第一章: 錆びた墓標と星の雨
夕立が叩きつける廃村。
鼻腔を刺すのは、腐敗した木材と雨の匂いが混じった錆びた鉄の臭気。
ボサボサの黒髪の隙間から、隈の酷い三白眼が怯えたように周囲を窺う。猫背で身を縮めた少年。身の丈に合わない粗末で大きめのローブをすっぽりと被り、泥にまみれた石ころを握りしめていた。
[Tremble]アレン・グレイの細く震える指先。[/Tremble]
[Think]息が、できない……っ[/Think]
浅い呼吸を繰り返す彼の視線の先。
崩れかけた石壁を背に、月光のように輝く銀髪が雨に濡れそぼっている。白と銀を基調とした聖騎士の軽鎧。ひしゃげ、ひび割れた装甲から赤い液体が泥水へと混ざりゆく。
振り下ろされようとしていた。巨大な魔物の爪が、ルミア・アステラの華奢な首筋へと。
[A:ルミア・アステラ:絶望]「……ここまで、ですか。世界を、お救いできず……」[/A]
静かに閉じられる碧眼。
その瞬間。アレンの喉の奥から、破れた鞴のような絶叫が爆ぜた。
[A:アレン・グレイ:恐怖]「[Shout]ひぃっ! もうやめてぇぇぇ!![/Shout]」[/A]
地面を這いずり、泥水に顔を突っ込みながらの醜い悲鳴。
だが、その哀れな命乞いの言葉。それが、廃墟の地下に眠る古の防衛魔法陣の起動パスワードと完全に一致するとは。
[Flash]――カァンッ![/Flash]
天を裂くような高音。
足元の泥濘から、幾何学的な光の紋様が暴力的なまでの輝きを放ちながら展開。
降り注ぐ光の雨。空を覆う暗雲を貫き、一条の極光が魔物の巨体を呑み込んだ。鼓膜を破る断末魔すら光の中に溶け落ちる。
圧倒的な静寂。
硝子細工のように煌めく光の粒子。それがアレンの粗末なローブの上に降り注ぐ。
ルミアは呆然と目を見開き、泥にまみれたアレンの前にゆっくりと膝をついた。
[A:ルミア・アステラ:愛情]「ああ……なんて気高く、そして悲しいお姿……」[/A]
[A:アレン・グレイ:驚き]「[Tremble]あ、あの……ごめんなさい、違います……っ[/Tremble]」[/A]
震える声は、ルミアの耳には届かない。
[Impact]彼女はアレンの手を両手で包み込み、自分の甲を血が滲むほど強く噛み締めながら、熱い涙を落とす。[/Impact]
星降る空の下、最悪のすれ違いが幕を開けた。

第二章: 狂信と冷たい珈琲
王宮の最上階。
ステンドグラスから差し込む陽光が、豪奢な絨毯を赤や青に染め上げる。
銀盆に置かれた純白の磁器。立ち昇る強い珈琲の苦味が、静寂の空間を満たしていた。
燃えるような赤髪を掻き上げ、ギルベルト・ヴァイスが鋭い黄金の瞳を細める。仕立ての良い漆黒の軍服の襟元をわずかに開け、眼前の情景を冷ややかに見据えた。
[A:ギルベルト・ヴァイス:冷静]「おいおい、そんなハッタリが俺に通用すると思うなよ?」[/A]
大理石の柱の陰。
膝を抱え、過呼吸の発作に耐えるようにガタガタと震えるアレン。
[A:アレン・グレイ:恐怖]「[Whisper]ひぃっ、ごめんなさい! もう帰らせてください……![/Whisper]」[/A]
爪を噛み剥がし、指先から血を流しながら壁のシミの模様を凝視するその姿。
だが、周囲を取り囲む神官たちは違った。恍惚とした表情で床にひれ伏し、祈りを捧げる。
「見よ! 御子様が、異界の神と交信しておられる!」
「我々の罪を一身に背負い、震えておられるのだ!」
[A:ルミア・アステラ:愛情]「御子様、どうかご無理をなさらず……この命、あなたに捧げます」[/A]
凛とした、しかしどこか狂気すら帯びた切羽詰まった声。
ルミアが差し出した純白のハンカチ。アレンはそれをひったくるように奪い、顔を覆う。
[Pulse]心臓が、肋骨を突き破りそうなほどに暴れていた。[/Pulse]
[Think]違う、僕はただのゴミだ。誰も僕なんて見てないでくれ……![/Think]
罪悪感と恐怖。胃袋を冷たい手で鷲掴みにされるような悪寒。
その時、アレンの足が偶然、壁際の燭台の影を踏みつけた。
ガコン、と響く鈍い音。
開かれた隠し扉。長年探され続けていた王家の秘宝の地図が、床に滑り落ちたではないか。
凍りつく部屋の空気。
ギルベルトの眉間が一瞬だけ跳ねた。漆黒の軍服の袖口を握る手に、じわりと汗が滲む。
[A:ギルベルト・ヴァイス:驚き]「馬鹿馬鹿しい。あんな怯えた小動物が救世主だと? ……だが、あの奇跡は一体……?」[/A]
黄金の瞳に混じる、底知れぬ畏怖の色。
しかし、大気は突如として異様な粘り気を帯び始めていた。遠くの空。雷鳴とは違う、重く不吉な咆哮が王都の結界を叩き割る。
[Impact]圧倒的な絶望が、すぐそこまで迫っていた。[/Impact]

第三章: 優しい嘘の代償
焦げた肉と硫黄の臭気。それが王都の空気をドロドロに汚染する。
黒煙が太陽を遮り、舞い散る灰が雪のように降り積もる街路。
瓦礫の山の上に君臨するのは、四本腕の巨大な魔将。
[A:アレン・グレイ:絶望]「[Shout]死にたくねぇぇぇ!![/Shout]」[/A]
泥水の中を転がりながら、無様に背を向けて逃げ出すアレン。
破れたローブ。黒髪は汗と埃で額に張り付いている。気配を消し、死に物狂いで路地裏へと走り込もうとしたその背中。漆黒の呪いの槍が放たれた。
[Flash]空気を引き裂く轟音。[/Flash]
[Sensual]
直後、アレンの視界が反転した。
柔らかく、温かい重みが彼を突き飛ばす。
白と銀の軽鎧が、黒い槍に貫かれる鈍い音。
「――あっ」
短い吐息。ルミアの銀髪が空中で弧を描き、重力に従って崩れ落ちる。
アレンの顔に、温かい血の飛沫が降り注いだ。
[/Sensual]
口の中に広がる血の鉄の味。
膝から崩れ落ちるアレン。震える両手でルミアの身体を抱き起す。
[A:アレン・グレイ:狂気]「[Tremble]あ、あぁ……なんで、なんで! 僕はただの怯えた偽物だ! なのに……っ![/Tremble]」[/A]
喉の奥から漏れ続ける、形にならない嗚咽。
ルミアの碧眼は虚ろに揺らぎ、唇の端から一筋の血が伝い落ちる。
[A:ルミア・アステラ:愛情]「[Whisper]知っていました……[/Whisper]」[/A]
その言葉。アレンの呼吸が止まる。
血に染まった指先を伸ばし、アレンの泥だらけの頬にそっと触れる彼女。
[A:ルミア・アステラ:喜び]「それでも……あなたはあの雨の日、私の心に光をくれた……」[/A]
不器用で臆病な少年に見出していたのだ。世界の理不尽と重圧に押し潰されそうだった自分を救い出す「理由」を。
指先から力が抜け、冷たい石畳の上へとすべり落ちる。
[Blur]アレンの視界が、とめどなく溢れる涙でぐにゃりと歪む。[/Blur]
世界で唯一、自分に優しい嘘をついてくれた少女の命。それが今まさに尽きようとしていた。

第四章: 臆病者の決死行
[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン。[/Pulse]
耳鳴りのように響く己の心音。
アレンは、ルミアの冷たくなりゆく手をゆっくりと石畳に置いた。
ボサボサの黒髪の奥。三白眼から怯えの色が完全に消え失せている。
音を立てて崩壊していくのは、彼の「致命的な欠点」であった自己保身の壁。
[A:アレン・グレイ:怒り]「[Shout]ふざけるな……! 返せ、彼女を返せぇぇぇ!![/Shout]」[/A]
血と泥にまみれたローブを脱ぎ捨てる。
その細く頼りない背中を、ギルベルトが強い力で叩いた。
[A:ギルベルト・ヴァイス:興奮]「行くぞ、アレン。あのバケモノの首を落とし、呪いの元凶をぶっ壊す」[/A]
至る所が裂けた漆黒の軍服。赤髪は血と煤にまみれている。
だが、その黄金の瞳に宿るのは、かつての嫉妬も傲慢さもない。ただ純粋に燃え盛る戦意。
瓦礫を蹴り、崩壊しつつある「星の祭壇」へと駆け出す二人。
肌を刺すような凍りつく冷風。吹き荒れる中、ギルベルトの剣閃が魔将の眷属たちを次々と切り裂く。
[Magic]《黒光・絶影刃》[/Magic]
[A:ギルベルト・ヴァイス:興奮]「[Shout]俺が道を作る! お前は走れ![/Shout]」[/A]
振り返らないアレン。
ただひたすらに、己の特技である死に物狂いの全力疾走で、祭壇の最深部を目指す。
[Impact]転び、膝を擦りむき、爪が剥がれて血が吹き出しても、足をとめない。[/Impact]
ルミアの微笑みを取り戻す。その強烈な渇望だけが、アレンの身体を前へ前へと突き動かすのだ。
祭壇の中心。宙に浮く漆黒の呪いの核が、脈打つように禍々しい光を放ち、二人を迎え撃とうとしていた。

第五章: 君だけの英雄
[Glitch]ガガ……ピーーッ……空間が、軋む。[/Glitch]
崩壊を始める星の祭壇。狂う重力。巨大な石柱が天へと吸い込まれていく。
アレンは呪いの核へとその手を突き入れた。
皮膚が焼け焦げ、肉が爆ぜる激痛。だが、彼の唇の端は微かに釣り上がっている。
[A:アレン・グレイ:冷静]「[Whisper]世界なんて、どうでもいい[/Whisper]」[/A]
[System]警告:存在記憶の代償魔術を起動します。[/System]
[Magic]《星天・忘却の祈り》[/Magic]
猛烈な勢いで溢れ出す、星屑のような光の粒子。アレンの身体から。
それは呪いの核を食い破り、夜空に向かって一条の光の奔流となって立ち昇る。
[A:アレン・グレイ:愛情]「君が信じてくれたから、僕は君だけの英雄になれた」[/A]
空に溶け込む光の粒子。同時に、アレンの姿は透明に透け、やがて完全に世界から消失した。
あとに残されたのは、浄化された静謐な星空だけ。
◇◇◇
数年後。平和を取り戻した王都シエル・ロアの片隅。
焼き立てのパンの甘い香りが漂う石畳の路地。
仕立ての良いシャツを着た、少し猫背の青年が歩いている。
向かいから歩いてくるのは、白と銀の清楚な私服を纏い、月光のような銀髪を揺らす少女。
二人は、すれ違う。
[Sensual]
その瞬間。
ふわりと、風が彼女の銀髪を揺らし、青年の頬をかすめた。
[/Sensual]
ふと立ち止まり、振り返るルミア。
自分の目から、なぜかポロポロと涙がこぼれ落ちていることに気づき、彼女は小さく首を傾げた。
[A:ルミア・アステラ:悲しみ]「あれ……?」[/A]
胸の奥を締め付ける、名前のない温もり。
涙を指先で拭う彼女。そして見知らぬ青年――アレンの背中に向かって、春の陽だまりのように優しく微笑みかけた。
星降る空の下でついた優しい嘘は、もうどこにもない。
ただ、確かな光だけが、二人の足元を静かに照らし続けていた。