視聴者ゼロの葬列、あるいは神を食らうバグ

視聴者ゼロの葬列、あるいは神を食らうバグ

主な登場人物

九条レン (Ren Kujo)
九条レン (Ren Kujo)
17歳 / 男性
ボロボロの黒いパーカー、常にフードを目深に被っている。左目は『バグ』の影響でノイズが走るような真紅の義眼状になっている。肌は病的に白い。
星街キララ (Kirara Hoshimachi)
星街キララ (Kirara Hoshimachi)
16歳 / 女性
天使をモチーフにした白とピンクの戦闘用ドレス。ツインテール。瞳には星のハイライトが入っている(カラコン)。常に完璧なメイク。
雨宮シズク (Shizuku Amamiya)
雨宮シズク (Shizuku Amamiya)
17歳 / 女性
地味なセーラー服、黒髪のボブカット。眼鏡をかけている。どこにでもいる普通の女子高生。

相関図

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第一章: 視聴者ゼロの葬列


鼻をつく腐臭。這いずり回るような湿気。

九条レンの指先は、恐怖に凍りついていた。擦り切れた黒いパーカーのフードを目深に引き下ろす。サイズが合わず、袖口から覗く手首は枯れ枝のように細い。病的に白い肌には無数の擦過傷。滲んだ血が泥と混じり合い、地図模様を描いている。


前髪の隙間から、世界を憎悪する左目が鈍く光った。かつて事故で失い、今は安物の義眼が嵌め込まれたその瞳。暗闇の中、ノイズめいた真紅の光が明滅する。


九条レン「……ここ、地図にないエリアだ」


掠れた声は、地下迷宮の重たい闇にあっけなく吸い込まれた。

直後、背後で人工的な光が弾ける。天使の羽根を模したドローンカメラ三機。煌びやかな光を撒き散らしながら旋回するその中心に、純白とショッキングピンクの戦闘用ドレスを纏った少女が立っていた。


星街キララ「みんなー! 見て見てっ☆ ここが未踏破エリア『奈落の顎(アギト)』だぞっ! キララたちが一番乗り〜!」


星街キララ。完璧にカールされたツインテールが揺れる。カメラに向かってVサイン。瞳には星形のハイライトが入ったカラーコンタクト。毛穴一つない陶器のような肌は、地下の闇すらもレフ板代わりにして輝いていた。


九条レン「……キララ、引き返そう。ポーションも尽きたし、嫌な予感がするんだ。これ以上は……」


星街キララ「えー? レンくん、空気読んでよぉ。今、同接二十万人超えてるんだよ? ここで帰ったらトレンド落ちちゃうじゃん」


カメラに映らない角度、彼女の声色は絶対零度まで冷え切っていた。

レンは唇を噛む。背負った巨大なバックパックが肩に食い込む。中身はキララの着替え、化粧道具、そして配信機材。彼はただの荷物持ち。国民的アイドル探索者・星街キララを引き立てるための「背景」でしかない。



帰りたい。狭いアパートの押し入れで、シズクが縫ってくれた毛布にくるまってゲームをするんだ。



その時だ。地鳴りと共に天井が崩落したのは。

巨大な影が、闇の奥から這い出してくる。S級指定モンスター《アビス・イーター》。全身がコールタールのような粘液で覆われ、無数の眼球が埋め込まれた異形の捕食者。



WARNING: S級敵性存在を確認。推奨行動:即時撤退。



星街キララ「きゃあああっ! 嘘、ボス!? こんなの聞いてないよぉ!」


悲鳴を上げながらも、キララの位置取りは完璧だった。自分が「恐怖に怯える可憐な少女」に見えるカメラアングルを瞬時に確保する。

怪物が咆哮を上げた。触手が鞭のようにしなる。狙いは、最も魔力反応の高いキララ。


星街キララ「やだ……死にたくない……! 数字が、もっと数字が欲しいのに!」


ふと、彼女の視線がレンに向けられる。

その瞳から、星のハイライトが消えた。


星街キララ「ねえ、レンくん。君さ、私のこと好きだよね?」


九条レン「え……?」


星街キララ「悪いけど、数字のために死んで?」


ドン、と背中を押される。

物理的な衝撃よりも、その冷淡な悪意がレンの呼吸を止めた。

たたらを踏んだ体は、無情にも怪物の目の前へと転がり出る。


九条レン「あ……っ、キラ、ラ……?」


《ホーリー・バインド》


キララの指先から放たれた光の鎖。それがレンの手足をきつく締め上げた。助けるためではない。「餌」としてその場に固定するために。


星街キララ「みんなごめんね! レンくんが『僕が囮になるから逃げて!』って……うぅっ、なんて勇敢なの! キララ、レンくんの犠牲を無駄にしないからね!」


嘘泣きの仕草ひとつ。彼女は光魔法で加速し、出口へと疾走する。ドローンカメラも彼女を追うが、一台だけが残酷なショーを撮り逃すまいとレンの頭上に残留した。

空中に投影されたコメント欄が、滝のように流れる。


『無能が役に立って草』

『感動したw レン偉いぞ』

『グッバイ荷物持ち』

『キララちゃん逃げてええええ!』

『最高の神回キタコレ』


九条レン「……ふざ、けるな……」


粘液が垂れる音が近づく。腐った肉の臭いが鼻腔を蹂躙する。

レンは拘束されたまま、頭上のカメラを睨みつけた。


九条レン「僕は……道具じゃ、ない……っ!」


グチャリ。


鈍い音が響き、視界が反転する。

《アビス・イーター》の巨大な顎が、レンの下半身ごと地面を食いちぎったのだ。

灼熱と激痛。いや、熱さも痛みも通り越し、魂ごと削り取られるような喪失感。

脊髄から直接脳を揺らす激痛の中、レンの左目——あの安物の義眼が、異常な高熱を発し始めた。



個体名:九条レンの生命活動低下を確認。

生存本能のリミッター解除。

ダンジョン深層『胃袋』への接続を開始します。

……エラー。エラー。適合者を発見。

権限【管理者代行】を申請中……承認。



視界が赤いノイズで埋め尽くされる。

食われる。溶かされる。

だが、死ねない。



許さない。

僕を笑った奴らも、置き去りにしたキララも、この理不尽な世界も。

全部、バグらせてやる。



意識は、暗転する視界の底へ、底へと沈んでいった。


第二章: 神を食らうバグ


目覚めた場所は、生物の体内のような洞窟だった。

壁面は脈動する肉壁。天井からは強酸性の消化液が滴り落ちる。

レンは身を起こそうとして、己の体に違和感を覚えた。

ない。

食いちぎられたはずの下半身が、黒い霧のような不定形の物質で再構築されている。触れると、ざらついたノイズのような感触。


九条レン「……なんだこれ。足が、あるのに、感覚がない」


左目は、もはや義眼ではなかった。

眼窩に渦巻くのは、0と1の羅列が赤黒く明滅する情報そのもの。視界の端には、現実世界には存在しないはずのコンソール画面が浮かんでいる。



現在地:ダンジョン深層『胃袋』

ステータス:半死半生(Undead/Glitch)

スキル:【システム改ざん(Code Break)】、【捕食吸収】



九条レン「システム……改ざん?」


ガサリ。肉壁が裂け、奇怪な生物が現れる。

頭部は人間だが、体はムカデのように長い。廃棄された探索者たちの成れの果てか。

怪物は涎を垂らし、レンに襲いかかった。



速い——いや、遅い?



左目が明滅すると、怪物の動きがコマ送りのようにカクついた。

世界のフレームレートが落ちたような感覚。

レンは無意識に手を伸ばす。その指先が、空間に浮かぶ「見えない文字列」を掴んだ。


九条レン「……削除(デリート)」



対象:廃棄種キメラ

処理:消去



パンッ。

乾いた音と共に、怪物の頭部が弾け飛ぶ。血は出ない。代わりに、青白い光の粒子となってレンの体へ吸い込まれていく。

空腹が満たされるような、あるいは乾いたスポンジが水を吸うような陶酔感。


九条レン「あ……ぁ……。これが、経験値(エサ)……?」


レンはよろめきながら歩き出した。

パーカーの裾はボロボロに裂け、黒い霧となった両足が地面を滑るように移動する。

深淵に潜む魔物たちが、次々と彼に襲いかかる。

だが、今のレンにとってそれらは脅威ではない。単なる「データ」の塊。


一匹殺すたびに、人間としての感情が薄れていく。

恐怖も、痛みも、郷愁も。

代わりに、冷徹な論理と、底なしの渇望が膨れ上がっていく。



もっと力が欲しい。

あの地上へ戻るために。

あの偽りの光を、この手で引き裂くために。



数日、あるいは数週間が経っただろうか。

レンは『胃袋』の最深部に到達していた。そこに鎮座していたのは、ダンジョンの心臓部とも言える巨大なクリスタル——コアサーバー。


彼はクリスタルに手を触れる。

膨大な情報量が脳内に流れ込んでくる。

このダンジョンが、人間の負の感情をエネルギー源として稼働していること。

配信を通じて得られる「視聴者の興奮」や「悪意」が、魔物たちを育てる肥料であること。


九条レン「……そうか。僕たちは、最初から見世物小屋の猿だったんだな」


口元が歪む。

かつてのような自虐的な笑みではない。

世界をあざ笑う、魔王の笑みだ。


九条レン「いいよ。最高のエンターテインメントを見せてやる。脚本家は、僕だ」


クリスタルを握り潰す。

ダンジョンの理(ルール)が書き換わる音が、地響きとなって鳴り響いた。


第三章: 透明な英雄の帰還


地上に戻ったレンを待っていたのは、煌びやかな祭壇だった。

渋谷のスクランブル交差点にある巨大ビジョン。そこに映し出されているのは、涙を流す星街キララの顔面アップ。


『レンくんは……最後まで、みんなを守ろうとして……うっ、ううっ……!』


星街キララ「彼は、真の英雄でした! 私、レンくんの分まで頑張るから!」


街ゆく人々が足を止め、ハンカチで目頭を押さえている。

献花台には花束が山のように積まれ、レンの遺影——いつ撮られたのかもわからない、焦点の合っていない証明写真——が飾られている。


レンは路地裏の影から、その光景を見つめていた。

黒いパーカーのフードを目深に被り、ノイズが走る左目を手で覆う。

誰も彼に気づかない。

彼の存在感(プレゼンス)のパラメータは、意図的にゼロに書き換えられている。


九条レン「……死んでるな、完全に」


彼は生きている。だが、社会的には死体として処理され、消費されている。

キララの人気は爆発的に向上し、彼女は「悲劇を乗り越えた聖女」として崇められていた。


レンはネットカフェの個室に入り、キーボードを叩く。

匿名掲示板、SNS、動画サイト。

「僕は生きている」「キララは嘘をついている」

真実を書き込もうとした。


しかし。


『はいはい、売名乙』

『死人を利用して注目浴びたいとかクズすぎ』

『不謹慎だろ、通報しました』

『九条レンの偽物とか需要ないからw』


彼の言葉は、数秒で膨大な悪意の波に飲み込まれ、アカウントは凍結された。

物理的な力をどれだけ手に入れても、この「空気」には勝てない。

大衆という名の怪物は、真実よりも「感動的な物語」を求めている。



言葉は届かず、正論では勝てない。

なら——。



レンはPCの画面を閉じた。

ふと、隣のブースから聞き覚えのある声が漏れてくる。すすり泣く声。


彼は立ち上がり、薄い壁越しに気配を探る。

そこにいたのは、地味なセーラー服を着た少女。雨宮シズク。

彼女のスマホ画面には、レンの過去のアーカイブ映像——まだ彼がキララの背後で荷物を持っていた頃の、誰も見ていなかった映像——が映し出されていた。


雨宮シズク「レンくん……レンくんは、ここにいるよ……。嘘つきばっかりだ……」


シズクの指先は震え、画面の中のレンの顔を何度も撫でている。

彼女だけが、世界で唯一、本当の彼を覚えていた。


レンは壁に手を当てる。

この薄い壁一枚隔てた場所に、守りたかった日常がある。

だが、今の異形と化した手で触れれば、彼女もまた「こちらの世界」へ引きずり込んでしまうかもしれない。


九条レン「……ごめん、シズク」


彼は踵を返した。

もう、個人の復讐ではない。

この腐ったシステムごと、世界を終わらせる。



ワールド・ジャック準備完了。

ターゲット:星街キララ大規模レイド配信。

接続開始まで、あと——。



第四章: 嘲笑の断末魔


「世紀の決戦」と銘打たれたその日。

星街キララは、政府公認のS級ダンジョン『天空の城塞』の最上階にいた。

視聴者数は前人未到の五千万人。

彼女は神々しいまでの光魔法を放ち、ボスモンスター《セラフィム・ドラゴン》と対峙している。


星街キララ「みんなの応援が届いてるよ! いくよっ、ファイナル・スターダスト!」


極大の閃光がドラゴンを包み込む。

コメント欄が『神!』『優勝!』『キララしか勝たん!』の文字で埋め尽くされ、サーバーが悲鳴を上げた。

その時だ。


ザザッ……ザザザッ……!


配信画面に激しいノイズが走る。

ドラゴンの悲鳴が途切れ、不自然な沈黙が落ちた。

光が晴れた後、そこに立っていたのはドラゴンの死体ではない。


ドラゴンの胸部を内側から食い破り、どす黒い霧を纏って立つ、一人のパーカー姿の男だった。

フードの下で、真紅の左目がカメラを射抜く。


星街キララ「え……? な、なに? 演出? スタッフさん!?」


キララの動揺がマイクに拾われる。

男——九条レンは、ゆっくりと顔を上げた。


九条レン「久しぶりだね、キララ。随分と楽しそうじゃないか」


その声は、マイクを通していないのに、視聴者全員の脳内に直接響いた。

強制配信(ワールド・ジャック)。

世界中のあらゆるスクリーン、スマホ、街頭ビジョンが、強制的にこの映像に切り替わる。


星街キララ「その声……まさか、レンくん? なんで……死んだはずじゃ……」


九条レン「死んだよ。君が殺した。……この映像を見れば思い出すかな?」


レンが指を鳴らす。空中に巨大なホログラムが展開された。

あの日。

『奈落の顎』での真実。

「悪いけど、数字のために死んで?」という冷酷なセリフ。

レンを蹴り落とす瞬間。

嘲笑うコメント欄。


すべてが、編集なしの生データとして全世界に晒される。


『え、マジ?』

『合成だろ?』

『いや、あの角度の映像はドローンじゃ撮れない』

『キララちゃん、これ本当なの?』


コメント欄の流れが変わる。疑惑、困惑、そして怒り。


星街キララ「ち、違う! これはディープフェイクよ! 騙されないで! そいつは魔物よ!」


キララは顔を歪め、レンに向けて殺意のこもった光魔法を放つ。


《ジャッジメント・レイ》


極太のレーザーがレンを直撃する——はずだった。

だが、光はレンの体に触れる直前で、ガラスのように砕け散る。



対象の攻撃行動を無効化。

理由:管理者権限による却下。



九条レン「僕が見えているなら、君はもう手遅れだ」


レンが一歩踏み出す。

空間が悲鳴を上げ、ダンジョンの壁面から無数の黒い手が伸びる。

それは、これまでダンジョンで死んでいった「名もなき探索者たち」の怨念の具現化。


星街キララ「いや……来ないで! 私の地位が、名声が……!」


九条レン「剥がれ落ちろよ、その偽物の皮」


レンの手が、キララの顔——正確には、彼女を美しく見せていた「補正フィルター」の概念そのものに触れた。

バリバリバリッ!

音を立てて、キララの姿が変わっていく。

美しいドレスは薄汚れた布切れに。

輝く肌は、欲望にまみれてどす黒く変色し、背中からは醜い触手が生え出した。

彼女の本性(アバター)が、ダンジョンのシステムと同調し、具現化したのだ。


『うわああああ!』

『バケモノだ!』

『これがキララの本性……?』


星街キララ「ああああっ! 見ないで! 見ないでえええええ!!」


彼女は絶叫し、その姿は完全に異形の怪物へと成り果てた。

数字への執着が生んだ、現代の妖怪。


レンは静かに、その怪物を見下ろす。

復讐は成った。だが、胸に残るのは虚無だけ。

彼はカメラに向かって、血の涙を流す左目で微笑んだ。


九条レン「さて、視聴者の皆さん。ここからが本当の『神回』だ。……チャンネル登録は、もう必要ないけどね」


画面の向こうで、世界が凍りつく。

彼の背後で、ダンジョンの壁が崩壊し、現実世界とダンジョンの境界が溶け始めていた。


◇◇◇


この続きは、CMの後で——などという猶予はない。

世界は今、終わろうとしているのだから。

クライマックスの情景
【AIによる物語の考察と評価】

キャラクター考察

【物語の考察:消費される悲劇】

本作の根底にあるのは「他人の不幸は蜜の味」というネット社会の暗部だ。キララは「作られた光」であり、レンは「隠された闇」。大衆は真実よりも「感動的な物語」を好み、レンの死すらもエンターテインメントとして消費しようとする。この構造は、現代のSNS社会における承認欲求と、その裏にある残酷な無関心を痛烈に風刺している。

【メタファーの解説:バグという救済】

レンが得た「バグ」の力は、単なるチート能力ではない。それは「予定調和なシステム(社会の理不尽)」に対する「拒絶」の象徴だ。彼が世界を「バグらせる」行為は、綺麗事で塗り固められた嘘を剥がし、醜い真実を直視させるための荒療治である。しかし、その代償として彼自身もまた「人間」の枠組みから外れていく悲哀が、真紅の義眼に込められている。

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