十万の命と引き換えに、君との狂気を選んだ

十万の命と引き換えに、君との狂気を選んだ

主な登場人物

神宮寺 朔太郎
神宮寺 朔太郎
22歳 / 男性
少し長めの黒髪に丸眼鏡。書生絣の着物に袴、黒いマントを羽織る。少しやつれた美しい顔立ちだが、瞳の奥に狂気を宿す。
夜半
夜半
推定18歳 / 女性
色素の薄い亜麻色の髪、ガラス玉のように透き通った翠の瞳。大正時代のアンティークな白いワンピース(特務機関の実験着の名残)。首には痛々しい赤い痣がある。
柊 宗一郎
柊 宗一郎
24歳 / 男性
かっちりとなでつけた黒髪、鋭い三白眼。大正時代の帝国陸軍将校の軍服を隙なく着こなし、軍刀を佩用している。
千代
千代
16歳 / 女性
おさげ髪に大きな赤いリボン。矢絣の着物に海老茶色の袴姿。白いエプロンをつけていることが多い。常に元気で明るい笑顔。

相関図

相関図
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6 3787 文字 読了目安: 約8分
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第一章: 夕立と紅い殺意

大正十二年、晩夏。アスファルトの照り返しが、帝都・東京の輪郭をぐにゃりと歪める。

古書店『神宮寺堂』の帳場。丸眼鏡のブリッジを、神宮寺朔太郎は苛立たしげに押し上げた。汗ばんだ額に張り付く、少し長めの黒髪。季節外れの黒いマントの奥、ゆらりと揺れる漆黒の瞳には、微かな狂気が沈殿している。

むせ返るような古紙の黴の匂い。じっとりと肌にまとわりつく重い湿気。

窓の外、空がべっとりと朱に染まっていく。

[Glitch]親指に食い込む、柔らかな気管の感触[/Glitch]

[Think]また、この幻覚か。[/Think]

[Flash]愛おしそうに少女の首を絞める記憶[/Flash]

夕暮れが訪れるたびにフラッシュバックする、血のように赤い空。指先に残る、脈打つ命の生々しい抵抗。

チリン、と澄んだ真鍮の鈴の音。

濃密な白百合の香りが、淀んだ空気を鋭く切り裂く。

入り口に立つ影。色素の薄い亜麻色の髪。ガラス玉のように透き通った翠の瞳。大正の世には不釣り合いな、アンティークレースの白いワンピース。

少女の細い首筋。そこにぐるりと刻印されているのは、生々しい赤い痣。

[A:神宮寺 朔太郎:驚き]「……いらっしゃい。探し物かい?」[/A]

[A:夜半:冷静]「わかりません。私は、空っぽですから」[/A]

温度のない声。大きく上下する朔太郎の喉仏。

[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン。[/Pulse]

彼女を見た瞬間、胃の腑から這い上がってくる甘美でどす黒い衝動。

[Think]この首を、絞めなければならない。[/Think]

[A:神宮寺 朔太郎:狂気]「君、名前は?」[/A]

朔太郎は震える己の指先を、痛いほど強く噛み締めた。

[A:夜半:冷静]「夜半、と。それだけしか、覚えていません」[/A]

[A:神宮寺 朔太郎:愛情]「そうか。少し、雨が降るね。ここで雨宿りしていくといい」[/A]

ゆっくりと立ち上がる朔太郎。床を擦るマントの裾。

夜半は不思議そうに小首を傾げる。その動作に合わせて露わになる、首の赤い痣。

ひきつけを起こしたように、朔太郎の右手が震え出す。

[Tremble]殺したい。愛おしい。壊したい衝動。[/Tremble]

[A:夜半:驚き]「どうして、そんなに苦しそうに息をするのですか?」[/A]

近づく純白のワンピース。肺を満たす白百合の匂い。

朔太郎の指先が、無意識のうちに少女の細い首へと伸びる。

[Impact]ドシャアアアアッ![/Impact]

そのとき、外でけたたましく轟く雷鳴。

◇◇◇

第二章: 氷室とノスタルジー

鼓膜を劈くように降り注ぐ蝉時雨。

浅草・六区。そびえ立つ凌雲閣の赤煉瓦が、夏の陽光を鋭く弾く。

[A:千代:喜び]「朔太郎、また本ばっかり読んで! ほら、冷たいの持ってきたよ!」[/A]

おさげ髪を揺らし、大きな赤いリボンを直しながら駆け寄ってくる千代。矢絣の着物に海老茶色の袴。真っ白なエプロンには、カフェーの給仕で跳ねた水滴が光っている。

彼女の小さな手には、ガラス鉢に盛られた氷水(こおりみず)。

[A:神宮寺 朔太郎:喜び]「ありがとう、千代。いつもすまないね」[/A]

[A:千代:興奮]「夜半も、はい! 苺の蜜、たっぷりかけておいたからね!」[/A]

翠の瞳を瞬かせ、木製の匙を受け取る夜半。

氷をすくい、おそるおそる口へ運ぶ。

舌の上で鋭く弾ける氷の冷たさと、突き刺さるような蜜の甘さ。

[Pulse]ドクン。[/Pulse]

夜半の瞳孔が、わずかに見開かれた。

[A:夜半:驚き]「冷たいです。でも……とても、甘い」[/A]

ガラス細工のような顔に生まれた、初めての無垢な綻び。

朔太郎の胸の奥で、張り詰めていた糸がふわりと緩む。このかりそめの日常。風車の回る音。金平糖のようなささやかな平穏。

突如、足元の石畳が不気味な地鳴りを上げる。

[Shout]ゴゴゴゴゴ……![/Shout]

卓から滑り落ち、甲高い音を立てて砕け散る氷水の鉢。

見上げる空。夏の青空が、油絵の具を掻き回したようにどろりと歪んでいく。

[A:千代:恐怖]「きゃっ……! また地震!?」[/A]

朔太郎のマントの袖を強く握りしめる千代。

群衆がざわめく中、土埃の向こうから近づいてくる規則正しい軍靴の足音。

かっちりとなでつけた黒髪。獲物を狙う鷹のような三白眼。帝国陸軍の軍服を隙なく着こなす男の腰には、軍刀が鈍い光を放っている。

[A:神宮寺 朔太郎:驚き]「……柊」[/A]

[A:柊 宗一郎:怒り]「探したぞ、神宮寺。感傷に浸る時間は終わりだ」[/A]

恩賜の煙草を革靴で揉み消す柊。その手が、流れるような動作で腰のホルスターへ伸びる。

[A:柊 宗一郎:冷静]「大義のためだ、諦めろ。その『厄災の器』から離れろ」[/A]

銃口の黒い穴が、真っ直ぐに夜半の眉間を捉えていた。

◇◇◇

第三章: 残酷なループの真実

微かな硝煙の匂いが混じる、路地裏の湿った空気。

銃口を向けられた夜半は、翠の瞳を伏せたまま微動だにしない。

[A:柊 宗一郎:冷静]「お前は何も覚えていないようだがな。そいつは人間ではない。九月一日に帝都を襲う『大震災』を鎮めるための、龍脈の人柱だ」[/A]

柊の薄い唇から紡がれる言葉。それが冷たい刃となって、朔太郎の鼓膜を削る。

[A:柊 宗一郎:怒り]「思い出すんだ、神宮寺。お前は過去何度も、その手でそいつの首を絞め、十万の命を救ってきた英雄だろうが!」[/A]

[Flash]脳髄を焼き切るような閃光[/Flash]

[Impact]ループの記憶[/Impact]

紅い夕焼け。少女の首に手をかける自分。崩れ落ちる街。炎の海。

自分が彼女を愛してしまい、殺せなかった時のみ、帝都は壊滅の運命を辿る。

夕暮れの幻覚は、狂気ではなかった。過去の自分が繰り返してきた、凄惨な儀式の残滓。

膝から力が抜け、冷たい石畳に崩れ落ちる朔太郎。喉の奥で詰まった嗚咽が、血の味を伴って漏れ出す。

[A:神宮寺 朔太郎:絶望]「僕が、君を……何度も……?」[/A]

凍りつくように冷たい指先。己の掌が、ひどく悍ましい汚物のように思える。

ゆっくりと歩み寄る夜半。彼女は冷え切った朔太郎の手を、両手で優しく包み込んだ。

夕日に照らされ、痛々しく浮かび上がる首の赤い痣。

[A:夜半:愛情]「私が死ねば、皆が永遠に幸せになれるんですよね?」[/A]

ガラス玉の瞳から零れ落ちる、一滴の雫。

[A:夜半:悲しみ]「どうか私を殺して、世界を救ってください」[/A]

美しすぎる微笑み。その無垢な自己犠牲の刃が、朔太郎の魂を粉々に千切り裂いた。

◇◇◇

第四章: すれ違いと自己犠牲

運命の九月一日、暁闇。

不気味なほどの静寂に包まれた『神宮寺堂』の店内。

夜半の姿は、どこにもない。

窓辺に取り残されているのは、彼女が大切に集めていたガラス細工の鳥だけ。

[Think]僕を殺人鬼にしないために、彼女は一人で『龍脈の座』へ向かったのか。[/Think]

マントを翻し、店を飛び出そうとした朔太郎の背中を掴む小さな手。

[A:千代:悲しみ]「行かないでよ! どこに行くの!? 今日はお祭りに行くって、約束したじゃない!」[/A]

千代の大きな瞳から溢れ出す、ぽろぽろという涙。矢絣の袖を握る手にこもる、すがるような力。

[A:神宮寺 朔太郎:悲しみ]「少し、雨が降るね。……ごめんよ、千代」[/A]

その手を、優しく、だが決定的に振り払う朔太郎。

振り返ることなく駆け出した朔太郎。その前を塞いだのは、抜き身の軍刀を構えた柊。

[A:柊 宗一郎:怒り]「行かせるわけにはいかん。彼女が犠牲になれば、帝都は救われるのだ!」[/A]

[A:神宮寺 朔太郎:狂気]「どけ。僕はもう、誰かの命を天秤にかけるのはやめたんだ」[/A]

空を裂く銀閃。

朔太郎の肩口を、軍刀の刃が深く抉る。傷口から噴き出す熱い鮮血。口の中に広がる、ねっとりとした血の鉄の味。

だが朔太郎は止まらない。丸眼鏡の奥の瞳を支配する、剥き出しの狂気。

懐から取り出したのは、古びた懐中時計型の起爆装置。特務機関の地下へと続く、龍脈防衛網の要。

[A:柊 宗一郎:驚き]「まさか……それを破壊すれば、地殻が崩壊するぞ! 帝都を、十万の命を見捨てるというのか!」[/A]

[A:神宮寺 朔太郎:狂気]「ああ! 世界なんて、どうなってもいい!!」[/A]

[Impact]ガキンッ!![/Impact]

血塗れの指先が、狂喜とともに起爆装置のスイッチを押し込む。

[System]警告:帝都防衛システム、強制停止。龍脈の臨界を突破しました[/System]

足元から響き渡る、世界そのものがひび割れるような絶望的な轟音。

運命の歯車が、最悪の方向へと狂い始めた。

◇◇◇

第五章: 灰の雪と歪んだ救済

九月一日、正午。

特務機関の地下深く。広大な空洞に広がる『龍脈の座』。

蒼白い光が乱反射する祭壇の中央で、膝を抱えてうずくまる夜半。

響く足音。

血に塗れ、荒い息を吐きながら、朔太郎が祭壇へと転がり込んでくる。

[A:夜半:驚き]「どうして……どうして来たのですか! 私が死ななければ、世界が……!」[/A]

[Sensual]

何も答えない朔太郎。

ただ強く、乱暴に、その細い体を抱きしめる。

夜半の亜麻色の髪から立ち昇る、白百合の香りと微かな汗の匂い。

朔太郎の傷口から流れる生温かい血が、彼女の純白のワンピースを禍々しく赤く染め上げていく。

重なり合う鼓動。溶け合うように混ざり合う、二人の体温。

首筋の赤い痣。そこに、朔太郎の震える唇がそっと這う。

[A:神宮寺 朔太郎:愛情]「君を殺さない世界を、ずっと探していた」[/A]

[/Sensual]

その瞬間。

[Shout]ゴアアアアアアアッ!!![/Shout]

弾け飛ぶ頭上の岩盤。

防衛網を失った龍脈エネルギーが暴走し、史実を遥かに凌駕する未曾有の大震災が帝都を蹂躙し始める。

街を飲み込む地割れ。浅草の六区では、誇り高き凌雲閣が轟音と共に中腹からへし折れる。

天を焦がす紅蓮の炎。地獄の釜の底から響くように谺する、十万の悲鳴。

龍脈の底から溢れ出し、地下空洞を吹き抜ける圧倒的な光と熱風。

焦げた肉の匂い。肌を刺す灰のざらつき。

天窓の崩落跡から舞い落ちてくる真っ赤に燃え盛る火の粉は、まるで美しい雪のよう。

[A:夜半:悲しみ]「世界が……壊れていく……私のせいで……」[/A]

[A:神宮寺 朔太郎:喜び]「綺麗だね。ずっと、君にこれを見せたかった」[/A]

灰の雪が降り注ぐ中、強く握り合う二人の手。

外で燃え盛る、十万の命という代償。

誰かの幸福を踏みにじり、世界の全てを犠牲にして手に入れた、狂おしくも清冽なカタルシス。

狂気に満ちた美しい廃墟の底で、二人は初めて、心からの微笑みを交わした。

クライマックスの情景

【物語の考察】

本作は「多数の幸福(世界)」と「個人の愛」を天秤にかける、究極のトロッコ問題を描いたダーク・ロマンスである。過去何度も「世界を救うために愛する者を殺す」という自己犠牲のループを繰り返してきた主人公が、最終的に「世界を滅ぼしてでも愛する者を守る」というエゴイズムを選択する過程は、一般的なヒロイズムへの痛烈なアンチテーゼとなっている。

【メタファーの解説】

「首の赤い痣」は、過去のループで何度も殺されてきた彼女の運命と、主人公が背負う罪の十字架を象徴している。また、クライマックスで降る「真っ赤な火の粉」は、十万の命が燃え尽きる悲惨な光景であると同時に、二人にとっては待ち望んだ「雪(祝福)」として描かれ、彼らの愛が持つ異常性と狂気を見事に視覚化している。

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