73回目の「初めまして」を、君に

73回目の「初めまして」を、君に

主な登場人物

リオン・アトラス
リオン・アトラス
19歳 / 男性
銀色が混じった黒髪に、三白眼気味の鋭くも寂しげな青い瞳。着古した黒のロングコートと、火傷の痕を隠すための革の手袋を常に身につけている。
アリア・ルミナス
アリア・ルミナス
18歳 / 女性
光を孕んだような亜麻色の長髪、透き通るような翠の瞳。白を基調とし、銀の装飾が施された神殿の儀礼服を身に纏う。
カイエン・ヴォルト
カイエン・ヴォルト
21歳 / 男性
燃えるような赤髪を無造作に結い、金色の鋭い瞳を持つ。動きやすさを重視した軍部の濃紺の制服。

相関図

相関図
拡大表示
0 45 4636 文字 読了目安: 約9分
文字サイズ:
表示モード:
自動スクロール:

第一章: 降り注ぐ星と、七十三回目の初めまして


空が、燃えている。


漆黒の天蓋を埋め尽くす、異常なまでの美しさを孕んだ流星雨。

一条、また一条と尾を引く光の雨。大地を穿ち、かつての聖都を無残な瓦礫の山へと変貌させる。

焦げた鉄の臭気。肺を焼き尽くすような淀んだ大気。


吹き荒れる熱風。激しくはためく着古した黒のロングコート。

血と汗に塗れた銀混じりの黒髪。三白眼気味の鋭い青い瞳が捉えるのは、ただ一つの存在だけ。

火傷の痕を隠す革の手袋。それが、今まさに崩れ落ちようとする細い肩を力強く抱き留めた。


リオンの腹部に穿たれた、致命的な大穴。

生暖かい赤黒い飛沫。革の手袋を伝い、無機質な石畳へ。

視界の端が黒く欠け始める。不規則に明滅する世界。


アリア・ルミナス「あっ……あぁ……!」


煤に汚れる、光を孕んだ亜麻色の長髪。

白と銀の神殿儀礼服が、みるみると赤黒く染め上げられていく。

震える両手をリオンの胸元へ這わせるアリア。

透き通る翠の瞳から零れ落ちる、大粒の涙。


アリア・ルミナス「どうして、私を庇って……あなたは、誰……?」


記憶がない。

無理もない。時間を巻き戻すたび、世界から削り取られていく己の痕跡。

彼女が傷つくことへの極度な恐怖。ただそれだけが、リオンを幾度もこの破滅の夜へと駆り立てる。


喉の奥からせり上がる血の塊。それを強引に飲み込み、リオンは唇の端をわずかに引き上げる。


リオン・アトラス「気にするな。ただの……初めまして、だ」


懐の奥深く。古びた真鍮の星時計。

血まみれの指先で弾く、ひび割れた文字盤の針。逆回転。


《クロノス・リヴァーサル》


直後、網膜を焼く爆発的な閃光。


七十三回目。七十三回分の絶望。七十三回分の喪失。

空へと舞い上がる瓦礫。渦を巻き、収束していく炎。

天へと逆流する雨粒。縫い合わされる、ひび割れた大地。

遠のく意識。その中でリオンが確かに聞いた、ガラスを引っ掻くような不吉な絶叫。時空の軋み。


反転する世界。

彼がすべてを忘れ去られる残酷で優しい時間。それが、再び幕を開ける。


第二章: 記憶のない君と、残された愛の痕跡

Scene Image

澄み切った青空。石畳を撫でる柔らかな風。

焦げた鉄の臭いなど微塵もない。鼻腔をくすぐるのは、神殿の花壇から漂う甘く清冽な土の香り。


アリア・ルミナス「あ……こんにちは。新しく配属された護衛騎士の方、ですか?」


日だまりの中で振り返るアリア。

陽光を弾く、傷一つない亜麻色の長髪。ふわりと揺れる純白の儀礼服。

曇りのない翠の瞳。そこに浮かぶのは、ただ純粋な好奇心。


歩みを止めるリオン。コートのポケットに手を突っ込んだまま、小さく息を吐き出す。

ゆっくりと上下する喉仏。


リオン・アトラス「……あぁ。今日からここを警護する」


アリア・ルミナス「ふふっ。よろしくお願いします。……なぜだか、ずっと前からあなたを知っている気がして……なんだか不思議です」


足元の花壇へ落ちるアリアの視線。

群生する『星見草』。瑠璃色の小さな花弁。

本来この地方には咲かないはずの狂い咲き。過去の周回で、リオンが無意識に蒔き続けた執念の結晶。


しゃがみ込む彼女。細い指先が花弁を撫でる。


アリア・ルミナス「この花を見ると、胸の奥がぽかぽかするんです。誰かが、私を守ってくれているような……そんな温かさ」


革の手袋。固く握りしめられる右手。


(俺のことは忘れても、花は残るのか)


静かな午後。

ベンチに腰掛けるアリア。古い星図を膝に広げたまま、うとうとと微睡みの底へ。

少し離れた柱の影。寄りかかるリオンの口から無意識に紡がれるのは、かつて彼女が口ずさんでいた辺境の古い子守唄。


星の海に揺られて、眠れ、眠れ……


紡がれた低い声。

その瞬間、眠りに落ちかけていたアリアの目尻から、一筋の涙が頬を伝う。

己でも理由のわからぬ涙。

記憶は消滅しても、魂に刻み込まれた愛の痕跡。それが確かに、彼女の心臓をノックする。


だが、脆く崩れ去る平穏。


微かに震え始める、足元の石畳。


不自然に濁る空の青。黒く浸食されていく太陽の縁。

星を喰らう災厄の胎動。

予兆を前に、リオンの青い瞳が氷のように冷たく細められた。


第三章: 優しい絶望と、すれ違う魂

Scene Image

ドクン、ドクン。

不気味な脈動を打つ大気。


聖都ルミナスの上空。現出したのは、漆黒の巨大な渦――『星喰い』。

空の光を飲み込み、黒い影に塗り潰されていく街の輪郭。


カイエン・ヴォルト「ちぃっ! 結界部隊、前へ出ろ! 持ち堪えろよ、クソッタレが!」


無造作に結い上げられた、燃えるような赤髪。最前線で雷炎魔法を放つカイエン。

閃光に照らされる濃紺の軍服。金色の鋭い瞳が、空の異変を睨みつける。


神殿の中庭。

祭壇の前に膝をつき、両手を組むアリア。展開される大規模防衛結界。

全身から立ち昇る眩い銀光。空の黒渦との拮抗。


だが。


ガアンッ!


突如、激しく痙攣するアリアの全身。

限界まで見開かれた瞳孔。見つめる先は虚空。


――焼ける肉の臭い。腹部を貫かれる黒コートの青年。血まみれの革手袋。


アリア・ルミナス「あ、あぁぁぁっ! な、なに、これ……痛い、痛いよぉっ!」


喉を掻き毟るアリア。石畳に血を吐き捨てて倒れ込む。

口の中に広がる生臭い鉄の味。現実か、それとも幻覚か。


リオン・アトラス「アリア!!」


駆け寄ろうとするリオン。その胸ぐらを掴む強靭な腕。乱暴に壁へと叩きつけられる。

カイエンだ。


カイエン・ヴォルト「ふざけんな、お前! 何を隠してやがる!」


リオン・アトラス「……放せ。彼女を治療するのが先だ」


カイエン・ヴォルト「とぼけるな! 観測班のデータが出たんだよ。星喰いを呼び寄せ、あいつの魂を内側から食い破ってんのは……お前が引き起こしている『時空の歪み』だ!」


冷や水を浴びせられたような沈黙。ピタリと止まるリオンの動き。


カイエン・ヴォルト「お前が時間を巻き戻すたびに、矛盾が蓄積し、結果的にあいつを苦しめてるんだよ! なぁ、不器用野郎。お前、いったい何度あいつの死を見てきた?」


中庭に空しく響き渡る怒鳴り声。

ゆっくりと落ちるリオンの視線。

彼女を救うための自己犠牲。存在を削り続けたその行為こそが、最愛の彼女を追い詰める猛毒。


俺が、アリアを殺している。


崩れ落ちた細い背中。それを見つめるリオンの青い瞳から、一切の光が死滅した。


第四章: 拒絶という名の献身

Scene Image

薄暗い神殿の一室。

揺れる蝋燭の火。意識を取り戻したアリアが、痛む胸を押さえて身を起こす。

扉の前に立つ、黒いコートの影。


アリア・ルミナス「……リオン。どうして、そんなに冷たい目をするの……?」


リオン・アトラス「契約は終わりだ。俺はもう、お前の護衛を降りる」


一切の感情を排した、氷のような声。

息が詰まるアリア。


アリア・ルミナス「え……? 待って、どうして急に……私、何か悪いことを……」


リオン・アトラス「勘違いするな。お前を守るのはただの任務だった。もううんざりなんだよ、お前のその弱さに付き合うのは」


嘘だ。

革の手袋の中。手のひらに食い込む指の爪。滲む血。


背を向けるリオン。足早に部屋を出ていく。

星喰いの源核。己の存在すべてを燃やし尽くし、破壊する。

世界からの消去。それが『リオン・アトラス』という時空のバグを消し、アリアを救う唯一の道。


アリア・ルミナス「行かないで……っ!」


空を掻く指先。冷酷な音を立てて閉ざされる扉。

一人残された部屋。

胸が張り裂けそうな理由など、アリアにはわからない。堰を切ったように溢れ出す涙。シーツに広がる濃い染み。


ふと、視界の隅で光るもの。

サイドテーブルの上。リオンが残した真鍮の歯車。不格好な星時計の部品。

震える手が、それに触れる。

冷たい金属の感触。その瞬間。


ドクンッ!!


脳髄を直接殴りつけられたような衝撃。


七十三回分の記憶の欠片。


血まみれになって微笑む彼。

雨の中、背中を預けて戦う彼。

不器用な手つき。花壇に種を植える彼。

「気にするな」。いつだって自分の痛みをひた隠す彼。


アリア・ルミナス「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁっ!!」


彼女の魂を蹂躙する、記憶の奔流。

どれほど深く愛されていたのか。どれほどの重い代償を、彼一人に支払わせていたのか。


「リオン!! リオォォォォンッ!!」


裸足のまま。石畳を蹴り飛ばすように走り出すアリア。

彼を死なせてなるものか。もう二度と、絶対に。


第五章: 涙腺崩壊の光の奔流と、永遠の星空

Scene Image

星喰いの中心部。

漆黒の泥に沈む空間。満身創痍のまま、源核へと這い進むリオン。

ズタズタに引き裂かれたコート。すでに感覚を失った左腕。口から零れ落ちる血の味が、ひどく苦い。


(これで……終わる。アリア、生きてくれ)


星時計へ込める、残されたすべての魔力。自らの存在ごと自爆しようとした、その刹那。


カイエン・ヴォルト「勝手に終わらせてんじゃねぇぞ、独りよがり野郎!!」


轟音。漆黒の壁をぶち破る、赤黒い雷炎。


カイエンの魔力。それに守られ、限界を超えて空から飛び込むアリア。

ボロボロに裂けた白と銀の儀礼服。だが、彼女の翠の瞳はかつてないほど強烈な光を放つ。


リオン・アトラス「アリア……!? なぜ、ここへ……来るな!!」


アリア・ルミナス「ふざけないでっ! 私を置いて、一人で消えようとするなんて……絶対に許さない!!」


前に突き出される両手。

指先から溢れ出すのは、ただの魔力ではない。

聖都の花壇で咲き誇る瑠璃色の星見草。微睡みの中で聞いた不器用な子守唄。彼が世界に刻み込んだ、無数の愛の痕跡。


《ステラ・ルミナス》


眩い光の奔流。七十三回分の想いが繋がり合い、凄まじい勢いで星喰いの源核を包み込む。

光に溶け、浄化されていく漆黒の泥。


だが、無情なる時空の修正力。

星喰いの消滅。それに比例し、リオンの肉体もまた足元から光の粒子となって世界へ溶け始める。


カイエン・ヴォルト「……あばよ、不器用野郎。背中は、預かったぜ」


空へ向けての静かな敬礼。


崩れ落ちるリオンの胸。そこへ力強く飛び込むアリア。



革の手袋の感触はない。すでに半ば透け、光の粉を散らす彼の腕。

それでもアリアは冷え切った頬を両手で包み込み、己の唇を強く押し当てる。

血と汗が混じる、塩辛い味。

最後の一瞬。二人の魂が境界線を喪失し、溶け合うような熱量が全身を駆け巡る。彼の匂い、体温。そのすべてを魂の奥底へ焼き付けるように交わされる、深く、深い抱擁。



唇を離すリオン。その瞳はもう何も映していない。だが、表情はかつてないほど穏やか。


リオン・アトラス「……愛してる。この星空を、君に……」


さらり。


吹き抜ける風。完全に夜空へと溶け込む光の粒子。

カラン。虚空から石畳へと転がり落ちたのは、彼が身につけていた古びた真鍮の星時計だけ。


◇◇◇


数年後。

どこまでも澄み切った茜色。聖都ルミナスの空。

薄れゆく災厄の記憶。平和な日常を謳歌する人々。


『リオン・アトラス』という男。誰もそれを知らない。

カイエンも、歴史書も、この世界の誰も。


神殿の中庭。

ジョウロを手に、花壇の前でしゃがみ込むアリア。

瑠璃色の小さな花弁。『星見草』。


アリア・ルミナス「どうしてでしょうね……この花を見ると、涙が出そうになるんです」


亜麻色の髪を優しく揺らす、夕暮れの心地よい風。

胸の奥に空いた小さな穴。決して冷たいものではない。日だまりのような温かさ。


立ち上がり、美しい夕空を見上げるアリア。輝き始める一番星。

理由もわからず愛おしい。その星空に向かい、彼女は静かに、ただ静かに微笑んだ。

クライマックスの情景

【物語の考察】

本作における「存在の消滅」とは、単なる死ではなく「関係性の喪失」という深い恐怖を描いている。リオンがアリアのために時間を巻き戻す行為は、愛する者を守るための究極の献身であると同時に、彼自身のアイデンティティを削り取る自己犠牲の連鎖である。第七十三回という途方もない反復は、痛みに鈍感にならざるを得ない彼の孤独を強調している。しかし、記憶というソフトウェアが消去されても、花壇の星見草や無意識の子守唄といった物理的・感覚的な「愛の痕跡(ハードウェア)」が残るという設定は、魂に刻まれた愛の不朽性を強く証明している。

【メタファーの解説】

『星喰い』はリオンの自己犠牲が引き起こした「時空の矛盾」そのものであり、過保護な愛が意図せず対象を傷つけてしまう毒を暗示している。クライマックスでアリアが自ら戦いに赴く展開は、守られるだけの存在からの脱却であり、真の愛とは一方的な犠牲ではなく、互いに背負い合うことであるという成長を示している。最後に残された「古びた真鍮の星時計」は、止まった時間と彼が確かに存在したという証であり、夕空の下で彼女が流す涙は、喪失を超えた永遠の絆の美しさを象徴している。

あなたのアイデアで「続き」を書こう!

「もしもあの時...」「この後二人は...」
あなたの想像をAIが形にします。

0 / 200
本日、あと...
感想をコメントする(返信)

Support & Enjoy

毎日のAI創作活動へのサポートや、読書体験をさらに豊かにするおすすめサービスのご案内です。
運営へのチップのほか、Amazon公式のオーディオブックや電子書籍サービスもぜひご活用ください。

TOPへ戻る