第一章: 終わりの始まり
空から、音もなく降り注ぐ灰。
世界がゆっくりと、白熱の終焉へ向かうかのような静寂。
[FadeIn]銀糸のように色素の薄い髪へ、とめどなく「死の灰」が積もっていく。[/FadeIn]
村の伝統的な麻布の平服は、元の色が判別できぬほど薄汚れていた。
首元で揺れる妹の形見――木彫りの勾玉。
それだけが、アオイの琥珀色の瞳と同じ鈍い光を反射している。
鼻腔を突く、生命が焼かれたあとの乾いた異臭。
[Pulse]ざらつく息を吐き出し、視界を白く塗り潰す森の深奥へ。[/Pulse]
足を踏み入れるアオイ。
足元で枯れ葉が、あるいはかつて命だったものが、乾いた悲鳴を上げて砕け散った。
天を覆い隠す巨木の空間。
横たわるのは、山のように巨大な神鹿の亡骸。
半ば朽ち、肋骨を虚空へ突き出した骸のそば。
そこで、ひとつの影が揺れている。
「――ぁ、あ……」
旋律ともつかない、ひどく掠れたハミング。
腰まで届く純白の髪が、風もないのにふわりと舞う。
獣の毛皮と神木の皮を荒く編み込んだ衣装。
むき出しの細い腕や脚には、脈打つように青く発光する呪印。
振り返った少女の、燃えるような赤い瞳。
それが、アオイを射抜く。
[A:シロキ:冷静]「……誰だ。お前は」[/A]
空気を切り裂くような、冷酷な響き。
武器を持たない両手を、アオイはゆっくりと胸の高さへ上げた。
[A:アオイ:冷静]「僕に、害意はないよ。ただ、君の歌が聴こえたから」[/A]
[A:シロキ:怒り]「嘘だ……! 人間は、みんな嘘つきだ!」[/A]
[Tremble]激しく上下する、少女の華奢な肩。[/Tremble]
その瞬間、森の木々が狂乱したようにざわめき、地鳴りのような重低音が空気を震わせる。
彼女の足元から這い出る、黒い泥のような瘴気。
[Think]彼女が、村に灰を降らせる元凶。森の怒りそのもの。[/Think]
喉元に突きつけられる圧倒的な殺気。
だが、アオイの視線は釘付けになっていた。
威嚇する少女の赤い瞳の奥――微かに揺れる水面のような、致命的な孤独に。
地を蹴る音。
網膜を焼く白の残像。
鋭い獣の爪のような指先が、アオイの眼球を抉る寸前でピタリと止まる。
[A:シロキ:狂気]「お前も、森を焼くのか……。死ねばいい……人間なんて、みんな!」[/A]
[Impact]背後、森の入り口の方角から立ち昇る黒々とした一本の煙。[/Impact]
風が運んできたのは、油と松明が燃える明らかな異臭。
極限まで開ききる、少女の赤い瞳孔。
◇◇◇
第二章: 灰に咲く草笛
[Pulse]ドクン、と森の心臓が脈打つような錯覚。[/Pulse]
足の裏から這い上がってくる土の冷たさ。
前日から、連日この深森に通い詰めるアオイ。
両手を泥だらけにしながら、毒の灰に侵された土を執拗に掘り返す。
枯れた根のそばへ、瑞々しい若葉をそっと植え替える作業。
その不器用な手つきを、少し離れた太い枝の上から見下ろす影。
シロキの赤い瞳。
[A:シロキ:冷静]「……無駄だ。森はもう、死んでいる」[/A]
[A:アオイ:冷静]「そうだね。でも、土はまだ温かいよ」[/A]
振り返ることなく、アオイは唇に一枚の笹の葉を当てた。
息を吹き込む。高く澄んだ音が、白灰の空気を震わせた。
精霊を弔う、古い草笛の調べ。
枝の上のシロキの足先が、無意識にその旋律へ合わせて微かに揺れる。
それを、アオイは横目で捉えていた。
[A:シロキ:悲しみ]「人間は……奪うだけじゃないのか。どうして、お前は……」[/A]
[A:アオイ:愛情]「大丈夫。僕たちは、少し不器用なだけだから」[/A]
[Sensual]
差し出されたアオイの掌。
躊躇いながらも枝から飛び降りたシロキは、そっと自分の指先を重ねる。
氷のように冷たい彼女の肌。青く光る呪印が、アオイの体温に触れて微かに明滅した。
人間を憎悪するはずの獣が、初めて見せた無防備な顔。
[/Sensual]
◇◇◇
同じ頃、むせ返るような熱気に包まれていた村の集会所。
[Shout]ドンッ![/Shout]
巨大な鉄斧の柄で叩き割られる、分厚い樫のテーブル。
無精髭を蓄え、顔の右半分に生々しい火傷の痕を残す男。開拓団長のゲンガ。
鉄の鎖帷子が擦れ合う、重く冷たい音。
彼の濁った瞳には、狂信的な炎が宿っている。
[A:ゲンガ:怒り]「あの忌まわしい森が、俺の娘を……俺たちの明日を奪った。灰の病の元凶は、森の奥に潜む化け物だ」[/A]
壁際に控える村の男たちが、怯えたように息を呑む。
[A:ゲンガ:興奮]「焼き払え。一本残らずだ。明日、夜明けと共に火を放つ。自然なんざ、力で屈服させてやる」[/A]
[Think]娘の小さな手が、冷たくなっていくあの感触。[/Think]
ミシミシと斧の柄を握りしめるゲンガの分厚い手。
復讐という名の免罪符。
それが村の大人たちの顔を、どす黒く染め上げていく。
夜明け前。
まだ星が瞬く暗がりの中、無数の松明が森の輪郭を赤く舐め回そうとしていた。
◇◇◇
第三章: 紅蓮の呪詛
頬を叩く熱風。
焦げた木の葉の匂いが、鼻腔の奥へこびりついて離れない。
[Shout]ゴォォォォォッ!![/Shout]
天を焦がす火柱。
シロキの拠り所であった、森の中心にそびえる神木。
それが今、紅蓮の炎に包まれ、悲鳴のような爆ぜる音を上げている。
[A:シロキ:絶望]「あ……あぁ……っ!」[/A]
膝から崩れ落ちるシロキ。
純白の髪へ、オレンジ色の火の粉が舞い落ちる。
[A:ゲンガ:狂気]「ハハハ! 燃えろ、燃え尽きろォ!! これが人間の力だ!」[/A]
炎の向こう側。鉄斧を振り上げるゲンガのシルエットが揺さぶられる。
[Tremble]シロキの全身を覆う呪印が、どす黒い紫へと変色していく。[/Tremble]
彼女の赤い瞳から溢れ出す、ぬかるんだ血の涙。
[A:シロキ:狂気]「嘘つき……! やっぱり、お前も……人間は、みんな悪魔だァァァッ!!」[/A]
[Glitch]ガガガガガッ!![/Glitch]
歪む空気。
シロキの背中から、黒い泥と茨が混ざり合ったような異形の腕が何本も生え出す。
森の怨念を一身に集めた「祟り神」への変貌。
[A:アオイ:悲しみ]「シロキ、違う! 待って、お願いだ!」[/A]
炎を掻き分け、無我夢中で彼女へと駆け出すアオイ。
理性を失いかけたシロキ。
鋭い呪刃を宿した腕が、高く振り上げられた。
[Sensual]
熱風の中、両腕を大きく広げたアオイ。
その華奢な体ごと、異形の腕を強く抱きしめる。
焦げた肉の匂いと、冷ややかな泥の感触。
[/Sensual]
[Impact]ドスゥッ!![/Impact]
鈍い音。
アオイの背中を、漆黒の刃が深々と貫通する。
胸の中心から飛び出した鋭利な先端。
[A:アオイ:悲しみ]「ごめ、ん……止められなくて……」[/A]
口の中に広がる鉄の味。
琥珀色の瞳が焦点を失い、アオイの体がぐらりと傾く。
血まみれの手から滑り落ちたのは、首元の木彫りの勾玉。
[A:シロキ:驚き]「あ……?」[/A]
自分の手が、彼の腹部を貫いている事実。
指先にまとわりつく温かい血の感触。
シロキの喉の奥から、言葉にならない絶叫が夜空を劈いた。
[Shout]アァァァァァァァァッ!!![/Shout]
血の色に染まる空。
巨大な黒い影が炎を飲み込みながら、絶望的な形へと膨れ上がっていく。
◇◇◇
第四章: 星詠みの鎮魂
口の中を満たす、圧倒的な血の鉄の味。
肺が空気を拒絶する。
息を吸うたびに、内臓が削り取られるような激痛。
[A:ゲンガ:恐怖]「化け物め……ひるむな! 殺せ、殺さねぇと俺たちが食われるぞ!」[/A]
血走った目で絶叫するゲンガ。
震える手で槍を構え、村の男たちが黒い茨の塊と化したシロキへ向かおうとする。
[Tremble]その行く手を遮ったのは、血に染まったアオイ。[/Tremble]
[A:アオイ:冷静]「……やめてくれ」[/A]
[A:ゲンガ:怒り]「どけ、小僧! てめぇ、それでも人間か!」[/A]
[A:アオイ:怒り]「人間だから……これ以上、奪わせない」[/A]
震える足。視界の端で明滅する黒いノイズ。
己の胸を貫いた傷口を強く押さえながら、アオイは背後の異形へ――かつてシロキだったものへ振り返る。
[Think]妹を喪ったあの日。僕は何の力もなく、ただ見ていることしかできなかった。[/Think]
[Think]自分は誰からも必要とされない、世界にとって無価値な存在だと思い込んでいた。[/Think]
[Think]でも、今は違う。[/Think]
砂時計のように落ちていく命の残量。
肌でそれを感じながら、アオイは深く、深く息を吸い込む。
[Magic]《星詠みの鎮魂》[/Magic]
アオイの体から漏れ出す、淡い青の光。
精霊の声を聞く力。己の魂を燃やして紡ぐ、ただ一つの術。
[A:シロキ:狂気]「コ、ワス……ニンゲン、スベテ……!」[/A]
理性を失った祟り神。幾重にも連なる黒い刃が、アオイへ向けられる。
肉を切り裂かれる恐怖はない。
ただ、彼女が流し続ける孤独な血の涙。
それが、アオイの胸を何よりも深く抉る。
血だまりに足を取られながら、一歩、また一歩。
皮膚を焼く瘴気の中へ、アオイはゆっくりと歩みを進める。
[A:ゲンガ:驚き]「あいつ、死ぬ気か……!?」[/A]
頬を掠める鋭い棘。
肩口が斬り裂かれ、赤い飛沫が宙を舞う。
それでも止まらない。
狂乱する黒い渦の真ん中。
そこにある、少女の泣き顔。
血まみれの指先が、シロキの冷たい頬へ、今まさに触れようとしていた。
◇◇◇
第五章: 灰降る森と星詠みの鎮魂歌
[Sensual]
シロキの頬をそっと包み込む、血と泥にまみれた手。
その指先の、微かな、だが確かな熱。
[/Sensual]
[A:アオイ:愛情]「……大丈夫。少し、冷たいだけだから」[/A]
掠れた旋律が、アオイの口からこぼれ落ちる。
それは枯れゆく森の中で、かつて草笛で奏でた子守唄。
静かで、ひどく優しい声。
[A:シロキ:悲しみ]「あ……アォ、イ……?」[/A]
黒い泥で覆われたシロキの瞳に、ほんの一瞬、赤い光が戻る。
[Shout]――歌が、森に満ちていく。[/Shout]
アオイの命を削って放たれる青い光。
それが黒い瘴気を中和していく。
彼が歌うたびに、彼自身の輪郭が透明に透け始めた。
[A:シロキ:絶望]「やめろ……消えるな! 私を、また一人にするな……!」[/A]
[A:アオイ:喜び]「一人じゃないよ。君の歌は……僕が、ずっと聴いている」[/A]
[Flash]パァァァァァッ!![/Flash]
音を立てて崩壊する、祟り神の巨大な殻。
天を突くほどの圧倒的な光の奔流。
地を這っていた黒い瘴気が空へ舞い上がる。
死の灰が、キラキラと輝く星屑へと変わっていく。
焼け焦げた大地へ降り注ぐ光の粒。
灰の下から緑の双葉が顔を出し、枯れ木に瑞々しい蕾が弾ける。
新海を思わせる、澄み切った群青の夜明け。
空全体が、圧倒的な色彩を取り戻していく。
手から鉄斧を取り落とし、膝をつくゲンガ。
その火傷の痕を、温かい光が撫でていく。
光の中心。
シロキの腕の中で、アオイの体はすでに質量を失いかけていた。
[Sensual]
「泣かないで、シロキ」
透き通る指先が、彼女の目元を拭う。
[/Sensual]
[A:シロキ:愛情]「アオイ……アオイ……っ!」[/A]
[FadeIn]最後に弧を描いて細められる、琥珀色の瞳。[/FadeIn]
次の瞬間。
アオイの体は無数の星屑となり、朝の風に溶けて消えた。
残されたのは、圧倒的な静寂と、森の瑞々しい息吹。
シロキの掌に残された、彼が身につけていた木彫りの勾玉。
ぽつんと乗せられたそれは、確かな温もりを宿している。
両手で包み込み、胸の奥底へ押し当てるように抱きしめるシロキ。
赤い瞳から、もう血の涙は流れない。
ただ透明な雫が、新しい葉を濡らす。
空を仰ぐ。
どこからか、優しい草笛の音が聞こえた気がした。
ゆっくりと立ち上がる少女。
永遠に森と人を結ぶ「新たな守り人」として、光の差し込む森の奥へと歩き出す。
木漏れ日が、彼女の純白の髪を優しく揺らしていた。