……まだ覚えていますわね?」

世界中の端末から、息を呑む音が聞こえた気がした。

第2章: 亡霊たちの証言

コメント欄、阿鼻叫喚の渦。

『合成だろ』『いや、この魔力波形の数値はおかしい』『レオン様が殺人?』『聖女の幽霊!?』

レンの視界が明滅する。激しい頭痛。こめかみを万力で締め上げるような痛み。シルヴィアの顕現をトリガーに、レンの中に眠っていた何かが、強引にこじ開けられたのだ。

「ぐっ、うぅ……!」

喉を掻きむしる。声帯が勝手に震える。自分の意思ではない。

ドクン、ドクン。脈打つたびに、ダンジョンの壁面から無数の「手」が湧き出した。半透明の、無念を抱えた死者たちの腕。

『痛い、痛いよぉ』

『俺を囮にしやがったな、レオン!』

『助けて、まだ死にたくない』

レンの口から、彼自身の声色ではない、老若男女の声が多重奏となって吐き出される。スキル『霊媒(ミディアム)』の強制覚醒。レンはただのスピーカーとなり、ダンジョンに染み付いた怨嗟を電波に乗せ、世界へ撒き散らす。

地上。

煌びやかなタワーマンションの最上階。

レオン・ハーツは、最高級のワイングラスを片手に、その配信を見つめていた。オーダーメイドの白銀の鎧は部屋の照明を浴びて輝き、完璧にセットされた金髪が揺れる。碧眼を細め、唇の端を三日月のように吊り上げた。

「ハハ、凝った演出だねぇ。最近のディープフェイクは優秀だ」

手元の端末を操作し、裏の回線を開く。声色は爽やかなまま、内容は氷点下。

「……ああ、僕だよ。第五十階層にネズミが一匹紛れ込んだみたいだ。処理してくれ。……うん、派手にやるといい。あれは『モンスターの擬態』だったと発表するから」

ダンジョン内。

レンの周囲に漂う死者の霊たちが、一斉に叫び声を上げた。

『来る!』『殺される!』『逃げろ、坊主!』

シルヴィアがレンの前に立ち塞がるように移動する。その霊体は、怒りで微かに震えていた。

「レン、逃げて……! あの男の犬たちが来ます!」

レンは動けない。失血と、脳内を駆け巡る他人の記憶の奔流。指一本動かすことができないのだ。

遠くから、重厚なブーツの音が近づいてくる。

カツン、カツン、カツン。

それは、死神の足音だった。

第3章: 沈黙の配信

「あーあ、機材も安物、服もボロ布。こんなのがバズるなんて、世も末だな」

現れたのは、フルフェイスの兜を被った三人組の男たち。手には、対モンスター用ではなく、対人用のスタンバトンとナイフが握られている。

「や、やめ……」

レンの懇願。腹部にめり込んだ軍用ブーツの一撃で遮断される。

空気が肺から強制的に排出され、代わりに鉄錆の味が口いっぱいに広がった。カメラのアングルがぐらりと傾き、石畳に転がるレンと、彼を踏みつける男の足がアップで映し出される。

「おい、映ってるぞ。早く切れ」

「待てよ、レオン様からのオーダーだ。『嘘でした』と言わせてから殺せってさ」

男の一人がレンの髪を乱暴に掴み、カメラの前に顔をさらさせる。

レンズの向こうで、数億人が見ている。

「ほら、言えよゴミクズ。『全部フェイク動画です。聖女様なんていません』ってな」

男はニヤニヤしながら、レンの右手の指を一本、逆方向にへし折った。

「ぎっ、あああああぁぁぁ!!」

「レン!」

シルヴィアが悲鳴を上げ、男に飛びかかろうとする。しかし、彼女の霊体は男の鎧に弾かれ、霧散しかけた。対霊装甲。準備は周到だった。

「おっと、幽霊ごっこも終わりだ」

懐から取り出した何かが、強烈な紫外線を放つ。シルヴィアの姿が薄れ、苦悶の表情で膝をついた。

「や……めろ……彼女に、手を出すな……」

レンは血の泡を吹きながら、それでもカメラを睨みつける。漆黒の瞳。初めて明確な殺意の火が灯る。

「僕は……嘘は……言わない……!」

「あそう。じゃ、死ね」

男は興味なさげに肩をすくめると、無慈悲にバトンを振り下ろした。

鈍い打撃音。骨が砕け散る不快な響き。

続けて、配信機材が無惨に踏み潰される破裂音が轟いた。

『Signal Lost』

画面がブラックアウトする。

最後に聞こえたのは、レンの喉が潰れたような呼吸音と、聖女シルヴィアの、魂を引き裂くような絶叫だけ。

「レェェェェェェンッ!!」

世界中の画面が、暗闇に包まれた。

第4章: 黄泉からの凱旋

暗闇。

無限に続く静寂。

視聴者たちは、黒い画面を見つめたまま動けずにいた。コメントすら止まっている。誰もが、最悪の結末を悟っていたからだ。

だが。

プツッ、プツッ……ザザッ。

ノイズが走る。

接続は切れていなかった。

壊されたはずの配信機材。潰されたはずの喉。砕かれたはずの肉体。

それらを繋ぎ止めているのは、電気信号ではない。

ダンジョンそのものを血管とし、魔力を血液として循環させる、もっとおぞましく、強大な執念。

『……こえ……ますか……』

地獄の底から這い上がるような声。

映像が戻る。しかし、そこはさっきまでの薄暗い石造りの通路ではなかった。

青白い炎。画面全体を埋め尽くしている。

蒼炎(そうえん)の中心に、一人の少年が立っていた。

折れたはずの指は異様な角度で再生し、潰れた喉元には蒼い魔力の紋様が刻まれている。

レンの黒い瞳は、もはや白目すら存在しない、完全なる虚無の闇へと変貌していた。

その背後には、シルヴィアだけではない。数百、数千の、このダンジョンで無念の死を遂げた者たちの魂が、青い鬼火となって渦巻いている。

「僕の声は奪えても……彼らの怨嗟(えんさ)は、消せない」

レンが一歩踏み出す。

彼を殺したはずの暗殺部隊の男たちが、白目を剥き、泡を吹いて倒れていた。外傷はない。ただ、魂だけを抜き取られた抜け殻として。

「行こう、シルヴィアさん。……審判の時間だ」

レンが虚空に手を伸ばすと、シルヴィアがその手を取り、寄り添うように浮かび上がった。彼女のドレスの赤黒い血痕が、蒼い炎に照らされ、浄化されたように輝き始める。

「ええ、レン。参りましょう。あの方に、引導を」

カメラが、レンの背中を追うように動き出す。

まるで映画のワンシーン。

最弱の荷物持ちは、死者の軍勢を従える王となり、地上への階段を登り始めた。

画面の向こうで、レオン・ハーツの余裕の笑みが凍りついているのが、レンには手に取るようにわかった。

「……震えて待っていろ。これが、お前の罪の音だ」

第5章: 英雄の失墜と、サヨナラ

タワーマンションの上空。巨大な魔法陣が展開される。

レンはダンジョンの魔力を利用し、全世界の空に自身の姿を投影していた。

「悪あがきだ! 僕が正義だ! みんなもそう思うだろう!?」

レオン・ハーツの狂乱。輝く聖剣を抜き放ち、必死の形相でレンに斬りかかる。カメラ映りを気にする余裕など、とうに消え失せていた。

だが、その剣はレンに届かない。

シルヴィアが展開した聖なる障壁が、かつての仲間の刃を悲しげに弾く。

「レオン。あなたはもう、英雄ではありませんわ」

レンは、剣を振るうことはなかった。

ただ、静かに右手をかざしただけ。

「『記憶同期(メモリー・シンク)』」

瞬間。

レオンの脳内に、彼が殺めてきた数多の人々の「最期の瞬間」が逆流した。

背中から刺される痛み。裏切られた絶望。冷たい石畳の感触。

それら全てが、視覚情報として全世界のモニターにも共有される。

「ぎ、ぎゃああああああああ!!」

喉を掻きむしり、のたうち回るレオン。

物理的なダメージではない。数千人分の「死の苦痛」を同時に味わわされ、精神が崩壊していく。

視聴者たちは見た。英雄の仮面の下にある、醜悪なエゴとサディズムを。

「やめろ、やめろぉぉぉ! 僕を見るな! 数字が、登録者数が減っていくぅぅぅ!!」

レオンの体から金色の輝きが剥がれ落ち、どす黒い汚泥のようなものが溢れ出す。

社会的な死。そして精神の死。

抜け殻となったかつての英雄は、自らが生み出した幻影に怯えながら、屋上の端から足を滑らせた。

誰も手を差し伸べなかった。

朝日が昇る。

戦いが終わり、蒼い炎が空に溶けていく。

「……終わったんですね」

レンが呟くと、隣にいたシルヴィアの体が光の粒子となってほどけ始めた。

未練という鎖が断ち切られたのだ。

「ありがとう、レン。……私の、小さな騎士様」

シルヴィアは、涙でぐしゃぐしゃになったレンの頬に、透き通った手を添えた。触れることはできない。けれど、その温もりは確かにレンの魂に届いた。

「行かないで……僕には、あなたしか……」

「あなたはもう一人ではありません。……ほら」

シルヴィアが指差した先。スマートフォンの画面には、億を超える「ありがとう」「生きて」「ごめん」という言葉が溢れていた。

「さようなら。……愛していますわ」

聖女は、最高の笑顔を残して、朝の光の中に消えた。

レンは、誰もいない屋上で一人、膝をついて泣いた。

最強にはなれなかった。何もかも手に入れたわけではない。

ボロボロのパーカーも、死人のような瞳も変わらない。

けれど、彼は立ち上がる。

風が、涙を乾かしていく。

スマホを拾い上げ、彼は震える声で、しかしはっきりと告げた。

「……配信を、終了します。また、次の夜に」

黒い瞳の奥。小さな、けれど決して消えない灯火を宿して。

物語は終わらない。死者たちの声がある限り、彼は歩き続けるのだ。

クライマックスの情景

AI物語分析

【物語の考察:死者の声なき声】

本作の核となるのは、物理的な暴力ではなく「情報の暴力」による復讐です。主人公・レンの能力『霊媒』は、単に霊を呼び出すだけでなく、社会的に黙殺されてきた弱者の声を可視化する拡声器の役割を果たしています。ダンジョンの底で朽ちていく名もなき冒険者たちの無念は、現代社会における「見えない犠牲者」のメタファーであり、それを全世界に配信するという行為は、腐敗した英雄主義への強烈なアンチテーゼとなっています。

【メタファーの解説:蒼い炎と朝陽】

レンが操る「蒼い炎」は、怒りや恨みといった負の感情の象徴ですが、同時にそれは不浄を焼き払う浄化の炎としても描かれています。一方で、ラストシーンの「朝陽」は、復讐という夜が明け、レンが再び生者の世界へと歩み出す再生の瞬間を意味します。聖女シルヴィアが光となって消える演出は、彼女がレンにとっての「母性的な庇護者」から、彼が自立するための「道標」へと昇華されたことを示唆しています。

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