第一章: 雪降る浅草、朱と銀の邂逅
空から落ちてくるのは、凍てつく白い華か。それとも死を告げる冷たい灰か。
淡いガス燈の光が滲む、浅草の裏路地。濡れた石畳から立ち昇る、濃密な血の匂いと錆びた鉄の臭気。
伸びた黒髪を後ろで無造作に結んだ青年、九頭龍 朔。彼は赤い裏地の外套を翻し、濁った三白眼で足元の残骸を睥睨する。擦り切れた黒の書生絣にへばりつく、妖のねっとりとした返り血。
握りしめた妖刀『緋月』の刃から、黒い瘴気がゆらゆらと宙を舐める。
[A:九頭龍 朔:冷静]「……終わったか」[/A]
[Think]また、命を削った[/Think]
雪に吸い込まれる、ひどく掠れた声。
右腕に絡みつくような黒い呪いの痣。それがどくどくと脈を打ち、朔の体温を容赦なく喰らい尽くす。
[Pulse]明滅する視界。[/Pulse]
膝の力が抜け、冷たい泥水の中へどさりと崩れ落ちた。口の中に広がる、ひどく苦い鉄の味。
薄れゆく意識の中。雪景色を切り裂くような鮮烈な『赤』が視界を貫く。
朱塗りの和傘。
その下から現れたのは、雪のように白い肌と、色素の薄い銀糸の髪を持つ少女。光を宿さない翡翠色の瞳が、宙を彷徨うように朔のほうへ向けられた。
[A:一条 白雪:驚き]「誰か、そこに倒れていらっしゃるの……?」[/A]
[A:九頭龍 朔:怒り]「俺に近づくな。斬り捨てたくないならな」[/A]
喉の奥から絞り出した、血を吐くような威嚇。
だが、一条 白雪の足取りは止まらない。雪を踏む微かな音が、朔の耳元でピタリと途絶えた。
[Sensual]
和傘が傾き、冷たい雪の粒が朔の頬を叩く。
「怪我を、なさっていますね」
白雪の冷たく白い指先が、朔の血に濡れた頬をそっとなぞる。
びくりと跳ねる朔の肩。
次の瞬間。
指先が触れた場所から、圧倒的な光の奔流が弾けた。朔の右腕を這い回っていた黒い呪いが、きらきらと輝く光の粒子へと変異し、夜空へ向かって狂おしいほど美しく昇っていく。
[/Sensual]
[Flash]視界を満たす、眩いほどの銀の光。[/Flash]
[A:九頭龍 朔:驚き]「お前……何をした……」[/A]
[A:一条 白雪:愛情]「痛みが、消えていく。あなたの心の奥底で泣いている、悲しい音が……」[/A]
翡翠の瞳から零れ落ちる、一筋の涙。
まるで世界から見放されたような裏路地。孤独な刃と光を持たない少女が交わった、奇跡の瞬間。
地下深くで淀む巨大な怨念の脈動を、二人はまだ知る由もない。
◇◇◇
第二章: 硝子の街と、沈黙の軍靴
一条家の広大な敷地の隅に建つ、静かな離れ。
障子越しに差し込む春の陽光。畳の上に落ちる四角い光だまり。微かに漂う、満開の桜の甘い死の匂い。
縁側に腰掛けた朔は、手元の白布で『緋月』の刃こぼれを黙々と拭う。
[A:一条 白雪:喜び]「朔様。今日は、どんな景色が見えますか?」[/A]
縁側で日向ぼっこをしながら、手の中の金平糖をころころと転がす白雪。光の射す方へ顔を向ける彼女の銀糸の髪が、風に揺れてきらきらと輝いている。
[A:九頭龍 朔:照れ]「……空が青い。それだけだ」[/A]
[A:一条 白雪:悲しみ]「ふふ、朔様はいつも言葉が足りませんわ。世界は、あなたが教えてくれるほど美しいのでしょうか」[/A]
ため息をつき、刀を鞘に納める朔。
目を閉じれば浮かぶのは、己が歩いてきた血塗られた泥濘だけ。だが、彼女の翡翠の瞳に向けられると、不思議と口が動いてしまう。
[A:九頭龍 朔:冷静]「……銀座の夜は、まるでガラス細工だ。ガス燈が道を黄色く染めて、人々の影が長く伸びる。すれ違う連中の服も、西洋の絵の具をぶちまけたみたいに派手で……やかましいくらい生きている」[/A]
[A:一条 白雪:興奮]「硝子の街……。いつか、この手で触れてみたいですわ」[/A]
ふわりと綻ぶ、白雪の笑顔。
胸の奥で、小さく火が灯るような焦燥。血の匂いしか知らなかった朔の五体に、白雪の淹れた茶の温もりが、毒のように甘く染み渡る。
だが、その平穏は唐突に引き裂かれた。
「ずいぶんと風雅な暮らしをしているようだな、九頭龍」
[Tremble]庭先の玉砂利を踏みしめる、重い軍靴の音。[/Tremble]
短く刈り上げた髪に、鋭い鷹のような目。特務機関の軍服を隙なく着こなした男、御子柴 弦一郎。腰の特注軍刀に手を添え、冷ややかに見下ろしている。
[A:九頭龍 朔:怒り]「……軍の犬が。何の用だ」[/A]
立ち上がり、外套の裾を翻す朔。三白眼が鋭く細められた。
[A:御子柴 弦一郎:冷静]「大義の前に、個人の感傷など不要だ。帝都の霊脈が限界を迎えている。我々には、その少女の持つ『浄化の力』が必要なのだよ」[/A]
[A:一条 白雪:恐怖]「私が……軍に?」[/A]
[A:御子柴 弦一郎:冷静]「一条嬢。君の存在は国家のための保護対象である。このままでは、帝都は千年の怨念に飲み込まれる」[/A]
春の空気を凍りつかせる、冷徹な声。
御子柴の鷹の目が、白雪を背に庇う朔を真っ直ぐに射抜く。
チクタクと動き出す、時限爆弾の針。帝都の地下で蠢く黒い泥がすぐ足元まで迫っているのを、朔の肌がピリピリと感じ取っていた。
◇◇◇
第三章: 忘却の代償、舞い散る記憶
夜。空を覆う分厚い雲が、月光を完全に喰らい尽くす。
帝都の南区画。突如として発生した中規模の妖害により、街は阿鼻叫喚の地獄と化す。
燃え盛る木造家屋。焦げた木材と、獣の体臭が混ざった吐き気を催す臭気が風に乗って鼻腔を突く。
[A:九頭龍 朔:絶望]「くそっ……数が多い……!」[/A]
[Shout]刃が肉を裂く鈍い音![/Shout]
息を切らしながら『緋月』を振るう朔。だが、斬っても斬っても、黒い泥のような妖の群れは底なしに湧き出してくる。
右腕の呪いが疼き、[Blur]視界がぐらりと揺らいだ。[/Blur]
妖の鋭い爪が朔の胸を深く裂き、赤い裏地の外套がドス黒く染まりゆく。
「朔様!」
声の主を探し、朔の瞳孔が限界まで開く。
瓦礫の向こう側。無断で屋敷を抜け出してきた白雪が、泥に汚れた矢絣の着物姿で立っていた。
[A:九頭龍 朔:怒り]「来るな! ここは……お前の来る場所じゃない!」[/A]
[A:一条 白雪:愛情]「私は……あなたを死なせません!」[/A]
白雪が両手を天に掲げる。
[Magic]《白蓮の浄光》[/Magic]
眩い光の波が円形に広がり、迫り来る妖たちを一瞬で塵へと還元する。燃え盛る炎さえもが、その光に触れて静かに鎮火していった。
だが。
浄化を終えた白雪は、糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちる。
駆け寄る朔。白雪を抱き起こす腕が、痙攣するように震える。
[A:九頭龍 朔:悲しみ]「おい、白雪! しっかりしろ!」[/A]
[A:一条 白雪:驚き]「……朔、様? どうして、そんなに怖いお顔を……?」[/A]
力なく微笑む白雪。
翡翠の瞳が、虚空を見つめて彷徨っている。
[A:一条 白雪:冷静]「ねえ、朔様。あなたに初めてお会いした日……雨が、降っていたのですよね?」[/A]
[Impact]心臓を、素手で鷲掴みにされるような激痛。[/Impact]
雪だ。あの日は、痛いほど冷たい雪が降っていた。
[A:九頭龍 朔:驚き]「お前……まさか」[/A]
[A:御子柴 弦一郎:冷静]「気づいたか。彼女の『浄化の力』の代償は、自らの記憶の喪失である」[/A]
いつの間にか背後に立っていた御子柴が、冷酷な事実を宣告する。
呼吸が止まる。
自分と一緒にいれば。自分が傷つくたびに、彼女の記憶が、心が削り取られていくというのか。
[A:九頭龍 朔:絶望]「……触るな」[/A]
[A:一条 白雪:悲しみ]「え……?」[/A]
白雪の白い手を、乱暴に振り払う朔。
ギリッと奥歯を噛み締める。口の中に広がる、ドス黒い血の味。
[A:九頭龍 朔:狂気]「俺は、ただの妖を斬る道具だ! 人間らしい幸せなんて、最初から似合わねぇんだよ!」[/A]
[A:一条 白雪:恐怖]「朔様……待って……!」[/A]
振り返ることなく、朔は暗闇へと駆け出す。
埋まらない喪失の痛みが冷たい夜風となり、無残にも二人を引き裂く。
そして。帝都の地下深くで、千年の怨念がついに目覚めの産声を上げた。
◇◇◇
第四章: 燃え盛る紅蓮、愛の意志
空が、血のように赤い。
千年の怨念が集結した大妖『八岐』が帝都の中心に顕現し、街は燃え盛る地獄へと姿を変える。
耳をつんざく建物の崩落音。灰と血が混ざった粉塵が、喉の奥をザラザラと焼き焦がす。
[A:九頭龍 朔:狂気]「ああぁぁぁっ!!」[/A]
[Tremble]地を揺るがす朔の咆哮。[/Tremble]
外套はズタズタに引き裂かれ、黒髪を束ねていた紐も切れ、乱れた髪が血に濡れて顔に張り付く。
『緋月』を握る手はとうに限界を超え、皮膚が破れ、骨が軋む。大妖の圧倒的な質量を持つ尾が薙ぎ払われ、朔の体は紙切れのように吹き飛ばされた。
石壁に激突し、[Blur]視界が赤く染まりゆく。[/Blur]
肋骨が何本か折れた。息を吸うたびに、肺の中で血が沸き立つ不快な音がする。
一方、燃え盛る瓦礫の道を歩みを進める一人の少女。
海老茶色の袴は焦げ、白い肌には幾筋もの生々しいかすり傷。それでも、白雪は立ち止まらない。
[A:御子柴 弦一郎:怒り]「狂ったか! そこから先は死地である! 貴様の命は国家のものだ、戻りたまえ!」[/A]
御子柴が軍刀を抜き放ち、彼女の前に立ち塞がる。
鷹の目が、苛立ちと焦燥に激しく揺れる。
[A:一条 白雪:冷静]「退いてください、御子柴様」[/A]
[A:御子柴 弦一郎:絶望]「なぜだ。貴様が行けば、全ての記憶を失う。命すら燃え尽きるかもしれんのだぞ!」[/A]
[A:一条 白雪:愛情]「私の存在意義は、誰かのために消えることではありません」[/A]
光を持たない瞳で、まっすぐに前を見据える白雪。
[A:一条 白雪:興奮]「私は、彼と共に生きたいから……彼が教えてくれた美しい世界を、守りたいから力を使うのですわ!」[/A]
[Impact]自己犠牲ではない。狂気にも似た、純粋な愛の意志。[/Impact]
御子柴の軍刀を持つ手が、わずかに下がる。その隙を抜け、白雪は躊躇いなく炎の海へと足を踏み入れた。
死の淵を彷徨う朔の耳に届く、雪を踏むような静かな足音。
見上げる。
業火を背負い、銀糸の髪をなびかせる白雪が、そこに立っていた。
[A:九頭龍 朔:絶望]「バカ野郎……来るなと、言っただろう……! お前の、記憶が……」[/A]
[Sensual]
「いいえ。忘れません」
白雪は膝をつき、朔の血だらけの胸にそっと顔を埋める。
彼女の小さな手が、朔の頬を優しく包み込んだ。
「あなたが教えてくれたガラス細工の街も、空の青さも。私自身が消えてなくなろうとも、この魂が覚えています」
[/Sensual]
[Flash]白雪の全身から、かつてないほどの光が溢れ出し、夜空へ向かって巨大な柱のように立ち昇っていく。[/Flash]
◇◇◇
第五章: 銀雪の帝都、散りゆく君の記憶
帝都の上空。
白雪が放つ圧倒的な光の奔流は分厚い雲を突き破り、星空を地上に引きずり下ろしたかのように燦然と輝く。
無数の粒子となり、空から舞い落ちる光。
それはまるで、季節外れの桜吹雪と、冷たい雪が混ざり合うような、息を呑むほど幻想的な情景。草木が風に揺れ、大自然の生命の息吹が帝都を優しく包み込んでいく。
[A:九頭龍 朔:悲しみ]「白雪……!」[/A]
朔の体から痛みが消え去る。同時に、彼女の存在が薄れていくのを肌が残酷なまでに感じ取る。
泥に汚れた頬を伝って落ちる、熱い涙。
[A:九頭龍 朔:怒り]「うおおおおおっ!!」[/A]
[Magic]《緋月・絶華》[/Magic]
朔は立ち上がり、全身の力を込めて天高く跳躍する。
美しい光の雪を背に受けながら、放たれた抜刀の閃き。それが、大妖の巨体を真っ二つに両断した。
[Shout]空間が裂け、怨念が光の中に溶けて完全に消え去る![/Shout]
訪れる静寂。
後には、月明かりに照らされた瓦礫の街と、気絶した白雪を抱きしめる朔だけが残された。
◇◇◇
数日後。復興の槌音が響き始めた、晴天の空の下。
春の風が吹き抜ける一条家の庭に満ちる、柔らかな緑の匂い。
新しく仕立てられた薄紅色の着物を纏い、縁側で日向ぼっこをする白雪。
真新しい書生絣に身を包んだ朔は、少し離れた場所に立ち尽くす。
足音に気づき、ゆっくりと顔を向ける白雪。
翡翠の瞳には、何の記憶の欠片も宿っていない。
[A:一条 白雪:驚き]「……初めまして。あなたは誰?」[/A]
[Impact]記憶は、永遠に失われた。[/Impact]
自分の名前も。彼と共に過ごした時間も。ガラス細工の街の風景さえ。
上下に動く、朔の喉仏。
唇の端が引きつり、目頭が焼けるように熱い。
だが、彼は決して涙をこぼさない。自らの爪が掌に食い込み、血が滲もうとも。
風が吹き抜け、彼女の銀糸の髪をふわりと揺らす。
[A:九頭龍 朔:愛情]「初めまして。俺は……」[/A]
一歩、前へ。
[A:九頭龍 朔:喜び]「あなたに世界の美しさを伝える男だ」[/A]
[A:一条 白雪:照れ]「ふふ……不思議な方ですね。でも、なぜか……とても温かい声」[/A]
白雪は、太陽に向かって花が咲くように、優しく微笑む。
哀しくも美しい光に満ちた、新たな恋の幕開け。
見上げる空は、どこまでも高く、澄み切っていた。
[FadeIn](了)[/FadeIn]