女神殺しのフィナーレ

女神殺しのフィナーレ

主な登場人物

久堂 蓮 (Kudo Ren)
久堂 蓮 (Kudo Ren)
29歳 / 男性
常に安物の喪服のような黒スーツ。目の下に濃い隈があり、死んだ魚のような目をしているが、時折鋭い光を宿す。喫煙者。
真白 アイ (Mashiro Ai) / VTuber: セラフィナ
真白 アイ (Mashiro Ai) / VTuber: セラフィナ
19歳 / 女性
色素の薄いボサボサの髪、ジャージ姿。手首には無数のリストカット痕(またはそれを隠す包帯)。
御子柴 レイ (Mikoshiba Ray)
御子柴 レイ (Mikoshiba Ray)
不詳(20代前半) / 無性(自称)
極彩色のパーカーにヘッドフォン。常に飴を舐めている。部屋はモニターの光だけ。
5 4387 文字 読了目安: 約9分
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第1章: 神の葬列

紫煙。淀んだ空気を、ゆっくりと這い上がっていく。

新宿の雑居ビル、その最奥にある黴臭い事務所。蛍光灯の明滅が、デスクに足を投げ出した男の姿を断続的に切り取る。久堂蓮(くどうれん)。まるで葬儀の帰り道で数年を過ごしたかのような、安物の黒いスーツ。襟元はよれ、袖口からは骨張った手首が覗く。

瞳は、水槽の底に沈殿した泥。光を吸い込むばかりで何も反射しないその「死んだ魚」のような眼球の下、不健康な生活が彫り込んだ濃い隈がタールの如く張り付いている。ボサボサに伸びた黒髪。気怠げにかき上げる仕草。

「3分ですね」

短くなったタバコを空き缶に押し付け、ジュッという断末魔と共に言葉を吐き出す。

「ネットの女神が『ただの肉塊』に堕ちるまでの時間です」

PCモニターの光だけが照らす部屋の隅。そこに少女はいた。

真白アイ。

世界で最も愛されているVTuber『セラフィナ』の、中身(ソウル)。

しかし、そこに座っているのは女神ではない。色素が抜け落ち、枯草のようになった髪。毛玉だらけのジャージ。ちっぽけな存在。手首には幾重にも巻かれた包帯。かつて白かった布は、赤黒いシミで地図を描いている。

「……私、もう空っぽなんです」

ガラス片を喉に詰まらせたような掠れ声。モニターの中、完璧な造形で微笑む『セラフィナ』を、彼女は虚ろに見つめる。

「事務所は、中身を入れ替えるつもりです。新しい魂を入れて、セラフィナだけを生き延びさせる。……私が死んでも、誰も気づかない」

呼吸をするたび、痩せこけた肩が軋むように上下する。

「久堂さん。私が私を殺すのを、手伝ってください」

久堂は眉一つ動かさず、新しいタバコを咥えた。オイルライターの蓋を弾く音。乾いた室内に響く金属音。

「夢を見させるのがアイドルの仕事。その悪夢を始末するのが、俺の仕事だ」

紫煙の向こう。濁った瞳の奥に、剃刀のような鋭い光が一瞬だけ宿る。

「いいでしょう。あなたのその『社会的自殺』、俺がプロデュースしますよ」

第2章: 嘘と泥

「草。これ完全に詰んでね?」

極彩色のパーカー、首にかけたヘッドフォン。御子柴レイが飴をガリガリと噛み砕き、モニターを指さす。薄暗い部屋、唸りを上げる無数のサーバー。熱気が肌にまとわりつく。

「相手は時価総額トップのテック企業だお。喧嘩売る相手間違ってるって」

「御託はいい。掘れ(ディグれ)」

冷めたコーヒーを喉に流し込み、キーボードを叩く御子柴の背中を睨みつける。

敵は巨大だ。セラフィナという虚像は、もはや宗教。数百万の信者が信じる「清廉潔白」。そのイメージを保ったまま、中の人である真白アイだけを契約解除させる。針の穴を通すようなミッション。

「……あった。脱税の痕跡、それとパワハラの音声ログ」

御子柴の指が止まる。画面に映し出されたのは、事務所幹部がアイを罵倒する記録。

『お前の代わりなんていくらでもいるんだよ! 吐血? 知らねえよ、マイクミュートにして吐け!』

久堂のこめかみに浮かぶ青筋。

脳裏にフラッシュバックする、かつて救えなかった少女の姿。ビルの屋上、風に舞うスカート、コンクリートに叩きつけられた赤い染み。

胃の腑が焼けつくように熱い。太ももを爪が食い込むほど強く掴み、その幻影を振り払う。

その夜、アイの配信。

画面の中では、セラフィナが天使のような声で歌っている。

「みんな、大好きだよ!」

だが、マイクの向こう側。薄汚れたアパートの一室、洗面器を抱えるアイ。歌の合間、マイクを切り、赤黒い液体を吐き出す。口元を汚れた袖で拭い、再びスイッチを入れて「女神」に戻る。

その姿を、久堂は遠隔カメラ越しに見ていた。

彼女は削っている。自分の命を燃料にして、幻影を輝かせている。

「……くだらねぇ」

呟き、画面を閉じた。だが、その手は微かに震えていた。

第3章: 裏切りの配信

世界が反転したのは、その翌日。

スマートフォンの通知音が、けたたましい警報のように鳴り響く。画面を埋め尽くすSNSのトレンド。

『悪徳フィクサー久堂蓮、過去の自殺教唆疑惑』

『セラフィナを脅迫する反社勢力』

捏造されたチャットログ。加工された写真。企業のカウンター・インテリジェンス。久堂の「掃除屋」としての過去が、最悪の形で歪められて拡散されている。

「……仕事が早いな」

舌打ちをした瞬間、さらなる通知が画面を覆う。

『セラフィナ、緊急配信』。

嫌な汗が背筋を伝う。指先の冷えを感じながら、配信を開く。

そこには、いつも通り完璧なアバターのセラフィナ。だが、その声は震えている。

「……私、脅されていたんです。久堂という男に……引退しないと殺すと……」

息が止まる。

心臓が早鐘を打ち、視界が白く明滅する。

アイが、俺を売った?

いや、違う。彼女の声のトーン、わずかな息継ぎの間隔。これは台本だ。横に誰かがいて、銃でも突きつけられているかのような、強張った演技。

「ごめんなさい……みんな、助けて……」

コメント欄、加速する殺意の奔流。

『久堂を殺せ』『特定しろ』『社会的に抹殺せよ』

数百万の「正義」が、牙を剥いて襲いかかってくる。

携帯を握りしめたまま、壁に背を預けてずるずると崩れ落ちる久堂。事務所のドアの向こう、ドンドンと激しく扉を叩く音。

「久堂! 出てこいこの人殺し!」

マスコミか、狂信的なファンか。

世界中が敵に回った。アイとの連絡手段も遮断された。

俺はまた、守れなかったのか。

第4章: どん底からの反撃

路地裏のアスファルトは冷たい。頬を濡らす泥水。

降りしきる雨が、ドブ川のような臭気を立ち昇らせていた。

ゴミ捨て場の陰に身を潜め、割れた画面のスマホを見つめる久堂。酒の入った小瓶を煽るが、アルコールですら恐怖と焦燥を麻痺させられない。

「……クソが」

配信のアーカイブを再生する。アイの告発。完璧な「悲劇のヒロイン」。

だが、違和感。

『私、脅されていたんです』

その言葉の直前、アバターの手が一瞬だけ不自然な動きをした。

指を二回叩き、親指を握り込む。

久堂の濁った瞳が、一瞬で見開かれる。

それは、かつて二人が交わした契約の際の、些細な約束。

――もし言葉を奪われたら、指で合図してください。

『ハンドサイン(助けて)』。

彼女は、裏切ってなどいない。

敵の懐、監視下の中で、命がけで俺にSOSを送っている。

「……はは」

漏れる乾いた笑い。

血管の中を流れる泥が、瞬時に沸騰するような感覚。五体の感覚が鋭敏になり、雨音さえもが戦太鼓のように鼓膜を叩く。

「法が裁けないなら、俺が裁く」

泥水の中から立ち上がる久堂。

安物のスーツは雨で重く張り付いているが、もはや喪服ではない。戦闘服だ。

連絡先リストを開く。

そこにあるのは、かつて彼が「闇に葬った」はずの人間たち。スキャンダルを揉み消して救った地下アイドル。解雇された元マネージャー。ゴシップ屋。業界の掃き溜めに生きる「嫌われ者」たち。

「……仕事だ。全員、死ぬ気で集まれ」

セラフィナの引退ライブ、すなわち「魂の入れ替え式」まであと24時間。

史上最悪の放送事故(テロル)を起こす。

第5章: 最後のカーテンコール

世界中の視線が集まる、引退ライブ当日。

同時接続数は500万人を超えていた。

ステージ中央、新曲を歌い上げようとする光り輝くセラフィナ。その背後では、企業の役員たちがシャンパンを開ける準備をしていたことだろう。

「御子柴、合図だ」

「了解。派手に逝くお!」

久堂の合図、叩かれるエンターキー。

瞬間、煌びやかなステージの映像がノイズに飲まれた。

『え? 何?』

『バグ?』

ざわめくコメント欄。切り替わる映像。

そこに映し出されたのは、きらきらしたステージではない。

薄暗い、監獄のような狭い部屋。

そこに、パイプ椅子に縛り付けられ、男たちに囲まれた「ボロボロの少女」。

真白アイだ。

目の前には、強要された台本の原稿が散らばっている。

「な、なんだこれは! 映像を切れ!」

裏側で怒鳴るスタッフの声。全世界への垂れ流し。

だが、映像は切れない。御子柴による完全な回線ジャック。

「見ろよ」

マイクに向かい、地を這うような低い声で囁く久堂。その声は、会場のスピーカー、そして500万人のデバイスから響き渡る。

「これが、お前たちが愛した女神の正体だ!!」

さらに流出させる、アイが書き溜めていた日記のデータ。

『喉が痛い。血が止まらない。でも、みんなが喜んでくれるなら』

『アバターの私は愛されている。でも、ここにいる私は誰?』

『生きたい。死にたい。生きたい』

綺麗な嘘ではない。血と膿にまみれた、汚い真実。

一文字一文字が、ファンの胸にナイフのように突き刺さる。

画面の中、拘束を解かれたアイが、震える手でカメラを見つめた。

メイクもしていない。髪もボサボサ。剥き出しのリストカットの痕。

醜い。あまりにも生々しい人間。

しかし、彼女は口を開いた。

アバターを通さない、掠れた、しかし確かな彼女自身の声。

「……これが、私です」

涙も流さず、カメラを睨みつけるように見据える。

「綺麗なセラフィナは、もう死にました。……今まで、幻を愛してくれて、ありがとう」

その瞬間、変わるコメント欄の流れ。

『ふざけるな』という怒号は消え、

『生きて』

『そこにいていいんだ』

言葉の滝。

「さようなら」

アイが頭を下げた瞬間、久堂は全ての回線を切断した。

完全なブラックアウト。

静寂。

世界一のVTuberは死んだ。

そして、一人の人間が生き残った。

***

数年後。

海沿いの小さな街にある、名もなきカフェ。

エプロン姿の女性が、テラス席の客にコーヒーを運んでいる。

短く切り揃えられた髪。戻った健康的な血色。手首の傷跡を隠すブレスレット。

客の冗談に、屈託のない笑顔を見せる彼女。

その様子を、道路の向かい側に停めた古いセダンの中から見つめる男がいた。

黒いスーツは相変わらず安物。だが、その瞳に宿っていた泥のような濁りは、少しだけ澄んでいる。

男は新しいタバコを取り出そうとして、ふと手を止めた。

そして、箱ごとダッシュボードに放り投げる。

「……任務完了(ミッション・コンプリート)」

久堂蓮は、彼女と目を合わせることなく、静かにアクセルを踏んだ。

車の去った後には、潮風だけが優しく吹き抜けていった。

クライマックスの情景

AI物語分析

【物語の考察:偶像と生贄】

本作は現代の「アイドル産業」を、古代の「生贄儀式」のアレゴリーとして描いています。VTuber『セラフィナ』は、大衆が求める「潔白な女神」という偶像(アイドル)ですが、その輝きを維持するためには、中の人である真白アイという「人間(人身御供)」の生命力が燃料として消費され続けなければなりません。

【久堂蓮の役割:カロン】

主人公・久堂蓮は「葬儀屋」や「掃除屋」と呼ばれますが、神話的元型においては三途の川の渡し守「カロン」の役割を担っています。彼はアイを「元の輝かしい舞台」に戻すのではなく、「アバターという死後の世界(冥界)」から「泥臭い現世」へと連れ戻す役目を果たします。彼が最後にタバコを捨てる行為は、彼自身もまた「過去の亡霊」としての役割を終え、生者の時間に戻ったことを示唆しています。

【「泥」と「光」の対比】

作中では徹底して「泥(現実)」と「光(虚構)」が対比されます。久堂の瞳、アイのアパート、吐瀉物は「泥」ですが、そこには確かな体温と生命があります。一方、セラフィナのステージや企業のビルは「光」ですが、そこには冷徹な虚無しかありません。クライマックスで華やかなステージ映像を「薄暗い監獄」の映像で上書きする行為は、光の下に隠された泥こそが真実であるという、強烈なアンチテーゼとなっています。

この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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