処刑台の聖女は、人喰い辺境伯の腕の中で死を乞う

処刑台の聖女は、人喰い辺境伯の腕の中で死を乞う

主な登場人物

リリス・クロウリー
リリス・クロウリー
18歳 / 女性
色素の薄い銀髪、虚ろだが光を当てると宝石のように輝く紫色の瞳。ボロボロだが仕立ての良い白いドレス(処刑時の衣装)、右腕全体に茨のような黒い紋様(呪い)がある。
ギルバート・フォン・アビス
ギルバート・フォン・アビス
不詳(外見は24歳前後) / 男性
濡れたような黒髪、爬虫類を思わせる金色の瞳。軍服を崩したような黒いロングコート、常に黒革の手袋を着用(触れたものを腐食させないため)。目の下に濃い隈がある。
オスカー・ルミナス
オスカー・ルミナス
19歳 / 男性
太陽のような金髪、正義を信じて疑わない碧眼。純白の儀礼用軍服、黄金の刺繍が入ったマント。清潔感の塊。

相関図

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第一章: 処刑台の求婚


煮えたぎる熱狂、そして悪意。王都中央広場は今、巨大な釜と化していた。

石畳を埋め尽くす民衆の視線、その全てが処刑台の一点に突き刺さる。


縛り付けられているのは、かつて聖女候補と謳われた少女。

煤と埃にまみれ、艶を失った銀髪。引き裂かれた絹のドレスから覗く、痛々しいほどにやせ細った肢体。虚ろな瞳――光が当たればアメジストのごとく輝くはずの紫紺の双眸は、いまや死んだ魚のように濁り、足元の薪の山をただぼんやりと映していた。


オスカー・ルミナス「聞け! この女、リリス・クロウリーこそが、聖女の仮面を被り国を蝕んだ魔女である!」


太陽の如き金髪、純白の軍服。第一王子オスカー・ルミナスが高らかに宣言する。その碧眼に宿るは、一点の曇りもない「正義」。


オスカー・ルミナス「よって、王家との婚約を破棄し、浄化の炎をもってその罪をあがなわせるものとする!」


罵声。飛来する石礫。

リリスの頬を赤い筋が走る。痛みなどない。心はとうの昔に凍てついていた。


ああ、やっと終わる。この汚れた身体も、誰にも愛されなかった記憶も、全部灰になる。


右腕に刻まれた、指先から肩へと這う黒い茨の紋様。

生まれつきの呪い。誰もが忌み嫌い、唾を吐きかけた醜悪な刻印。


松明が放たれる。

赤い舌が薪を舐め、熱波が肌を焦がす。黒煙が視界を塗り潰す。

咳き込むことさえ忘れ、彼女は静かに瞼を閉じた。


ドオォォォンッ!!


轟音。処刑台を包んでいた炎が、巨大な爪に切り裂かれたかのように四散する。

爆風が広場を薙ぎ払い、悲鳴が上がった。


黒煙の渦中、ゆらりと現れた一人の男。

濡れたカラスの羽のような黒髪。爬虫類を思わせる、縦に割れた金色の瞳。

軍服を崩した黒衣を纏い、その足元では燃え盛っていた炎が、黒い氷へと変貌していた。


オスカー・ルミナス「き、貴様は……『人喰い辺境伯』ギルバート・フォン・アビス!? 何故、国一番の嫌われ者がここに!」


ギルバートは王子の叫びなど羽虫の羽音ほどにも気に留めず、燃え残った処刑台へと歩を進める。

圧倒的な威圧感。衛兵たちは槍を取り落とし、震え上がって道を開けた。


指先ひとつ触れず、闇の魔力でリリスの拘束を切断する。

崩れ落ちそうになる彼女の体を、長い腕が抱き留めた。

革手袋越しに伝わる冷たい体温。焦げ臭さと、微かな鉄の匂い。

リリスは恐る恐る目を開けた。そこには、至近距離で自分を覗き込む、狂気と愉悦に満ちた黄金の瞳。


リリス・クロウリー「あ……殺しに、来たのですか……?」


枯れた喉から漏れる、カスカスの声。

ギルバートは口の端を吊り上げ、リリスの頬にこびりついた煤を、革手袋の親指で乱暴に拭う。


ギルバート・フォン・アビス「殺す? 誰が? 僕が君を?」


彼はリリスの右腕、あの醜い呪いの痣を掴み上げると、うっとりとした表情でその黒い茨を見つめた。


ギルバート・フォン・アビス「まさか。ずっと探していたんだ。世界中が君を憎み、君自身さえも君を殺したがっているこの瞬間を」


リリスを抱きかかえたまま、呆然とする王子と民衆を見下ろす。

その瞳は、獲物を見つけた獣のように爛々と輝いていた。


ギルバート・フォン・アビス「ああ、なんて美しい絶望だろう。硝子の靴を砕いて、血まみれになった君こそが、僕の求めていた花嫁だ」


「連れて行くぞ、僕の地獄へ!」


世界が闇に塗り潰される。

リリスの意識は、底なしの暗闇へと吸い込まれていった。


◇◇◇


第二章: 茨の城の甘い檻


目覚め。視界を覆う天蓋。

身を起こせば、そこは巨大なベッドの上。肌触りの良い最高級シルクのシーツ。

窓の外、荒れ狂う極北の吹雪。「人喰い辺境伯」の根城、アビス城だ。


リリスは身を縮こまらせる。これから想像を絶する拷問が始まるに違いない。

あの男は、人を喰らう化け物だと言われているのだから。


重厚な扉が開く。

入ってきたのはギルバート。手には湯気の立つ銀の盆。

ベッドの縁に腰掛け、スプーンでスープをすくい、リリスの口元へ。


ギルバート・フォン・アビス「口を開けろ。それとも口移しが好みか?」


リリス・クロウリー「え……あの、私、自分で……」


ギルバート・フォン・アビス「命令だ。飲め」


有無を言わせぬ圧力。震えながら一口、啜る。

……温かい。野菜の甘みが広がり、冷え切った内臓に染み渡る。


それからの日々は、リリスの予想を完全に裏切るものだった。

監禁こそされたが、与えられるのは苦痛ではなく、狂気的なまでの「溺愛」。



ある夜、暖炉の前。ギルバートはリリスの右腕を露わにさせた。

醜い黒い茨の痣。リリスが何よりも隠したかった恥部。

彼は黒革の手袋を外し、その白く冷たい指先で、呪いの紋様をなぞる。

指が這うたび、リリスの背筋にゾクゾクとした電流が走った。


リリス・クロウリー「見ないで……ください……汚い、です……」


ギルバート・フォン・アビス「汚い? これが?」


彼はリリスの手首を掴み、その内側、脈打つ血管の上に刻まれた茨に、熱い唇を押し当てる。

チュッ、と湿った音が静寂に響く。

舌先で呪いを味わうように、執拗に、ねっとりと愛撫を繰り返す。


ギルバート・フォン・アビス「これは至高の芸術だ。君を蝕むこの毒こそが、僕には甘露のように思える」


沸騰しそうな頬。

嫌悪されているはずの呪いが、彼に触れられると、まるで熱を帯びた花弁のように疼く。



毎日贈られる最高級のドレス。運ばれる美味な食事。

凍り付いていた心が、少しずつ、音を立てて溶け始めていた。

けれど同時に、胸の奥底で鎌首をもたげるどす黒い不安。


どうして? 私には価値なんてない。ただの燃えカスなのに。いつか彼も気づくはず。私が中身のない空っぽの人形だと。


鏡に映る自分を見るのが怖い。

幸せになればなるほど、足元の氷が薄くなっていくような恐怖。

「自分は彼に相応しくない」。その自己否定こそが、呪いのようにリリスを締め付けていた。


そんなある日、城の廊下で耳にしたメイドたちの噂話。


「旦那様も物好きよね。あんな呪われた女、さっさと『利用』してしまえばいいのに」

「ええ、あの女の血があれば、旦那様の『呪い』も解けるんでしょう?」


足が止まる。

急速に引いていく血の気。

利用? 呪いを解く?


……ああ、やっぱり。


そういうことだったのだ。

愛されていたわけじゃない。

私はただの、「道具」だったのだ。


◇◇◇


第三章: 硝子の破片と血の真実


報せは疾風のごとく。王都軍、境界突破。

率いるは第一王子オスカー。


城の大広間、冷たい石床にリリスは立ち尽くしていた。

正面の玉座、気怠げに頬杖をつくギルバート。


ギルバート・フォン・アビス「オスカー君もお熱心なことだ。わざわざ元婚約者を殺しに来るとは」


リリス・クロウリー「……教えてください、ギルバート様。貴方は、私の何が欲しかったのですか?」


金色の瞳が、すっと細められる。

隠す様子もなく、淡々と告げられた真実。


ギルバート・フォン・アビス「君の身体に流れる『世界を滅ぼす毒』だよ。君のその痣は、魔力の暴走の証だ。オスカーが君を捨てたのも、その毒を制御できず、君を殺すことでしか世界を救えないと判断したからだろうね」


膝が震える。オスカーの断罪は正義感の暴走などではなく、苦渋の決断だったというのか。


ギルバート・フォン・アビス「そして僕は、不老不死という永遠の退屈に飽き飽きしている。君の毒だけが、僕という怪物を殺してくれる唯一の希望なんだ」


世界が反転する。

王子は世界を救うために私を殺そうとし、辺境伯は死ぬために私を飼っていた。

誰一人として、「リリス」という人間を見てはいなかった。


私は……誰かの死ぬための道具でしかなかったの?


涙さえ出ない。漏れるのは乾いた笑いだけ。

心の中で、何かが完全に砕け散った。

それなら、望み通りにしてあげましょう。

私の命で、世界が救われ、貴方が救われるなら。


懐に隠していた護身用の短剣を抜き放つ。迷いなく切っ先を自らの喉元へ。


リリス・クロウリー「……さようなら。私の、美しい絶望」


ギルバート・フォン・アビス「リリスッ!!」


銀閃。

舞う鮮血。


しかし、痛みは走らない。

短剣は喉に届く寸前で静止していた。

ギルバートの素手が、刃を直接握りしめていたからだ。

手のひらからボタボタと滴り落ちる赤。

足元には、脱ぎ捨てられた黒革の手袋。


リリス・クロウリー「……どう、して……? 私が死ねば、貴方の望み通り、その毒で……」


血まみれの手で刃を握ったまま、ギルバートが顔を歪める。

それは初めて見せる、人間らしい「痛み」の表情。


◇◇◇


第四章: 怪物たちの愛の誓い


床に滴る血の音が、広間に大きく響く。

ギルバートは短剣をもぎ取り、遠くへ放り投げた。

血濡れの手でリリスの肩を掴み、激しく揺さぶる。


ギルバート・フォン・アビス「ふざけるな! 勝手に終わらせるな!」


リリス・クロウリー「だって……私は道具なんでしょう!? 貴方を殺すための、汚れた毒なんでしょう!?」


「そうだ!!」


絶叫。その金色の瞳から、一筋の雫が零れ落ちる。

涙。不老不死の怪物が流す、初めての涙。


ギルバート・フォン・アビス「最初はそうだった! 道具として拾った! だが……いつの間にか、君がいないと息もできないほど、僕は君に狂ってしまったんだ!」


崩れ落ちるように跪き、彼女の腰に縋り付く。

血で汚れた手が、リリスの白いドレスを鮮血で染め上げていく。


ギルバート・フォン・アビス「死にたいと願っていた永遠が、君といると一瞬に感じる。君の淹れた下手くそな茶も、刺繍の指し傷も、僕を見る怯えた目も、すべてが愛おしい! 不老不死の苦しみなんてどうでもいい、僕はただ、君と生きたいんだ!」


堰を切ったように溢れ出す涙。

「愛されない汚れた存在」という彼女の呪いが、ギルバートの血と涙によって書き換えられていく。

私は、呪われた怪物じゃない。

この孤独な怪物を、愛で救える唯一の女。


リリスは震える手で、ギルバートの濡れた頬を包み込んだ。


リリス・クロウリー「……馬鹿な人。私なんかを選んだら、世界中を敵に回しますよ?」


ギルバートは頬を擦り寄せ、凶悪な、けれど最高に幸せそうな笑みを浮かべる。


ギルバート・フォン・アビス「上等だ。硝子の靴なんていらない。裸足で、血の海の上をワルツと洒落込もう」


警告:王都軍主力部隊、城門を突破。魔力反応増大。


轟音と共に吹き飛ぶ城門。

瓦礫の向こうには、数千の兵と、聖剣を構えたオスカー。

二人は立ち上がる。

手を取り合い、地獄の業火へ飛び込むように、戦場へと歩き出した。


◇◇◇


第五章: 硝子の靴を砕いて


城の前庭は、魔法の閃光と怒号で埋め尽くされていた。

オスカーが掲げる聖剣から放たれる、眩い光の奔流。


オスカー・ルミナス「退けギルバート! その女は災厄だ! 生かしておけば世界が滅ぶ!」


ギルバート・フォン・アビス「世界ごときが、僕の愛妻に指図するなァ!!」


展開される闇の防壁。だが、圧倒的な数の暴力に徐々に押し込まれていく。

ギルバートの左目が、敵の魔法の流れ弾を受けて潰れた。顔面を覆う鮮血。それでも彼はリリスを背に庇い、一歩も退かない。


リリス・クロウリー「ギルバート様! もうやめて……!」


ギルバート・フォン・アビス「ぐっ……見るな、リリス! 君は、僕が守る……!」


ボロボロになりながら戦う彼の背中。

リリスの中で何かが弾けた。

守られるだけじゃない。

私も、彼を守りたい。

この呪われた「毒」を、彼を守るための「力」に変えて。


私の命、全部あげる。だから、彼を死なせないで!


右腕の痣を強く握りしめる。

今まで忌み嫌い、封じ込めていた力を、すべて解き放つ。


リリス・クロウリー「……《聖魔反転・浄化の煌めき(ラスト・ワルツ)》!!」


カッッッ!!!


リリスの体から爆発する紫色の光。

毒ではない。毒を反転させた、純粋な魔力の奔流。

光は波紋のように広がり、王都軍の武器を、鎧を、そして戦意を、砂のように崩れ去らせていく。

オスカーの聖剣さえも、その圧倒的な輝きの前に粉々に砕け散った。


オスカー・ルミナス「馬鹿な……これが、彼女の本当の力だというのか……?」


光が収まった時、戦場に立っている者は誰もいなかった。

兵士たちは気絶し、オスカーは膝をつき、呆然と空を見上げている。


崩れ落ちるリリス。

喉が焼けるように熱い。声が出ない。

代償として、彼女は声を失ったのだ。


「リリス……!」


片目を失ったギルバートが、這うようにして彼女に近づき、抱きしめる。

リリスは微笑み、彼の残された右目に手を添えた。

言葉はもう要らない。


◇◇◇


数ヶ月後。

廃墟となった王都を見下ろす丘の上。寄り添う二人の姿。

かつての美しいドレスも、軍服も捨て、質素だが温かい服を身にまとっている。


ギルバートは眼帯をつけ、リリスはもう二度と歌うことはできない。

けれど、二人の間には、穏やかで壊れることのない空気が流れていた。


ギルバートがリリスの手を取り、恭しく腰を折る。


ギルバート・フォン・アビス「踊っていただけますか? 僕の最愛の魔女」


リリスは音のない笑い声をあげ、彼の手に自分の手を重ねた。

風が吹き抜け、瓦礫の山に名もなき花が揺れる。

二人は静かにステップを踏み始めた。

音楽などない。互いの鼓動だけが、永遠のリズムを刻んでいた。


硝子の靴はもうない。

けれど、二人は確かに、地獄の果てで幸福なワルツを踊り続けていた。


[完]

クライマックスの情景
【AIによる物語の考察と評価】

キャラクター考察

【物語の考察:反転する価値】

本作の核は「価値の反転」にある。王都における「聖女の紋様」は呪いとして迫害の対象となるが、辺境伯ギルバートにとっては唯一の救済(死)をもたらす「至高の芸術」として礼賛される。リリスの自己肯定感は、この歪んだ肯定によってパラドキシカルに回復していく。本来なら忌避すべき「毒」や「死」が、二人を繋ぐ「愛の触媒」として機能する構造が、一般的なシンデレラストーリーへのアンチテーゼとなっている。

【メタファーの解説:硝子の靴と裸足】

タイトルにもある「硝子の靴」は、社会的な規範や、王子から与えられる「正しい幸福」の象徴である。ギルバートがそれを「砕く」と言い放ち、最終的に二人が「裸足」でワルツを踊る結末は、既存の社会的地位や役割(聖女、王子、貴族)からの完全な脱却を意味する。声を失い、目を失うという「喪失」は、彼らがもはや社会とかかわるための器官を捨て、二人だけの閉じた世界で完結した幸福を手に入れたことの究極の証明である。

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