『録画開始。画角よし、音質よし。――それじゃあ、今日も“尺”を稼ぎに行きますか』
レンズの向こう、数万の視線を感じながら俺は呟く。
目の前に広がるのは、薄暗い石造りの回廊じゃない。
極彩色のネオンが明滅し、壁一面に意味不明な文字列が流れる狂気の空間。
ここは『東京第13迷宮』。
通称――“アルゴリズムの奈落”。
このダンジョンにおける物理法則は一つだけ。
『バズるか、死ぬか』だ。
第一章 サムネ映えする死に様
「おいおい、初手からこれかよ。運営さん、バランス調整ミスってない?」
俺、探索者名『フレーム』の目の前に現れたのは、三つの頭を持つ巨大な犬。
ケルベロス?
いや、違う。
それぞれの頭が、ネットでよく見る『驚いた顔のアイコン』のような表情で固定されている。
【モンスター:釣りサムネの猛犬】
【推定再生数:50万回】
「グルルル……!」
猛犬が咆哮する。
その衝撃波は物理的な風圧ではなく、『不快感』として精神を削る。
「うわっ、コメント欄が荒れそうな鳴き声しやがって」
俺はスマホ片手に横っ飛びで回避。
すかさず、愛用の短剣――形状記憶合金製の『自撮り棒(セルフィースティック)』を展開する。
「リスナーの皆、今の避け方どう? ……おっと、コメント読んでる暇はねえか」
猛犬が襲い掛かる。
牙が俺の喉元を狙う。
普通の探索者なら、盾で防ぐか、魔法で迎撃する場面だ。
だが、俺は違う。
俺は、棒立ちで待つ。
牙が皮膚に触れるか触れないか、その極限の瞬間――。
「――カット!」
パチン、と指を鳴らす。
世界が“飛んだ”。
猛犬の牙は虚空を噛み、勢い余って地面に激突する。
俺はいつの間にか、猛犬の背後に立っている。
転移魔法?
いいや、そんな高尚なもんじゃない。
俺のユニークスキル『ジャンプカット』。
現実の時間を“編集”し、退屈な移動時間や回避行動のプロセスを“削除”する能力。
「視聴者は待ってくれないからな。冗長な回避シーンなんて、今の時代流行らないんだよ」
倒れ込んだ猛犬の背に、俺は素早く何枚かのステッカーを貼り付ける。
ネットミームとして使い古された『虚無顔の猫』と『爆発する背景』のシール。
「スキル発動――『ミーム汚染』」
【警告:コンテンツのコンテキストが崩壊しています】
ダンジョンのシステム音声が響く。
猛犬の体がノイズに包まれる。
シリアスな殺戮マシーンとしての存在意義が、俺が貼り付けたふざけたミームによって上書きされていく。
『ギャン!?(なんで俺、こんな面白い顔してんの!?)』
猛犬の動きが止まる。
その存在自体が“ネタ画像”に格下げされた瞬間だ。
「はい、オチがついたところで――」
俺は自撮り棒の先端からプラズマ刃を展開し、一閃。
「チャンネル登録、よろしく!」
ズバンッ!!
猛犬がポリゴンとなって爆散する。
『Niiiiiice Cut!!!』
『今の編集ヤバすぎwww』
『切り抜き班、仕事しろ』
視界の端に流れるコメントの滝。
俺は口角を吊り上げる。
よし、同接数上昇。エンゲージメント率良好。
このダンジョン、今日も“美味しい”動画が撮れそうだ。
第二章 尺余りの亡霊たち
階層を下るにつれ、光景は異様さを増していく。
壁には、かつてここで散っていった探索者たちの“末路”が焼き付いている。
ある者は、延々と面白みのない自己語りを繰り返すループ映像となり。
ある者は、誰にも見られないまま踊り続けるホログラムとなり。
「……『未編集の回廊』か。エグい場所だぜ」
ここは、視聴回数を稼げずに死んだ探索者たちが、デッドコンテンツとして彷徨う墓場だ。
「うぅ……見て……僕を見て……」
足元から、半透明の手が伸びてくる。
【モンスター:承認欲求ゾンビ】
【特性:絡まれると再生時間が伸びる】
「悪いな、俺の動画はテンポ重視なんだ」
俺は足を止めずに『早送り(1.5倍速)』を発動。
ゾンビの動きがスローモーションに見える速度で駆け抜ける。
ここで足を止めて戦闘なんかすれば、視聴者が離脱する。
このダンジョンにおいて「飽きられる」ことは、防御力の低下を意味する。
「っと、新手の登場か?」
通路の奥から、まばゆい光を放つ人影が現れる。
全身が黄金の鎧……いや、黄金の『投げ銭エフェクト』で構成された騎士。
【中ボス:スーパーチャット・ガーディアン】
【特性:課金額がHP】
「金で殴ってくるタイプか。一番タチが悪い」
騎士が巨大な斧を振り上げる。
その斧には『¥50,000』という数値が刻まれている。
一撃喰らえば、俺の稼ぎが吹っ飛ぶ。
「だが、成金のゴリ押しがいつまでも通じると思うなよ?」
俺は懐から、一枚のQRコードを取り出す。
「くらえ、スキル『炎上マーケティング』!」
QRコードを騎士にかざす。
瞬間、騎士の周囲に無数の黒い影――『アンチコメント』の群れが殺到する。
『金持ち自慢乙』
『その金で親孝行しろよ』
『無課金勢を見下すな』
精神攻撃の嵐。
黄金の輝きが、みるみるうちに淀んでいく。
「グオオオオ……(評価が……下がる……!)」
「ネットの海じゃ、金よりも“共感”の方が強い時もあるんだよ!」
俺は怯んだ騎士の懐に潜り込む。
自撮り棒を、騎士のコアである『集金ボックス』に突き立てる。
「ここが、一番の“見せ場(ハイライト)”だッ!」
ゼロ距離からの『サムネイル・スマッシュ』。
ドォォォォォン!!
派手な爆発エフェクトと共に、騎士が砕け散る。
大量のコインとアイテムがばら撒かれるが、俺は拾わない。
「アイテム回収シーンはカット。テンポが悪くなる」
あくまでクールに。
背中で爆発を感じながら、俺は次のエリアへと歩き出す。
最終章 バズ・エンド・ロール
最深部。
そこに鎮座していたのは、不定形の闇だった。
【ダンジョンボス:アルゴリズムの化身】
【特性:視聴者の飽きを学習し、進化する】
「よう。お前が俺たちの支配者か?」
闇が蠢く。
俺のこれまでの戦闘データ、視聴者の反応、トレンドの推移。
すべてを解析し、俺を“オワコン”にするための最適解を構築しているのが分かる。
闇が形を変える。
それは、俺自身の姿だった。
ただし、俺よりも遥かに洗練され、無駄がなく、完璧な動きをする『上位互換の俺』。
「なるほど。視聴者が一番見たいのは『主人公の敗北』か、あるいは『世代交代』ってか?」
コピーが襲い掛かってくる。
速い。
『ジャンプカット』を使う隙すらない。
俺の攻撃はすべて読まれ、コメント欄が『あーあ』『飽きた』『パターン入った』という文字で埋め尽くされていく。
まずい。
視聴者が離れている。
ダンジョン内での俺の力が弱まっていく。
このままじゃ、消費されて終わる。
「……へっ、上等だよ。完璧な計算? 最適なトレンド? クソくらえだ」
俺は自撮り棒を放り投げた。
コピーが一瞬、反応に遅れる。
武器を捨てた? 降参か? それともバグか?
アルゴリズムが解析不能な行動。
俺は、スマホのインカメラを自分に向け、叫んだ。
「おいお前ら!! 今から俺は!!」
全スキルを解除。
防御力ゼロ。
「このボスと『お絵描き対決』をする!!!」
『は????』
『意味不明すぎて草』
『狂ったかwww』
『逆に気になるわwww』
V字回復する同接数。
困惑するアルゴリズムの化身。
戦闘ロジックの中に『お絵描き』の対応策など存在しない。
その一瞬のフリーズ。
俺は隠し持っていたスプレー缶を取り出す。
物理攻撃でも魔法攻撃でもない。
ただの、ペンキ。
「アートだ、芸術だ! これが人間の“カオス”だ!!」
俺はボスの身体(コピーされた俺)に、直接落書きを始めた。
でっかいサングラス。
ちょび髭。
額に『肉』の文字。
かつてない速度で拡散される切り抜き動画。
『ラスボスに落書きしてみたwww』
恐怖の対象だったボスが、一瞬にして『いじられキャラ』へと変貌する。
「ミーム汚染、完了」
ボスが崩れ落ちる。
物理的なダメージではない。
『シリアスな存在』としての威厳を失い、ダンジョンの核である『恐怖』が維持できなくなったのだ。
「ギャァァァ……(バズりすぎて……恥ずかしい……!)」
ボスが爆発四散する。
フィナーレを飾る花火のように。
【ダンジョン攻略完了】
【MVP:フレーム】
【獲得称号:ミームの支配者】
静寂が戻った広間で、俺はスマホを拾い上げる。
画面の向こうでは、数百万人が熱狂している。
だが、俺は知っている。
この熱狂も、明日には忘れ去られることを。
「……ふぅ。いい絵が撮れたな」
俺はカメラに向かって、いつものキメ顔を作る。
「それじゃ、今日の配信はここまで。高評価、忘れるなよ」
録画停止。
暗転したスマホの画面に、疲弊しきった俺の顔が映る。
「……さて、次のトレンドを探しに行くか」
終わりなき消費の螺旋。
それでも俺は、このクソみたいな世界を“編集”し続ける。
それが、配信者(おれたち)の生き様だからな。